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おぼろ男=おぼろ夜のおぼろ男は朧なり 三佐夫 

小説・エッセー。編著書100余冊、歴史小説『命燃ゆー養珠院お万の方と家康公』(幻冬舎ルネッサンス)好評!重版書店販売。

海の精霊

2014-04-12 17:03:39 | 小説
 「岩和田村遺文」によせて

茉莉子と海の精霊 合体す  
                                 三佐夫

ルソン遥かに 
    ミゲルは織女と交信す


浜の子に 
   南十字の星降るか
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愛読者より「その後の茉莉子は、どうなったのか?」と言う声あり。あっ気なく幕が下りてしまった感、なきにしもあらず。推敲課程でどう処理するかは、作者の課題であります。お声を寄せてください。



文学散歩と文化振興

2014-04-08 18:06:46 | 小説
">"「人生劇場」(伊崎士郎)の舞台の妙音寺と、仏文学の井上究一郎の旧別荘を見て歩く。この町の文化振興のために少しばかり貢献しようと思っているが、町民の関心はあまりないようだが、住んだからにはお役に立とうと考えている。
 マンションにヴァイオリニストの黒沼ユリ子さんがメキシコより23日に転居されるので、しばし歓談した。先住者として、お役にたてば幸いである


新しい小説の仕込みー浜の少女と画家

2014-04-07 13:53:17 | 小説
 昨日で中編小説が1本おわりましたので「浜の少女と画家」を題名に新しい小説の構想中です。この主人公には、かなり名のあるモデルがおりますが、すでに故人です。どう話が展開するかは、作者にもまだわかりませんが、乞うご期待!です。
 ところで『命燃ゆー養珠院お万の方と家康公』(幻冬舎ルネッサンス)は、地元勝浦市の書店でも入手が難しいようです。(アマゾンでは入手ができるようですが)。初版が少ないので仕方がありませんが、これから各マスコミが紹介をしてくれますし、私も講演を依頼されていますから頭の痛い話です

「岩和田遺文ー湯浅家のルーツを訪ねて」

2014-04-06 19:14:50 | 小説
ミゲルは、支倉常長一行の使節団の通詞として、仙台を出て、アカプルコからスペインに渡り、さらにヴァチカンでは、教皇の洗礼の儀式に立ち会った。そして、また、マドリッドに戻って、政宗の通商条約の提案交渉にも参加した。だが、すでに日本本国は鎖国をし、キリシタンの禁令を定めていたのである。
 キリシタンの信者には、転向を強制し、従わない者には、拷問や磔の刑を執行している情報がマドリッドにももたらされていたので、交渉は成立しなかった。
 それを知って、洗礼を受けた日本人一行の多くは、スペインの地に住むことを決意した。今でも「祖先は日本人だ」と言う人たちが、数百人も住んでいる村がスペインにあるのはそのためである。
しかも、帰国した支倉常長使節団一行も厳しい取り調べを受け、転向しない者は処刑されたり、幽閉されたりした。
 ミゲルは、鎖国を知り、マニラでもって一行と別れた。本当は岩和田にいる息子の勝男や、愛妻の鯛に会いたかったのだが、それはあきらめざるを得なかった。泣く泣く船を見送り、父母の待つわが家へ帰った。
 茉莉子は、わが家のルーツを自分なりに考え、納得したのである。だが、それは、自分の心の中にしまっておこうと思った。ただ、お世話になったT先生や家族には、隠さないことにした。それは、T先生は、初めから「茉莉子さんには異国の人の血が混ざっている」と、言っていたのだから秘密にする理由もないのである。
 だから落ち着いたら記録と、感想の形でまとめようと思うのであった。
 題名は、「岩和田遺文―湯浅家のルーツを訪ねて」では、どうかと考えている(草稿完)


