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おぼろ男=おぼろ夜のおぼろ男は朧なり 三佐夫 

小説・エッセー。編著書100余冊、歴史小説『命燃ゆー養珠院お万の方と家康公』(幻冬舎ルネッサンス)好評!重版書店販売。

狂気について

2014-08-25 15:56:40 | Weblog
 私は若いころからいろいろな会に関わって来ましたので、思いもかけない場面に遭遇したりします。
 たとえば、良かれと思って、助言したり声をかけたりした善意を逆に取り違えて逆上し、周囲に悪評をばらまいたりすることがあります。ことに前後左右の見境なく狂気になってしまう方もたまにあります。
 いつも狂気ならば、病院に入ってもらうことになるのですが、ある日突然狂乱状態になって、また翌日は、元のおとなしい態度になる方には、同情はしても遠ざける方が無難でしょう。いやな気分にまたなりますからね。
 今も私は酒の会に関わっていますが、会がスタートする前に必ず場を乱す習癖(酒乱)のある方は除名すると心得に入れることにしています。
 この習癖のある方は、今までの経験上では、10人~20人に一人はいますから用心が大事です。しかし、付き合いの初めから人を疑ってはなりませんから見極めるのは、至難に近いのです。人は、すべて善人であるという前提に立たないと集団や交際は成立しないのですからそういう人物に巡り合ったら隠忍自重してお釈迦様のような慈愛の心で対応しないとなりません。いくら罵詈雑言をかけられても。我慢我慢!ですぞ。
 芥川龍之介の「蜘蛛の糸」のお釈迦様の深い悲しみを思い出して対応せねば、その場は修羅場になってしまうでしょう。
 こういう習癖のある人物は、普段は借りてきた猫のような態度を示しているのが普通ですが、何かの拍子に乱れだすと、周りの迷惑や集会の趣旨や自分の立場をなどをまったく忘れ去ってわめきちらし、見境なく相手を誹謗しますからそれは、心得ておかねばならないのです。
 私の人生の中では、思い出すと10数人ほどの名と顔が浮かびますが、その人たちのその後は、なぜか気になるものです。

南洋の髪飾り

2014-02-07 17:20:40 | Weblog
ミゲルが岩和田に来て三日がたった。鯛は、とても悲しくて食事の用意が手につかないのだった。
みんなが、朝食のお膳を囲むと、ミゲルが口を開いた。
「みなさま~お世話になりましたよう。今日の夕方に~江戸へ行きます。また~休みが取れたら~お邪魔しますよう。有難うごぜぇました」
「船の訓練は、まだ時間がかかるのかい?」
 お父っさんが尋ねた。
「そうですねぇ、よくは分かりませんが~夏のころまでぇかかりそうですよう」
「ああ、そうだっぺなぁ。何しろこの海の向こう側まで行くんだそうだから訓練もてぇへんだよう」
 お爺さんは、ミゲルを本当の孫のように思っているのであろうか、さびしそうにポツンと言った。
 お母っさんが、
「また、来なよねぇ。体に気をつけるんだよう。それにしてもルソンの家族には、無事だと言うことを知らせたのかね?」
「それは~わかりませんが~遠い国から来ている~神父様が~南の国へ~行くときに~ロドリゴさんの~手紙を持ってゆきます」
「それならルソンの家族にも知らせが届いているかも知れねぇな」
と、お父っさんが言った。
 鯛は、みん名の話を黙って聞いていたが、心の中では新しい船が大風で沈んでしまえばいい、などと考えていた。
 その日は、オットーとミゲルは、浜に出て、サンフランシスコ号から流れ出している品物を探す仕事に精を出した。昼過ぎに鯛が二人の弁当を持って浜に行くと、流れ着いた南洋の小さな髪飾りを差し出して
「鯛さん、本当に~有難うねぇ、有難うねぇ」
と、何度もお辞儀をした。
 オットーもやっと覚えた日本語で
「有難う~ごぜぇますだ」
と、ぴょこんとお辞儀をして、お礼を言った。
 鯛は、髪飾りを握りしめて、何も二人に声をかけずに背を向け、家の方へ駆けだした。


