果てのある路

ささやかな想いをエッセイで…

「ハイキュー!!」素晴らしい

2024-08-26 11:12:51 | つぶやき
ハイキューという作品の存在は、知っていた。
10年前、息子に「お母さん、絶対ハマると思うよ」と薦められたが、
「いや、私にはマンガ読んでる時間はもう無い」と、
自戒して手を出さなかった作品だ。

それが、パリ五輪前に放送されたNHKドキュメンタリー番組で、
男子バレーボール日本代表と「ハイキュー!!」をテーマにしたものを見て、
何が何でも知りたくなった。

コミックスは(毎回言うけれど)老眼のため辛いので、
アニメを鑑賞した。
1期から4期まで、1000時間以上かかるだろうか。

結果――

素晴らしい群像劇に、ただただ感嘆した。
今も3周目を観てるが、異なる登場人物の目線で何度も新発見があって感動する。
とことんリアルに丁寧に、貴重な青春の日々を描いているからだろう。
全85話、毎回もらさず胸打たれて、熱い涙がこみ上げてくる。
ハラスメント的な不愉快なシーンが一切無く、
ネガティブ要因にも、それを上回る明るさや健やかさで対峙する。
原作者も、内容をダイナミックに再現してみせたアニメ製作陣も、
本当に素晴らしい。

 1番印象に残るのは、東京体育館に響く和太鼓の音色。

東北の人々の温かな県民性が、滲み出る作品だと思う。
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新型コロナ初罹患

2024-07-29 10:40:38 | つぶやき
19日(金)夕方、夫が「喉がイガイガする」と言う。
20日(土)午後、夫がキットで陽性。
     直ちに1階と2階で隔離生活。
21日(日)しかし夕方、私の喉がイガイガし、夜激しい喉痛で目が覚める。
22日(月)朝、咳と痰と高熱が始まり、38.6℃が12時間続く。
     夕方、病院で陽性。鎮痛剤など薬を飲み始める。
     隔離生活解消。
23日(火)朝から平熱に下がったが、咽痛・頭痛・咳・痰に苦しむ。
25日(木)まで、同症状が一進一退で続く。
26日(金)5日目、喉の痛みが悪化する。
27日(土)6日目、朝は咽が痛かったが、昼頃から痛みが消えてゆく。
28日(日)7日目、喉痛なし。軽い咳と痰のみが残る。



とうとう、地方の田舎に住む私の所にも、新型コロナがやってきました。
夫(ワクチン7回接種済み)がどこからか拾ってきたのですが、
本人は喉の違和感程度で平熱のまま、ほぼ無症状。

うつされた私は、かなり苦しみました。
20日の午前中に自動車同乗して実家の畑仕事に行ったので、車の中でうつった模様。
夫の2日後に発症し、高熱は12時間で引き、喉の痛みと頭痛・咳・痰、
夜は腰痛にも苦しみましたが、解熱鎮痛剤で治まりました。
緊張が走ったのは5日目。
喉の痛みが激化し「これは肺炎などへの重症化パターンか?」と心配しましたが、
どうやら何とか6日目7日目、軽快へと向かってくれたようで、安堵。



私が最も効果を感じたものは、
 ①解熱鎮痛剤(市販薬・リングルアイビー)
 ②塩水うがいと、喉ぬーるスプレー
 ③ビタミンC
 ④痰を切る薬(カルボシステイン錠)

医師が「カコナールを処方する」と言うのを断って、
日頃から愛用し信頼しているリングルアイビー1本に、解熱鎮痛剤を絞りました。
それを1日使用量を厳守し、時間を見極めて飲みました。

海の濃度と同じ程度の塩水(水200cc塩小さじ1強)を作って、
1日に何度もうがいしました。
5日目から始めたのですが、よく効いたと思います。
喉ぬーるスプレーも、よく痛みが治まりました。

ビタミンCは、緑黄色野菜などを意識してよく接種しました。
飲み物にポッカレモンを注いで飲んだりもしました。
食事は初日のみ栄養補給ゼリーでしたが、以降は普段どおり。
タンパク質もたっぷり摂りました。