両親の心配

2014-04-05 19:32:15 | 小説
ミラノでのショーは、パリの体験があるので、自信を持って出演できたので好評であった。
 M先生も織物会社の役員さんも、とても喜ばれて「この調子なら秋にはニューヨーク公演もやりましょう」と言うことになった。
 T先生は、終始ご機嫌で、帰国したら写真展を必ず成功させると、大張り切りであった。
 茉莉子は、思いがけない幸運に巡り合えて、狐につまれたような感じで、帰国した。母が
「どうだった?」
 と、顔を見るなり心配そうな様子で尋ねた。
時差ボケで眠い目をしながら
「とてもうまく行きましたよ。それよりもバルセロナやローマで、伊達政宗の遣欧使節団やドン・ロドリゴの足跡をしのびましたからとてもよかったです」
「あなたが、家の祖先にはスペイン人がいると言うお話でしょう。現地を訪ねて、やはりそう思いましたか」
「それは、そうですよ。まるで夢のような話ですが、私の勘は間違ってはいませんよ。時差ボケで眠くてたまらないからお父さんが帰るまで休みます」
 そう言って、自分の部屋に行くと、母が布団を干してくれてあって、とても寝心地が良かったので、熟睡した。
「御飯ですよ」と、言う母の声で目を覚ました茉莉子は、洗顔してから夕食のテーブルに着いた。
「長い旅行で体調を崩さなかったかい」
と、父が入って来た。
「お父さん、ただ今。ファッションショーは、とても好評で、秋にはニューヨークでもやることになりましたよ」
「ほう、そりゃぁ良かったなぁ。うまく行くかどうか、おかぁさんと心配していたんだ」
「そうよ、いつもは、あなたのことを話題にしないお父さんが毎日のように今はどこにいるのか、なんておっしゃるのよ」
「まぁ、おれも年を取ったもんだね。茉莉子の顔を見ないと、心配になるんだよ」
と、照れ笑いをした。
「ご心配をおかけしてごめんなさいね。でも、わたしは、とても充実した毎日でした」
 茉莉子は、丁寧におじぎをしたので、両親は、顔を見合わせて微笑した

地球儀

2014-04-04 19:42:31 | 小説
システィーナ美術館の人ごみは、世界中の国々から多くの信者や観光客が胸ときめかせてやって来るからだが、その場所を通り抜けると、がらんとした場所に出る。そこは、普通の博物館と同じであるが、収蔵されている物はすべて歴史的に価値の高い物である。
通路の窓際にさりげなく大きな地球儀が置かれているので、近づいて見ると、1636年と書かれていた。今から400年近い昔にもう世界地図をもとにした地球儀がつくられていたのである。日本列島も小さく描かれていて、EDOやBOUSOと言う文字もある。
おそらくカソリックの布教や貿易のために作られたのであろうが、その精緻さに驚かされた。そういえば、ビスカイノも日本の太平洋岸を地上と、海上から測量した。その時もミゲルは通詞の見習いとして頑張ったのである。
ホテルに帰る時間になったので、ここまでを見学して外へ出た。広場に立って振り返ってみた。バルコニーに教皇や司教の方々がお立ちになって、広場に集まった数十万人の信者に挨拶をするニュース映画を思い出して、去りがたい思いになった。
ホテルに帰ると、T先生がロビーのベンチに腰を下ろしていた。
「お帰りなさい。遅いものだから迷子になったかと心配してましたよ。どうですか、収穫はありましたか」
「ええ、それはもう、すべてに圧倒されてしまいました」
「それは、よかった。あなたのこれからの飛躍にきっと参考になりますよ」
先生は、慈父のように目を細めてほほ笑んだ。


創世記

2014-04-03 19:44:06 | 小説
窓からバルセロナの街を眺めると、箱庭のように巧みに区画されていて、これもガウディの残したものなのであろうと思われた。茉莉子は、張りつめていたものが消えて、うつらうつらと眠ってしまった。
 機内アナウンスで目覚めた。かなりの時間がたっていたようで、窓の外はもう夜であったが、ライトアップされた古代コロシュームは、はっきりと見えた。
 スーツケースを受け取って、ロビーへ出ると、M先生がお待ちであった。
「やぁ、お出迎え、有難うございます。ミラノのショーの準備は、いかがですか」
「ええ、会社の出張所の方々にお任せしてありますので、私たちは古代ローマ遺跡やバチカンを見学したりして過ごしました。何しろ、この町は見る物が多くて、何日あっても足りません。明後日の早朝便でミラノへ向かいますから明日は自由行動です」
「それは、有難いですなぁ。年を取ると、ホテルでゆっくりする日がほしいのです。茉莉子さんは、どうしますか」
「わたしは、ヴァチカンとシスティーナ美術館に行ってきます。こういう機会がないと、なかなか見ることが出来ませんから」
「ああ、それは結構ですよ。あそこは、何度見ても見切れない素晴らしい所ですから1日かけてゆっくりと見学するとよいでしょう」
と、T先生はおっしゃった。
「そうよ、世界をリードした小さな国ですが、どこを見ても勉強させられますよ。特に描かれている女性の服装をようく見て来るとよいでしょう」
と、M先生が付け加えた。
 翌朝は早く目が覚めた茉莉子は、ベッドの中でスタンドをつけて、ツアーガイドブックのバチカンのページをめくった。一人で出かけるのは心細いが、それよりも何を重点に見学するかを決めようと考えた。
 タクシーでサン・ピエトロ大聖堂の門の前に着いた茉莉子は、先ず広場に立って教会を眺めた。先ずその大きさに驚き、次に直立不動の衛兵の服装と姿の美しさにほれぼれした。大聖堂の中に入ると、静寂そのものの中の荘重さに感銘させられた。地域別の懺悔の場所が周りに沢山あって何やら神との対話をしている様子も珍しい者であった。
 政宗の派遣した使節団一行は、ここで教皇より洗礼を受けたと言う。通詞のミゲルもそれに立ち会っていたのであろうと思うと、はるかな昔が茉莉子の胸にずっしりと忍び込むのであった。
 次に博物館(美術館)に入ると、これはまた見事な彩色の宗教画にあふれている。
 ミケランジェロの天井画「創世記」や祭壇壁画「最後の審判」、ラファエッロの間の「アテナイの学堂」など、教科書でもおなじみの作品が、目に飛び込んでくる。特に「創世記」をガイドブックと見比べて丁寧に見て行くと、あっと言う間に時間が過ぎて行く。しかし、とても興味深いのである。
光と闇の分離 (天地創造は創世記第一章に書かれている。)
神は六日間で世界を創った。第一日目、神は光と闇を創った。次に海と空を分けた。四日目に空に太陽と月を置き、五日目に動物を創った。六日目に自分自身をモデルに人間を創った。7日目、神は自分の仕事が終わったことを確認し、祝福し、休息をとった。
アダムの創造  
アダムとイヴ(創世記には神が最初の男と女を創ったことが書かれている。)
神は粘土でアダムを創り、命を吹き込んだ。楽園エデンの園を世話させるために、アダムをエデンの園に住まわせた。
エヴァの創造(神はアダムのあばら骨からイヴを創った)