もう離さねぇだ

2014-02-06 19:21:15 | Weblog
「ミゲルさん、江戸へ帰らねぇでよう。おらぁは、はぁ離さねぇだ」
 鯛は、ミゲルを力の限りぎゅうっと抱きしめて、耳元でささやいた。
「また~来るからね~。御免なさい。行かないと~ロドリゴさんに叱られて~しまいます」 
「だけんが、ミゲルさんは、じきにアカプルコに行ってしまうんだべぇ。今度は、いつ来るの?」
「浜辺に~花が~咲くころに~きっと来るからねぇ。それまで~私を~待っていてくだせぇよ」
「ほんとだねぇ。嘘つくと、指を切ってしまうだよ」
 鯛は、そう言うと、振り返りもせずに大風の吹く中を真っ暗な浜辺へ駈け出して行った。空には、小さな貝を散りばめたような星たちが、瞬いていた。


体で温めあう二人

2014-02-05 19:18:40 | Weblog
夕食の時だった。お父っさんが、笑いながら言った。
「ミゲルさんよう。岩和田もいい所だっぺよう。どうだい、アカプルコなんかに行かねぇで、ここに暮らさねぇかよう」
「えっ、ここに~住むのですか~。でも、わたしに~出来る仕事が~ありませんよう」
 ミゲルは、目を白黒させて、答えると、お母っさんが、からかった。
「でぇじょうぶだよう。この村には、食う物は何でもあるし、冬でも雪は積らねぇからね」
「それでも~ルソンは~いつでも裸で~暮らせますよう」
 ミゲルは、真面目だから本気で答えたのだった。
 鯛は、「本当にミゲルさんが、ここで暮らせばいいなぁ。でも、異国の人が岩和田に住むのは大変だ」と、心の中で思うのだった。
 お爺さんが、
「ミゲルさんは、いつ江戸に戻るんだい」
と、尋ねると、
「はぁい、わたしは~あしたの夕方に~ここを出て~次の朝に~ロドリゴさんの所に~着きますよう」
「ほう、そりゃ大変だなぁ。若いから体がもつのだねぇ。まぁ体に気を付けるんだよ」
と、お母っさんが言った。
 夕食の後、鯛は裏の納屋に明日の野菜を取り出しに行った。その後をミゲルがついて来て、後ろから鯛に抱き着いた。二人は、もつれて藁束の上に倒れた。
 そのまま二人は、きつく抱き合っていた。
 長い時が過ぎた。
「ミゲルさん、どうして江戸へ戻るんだい。ねぇ戻らねぇでくんどよう」
 鯛は嗚咽をしながらミゲルをきつくきつく抱きしめていた。
「鯛さんねぇ、また来るから~明日の夕方には~帰らせてくださいねぇ」
 鯛は、子供のようにいやいやをして泣きじゃくっていた。浜の南風が北寄りに代わり、ひゅうひゅうと辺りを吹き飛ばしそうな強風になった。若い二人は、風の音を耳にしながら互いの温みで体を温め合っていた。


