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おぼろ男=おぼろ夜のおぼろ男は朧なり 三佐夫 

小説・エッセー。編著書100余冊、歴史小説『命燃ゆー養珠院お万の方と家康公』(幻冬舎ルネッサンス)好評!重版書店販売。

お婆の涙

2014-07-08 19:31:17 | 小説
「先生、お婆はおこんねぇかなぁ。おこったら助けてくんど」
「ああ、いいともよ。お婆には、ぼくからも話すからね」
「うちのお婆は、怒ると、すげぇおっかねぇからよ」
 内へ入って行くと、
「さよりかぁ、えれぇ遅いじゃねぇかよ。どこへ行ってただい」
「先生に絵を見てもらってからおっかぁさんに会いに行っただよ」
「何、おらが、あれほど行くじゃねぇと言ってあるのによう」
「それでね、お婆が寝たきりだって言ったばよ、うちへ帰って来てくれるってよ」
「えっ、そらぁおいねぇ(いけない)ぞ。おめぇのおっかぁは、おらが追い出しただからよ。おらは、すぐにようなるぞ」
「でもね、おっかぁは、涙をこぼしていただ。お婆も、おらもしんぺぇだってよ」
 星郎先生が、口をはさんだ。
「おばぁさん、今までのことは今までのことです。さよりちゃんも頑張っていますが、まだ小さい子どもです。そういつまでもおばぁさんの面倒を見ることは出来ませんよ」
 そこへお父さんが帰って来た。
「話は外で聞いていたよ。おっかさんがけぇって来てくれれば、ありがてぇことだ。お婆も、さよりも助かるからなぁ。それにおれも漁に精を出せるからよ」
 おばばは、目をつむって黙って聞いていたが、涙が頬に伝わっていた。いくら気の強いお婆も、やせ我慢をいつまでもしてはいられねぇったのだ。
「お父さん、おかぁさんは、明日には来ることになっていますからよろしく頼みますよ」
 星郎は、そういうと外へ出た。岬の上に半月がかかっていて、潮騒が珍しく優しく響いていた