処方薬で痰を切る薬にも、助けられたと思います。
新型コロナの痰は粘度高くなかなか切れず、排出しにくいので。

あとは手洗いと換気。
とにかく新型コロナウイルスは、界面活性剤による洗浄で流れていくことを、
呪文のように頭で繰り返し、食器洗浄と洗濯に勤しみました。
そしてアルコールで除菌されるので、
赤ゾーン黄ゾーンを意識した拭き取りと換気で、
平常生活を送りました。

6日目の夜、パリ五輪バスケ男子を応援しながら、
喉が痛くないことに気付いた時は、本当に嬉しかったですが、
もう2度と罹りたくないと思ったものです。

猛威を奮っている昨今、
皆様もどうぞお気を付けて、ご自愛くださいますように。
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純国産OS【TRON】は地球を救う

2024-07-15 15:30:38 | つぶやき
タイトルの大袈裟さが、ひんしゅくを買うかも知れませんが、
昨日この動画youtube「Windowsに勝利!天才日本人が作った純国産OS【TRON】」を見て、非常に感動したので。

  その感動を言葉に表すと、このタイトルになってしまうのです。

もし利益最優先のアメリカ企業ではなく、
人類全体の幸福を考える日本企業が、
日本国内だけでもIT業界の主導権を握っていたなら、
2024年の世界の現状は、大きく変わっていたと思うので。

私は、坂村健教授のお名前も、「トロン」というOSも、
1980年代に日本のPC教育に採用されるはずだったにも関わらず
日米政治事情で潰されたという事実も、
恥ずかしながら、全く存じ上げませんでした。

日々、マイクロソフトのあこぎさを腹立たしく思っている皆さん、
ぜひ、上記動画をご覧になってください。(なおさら口惜しくなるかも知れませんが)
コメント欄も当時を知る理系の皆さんがいたりして、参考になりますよ。
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美容院脳卒中症候群

2024-06-18 12:10:15 | つぶやき
行きつけの美容院で白髪染めし、洗髪したのが木曜日の午前10時。
その後カットブローを仕上げられ、自動車を運転して、
帰宅前に食品スーパーへ向かったのが午前11時。
まだその時は、
「少し頭がフワフワするなぁ」
という程度だった。

それが買い物中に、明らかなめまいと頭痛に変わり、
生あくびが頻出するようになった。

急いで帰宅し、買ったものを収納後は、
すぐに畳に横になり、安静にしていれば不調も治まるだろうと思っていた。

そのまま夕方までウトウト眠り、目覚めたが、頭痛と生あくびは悪化。
帰宅した夫に話すと、
「呂律は回ってるし、身体も異常なく動くし、脳卒中ではないと思うよ」
と言われる。

しかし、洗濯物を取り込んだら、突然の吐き気。
トイレに入ると同時に、大量の嘔吐。

これは寝るしかない、と本格的に寝室で朝まで眠る。

しかし翌日も、鈍い頭痛と生あくびが続く。
ぐっすり眠ったので、起きていなきゃと座椅子に座っているが、
いつの間にかウトウトと眠り込んでしまう。

脳外科の診察を受けるには、混雑して時間がかかるのを知っているので、
どうしようかと迷い続ける。

翌々日は、実家で夫と畑仕事。
しかし作業はあまりできず、やっぱり座椅子でウトウト。

その夜、妹から
「MRI診断を受けなきゃダメ」
と電話で諭される。

食事は金曜朝からお粥、夜には消化の良い野菜と魚。
土曜夜から、ようやく普通食を食べられ、体調も戻りつつあったが、
日曜朝、MRIの予約を取ろうと脳外科へ電話する。

昔、片頭痛でお世話になった脳外科のある救急病院なのだが、
「偶然、今日の救急担当が脳外科医なので、受診してください。
 受診後にMRIをどうするか決まります。
 料金は普段より高額になりますが」
ということで、自分で自動車を運転して行く。

看護師による簡易問診後に、すぐにMRI。
首から頭全体を、丹念に撮影。
その後すぐに脳外科医が診察し、説明を受ける。
「大丈夫。脳梗塞や脳出血その他、現在も過去も心配ありませんよ。
 何も異常のない脳です。薬を出すなら痛み止めくらい」

