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おぼろ男=おぼろ夜のおぼろ男は朧なり 三佐夫 

小説・エッセー。編著書100余冊、歴史小説『命燃ゆー養珠院お万の方と家康公』(幻冬舎ルネッサンス)好評!重版書店販売。

裏の離れに住む

2014-06-09 19:55:56 | 小説
おめぇさんは、母屋の裏の離れに泊まってもらうだよ。きのう、片づけておいたし、布団も干しておいたからよう眠れるだっぺぇよ。」
「有難うございます。父や母からもよろしくと言われて来ました。ぼくは、何しろ体が弱いので、皆さんにお世話になりますが、気を使わないでください。」
「ああ、それは、家の者たちもよう知っているからしんぺぇねぇよ。それで、朝昼晩の飯は、一人で喰うかい。それとも家の者たちと一緒に喰うかい。」
「ぼくは、朝寝坊ですから朝は一人で食べますから入り口に食事を置いておいて下さいませんか。」 
「それじゃぁ、昼は家の者は出かけているからおらと一緒に喰うかい」
「はい、有難うございます。夕方だけは、皆さんと一緒に食べさせて下さいませんか。」
「それは、賑やかになっていいねぇ。寺の鐘が鳴ると、晩飯の用意をするからそれまでには家へ帰っていてくれよ。」
「はい、わかりました。僕は、体の調子が良い時は、山や、浜へ出かけて、絵をかいていますから寺の鐘の音を合図に帰って来ます。」
「ああ、そうしてくんなよ。おめぇさんが遅れると、家の者たちは、待っていなけりゃなんねぇからよ。それじゃ、腹がへったっぺから昼飯にするべぇよ」
 二人は、沢庵こうこと、小魚のひもにワカメのみそ汁で麦飯を食べた。青年は、早起きのせいか、空気がよいからか、お代わりをした

貝の笛

2014-06-08 19:31:34 | 小説
 貝の笛 
 重いリュックサックを背負った青年は、大きなスケッチブックを肩にかけ、絵具箱を左手にして、改札口を通って、房総方面行きのプラットホームに向かった。いつもは、兄や母と一緒なのだが、それは避暑だからで、今度は、かかりつけの医師から
「君の病気には、気候が温暖で、空気のきれいな海岸がよいだろう。特に季節の変わり目によく発作が出るからその兆候が出たらすぐに行くと良い」
と言われて、いつも家族で夏と、冬に数日間泊まる行き付けの船大工さんの離れに一人で当分暮らすことになったのである。
 青年には、かなり重い喘息の持病があり、季節の変わり目に発作が起きると物も食べられなくなるので衰弱がひどいのであった。
 電車を両国で乗り換え、蒸気機関車の引く汽車に揺られて、市川、船橋、千葉を過ぎて、茂原、一宮、そして目指す御宿駅に到着した。早朝に東京を出て、着いたのは昼過ぎであった。
 潮騒が快い響きであたりを包み込んでいる。
 まだ、海水浴シーズンには早いので、駅前は閑散としていた。改札口を出ると、顔なじみの船大工の家のお婆さんが迎えに来ていた。
「まぁ、おめぇさん、よう来なさったねぇ。病身には、こたえっぺねぇ。おれが、荷物をみんな持つから空身できなせぇよう」
 と言うと、ひょいと荷物を取り上げて、すたすたと歩きだした。さすがは、浜で鍛えただけあって、青年には重い荷物を軽々と持って速足で歩いていく。青年は、遅れまいとその後を追いかける。

満員の講演会

2014-05-17 18:09:01 | 小説
 お万の方の出生地と目される外房勝浦市で1時間40分の講演をしてきました。
 開始時間寸前に幹事が、控室にあわてて入ってきて
「席が足りないので会場整理をしますからしばらくお待ちください」と言う。
 漁村の文化的な行事では、人集めで苦労するのですが、動員もしないのに230名ぐらいがお出でになったという。
 珍しいことですが、戦国末に勝浦城で生まれた姫君は、今でも人気があるのでした。マスコミ各紙が、書評を書いてくれたこともあって、盛会になったのでしょう。
 まずお万様にお礼を申し上げなければ申し訳ないのです。
 私の話は、面白おかしく小説の背景を語ることに主眼がありますから聴衆が、居眠りや、私語・退席をしなければよしとします。できれば数分間に1回は、笑いを誘うことも大切なのです。
 小説は、刊行されると、頭の中はリセットされてしまい、読み返すこともしないのですから話の内容も年代・地名・人名などは、定かではありません。
 まぁ聞き手にとっては、失礼千万なことでしょうが、こちらの事情でご勘弁願うのであります。
 今日は、もう少し話したいこともありましたが、時間切れで、心残りは、次回へと言うことで終わらせていただきました。
 菓子店「松月堂」のご主人から「お万布さらし」の銘菓を土産にいただき、感謝いたしたのであります。このお菓子は、黄粉餅に近いものでありました。甘露!甘露!!
 