夕焼け空

2014-07-07 18:00:34 | 小説
 さよりは、絵を抱えきれないほどたくさん持ってやって来た。
「お婆に昼飯を食わせてから来たかんおそうなってしまったよ。毎日、絵を描いていたのでこんなにいっぺぇになってしまっただ」
 座敷に1枚1枚丁寧に絵を広げ出した。
「どれ、どれ、なかなかいい絵があるぞ。これなんかは、ぼくもかなわないね」
 星郎先生は、若い海女さんが子供に乳を与えている絵を取り出して、感心していた。
「そうかい、岩和田の方へ昼ごろに行くと、大勢の海女さんと、子どもたちがいるだよ。だから可愛い赤ん坊を抱いている海女さんを描いただよ」
「ふうむ、成程なぁ。ぼくも今度描いてみたいものだよ」
「その時は、おれが連れて行ってやるよ」
 さよりは、思いがけなく先生に絵をほめられたので、嬉しくなった。
「さよりちゃん、あなたのおかぁさんは、どこに住んでいるの」
 急に尋ねられたので、さよりはちょっと困った顔をして、星郎先生の眼をのぞいた。何で、先生がおっかぁのことなんか尋ねるのか、分からなかったのだ。
 先生のまなざしは、真剣だった。さよりは、悲しい顔になってしまったが、我慢して
「おれのおっかぁは、この山の向こうに爺さん、ばぁさんと三人で住んでいるよ」
「それで、さよりちゃんは、会いに行くことはあるのかい」
「うん、お婆には、行っちゃぁいけねぇって言われているけどよう、たまには会いに行ってるだよ」
「そうだったのか。それじゃぁ、ぼくを連れて行ってくれないか。二人ですぐにあなたのおかぁさんに会いに行こうよ」
「お婆には言っちゃぁ行けねぇよ。でも、何しに先生は行くのかい」
「それはね、さよりちゃんが、もっと元気になって、絵を一杯描くように頼もうと思っているんだよ」
「ふうん、それなら内緒で連れて行くよ」
 二人は、手をつないで、山道をおかぁさんの住む家へ向かった。さよりは、喜んで、星郎先生の手をぐいぐい引っ張って速足で行くので、病弱な先生は、息切れがした。
「さよりちゃん、ちょっと休もうよ。ぼくは疲れてしまったよ」
「うん、いいよ。先生は弱虫だねぇ。ここからは、海が見えるからね」
と、小高い丘の大木が日陰を作っているところに先生を連れて行った。
「先生、ちょっと待っててね」
 さよりは、駆け足で森の中へ消えて行ったが、すぐに帰って来た。小さなお椀を大事そうに持っていた。
「先生、疲れたっぺ。この水を飲むと元気が出るよ」
 お椀の中には、清んだ冷たい清水が汲まれていた。 
 星郎は、一気にそれを飲んで、
「ああ、うめぇなぁ。ありがとうよ。疲れが、吹き飛んだよ」
 さよりは、ニコッと笑って、またお椀を返しに走って行った。
 星郎は、この子のために自分の出来ることは、何でもやってやろうと思った。
 丘の上からは、細魚のおかぁさんの住むところは、20分ぐらいの距離であった。
「先生、ちょっと待っててね。おっかぁがいるか、見て来るからね」
「あの茅葺の屋根が、そうか」
「うん、そうだよ」
 ウバメガシの森の中に小さな古い家がポツンと建っていた。
 しばらくすると、さよりが戻って来て
「おっかぁは、裏の畑にいただよ。先生が来るって言ったらたまげていただよ」
さよりは、おかぁさんに会ったからだろう。急に子供らしい元気な声になった。
「からっ茶ですが、お飲みくだせ。さよりが、えらぁくお世話になっているそうでごぜぇますね。この前、来た時に先生さまのことを話してくれたですよ」
「いやぁ、さよりちゃんは、とても絵が上手で、優しい子ですから」
 そこへお爺さんと、おばぁさんも帰ってきて
「先生さまのお蔭で、学校へ行くようになったそうで、本当に有難うごぜぇますだ」
「何しろ、この子は生まれつき手の指が欠けていたもんで、浜の姑のばぁさまがね、怒って、母親を追い出してしまった」
「だからこの子は、母親と暮らさないので、いろいろと不自由をかけてしまっているですよ。そう言うわけで意気地もねぇから学校も休みがちでした」
星郎は、ひととおり話を聞くと、自分の考えがまとまって来た。
「じつは、浜のおばぁさんが、弱っていて、この夏は、さよりちゃんが、面倒を見ていたのだそうです」
「えっ、この子が姑ばぁさんの世話をしていたですかい。さより、本当かい」
 おかぁさんが、目を丸くして尋ねた。さよりは、恥ずかしそうに下を向いたまま、こっくりした。
「えれぇもんだなぁ、こんな小さな子が、ようくばぁさんの世話をしたもんだ」
「あの気の強いばぁさんも年にはかなわねぇだなぁ。それにしても、これからどうしたらいいもんだろう」
 さよりを囲んで3人は、黙り込んでしまった。
 おかぁさんが、きっぱりと言った。
「さよりにこれ以上は迷惑はかけられねぇよ。おらが、婆様の面倒を見にもどるべぇ」
「えっ、かぁちゃんが、おらの家へ戻って来るのかい」
「それしかねぇだっぺ。さよりに婆様を見てもらうわけには行かねぇ」
 星郎が、発言した。
「細魚ちゃん、良かったねぇ。これから僕も付いて行くからあなたがおばぁさんに言うのです。おかぁさんが、おばぁさんの面倒を見るので帰ってくるとね」
「それでうまく行くなら今までの苦労も消えるだろうよ。良かったなぁ、ばぁさま」
「そうだねぇ、おめぇは、ご苦労だけんが、可愛いさよりのためにも浜の家へもどって、姑の世話をしてくんど」
星郎は、丁寧に頭を下げて
「今から僕も行ってきちんと話をつけさせていただきますからおかぁさんは、なるべく早くに浜の家へお出で下さい」
 星郎先生と、さよりは、急いで浜の家に向かった。夕焼がとても美しく空を染めていた。