首には太い血管が2本あって、そのうちの1本が、私は元々細いらしい。
それが美容院洗髪時に圧迫され、脳への血流に影響したのだろうという由。

病院滞在中、何台も救急車が到着して忙しそうだったが、
会計もすぐ済み、いつもは4時間くらいかかるところが、
MRI込みで1時間で済んだ。
高額な料金もむしろ安いくらいに感じ、ありがたかった。

帰りしな年配の看護師から、
「木曜・金曜にすぐ来なきゃダメ、こんな4日も経ってから」
と叱られたが、救急車を呼ぶのは大事(おおごと)なので躊躇してしまいますよ。
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下呂温泉・水明館

2024-05-12 14:23:43 | 旅行記
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岐阜県下呂温泉の老舗旅館、水明館に一泊した。



水明館は昔から、東海地方では有名な高級旅館。

子どもの頃から、何回も下呂に泊まったけれど、
父は一度も利用することなく、水明館を敬遠していた。
今はリーズナブルなプランが提供されているので、
私もこの齢にして、初めての水明館を体験してみた。
下呂温泉へは、30年ぶりの来訪だ。

もちろん、国道41号線を北上して行った。
前回の飛水峡は、今回のための予行演習だった)
前日が雨だったが土砂災害の心配はなく、中山七里を眺めながら胸躍らせて、
安全運転の一人旅だ。

初日は曇天。


伊能忠敬も宿泊したという江戸時代の本陣「飛騨屋」跡地に、
現在は、加恵瑠神社(かえるじんじゃ)が在る。
  


温泉博物館に掲げられる、古来からの下呂温泉の祈り。
温泉寺に伝わる「湯文之事」。

※意訳※
 この温泉は昔、「湯ヶ峰」という山の頂上に湧いており、
 全国各地から多くの病人が、この山を登って温泉で病いを癒しました。
 しかし重病人が難路に苦しむ様子を哀れんだ薬師如来が、
 山頂の源泉を、安路の河原へと一晩のうちに移して下さり、
 その不思議なお力と行いを聞いて、
 ますます全国から病気に苦しむ人々が集まるようになりました。
 この温泉に集まる人々は、老若男女貧富職業による差別なく、
 たとえ半日の滞在でも、争わず多少の無礼は怒らず許し、平和に、
 優しく素直ないたわりの心で、療養を心掛けてください。
 せっかく授かった命ですので、寿命が尽きるまで健康に、
 御仏の教えを心掛けて生活すれば、
 来世今世に、恵みや幸せを得られることは明白です。
 皆さん、決して悪い道に入ってしまわないよう、よくよくお伝え申し上げます。
          文永二年(1265年)乙巳(きのとみ)の年 十月    
                              ※以上※

夕方の水明館館内ツアーでは、所蔵する様々なお宝(多様な美術品・巨大化石など)を案内の上、解説してくれる。
500畳の和室や同じく広大な洋室には、それぞれ大きな美術緞帳が掛けられていたり、
豪華な檜の能舞台もある。


翌日は晴天だが風強く、噴泉地に観光客は少なかった。


初夏、新緑美しい「下呂温泉合掌村」は賑わっていた。




水明館では、一人用のシングルルームに宿泊したので、
窓からの眺望は良くなく、障子を閉めたままだったが、
普通のホテルと比べれば、部屋も広めでベッドも大きかった。
三棟(山水閣・飛泉閣・臨川閣)三か所の大浴場で温泉(泉質が大変良い)に浸かった後、
ベッドダイブすれば、もう天国の気分。

広い建物の古さは否めないが、清掃は行き届き、
もてなしの心遣いは細部まで気が利いている。
臨川閣の廊下に活けられた花は、
よくありがちな豪華な生花ではなく、
野花の自然な生気を感じられる高尚な活け方(御室御流?)だった。

水明館は、一言でいえば、この世に現出した竜宮城ではあるまいか。
私は一泊だったので、簡単に浮世に戻ってこられたが、
これがもし三泊以上もしようものなら・・・・
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山笑う、飛水峡