名月を背に海を行くお万母子

農民文学の老作家

2014-05-13 19:47:00 | 小説
老作家遠山あきさん
 気がかりなのは、養老渓谷の入り口にお住いの農民文学作家遠山あきさんのご消息である。
昨年、私の地酒と肴の出版記念会には、娘さんの付き添いで千葉市までお出でになられて、お元気に祝辞を述べて下さった。だが、何しろ95歳だからお便りがないと心配になる。この頃は、筆不精にややなられたようである。
 歴史小説を先日お送りしたが、感想もお便りもないので、もしやすると、介護ホームにでもお入りになられたかと思って、昨夜お電話をした。
 電話口にお出になられて、矍鑠としたお話をされたので、ひと安心であった。
 私の小説も数回お読みになられていて、面白いし、読みやすいと言うことであったから安堵した。
「わたしは家族と、父に付いて布施小学校に転校し、小学校3年生の1年間を過ごしましたよ」
と、おっしゃる。これは、初耳であったが、お父上がその頃全国を風靡していた自由教育の実践者であり、大多喜の上瀑小の校長から布施村(現在は、御宿町といすみ市の管轄である)の校長へと左遷されたのだそうである。
 この小学校は、二つの行政区にまたがって、今も組合立として存続している。遠山さんは、2年前にその学校をお訪ねしたそうで、懐かしかったとおっしゃる。
「今度は、同じ町の月の沙漠のある海岸へお出で下さい。私の住む所はすぐ目の前ですから」
と言って、電話を終えたが、お元気なのは、何よりであった。ひと安心である。
 そのあと、近所の岩村実さんにもお電話をした。若いころからの国語教育の研究仲間なのだが、今は御宿町の教育長を退いて、健康維持のために海岸の散歩などで余生を送られている。この岩村さんも、若いころ、布施の学校に勤められていたので、遠山さんの情報を電話したのである。近くに住んでいても普段は、あまり会えないので、電話でご健在を伺ったのである。
 まぁ年齢を重ねると、知人や友人の消息が、いろいろと気にかかるものであるが、お二人はお元気で何よりであった。自由教育については、いつか触れたいのだが、今はその時間がないのが残念である。

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2014-05-13 19:42:36 | 小説
老作家遠山あきさん
 気がかりなのは、養老渓谷の入り口にお住いの農民文学作家遠山あきさんのご消息である。
昨年、私の地酒と肴の出版記念会には、娘さんの付き添いで千葉市までお出でになられて、お元気に祝辞を述べて下さった。だが、何しろ95歳だからお便りがないと心配になる。この頃は、筆不精にややなられたようである。
 歴史小説を先日お送りしたが、感想もお便りもないので、もしやすると、介護ホームにでもお入りになられたかと思って、昨夜お電話をした。
 電話口にお出になられて、矍鑠としたお話をされたので、ひと安心であった。
 私の小説も数回お読みになられていて、面白いし、読みやすいと言うことであったから安堵した。
「わたしは家族と、父に付いて布施小学校に転校し、小学校3年生の1年間を過ごしましたよ」
と、おっしゃる。これは、初耳であったが、お父上がその頃全国を風靡していた自由教育の実践者であり、大多喜の上瀑小の校長から布施村(現在は、御宿町といすみ市の管轄である)の校長へと左遷されたのだそうである。
 この小学校は、二つの行政区にまたがって、今も組合立として存続している。遠山さんは、2年前にその学校をお訪ねしたそうで、懐かしかったとおっしゃる。
「今度は、同じ町の月の沙漠のある海岸へお出で下さい。私の住む所はすぐ目の前ですから」
と言って、電話を終えたが、お元気なのは、何よりであった。ひと安心である。
 そのあと、近所の岩村実さんにもお電話をした。若いころからの国語教育の研究仲間なのだが、今は御宿町の教育長を退いて、健康維持のために海岸の散歩などで余生を送られている。この岩村さんも、若いころ、布施の学校に勤められていたので、遠山さんの情報を電話したのである。近くに住んでいても普段は、あまり会えないので、電話でご健在を伺ったのである。
 まぁ年齢を重ねると、知人や友人の消息が、いろいろと気にかかるものであるが、お二人はお元気で何よりであった。自由教育については、いつか触れたいのだが、今はその時間がないのが残念である

