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おぼろ男=おぼろ夜のおぼろ男は朧なり 三佐夫 

小説・エッセー。編著書100余冊、歴史小説『命燃ゆー養珠院お万の方と家康公』(幻冬舎ルネッサンス)好評!重版書店販売。

海女の家へ

2014-01-10 12:05:17 | Weblog
<「戦国時代の終わりごろから房総半島の太平洋岸には、紀州や瀬戸内沿岸の漁師が、鰯を求めて移住したようだ。家の湯浅と言う姓は、紀州の湯浅と言うところから移住して来たのだろうよ」
 父の話は、まだ続いた。
「東京へ出た祖父は、伊豆七島の材木を取引する問屋に奉公し、櫛の材料の柘植を買い集める仕事をして番頭になり、のれん分けをしてもらって商売に成功した。だが、大正12年の関東大地震で店も倉庫も焼けて一文なしになってしまった。それでもへこたれずに商売を立て直して、何とか家族を養った」
「お父さんは、その頃子供だったのですね」
「あぁそうだよ。まだ、幼かったので記憶はないが、よくお母さんから話は聞いているよ」
 茉莉子は、父の話を聞いて、もう一度、岩和田を尋ねようと思ったが、画学生の卒業制作のモデル依頼が多くて、なかなか休みがとれなかった。

 見渡す限りの砂浜に海鳥が乱舞している。きらきらと輝く水平線には、北へ向かうタンカーが間隔をとって続いている。
 やっと、念願の御宿の浜にやって来た茉莉子は、駅から川沿いの小道を歩いて岩和田へと歩いた。道端には、小さな月見草の花が透き通るようなクリーム色の花びらをちょこっと開いている。たしか、夢二の「宵待草」はもっと大きな花のように思っていたが、この可憐な花は別の花だろうか、などと思いながら行くと、海女さんたちが数人、賑やかなおしゃべりをしながら歩いて来るのに出会った。
「こんにちは」
 挨拶をすると、
「おえっ、こんちは。おめぇさんは、どっから来ただえ」
と、大声で挨拶を返して来た。
「東京からです」
「いってぇあんの用で来ただえ。岩の井の社長さんに呼ばれたんじゃねぇかい」
「今日は、違います。岩和田に湯浅さんと言う家があるかどうか、尋ねて来たんです」
「おぉ、そっかい。うちの婆さんの話じゃよう、昔、ハワイのパイナップルづくりに行った家があってよう、そん家がたしか湯浅と言ったそうだよ」
 茉莉子は、拍子抜けしてしまった。岩和田に行けば、きっと祖父の実家があると考えていたが、それはもうはるかの昔の思い出話なのだ。
「いかったらおらがの家によって行かねぇかい。今朝、鮃と石鯛が揚がったから食っていくといいだよ」
 言葉遣いは、とても荒いが、底抜けに大らかで明るい人たちであるので、好意に答えることにした。
「有難うございます。寄らせていただきますのでよろしくお願い致します」
「まぁそんなにお礼を言われるようなことじゃねぇだよう。家は、ここで曲がると近いからついて来なよ」
 と、リーダー格の海女さんが茉莉子を案内した。
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父のルーツ

2014-01-09 18:54:30 | Weblog
父の帰りを待って、いつも夕食が始まる。父は、用事がない限りは、午後6時過ぎには会社から帰るので、七時には三人家族の夕食が始まる。
「ねぇお父さん。昨日の鮑と栄螺は、外房の御宿町の岩和田の海女さんたちが獲ったものだそうですよ」
「あぁ、あの海は荒いが、昔から紀州の漁師たちが住み着いて漁をしていたんだよ。男たちが、船で漁に出るようになってからは、女たちが鮑や栄螺や海藻を獲るようになった」
「海女さんたちの中には、男よりも稼ぎの良い人もいるそうよ」
と、お母さんが付け加えた。
「それでね、私がモデルになった撮影会の浜は、田尻って言うの。昔のことですけど、その浜にスペインのメキシコ行きの船が遭難して、村人に救助されたそうよ」
「あぁ、その話は有名だったが、戦後は誰もが忘れてしまったようだね。まだ、それが御宿では、語り継がれているんだねぇ」
 父は、さも懐かしそうな顔になって、相槌を打った。
「じつは茉莉子。わが家の姓は湯浅と言うだろう。明治の初めに祖父が漁師の二男で、岩和田から東京へ奉公に出て来たんだ。とても体の大きい色白の美男だったそうだよ」
 茉莉子は、びっくりしてしまった。父のルーツは、なんと岩和田の浜の漁師の家だったのだ。