2024-04-13 13:59:40 | 旅行記
岐阜県美濃加茂市から国道41号を北上して、道の駅美濃白川までドライブに行った。

飛騨川がエメラルド色に美しく、うば桜が多かったけれど山ツツジも咲いて、
春の景色が楽しかった。

七宗町から北は道沿いに飛水峡が続き(中山七里)、
子どもの頃、毎年訪れた亡父の故郷の木曽路に似ていて、
懐かしさに胸がキューンとなった。

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宮崎駿『君たちはどう生きるか』

2024-03-19 12:42:38 | エニアグラム
映画は美しく、細部に至るまで迫力が有った。
宮崎監督は、自らが知る昭和の日本の(いずれ真に貴重になるであろう)良き風景を、
強く作品に残しておきたいのだな、と思った。

映画を鑑賞した後に、以前録画したNHKのドキュメンタリー「プロフェッショナル仕事の流儀」を観返した。
宮崎監督や高畑勲監督、鈴木敏夫プロデューサーや他のスタッフたちとの(心理的)関係性が何となく分かった。


  ※※※ 以下はエニアグラム関連です ※※※


偉大な作品を残す人は、孤高の部分を持つ人だ。
高畑監督は、気難しいと評判だった。
宮崎監督はそれに比べたら、ずっと人懐こさを感じる。

 高畑監督は、ややタイプ5に近いタイプ4。
 宮崎監督は、タイプ9ど真ん中。
  ・・・ではないかなと、私は推測する。

日本のアニメは星の数ほどあって、そのどれにもそれぞれにファンはいるだろう。
けれども、高畑作品・宮崎作品は、高尚さと芸術性において別格に突出している。
天の配剤により二人の天才が、競い合って高みに登り続けた結果だ。

高畑監督は、最後まで宮崎監督に100点と言わなかったかも知れないが、
心の中では充分認めていただろう。
タイプ9はタイプ4にはなれないし、逆もまた然り。

タイプ4である私は高畑作品が大好きだけれども、宮崎作品も最高に素晴らしいと思うし、
おそらくはタイプ4以外の人からは、宮崎作品の方が好かれるのではないかと思っている。
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母の柚子ジャム

2024-02-17 10:32:35 | 自分史的なもの
実母は、今年の夏に米寿を迎える。

2年前に父が亡くなった直後、老け込んで小さくなってしまったなと思ったら、
重度の骨粗しょう症と、背骨の圧迫骨折が判明した。
1年間の治療とリハビリを経て、骨密度が随分上がり元気になった。

と喜んでいたら1年前、胆管結石で発熱し、敗血症手前まで行った。
その後、胆嚢摘出手術を経て、再びリハビリに精を出し、
高額な補聴器も作って、今また元気である。

 エニアグラムで見れば、典型的なタイプ2(タイプ1寄り)なので、
 太陽のようにぽかぽか温かく、明るく、優しい人である。

農家の出なので、商家出身の父とは異なり、
老後の畑仕事も丁寧に、献身的にこなした。

日々の煮物やジャム作りも、いまだ手を抜かず丁寧だ。

頂き物の柚子で、今年もジャムを作って、
お正月に、私たち子や孫にそれぞれくれた。

また2月になって新たに作ったものを、先日くれたが、
これを溶かして柚子茶にすると、本当に美味しい。
人工保存料が入っていない、すっきりした贅沢な美味しさだ。

・・・ 母や父への感謝が溢れて、泣ける美味しさだ ・・・
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映画『生きる』

2024-01-10 13:48:24 | つぶやき
一昨日、NHK総合で放送された、黒澤明監督の名作。

1952年の映画なのに、胸を衝かれて余韻がすごい。



  ※※※(以下、ネタバレを含みます)※※※

主人公は、30年無欠勤の市役所市民課長。
早くに妻に先立たれ、男手一つで息子を育てた。
しかし同居する息子夫婦は冷たい。
胃がんを察した父親のショックにも寄り添わず、話も聞かない。
主人公は、絶望のあまり自殺を考えるが死に切れず、
初めての酒場で知り合った作家に教えられて放蕩を経験するが、満足できない。

心満たされるヒントを与えてくれたのが、明るく健康な若い女性(元部下)。
公務員を辞めて、今はおもちゃ工場で働いている。
「他愛ないおもちゃでも、どこかの子どもが喜んでくれると思うとやり甲斐が有る。
 課長も何かを作ってみたら?」

