果てのある路

ささやかな想いをエッセイで…

『東京百景』 又吉直樹

2017-04-11 12:43:51 | 読書関連
ネット動画で見る、ブレイク以前の売れない時代の又吉は、
「暗い」「死に神」と言われるけれど、
感受性が強く繊細なだけであって、他の芸人たちから一目置かれているし、
それほど暗くはあるまいに、と私は思っていた。

  甘かった。
  このエッセイに描かれた又吉は、本当に暗い。

どん底時代は、バイト面接にも落ち続け、お金がなく食事もあまり摂れず、
飢餓感を、読書に耽ることによって紛らわせていたらしい。
感性は研ぎ澄まされたことだろう。
文学的素養も、この頃に鍛え磨かれたことだろう。
だがそれは諸刃の剣で、肥大した自意識によって、
ますます自分が痛めつけられる。

ネット動画(2008年頃)は、おそらくどん底時代よりは、希望が見えた時代なのだろう。
それでも映像からは、確かに人一倍小柄で、虚弱な印象を受ける。
いかに経済的圧迫と心理的苦悩が凄まじかったか、想像に難くない。



又吉は高校時代、名門サッカー部の副部長で、全国大会まで行った人である。
本来ならそれだけでも、一生胸を張れる自信を手に入れるものではなかろうか。

中学以来の親友とコンビを組んで上京し、吉本養成所で頭角を表わし、
「線香花火」という漫才コンビで、プロ入り後も順調に伸びていったにも関わらず、
相方が引退を決意したため、2003年にコンビ解散。
出家するつもりだった又吉を綾部が呼び止めて、
1か月後に新コンビ「ピース」をスタートさせる。
これが息が合うまで数年を要し、なかなか新人の舞台から上に行けず、
どんどん後輩に抜かれてゆく。

孤独で惨めで焦慮に苦しんだ時代に、心を救ってくれたのが文章表現。
伸びやかに広げられる創造の翼。

太宰治生誕100年ライブ「太宰ナイト」を、自らの目標に定め、
果てしない闇夜を乗り越えるエネルギーに変えた又吉の、
誠実で美しい、硬派な魂に、私は心から拍手を捧げたい。

  繊細で優しく柔らかい心の核に持つ、
  全ての魔物を跳ね返す、硬質のダイヤモンド。
  彼の魂は、なにものにも、傷付けることができなかったのだ。
コメント
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