鯛さんの目

2014-02-04 20:30:08 | Weblog
ミゲルは、昼過ぎに目をさまして、「鯛さん」を呼んだが、だれも家にはいなかった。オットーもマストを引き揚げに浜へ出かけていた。のどが渇いているので裏手にまわると、鯛さんが、畑で菜っ葉を摘んでいるのが見えた。
今夜のおかずの材料とりをしているので、ミゲルが起きたのには気づかなかったが、旨い物を食べさせようと朝から一生懸命に働いていた。浜では、ワカメが打ち寄せられていたのを拾い集めたし、栄螺も五個ほど獲ったのである。
「これにお父のとって来る小魚の煮つけがあれば、何とかなる。春先のワカメ汁は、とても旨ぇのだ。ミゲルさんもうめぇ、うめぇと言って食ってくれるにちげぇねぇよ」
 と、独り言を言いながら菜っ葉の若芽を摘んでいた。
 家にミゲルさんがいるのだと思うと、自然に元気が出るのだ。
「鯛さん、お手伝いを~しましょうか~」
と、後ろからミゲルが声をかけたので、不意を突かれた鯛さんは驚いたが、振り返って
「目が覚めたかい。よう寝ていたから起こさねぇったが、腹が減ってるだっぺぇよ」
と、尋ねた。
「わたし~朝、沢山~たべたから~減っていませんのでぇす。次は~なにを~致しますかぁ?」
「ああ、そんならこの鍬で畑をうなってくんど。石ころがいっぺぇ混じっているから容易じゃうなえねぇだよ」
「そうですか~わたしは~ルソンで~山にタロイモや~バナナを~植える仕事もしていましたよう。だから~鍬は旨く使えま~す」
と言うと、医師だらけの畑を耕しだした。
「ミゲルさんが、おらがにいると助かるねぇ。ずうっとここへいてくんどよう」
 鯛は、自分の気持ちは、はっきりとミゲルに伝えた。
 その目は、ミゲルをじぃっと見つめて、瞬きもしないのであった。
 ミゲルは、鯛に見つめられて、なんと返事をしたらよいのか困ってしまった。


ミゲルが帰ってきた!

2014-02-03 19:47:10 | Weblog
">船を操作する乗り組み員の者たち百二余りがロドリゴさんに連れられて、江戸の向かった。鯛の家にはオットーが残ったが、ミゲルがいない家は、鯛にはとてもさびしかった。
 岬の山桜が、ちらほらと咲き出した日のことだった。
 江戸に行ってしまったミゲルが、岩和田に朝早く戻って来た。
「船の~練習が~三日の間~お休みに~なりましたから~わたしは~眠らないでぇ帰って来ましたよう。鯛さんは~お元気でしょうか~」
 ちょうど、みんなで朝飯を食べていたので、
「やぁミゲルさんも上がって、朝飯を食うといいよ」
と、おっかさんが言った。
「どうも~有難うごぜぇます」
ミゲルは、おなかを減らしているので、鯵や鰯の煮つけを頭からもりもりと食べた。
「ミゲルさん。わたしのも食うといいよ」
と、鯛は自分のおかずの皿を差し出した。 
「ありがとうねぇ、こちらの~御飯は~うまいなぁ」
と、ミゲルは出された物を全部平らげてしまった。
 おじいさんが、尋ねた。
「ミゲルさんよう、江戸に行った人たちは、みんな元気かい」
「おかげさまでぇ、みんな元気で~すよ。ただ、船を動かすのが~とても難しいので~みんな困っていますよう」
「その船でアカプルコまで行くんだからようく練習しねぇと大波に飲まれてしまうだよう」
と、漁師のお父さんが、心配そうに言った。
 鯛が、気を利かして
「ミゲルさん、夜も寝ねぇで来ただかん、布団を敷いてやるから少し寝るといいだよ」
と、隣の部屋へ行って寝る用意をしてやった。
 満腹のミゲルは、布団にばったりと倒れるようにして眠った。鯛は、その寝顔をじぃっと見つめているのだった
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半月の浜辺

2014-02-02 19:33:04 | Weblog
後をミゲルが追いかけて来た。
「鯛さあん。鯛さん。どこに~いるのですか~」
 夢中になって、砂浜を西へ東へと走り回っているが、潮鳴りにその声はかき消されるばかりであった。ただ、鯛には、犬の遠吠えのように悲しく海に吸われてゆくミゲルの声がかすかに聞こえるのである。
 その声を聞くと、さらに悲しくなり、鯛の嗚咽は止まらないのである。
 岩和田の岬から半月が登って来て、鯛の泣き崩れている姿が、ミゲルの目に入った。ミゲルは、砂浜に足をとられて何度か倒れたが、鯛の泣き伏しているところにたどり着いた。
「鯛さ~ん。泣かないで~くださ~い。あなたが~泣くと~わたしも~悲しくなってしまいま~す」
ミゲルは、やしく鯛の背をなでるのであったが、それでも鯛の嗚咽は止まらない。困り果てたミゲルも、とうとう泣き出してしまった。
こうして二人は、潮鳴りに包まれて、半月が勝浦の八幡岬に沈むまで、悲しみに沈んでいた。
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潮鳴り