見舞い

2014-07-06 19:28:24 | 小説
 星郎先生に学校が頼んで図画を教えてもらっていることが県庁にまで届いてしまって、正式の資格がない人を先生にしていることが問題になっていたのだが、校長先生は県庁のえらい人の注意を無視して
「良い先生は、資格のあるなしではありません」
と、答えて言うことを聞かなかったのだ。
村長さんも
「子どもたちが喜んで教えてもらっているのだから校長先生、頑張ってください」
と、励ましていた。
夏休みになると、浜の子は漁の手伝い、山の子は畑の手伝い、店の子は家の手伝い、とそれぞれが大人に負けない仕事をする。こうして、子どもたちは成長して行くから夏休みが終わると、見違えるようにたくましくなっている。
夏休みもあと5日と言う時のことだ。
「さよりちゃん、星郎先生が、汽車を降りて駅前を歩いていたよ」
駅前の土産物屋の絹子が、さよりの家に走って来て教えた。
「えっ、もう帰って来たのか。それじゃぁ船大工さんの家に行ってみるべぇ」
 二人は、走って行った。
「先生よう、けぇってきたかい」
 開けっ放しの入り口からうちの中へ入っていくと、はだかの先生が首に手ぬぐいを巻いて出て来た。
「約束どおり返って来たよ。みんなは元気かい」
「みんな、元気、元気。おらは泳ぎが上手くなっただよ」
 絹子は、得意になって答えた。
「さよりは、あまり日焼けしていないようだが、病気でもしたのかい」
 先生は、心配そうに尋ねた。
「病気にはならねぇったけんが、お婆が病気になってしまって、おらが家のことをしていただよ」
「それは偉かったねぇ。それでお婆さんの具合はどうだい」
「このところ、でぇぶよくなって、おらの手伝いも減ったから毎日絵を描いて留守番していただよ」
「そうだったのか。絵は上手くなったかな。見たいなぁ。あした持って来なさいね」
「はぁい、先生に見て貰いてぇから一生けんめいに描いただよ」
さよりは、嬉しそうに笑った。
星郎先生が、返って来たと言うことは、狭い村だからすぐに子どもたちに伝わって、昼過ぎには、大勢が集まって来た。
「先生、お帰りなせぇ」
太一が、大声で叫ぶと、ほかの子たちも
「ほ-し・お先生!お帰りなせぇ」
 声をそろえて挨拶した。
 汽車の旅で疲れてしまい、昼寝をしていた先生は、あわてて飛び起きて、表へ出て来た。
 子どもたちは、口々に言葉にならない声を出して喜んだ。
 翌日、星郎先生は、朝早く起きて、さよりの家へおばぁさんを見舞いに行った。小学校3年生には、家事は大変だと心配したのである。
 「お早う。さよりちゃん、いますか」
 さよりは、おばぁさんにご飯を食べさせていた。おばぁさんは、かなり弱っていて、布団の上に座っていた。
「あれ、先生。こんなに早くどうしたですか」
 さよりは、びっくりした。
「おばぁさんをお見舞いに来たんだよ。お父さんは?」
「船に乗って漁へ行っただよ。もうじきけぇって来るよ」
「そうか。さよりちゃんは、えらいね。ひとりでおばぁさんの面倒を見ているんだね」
「本当にすまねぇよう。おらが、意気地ねぇもんだから世話になってしまっただ。大人がいねぇかんね、困ってしまうだよ」
 しわがれ声で、目をしょぼしょぼさせていた。
「さよりちゃん、あとで家へ絵を持って来なさいね。おばぁさん気をつけて頑張るんだよ」
 星郎は、辛い気持ちで帰ったが、これからどうしたもんか、戸惑うばかりだった