この時、自分ができる最大限の何かを、主人公は思い出す。
たらい回しで実現されない、住民たちの切実な要望を、
コツコツ粘り強く、少しずつでも実現させてゆくことだ。

そして5か月後。
寿命が尽きるのを感じた冬の夜に、
主人公は、要望叶えて完成させた児童公園のブランコに乗って、
雪の中「ゴンドラの唄」を歌う。
家を出る前に、自分の全財産と死後の手続きをまとめたものを、
息子に分かるように置いて。



”官僚主義”への痛烈な批判と共に、
主人公の最後の5か月への敬虔な感動が、観客の胸に広がってゆくラスト。

偽って病名を告知しない医師に腹が立つが、当時はそれが当然だったのか。
病人本人が自ら察しなきゃ余命も分からないなんて、惨いと思う。

70年前には確かに在った、日本人の”惻隠の情”。
俳優たちの微妙な表情の数々や、演出の間合いにも、それを感じた。
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初めての台湾旅行

2023-12-15 13:12:09 | 旅行記
 12月上旬に、長女と二人で行ってきた。

あまり海外旅行に関心が無く、新婚旅行以来36年、日本を出なかった私だが、
パスポートが切れる前に、最後に行っておこうかなと、
行きたいと思った国が、台湾だった。

台中・台南も訪れたかったが、長女が休暇を取れる日数や、
私の年齢や体力なども考慮すると、
台北のみの3泊4日に落ち着いた。

故宮博物院を、ゆっくり自分のペースで鑑賞したかったこともあり、
旅行会社ツアーを申し込まず、全て自分たちで調べて手配した。

前回書いたとおり、4カ月かけて計画した。
Esimって何?から始まり、
往復飛行機の押さえ方や出入国手続きなどは海外旅行慣れしている家族に教わりながら、
あとはインターネットの様々なサイトを参照して、取り組んだ。

パソコンならともかく、スマホに関しては私は一向に不得手なので、
途中「もう無理」と半ベソになりながら、
頭の中を懸命にアップデートしていった。



  ↓ ↓ ↓(以下は、どなたかの参考になれば)↓ ↓ ↓



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松山慈祐宮内


MRT松山駅出口から饒河街観光夜市へ


地下から出て初めて見た台北駅


青田茶館


迪化街


南街得意


駅地下直結のシーザーパークホテルは、
美しい台北駅が目の前に広く見下ろせる部屋で、
朝食も美味しく、たいへん快適だった。

中山地下街、饒河街観光夜市、青田街、栄康街、迪化街、西門街、
故宮博物院、台北101タワー、sogo台北復興館、国父祈念館を訪れた。

中正紀念堂、圓山大飯店、忠烈祠は、タクシーから眺めることができた。
衛兵交代式は、国父祈念館で観た。

鼎泰豊、點水樓、好公道金雞園、四海豆漿大王で、小籠包を食べた。
しかし、私は蟹味噌小籠包に期待過剰になってしまったらしく、
期待を上回ることはできなかった。(←当然である)
どの有名店も、それぞれに美味しかったのは確かだが。

むしろ鼎泰豊は海老炒飯と冷製ナス、好公道金雞園は海老焼売、
他には、故宮晶華のシーフードタンメン、
問鼎皇上吉祥宮廷火鍋の養生鍋が、美味しかった。
台北で最後に口にした、點水樓の亀ゼリーも記憶に残る味だった。

旅行を通じて一番美味しかったのは、迪化老街・夏樹甜品の杏仁豆腐だ。

最終日雨の中を歩いて購入し、お土産で持ち帰った双連現烤蛋糕の台湾カステラも満足した。

(以上)



帰路、台北から桃園空港へ向かう電車窓から見た、山の緑の濃さに、
あらためて南国であり、外国なんだとしみじみ思った。

若者や外国人観光客が多く、活気があった台北。
治安良く清潔で、古い街並みも美しく、清掃される姿をよく目にした。
人々は温かく親切で、おかげでたいへん心地良く楽しく、
充実した旅行になったことを感謝します。
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