原罪と楽園追放(人間が最初に犯した罪なので、原罪といわれる。)
神はアダムとイヴに楽園にあるどの木の実も食べて良いとした。ただ、知恵の木の実だけは、食べることを禁じた。地上で一番狡猾な蛇が、イヴに神の命令にそむいて、禁じられた知恵の実を食べるようすすめた。イヴはそれを食べて、アダムにも食べるよう勧めた。
神はアダムとイヴの行為を強く非難し、楽園から追放した。アダムとイヴは楽園の東側に住むようになった。楽園にもう一つの重要な木があった。それは命の木で、神は智天使ケルビムを派遣し、回る炎の剣を置いて、二人がその木の実を食べないよう用心した。
(絵画では、剣を持ったケルビムがアダムとエヴァを追い払うシーンなどで描かれる。)


大洪水
古代イスラエルの国に、ノアという正しい人がいた。彼には三人の子供がいて、その名をセム、ハム、ヤペテといった。神は人間の堕落した様子を見て怒り、彼らを全滅させることにした。しかし、その中にいた、正しく潔白なノアは別であった。
神はノアに箱舟を作るよう命じた。そして、その中にノアの家族と、七組の儀式に使う動物のつがい、一組の不浄な動物のつがい、そして七組の鳥のつがいを入れることを命じた。
その後、洪水が起こった。それは百五十日間続き、罪深いアダムとイヴの子孫を全滅させた。
その後、雨が止んだ。水が引くまで、百五十日かかった。そして箱舟はアララト山(トルコ東部の山)に止まっていたが、箱舟の外に出られなかった。
四十日後、ノアの家族は鳩を飛ばした。しかし、鳩はすぐに戻ってきた。乾いた土地が見つからず、休む場所がなかったからである。
一週間後、もう一度鳩を飛ばした。くちばしにオリーヴの葉を加えて戻ってきた。それは、土地が乾きだした証拠である。翌週、もう一度鳩を飛ばした。鳩は帰ってこなかった。水が完全に引いたのである。
箱舟を出たノアとその家族たちは祭壇を築き、神にいけにえとして、動物をささげた。
ノアの泥酔 洪水の後、ノアはワインを造る方法を見つけた。ある日、ワインを飲みすぎて、裸のまま寝てしまった。彼の息子ハムは他の兄弟を連れてきて父親を笑った。しかし、セムとヤペテは父親の裸を見ないように、後ろ向きで歩いて父親に近づき、着物をかけてやった。父親のノアは、ハムの無礼な行為を怒り、ハムに対して「お前の兄弟の奴隷達の奴隷として仕えろ」と呪いをかけた。
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博物館