夏休みの手伝い

2014-07-03 19:56:06 | 小説
このころは、夏休みは8月の1か月でした。子どもたちは終業式が近づくと、夏休みの手伝いのことを休み時間には、よく口にした。通信簿の点数などは、あまり考えない浜の子どもたちであった。
「なぁ、おめぇの所は、どんな手伝いをするんだい?」
「裏の畑の草取りと、おっかぁが海に出る日は子守だよ」
「おらのうちじゃ、ウサギの餌の草取りに行くだよ。いつもは、爺様に頼んでいるけんが、ウサギはおれのもんがから休みには世話をするだと」
「おらはよ、おとうが船で海に出るかん早起きをして荷物を運んだり、船を引き揚げたりする手伝いをすっだよ」
「うちはね、おっかぁが潜って採って来た天草やカジメを浜に干したり、しまったりする手伝いをすっだよ」
「さよりは、手伝いをすんのけぇ」
太一が聞いた。
「ううん、おらがはね、わけぇ衆が大勢いるかん何も手伝わねぇだよ」
「ふうん、いいなぁ、さよりは。それじゃぁ本を読んだり、勉強したりしてんのかい」
いじめっ子だった太一が、この頃では、「さより、さより」と、よく話しかけるのだった。
「ううん、今年は、絵を描くだよ。おらは、先生にまけねぇ絵を描きてぇだよ」
「いいねぇ。さよりは、前から絵が上手だったからねぇ」
 菊ちゃんが言った。
「そうか。おらたちも絵を描いて2学期に先生に見てもらうべぇよ」
 真面目な正男がいったので、みんなも
「そらぁいい考えだよ。かくべぇ、かくべぇ」
 顔を見合わせて、にこにこと笑って、うなずいた。
 星郎先生は、その様子を黙って聞いていて、思わず手を打った。
「あれ、先生は聞いていたのかい」
「ああ、ようく聞いていたよ。みんなが、そういうことを話していると、ぼくもうれしくなるよ」
「でも、先生。うちのおとうがね、先生は東京へ帰ってしまって、もうこの学校には帰って来ない、と言ってただよ」
 ユリ子が、口を挟んだので、子どもたちは、だまって顔を見合わせると、次に先生を見つめた。ユリ子のおとうは、交番のお巡りさんだからいろいろなことを知っているのだ。
 星郎先生は、あわてて、手を振って
「それは、間違いだよ。ぼくは、必ず帰って来る」
声を強めて言ったので、子供たちは、とび上がって喜んだ。
ユリ子は、恥ずかしそうに下を向いていた。

図画の点数

2014-07-02 20:09:11 | 小説
さよりは、日ごとに元気が出て、クラスの仲間たちと楽しく遊ぶようになった。いじめっ子たちも「さより」
「さより」と、やさしく声をかけるし、校長先生も時々教室へ顔を出すので、クラスのムードもとても明るくなった。図画の時間も子どもたちは楽しみにしていた。
 学校で一番若い星郎先生は、学校中の人気者になり、ほかのクラスの図画も教えてほしいと言う子どもたちのお願いが出て来た。それで先生たちは話し合って、さよりの1年上のクラスの3年生も教えることになり、星郎先生は、大張り切りで出勤した。
 喘息の発作も出ないので、東京のおかぁさんからは、「そろそろ帰って来たらどうか」と言うハガキが来たが、星郎は、「夏休みまでここにいる」と返事を出して、子どもたちと楽しく過ごした。
 担任の先生と、校長先生は、村長さんと相談して、「夏休みが終わったらまた学校で教えてほしい、少しだが手当も出す」と、星郎にお願いした。
 ひとまず東京へ帰って、よく家族で話し合って決めると答えたが、本心は「子供たちに楽しく絵を教えたいし、さよりがまた学校を休むようになっては困る」と、考えていた。
 1学期の終わりには、通信簿を渡す。星郎先生も2クラスの図画の成績を点数にしなければならない。「優・良・可」の3段階を人数配分してつけるのだが、星郎先生は、全員に「優」をつけて担任へ提出した。受け取った二人の先生は、とても困ってしまった。すぐに教頭先生に相談した。
「子どもたちみんなが同じ点では困るね。必ず上手下手があるはずだよ」
と、頭を抱えて校長先生に相談した。
「それでは、星郎先生に理由をよく尋ねてみたらどうか」
 校長先生の意見で、先生型全員の会議が開かれた。
「星郎先生、先生の図画の授業はとても素晴らしくて、村中の評判ですぞ。また、子どもたちのお兄さんのように付き合ってくれて、本当にご苦労様でした」
 この校長先生の言葉を受けて、教頭先生が言った。
「じつは星郎先生、図画の点数を全員に優をつけてありますが、これは困るのです。良を多くして、優と可は少しにしてくれませんか」
「そうですか。ぼくは、子供たちの絵は、全部素晴らしいと思います。しかも、みんなとても一生懸命に勉強していましたから優劣はつけられないのです」
「理由は、ようく分かりましたが、点数配分が決められているのです。星郎先生にそのことを伝えてなかったのは私の落ち度でしたが、何とかなりませんでしょうか」
 教頭先生は、頭を抱えてしまった。
「何とかは、なりません。図画には良い悪いはないのです。その人の心に響くことが大事なのです」
 星郎先生は、大きな声できっぱり発言しましたから先生方は、とてもびっくりしてしまいました。普段は、とても優しくおとなしい星郎先生が、断固として引き下がらない態度を示したのです。
 今まで黙ってやり取りを聞いていた音楽の先生が、こう言いました。
「わたしも前から点数のつけ方には困っていたのです。星郎先生の考え方に音楽も賛成ですからここは全員優でよいと思います」
「ふうむ、成程なぁ。音楽や、図画は、点数をつける物ではないのだね。皆さん、ここは二人の意見を聞いてみてはどうだろうか」
 こうして通信簿の図画の点数は、このままでよいことになったのであります