2014-02-01 20:10:27 | Weblog
鯛には、心配の種が増えてしまった。それは、間もなくミゲルがアカプルコに向かって船出するからである。その日がいつになるのかは、まだ聞いてはいない。でも、ミゲルはもう知っていて、ただ鯛に言わないだけなのかも知れない。
「ミゲルさん、いつ船出をするの?」
と、尋ねたいのだが、その言葉は、のどに引っかかって、どうしても出ないのだ。
また、食事の時など、ミゲルも鯛の前では目をそらしてしまうので、ますます尋ねるのが怖いのであった。
それでも月の良い晩には、お互い誘わないのだが、砂丘の陰や、海女小屋でひそかに会うのであった。会えば、若者同士のことだから黙って抱擁し、愛の契りを結んでしまう。
ある夕方のことであった。浜から帰ってきたおっかさんが、
「ノビスパンの者たちが、江戸へ行くことになったそうだ。今日、名主が村の者たちを集めて、そう話したぞ」
 お爺さんが、言った。
「そうか、そりゃぁよかったなぁ。きっと船の用意が出来たんだっぺ」
 鯛は、息が詰まってしまって、浜へふらふらと出た。
 潮鳴りが、いつもより激しく聞こえて、砂の上にへたへたと座り込んでしまった。とめどなく涙がこぼれるのであった。
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どんど焼きの夜

2014-01-31 19:48:01 | Weblog
二人がびしょ濡れで家に帰ると、庭先で焚火をして、網づくろいをしていたおっかさんが
「あんだよう、頭から足までかぶだれ餅を食っちゃったなぁ。あじょ(どう)しただよう。早く火に当たれよう。風邪を引くじゃねぇか」
二人を見て、びっくりして大声を出した。
この事件がきっかけで鯛とミゲルは、愛し合う仲になった。それは、若い二人にとっては、間もなく決断を迫られることになるのだが、男女の愛情は障害や条件を考えては成り立たないのだ。
ドンロドリゴさんなどが、臼杵から帰って間もなく、帰国の第1陣は、サンタ・アナ号に乗るために東海道を西へ向かった。残りは、ウイリアム・アダムスが造ったサヴェナベンツーラ号で帰国することになった。
太平洋の潮風を受ける岩和田の浜は温暖だが、それでも冬は寒い。元日には、大宮寺に村人はお参りする。鯛は、ミゲルを誘ってお参りした。もっともこの寺には、サンフランシスコ号の遭難者の主な者たちが仮住まいをしているが、正月は山門と本堂にしめ縄を張り、村人は例年通りお参りをした。
「どうか、いつまでもミゲルさんと一緒にいられますように」
 鯛は、声には出さないが、そうお祈りをした。ミゲルは、鯛の気持ちは分かるのだが、やはり父の生まれたアカプルコに渡りたいと言う初めからの願いがあるので、迷っていた。それに村の若者たちは、ミゲルが鯛と仲が良いのを快くは思っていないので何やかやと嫌がらせをしたり、陰口をきいたりする。
 正月の十五日の夜は、浜へ打ち上げられた流木を山のように積み上げて、どんど焼きをする。ご馳走を持ち寄り、火の周りを囲んでの飲めや歌えやの宴は夜中まで続く。
 鯛と、ミゲルは、その賑わいをさけて、田尻の浜へ行った。沖にはサンフランシスコ号の残骸が、浪に打たれている。崖の下の海女小屋に二人は入って、黙って抱き合った。折から満月が山の上に出て、二人の顔を照らした。
 自然に唇を二人は求めていた。
 時は、緩やかに過ぎて、聞こえるのは海鳴りばかりであった。
 こうして、二人の若者は結ばれたのであった。