2014-04-02 21:10:34 | 小説
朝のレストランで
「茉莉子さん。今日は、お昼過ぎにローマへ飛びますからあなたの希望の博物館には、はやく行きましょうね。Mさんは、もうローマでお待ちかねですよ」
「先生からお借りした見聞録の写本が個々の博物館にあるようですが、見られるのでしょうか」
「まぁ、当たって砕けろ、の精神で先ずは行ってみましょう」
 二人は、タクシーを呼んでもらって博物館に行った。
 さすがに古い貴重な品々を収蔵しているだけあって、古風な構えである。
 T先生が、受付で
「ドン・ロドリゴ」
 と、言うと、
「ハポン?」
と、受付の中年の女性が、にこやかに尋ねた。
「ヤァ、ジャパニーズ」
と、うなずくと、
パンフレットの案内図を広げて、見聞録の置いてあるコーナーを指で教えてくれた。
「サンキュー」
と、先生はお礼を言って、ほかの物には見向きもしないで、そのコーナーに向かった。
 茉莉子も、わくわくとして、ついて行った。
 大航海時代の海図や、ガレオン船の模型などが所狭しと展示されている片隅のガラスケースの中に表紙を上にして置かれているのであった。
「あぁ、これは古い物だ。よく残っていましたなぁ」
 先生は、大声を出して、感心された。茉莉子は、
RERAGONY NOTICIA DEL REINO DEL JAPON
DON RODORIGO DE VIVERO
の文字を目を凝らして見つめた。
 祖先のミゲルは、ここにも足を延ばしたに違いないと思うと、なぜか胸がいっぱいになるのだ。
「どうですか。念願の一つを達成しましたね。それでは、空港に直行しましょうか」
 T先生に促されて、見聞録の前を去った

歴史の重み

2014-04-01 21:37:43 | 小説
カサビセンスは、ガウディの初仕事で、実業家ビセンスの邸宅である。1883年から1885年にかけて建設されたイスラム建築のムデハル様式とキリスト教の建築様式の融合された美しい建物である。ガウディは、細部にわたるまで徹底的に手の込んだカラフルで繊細な装飾をしている。家の正面は、緑と白のタイルと花模様があしらわれていて、門はヤシの木をモチーフとしている。
 ここでも先生は、シャッターを次から次へときり続けている。それは、もう写真家の執念のような迫力を感じさせるので、茉莉子は圧倒されるばかりである。茉莉子は、先生の撮影が終わるまでは、ツアーガイドブックの説明を実物と見比べて、確かめていた。
「やぁお待たせ。もう1か所を見て帰りましょうね」
 と、撮影を終えた先生は茉莉子に言うと、すぐにタクシーを呼びとめて
「カサ・ミラ」と、ドライバーに告げた。 
 タクシーは、いかにもバルセロナらしい日差しの明るい街を走って、目的地に着いた。
「この建物は、変わっているでしょう」
 路上からこの高級マンションを見上げると、普通のビルは直線だが、この建物は、すべてが曲線である。しかも窓の下からひさしのように張り出しているテラスも、また円形である。
ガウディは、このマンションの建築でも実際に工事を職人と共にやって、その折々に設計を手直ししたそうだから時間がかかるし、面倒だったそうだ。
下からは見えないが、屋根も平らではなく波打っているし、案山子のような煙突が何本か空へ向かっている。ガイドブックには、地中海の波打つイメージでつくられていて、町の人々は「ぺデロラ(石切り場)」と呼んでいると書かれている。
 見学を終えて、帰りのタクシーの中で茉莉子は感動の溜息をついた。スペインと言う国が、世界に覇を唱えた時代は、今から400年以上も前である。だが、歴史の重みは今も続いているのである。
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ガウディの息遣い

2014-03-31 19:53:23 | 小説
ホテルのロビーで外を眺めていると、T先生が背後から声をかけた。
「お早う。昨日は、興奮してカメラを覗き続けたので、少し疲れてしまいましたよ。茉莉子さんは疲れませんか」
「いえ、わたしは若いですから元気です。それにしてもこの町はパリとはまた違って、歴史の古い重厚さと、新しい芸術性を感じます」
「僕もそう思いますよ。カソリックの重みと、ガウディの斬新さでしょうね」
 二人は、通りでタクシーを拾って、先ずグエル公園に向かった。
 観光ガイドの本によれば、この公園は、グエル伯爵とガウディが、1900年から14年間をかけて自然と調和を目指した総合芸術を作り上げようとした。それは、ワーグナーの大規模なオペラのような芸術性の豊かな都市づくりなのである。
 工業化が進む町に自然と芸術に囲まれて暮らせる広い道路と広場のある住宅地60軒を造成しようとしたが、誰もここに住もうとはしなかった。グエル伯爵の死後に工事は中断し、詩の後援として寄付され、また、ガウディの住宅は記念館として残っている。
 坂道を上り、展望の良い公園で車を降り、周囲を見回すと、二人の夢の壮大さに感動するが、当時においては夢の世界であったのだろう。
 今では、観光名所として管理されているのであった。
 二人は、公園を一巡し、記念館で、ガウディの使った家具や調度類を見てガウディの息遣いを吸い、また待たせておいた車に乗った。
「カサ・ピセンス」
と、T先生が行き先を告げると、車は静かに坂道を下った