けぇるが鳴くから

2014-07-01 19:59:42 | 小説
さよりと手をつないで帰ろうとすると、同じ方向へ帰る2,3人が、
「さよりちゃんだけじゃ、ずるいね。おらたちも一緒に帰るべぇよ」
 駆け寄ってきて、星郎先生の手を握った。
「あまり強く握らないでね。痛いよう」
 先生が、悲鳴を上げた。すると、それを見ていた男の子たちも駆け寄ってきて、先生と手をつなごうとして、奪い合いになってしまった。
「それじゃ、交代で僕の隣にお出でよ。順番にしなさい」
 と、星郎先生は、苦笑した。
 一日目で、すっかり人気者になったのであるから星郎は嬉しかった。
「みんなは、さよりさんが学校を休んでいるとき、どうしてたの」
 子どもたちは、困ったような顔つきになっていたが、餓鬼大将の一人が言った。
「女らは、迎えに毎日行っただよ。だけんが、さよりは隠れていて出てこねぇっただ」
「すると、さよりちゃんは、男の子たちが怖かったのかなぁ」
 星郎先生が尋ねると、首を横に振って、
「みんなじゃねぇです。ただ」
と、口ごもった。
「あぁ、おらは知ってるだよ。太一が悪さをいつもしていたからだよ」
「ああ、そうだったのかい。それじゃぁぼくも太一によく行っておくから心配はしないでいいよ」
と、さよりの手をぎゅうっと握った。
「おらたちもさよりちゃんを守るから明日も学校へ来るがいいよ」
菊ちゃんが、元気に言ったからさよりもニコッと笑った。
 もう岬の上に真ん丸な月が上りかけていた。
 良夫が大声で
「けぇるが鳴くからけぇるべ」
と節をつけてうたった。
 みんなもそれに続けて
「けぇるが鳴くからけぇるべ」
と、うたって、それぞれが自分の家を目指して駆け出した。
 サヨリの家の前には、腰を曲げたおばぁさんが待っていたもだった


似顔絵

2014-06-30 20:14:14 | 小説
 元気な子どもたちだが、絵のモデルになるなどと言う経験はないので、大騒ぎになってしまい、星郎先生がいくら「みなさん静かに!」と大声を出しても静まらない。
「それでは、ぼくがみなさんの顔を描いてあげましょう。誰か描いてもらいたい人は、元気に手を挙げて」
 今まで、大騒ぎをしていたのに急にシーンとして下を向いてしまった。
「あれぇ、随分おとなしくなったね。それじゃ、先生が決めるからね」
 先ず、餓鬼大将の太一を指差した。こどもたちは、
「太一だ、太一だ」と、はやし立てた。本当は自分を指差してもらいたいのだが、自分から名乗り出る勇気はないのだ。
「太一くん、前へ出て来なさい」
と、手招きすると、いつもは学級一の暴れん坊が、おずおずと前へ出て来た。
 そこで星郎先生は、白墨を持って、太い眉と、ドングリ眼を先ず描いた。
「先生よう、太一の目玉は、そんなには大きくはねぇよ」
 鉄男が、座ったままで文句を言った。
「だけんが、似てるよ」
 とめ子が、うまいことを言ったので他の子たちは、「うん、うん」と、うなずいた。
 次に鼻と口を描いてから太く眉毛を引いて、でこぼこ頭と出っ張った両あごを描いた。
「あれぇ、太一によう似てるぞ」
「やっぱり東京から来た先生だけあるなぁ」
「先生上手だねぇ。おらも描いてくんど」
 ユリが、名乗り出た。
「ようし、描いてあげるから前へ出ておいで」
 ほっそりした色白のユリを星郎先生は、一気に描いたものだからこどもたちは、
「百合ちゃんは、えらぁく可愛いねぇ」
と、女の子たちが羨ましそうな眼をして言った。
 さよりは、前の席で、黙ってみんなの様子を見ていたが、とても嬉しそうだった。
 3人目には、男の子を描いて、こんな言葉を黒板の空いているところへ書き添えた。