明日の千葉日報紙に歴史小説の紹介が掲載されます。

2014-05-12 19:17:34 | 小説
 マスコミの取材ほどありがたいものはありません。昨日の読売紙の反響も多く、読者がだいぶ増えたようです。
 さらに明日は、千葉日報紙に掲載されますからまた楽しみが増えました。お読みいただきたく思います。
 今日は、妻が通う介護サービスの施設でも紹介があったそうですからこれはもう思いがけない喜びです。姉夫婦もスクラップにしてくれたそうでありがたいことです。
 感想もいろいろと寄せられていますから勉強になりますし、次の執筆の参考にもなります。
 感謝!感謝!!です。

大河歴史小説「命燃ゆ」紹介記事

2014-05-11 12:12:06 | 小説
「小説をきっかけに、お万の方を多くの人に知ってもらえれば」
と語る安藤さん
 
徳川家康の側室で紀州徳川家と水戸徳川家の初代藩主の母の「お万の方」の生涯をテーマにした小説「命燃ゆ 養珠院お万の方と家康公」を御宿町の文芸家安藤三佐夫さんが出版した。勝浦城主の娘として生まれ、戦国時代と徳川幕府の幕開けを生き抜いたその姿を、少ない資料を頼りに生き生きと描き出しており、「信念、理念を貫く女性が勝浦から出たことを多くの人に知ってもらいたい」と話している。(石川 純)
 お万の方は1577年、勝浦城主の正木頼忠の娘として生まれた。勝浦市の八幡岬には、勝浦城落城の際、母親らと約40メートルの断崖に布を垂らして下り、逃げたとされる「お万の布さらし」伝説も残る。
 安藤さんがお万の方に興味を持ったのは5年前。房総半島の歴史を調べていたところ、勝浦で昭和初期頃まで、お万の方をまつる「万信講」が続くなど、地域とお万の方の深いつながりが近代まで長く続いていたことを知った。
 調べると、単に紀州、水戸徳川家の初代藩主2人の母であるだけではなかった。女人禁制だった日蓮宗の総本山・身延山久遠寺の奥の院「七面山」(山梨県)に女性として初めて登り、女性も入山できるようにしたことや、帰依する日蓮宗の僧が家康の怒りに触れ、処刑されそうになった際には、家康に進言して撤回させたこともわかった。「この時代の女性としては珍しい自分の信念、理念を貫く姿」に驚き、小説にしたいと考えたという。
 小説化にあたっての課題は資料の少なさだった。幼少期の生活から17歳で家康に見初められ、仕えることとなった経緯、大奥での生活ぶりなど生涯にわたって記録は少なく、寺への寄進の記録などの周辺資料から類推するなどした。
 小説では、側室となる前の淡い恋物語や家康との仲むつまじい会話など記録だけではたどれない生活も描写した。
 安藤さんは、「あらためてお万の方に注目が集まり、勝浦が盛り上がってくれれば」と話している。幻冬舎ルネッサンスから、税別1500円。電子書籍としてアマゾン、アップル、楽天、紀伊国屋書店などで配信もしている。
 
安藤さんによる作品の講演会が17日午後1時半から勝浦市役所4階大会議室で開かれる。入場無料。また、いすみ市大原文化センターでも23日の1時半より開かれる

明日の読売紙(千葉県版)をお読みください!

2014-05-10 19:36:45 | 小説
 明日の読売紙が、朝日、毎日に続いて「命燃ゆー養珠院お万の方と家康公」(幻冬舎ルネッサンス)を紹介してくれます。どんな内容になりますか、楽しみです。ぜひお読みください。作品は、紙以外に電子出版もしています。キンドル・紀伊国屋・ソニーなど5社が掲載していますから手軽に安く読めます。
 明日は、早起きしましょう。よろしく

増刷へ向けてー。

2014-04-28 19:50:12 | 小説
困りましたぞ!
大河歴史小説「命燃ゆ」が、書店にもなくなってしまったようで、私に友人からも問い合わせが来る始末です。ところが、作者自身も1冊だけしか持っていないのです。
出版社は、営利ですから品切れになれば、良いのかもしれませんが、どうにも義理がたちません。と言っても自費で増刷するとなれば、これはポケットマネーが不足してしまいますから尻込みをしています。今まで自費出版と言うのを手掛けたことがないので、こういう事態を想定していませんでした。まだ出版してから40日ぐらいですからこれからマスコミなども紹介して下さる予定ですので、どうなるか、危惧するばかりでござりまする。

電子書籍「命燃ゆ」スタート

2014-04-25 17:07:06 | 小説
 今日から歴史小説「命燃ゆ」の電子書籍が見られますので、お知らせします。
 AmazonKindle
Appleibooks
楽天kobo
紀伊國屋書店
 SONY Reader Store

の5社です。
 お手元に本をお持ちでない方にお勧めいたしますので、知人・友人にもご紹介ください。
 朗報一つ!
 「日蓮宗新聞社」が、この本を紹介・販売をしてくださいます。有り難いことです!!
 これも主人公の養珠院お万の方のお導きと感謝申し上げます。