 浜には、鯛やヒラメが押し寄せて
 山には、ウサギやリスがやって来て
 森には、ウグイス囀って
空には、大鷺小鷺の舞い踊り
 元気で仲良し、子どもたち
 困っていれば助けてあげる
 やさしい やさしい子どもたち

 星郎先生が、黒板に書いて行くと、子どもたちは、声をそろえて読んでゆくのであった。

さよりの似顔

2014-06-28 20:24:55 | 小説
その笛の音も今までよりもかなり明るく勢いが出ていたので、星郎も思わず鼻歌を歌いながら顔を洗った。
 二人で手をつないで校門まで来ると、子供たちが大勢出迎えていて、口々に「お早う」と、挨拶をしたので、
星郎も大きな声で挨拶をした。だが、さよりは、星郎の陰に隠れてしまった。
「どうしたの、さよりちゃん」
と、尋ねると、こわごわと、いじめっ子の方を見た。
「何だ、怖いの。きのうさよりちゃんが登校したので、餓鬼大将たちも喜んでいたじゃないか。もういじめないから大丈夫だよ。それに僕がついているからね。挨拶をしなさい」
と、小さな声で言うと、素直にうなずき、前へ出て
「お早う」
と挨拶をした。
 子どもたちは、「絵の先生」と言って、両手に飛びついて来た。また、「さよちゃん、教室へはいるべぇ」と
言って、さよりと手をつなぐ子も何人かいて、校門から教室まで大賑わいだった。
 教室には、担任の先生と校長先生が、さよりを待っていて、
「よく来たね」
と、校長がさよりの頭を撫でた。
「絵の先生も有難うございます。ご面倒をおかけしますが、よろしゅうお願いします」
と、お辞儀をしたので、星郎先生は、どぎまぎして
「どうも、どうも」
と、返事をしただけであった。
 特別に、この日は1時間目にさよりのクラスは、図画をやることになっていた。子どもたちは、東京から来
た若い先生が、どんな絵を描くのか、早く見たいので、小宴を黙ってじーっと見ている。こう言うことは、浜
の学校ではないことなので、後ろに立って成り行きを見ている先生方は、びっくりしていた。
 緊張しながらも星郎先生は、おもむろに黒板へ向かうと、右上に大きく女の子の顔を描き始めた。
 ガキ大将の茂太が、立ち上がって最初に大きな声を出した。
「あれよう、さよりだぞう!」
 その声を受けて、クラスの半数以上の子が、立ち上がって
「本当だ、本当だ。さよりだ」と男の子たちが言うと、女の子たちの中には、「あれよう、さよちゃんだ、さよちゃんだ。いいなぁ、おらも描いてくんどよ」などと、せがむ者もいた。
 浜の子たちは、無邪気だから何でも思った通りに言うので、新米の星郎先生は、驚いてしまったが、さより
の似顔を大きく描くと、子どもたちの方を向いてにっこり笑った。すると、「ぱちぱち」と言う拍手が沸いて、
終いには全員が立ち上がって拍手をした。
「それでは、皆さん。この絵の隣に自分の顔を描いてください」
と言うと、子どもたちは
「えぇ!」と言って、下を向いてしまった。恥ずかしいのであろう。
「それでは、3人の人に描いてもらいますからみなさんで誰がよいか、決めて下さい」
と、言うと、口々に「誰それが良い」だの「おらはいやだよ、いやだ、いやだ」などと、大騒ぎになってしま
った


夢うつつ

2014-06-26 20:24:56 | 小説
星郎は、布団に入って、今日1日の事柄を思い出していた。
 さよりと言う不登校の少女に同情して、学校へ乗り込んだのだが、果たして学級のい
じめっ子たちは、温かく迎えてくれるであろうか。不安であったが、何とかこのいじら
しい少女を助けてやりたい、と言う純粋な思いからつい少女に約束したのであった。病
弱で、性格的にはおとなしい自分が、こういう大胆な行動に出るとは、自身でも思って
もいなかった。
 それが、学校に行ってみると、子供たちは大歓迎で迎えてくれた。しかも、図工を教
えてほしいと言うお願いが、腕白な子どもたちから出されたのである。
 そうなると、引くに引けないし、さよりを救うためには願ってもないチャンスでもあ
るから普段は引っ込み思案な星郎は、変身したことを自身実感し、驚いたのである。
「ようし、こうなれば、思い切って、好きな絵を子どもたちに教えてやろう」
と、開き直ったのであった。
 あれやこれやと布団の中で思案を巡らしているうちに眠りについた。
 どのくらいの時間が過ぎたのだろうか。夢うつつにさよりの吹く貝の笛が聞こえて来た。
「あれ、もう朝か」
 星郎は、目を覚まして枕元の腕時計を見た。
「こりゃぁ寝過ごしてしまった。さゆりが迎えに来たのだ」
 飛び起きて、窓を開けると、さわやかな潮風が入って来て、乳白色の霧の中からさよ
りの顔が現れた。
「先生、お早う。まだ、寝ていたのかい」
と、元気な声が聞こえた。
「やあ、やあ、さよりちゃんは、早いなぁ」
「そうだよう、先生と学校へ行くだから嬉しくて早く目が覚めただよ」
「そうか、少し待っててくれよね。今、急いで出かける用意をするから」
「うん、分かった。まだ早いからゆっくりしていいよ。おらは待ってるからね」
と、さよりは言うと、また貝の笛を吹きだした


絵の先生に

2014-06-25 19:49:47 | 小説
 夕方、星郎がお寺の裏山の絵を描いていると、さよりと手をつないで、担任の先生が
やって来た。
「絵の先生さん、今朝は、お世話になりました。お蔭様で、さよりちゃんが、学級の子供たちと楽しく生活することが出来ました」
「お礼を言われるようなことはしておりませんが、さよりさんが、いつも一人ぼっちで過ごしているのは、とても可愛そうでしたから僕がお役に立てればと考えたのです。さよりさん、今日は楽しかったかい」
と、尋ねると、黙ってうなずいた。
「ぼくは、とても心配していましたが、いじめっ子もおとなしくしていたのですね。」そりゃぁ良かったなぁ」
 星郎は、手を広げてさよりの両腕を抱えてゆすった。さよりは、嬉しそうにほほ笑ん
だ。
「ところで、絵描きさんの先生。けさ、子供たちに約束して下さったお話ですが」
「ああ、図画を教えることですか」
「はい、そうです。小さな学校ですので図画の得意な先生が一人もいないので、困っていましたから校長先生に相談しました」
「そんな大げさなことではないのですよ。それで校長先生はなんて話していましたか」
「ええ、喜んでお願いしたいとおっしゃいました。ただ」
「ただ、何でしょうか」
「先生にお礼が出せないのです」
「えっ、僕は、初めからお礼などは考えていませんよ。ただ、子供たちが喜んでくれればそれでよいのです。校長先生にもそう伝えてくれませんか」
「それじゃぁ、図工を教えに学校へ来てくれるんだね、」せんせい」
と、それまで二人の話を瞬きもしないで聞いていたさよりが、声を挟んだ。
「細魚さん、ぼくは喜んで学校へ行きますよ。それで子供たちが仲良しになって、一生懸命に勉強や運動をしてくれれば、とてもうれしいのですよ」
と、きっぱりと答えた。
「有難うございます。学校へ帰って、校長先生にそう伝えます」
と、担任の先生は、何度もお辞儀をして帰って行った。
 空には、もう星が出始めていた。
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