※furusatobunka.jp/
に年賀状と、第16期生涯学習講座「千葉ふるさと文化大学」要綱を掲載しました。お目遠しください。

マリーンブルーの瞳

2014-01-08 17:22:43 | Weblog
「まぁちゃん、御飯ですよ」
茉莉子は、あわてて目を覚ました。慣れない所まで仕事に出かけて疲れていたのだろうか。それとも仕事が休みだからだろうか、母に声をかけられるまでぐっすりと眠っていた。
洗顔の時に鏡に映ったいつも見慣れている自分の顔と、目の奥を何気なくいつまでも確かめるように見つめている自分に気づいて、はっとした。
遅い朝食を母と食べた茉莉子は、
「おかぁさん、私の目の色はマリンブルーがかっていて、子供の時から友達に言われていたで
しょう。おかぁさんにもお話を何度もしましたが、いつもはっきりとは答えてくれませんでした」
「おやおや、御宿に行って、また子供の時の疑問が蘇って来たんだねぇ。わたしにもそのことは、よくは分からないのですよ」
母は、とまどっていた。
「家の先祖は、どこからこの東京へ出て来たのですか」
 茉莉子は、急に検事のような言葉づかいで母に尋ねた。
「私の家は、明治の初めに会津から出てきて、警察官になったそうよ」
「それでは、お父さんの先祖は、どこからなの」
「たしか、千葉の海辺の村で鰯の乾燥工場をやっていたそうよ。お父さんが帰ったらよく聞いてごらん」
 「えっ」
茉莉子は、思わず大きい声を出してしまった。
その日は、ことのほかにお父さんの帰りが待ち遠しかった。

母の秘密ールーツを語る

2014-01-07 17:05:57 | Weblog
汽車は御宿駅へ入ってきた。見送りに来たI社長さんからのお土産の竹かごには、鮑と栄螺が沢山入れてあった。プラットホームで何度も茉莉子はお辞儀をして両国行きの汽車に乗った。
今から三百五十年前のスペイン船の救助の話にとても興味をそそられたのは、異国の人たちと浜の女性が結ばれて、その末裔が今も生まれる、と言うB先生の話である。
よく茉莉子は、「日本人離れしたスタイルですねぇ」と、画家や写真家に言われるのである。それは、今の収入のためには有難いことなのだが、子供のころによく「あなたは、外人さんみたいね」と友達に言われて、男の子からは、いじめられることもあった。
そんなあれやこれやを思い出しながらうつらうつらとねむっていると、千葉駅に着いた。ここでレールの入れ替えがあり、汽車は方向を転換した。
駅弁を沢山積んだ箱を胸の前に両手で持って「べんとう~、弁当~」と売り歩く弁当屋さんに車窓を開けて
「一つ下さい」
と言って、お金を渡す。
このあたりの名物は、千葉の海岸で採れる浅利を焼いて、甘辛く味付けした「浅利弁当」である。それに素焼きのお茶の入れ物がついている。
それを開けていただくと、潮の香りと味がして、昨日の御宿の浜辺を思い出す。
両国で乗り換えて新宿行きで家に向かう。昼下がりにやっと家に着くと、
「お帰りなさい。急に泊まるという話なので心配してましたよ」
「御宿と言う所はとても遠くて、帰りの汽車に間に合わなかったの。ごめんなさいね」
と言いながら土産の竹かごを母に渡すと、
「まぁ、珍しい物ですね。今夜は、鮑の酒蒸しと、栄螺のつぼ焼きにしましょうね」
と、喜んだ。
 父も帰って来て、その夜はとても話に花が咲いた。

土間の梁ースペイン船のマスト材

2014-01-06 17:37:41 | Weblog
<fon翌朝は、家々の鶏の鳴き声で目覚めた茉莉子は、布団の中で昨夜の会話を思い出した。
 三百五十年の昔にスペイン船が座礁し、三百十数名の異国の人が救助された場所で、撮影会を夕暮れまでやったことや、この家は造り酒屋で社長が撮影会の幹事長であり、母屋の土間の梁には遭難船のマスト材が使われていることなどである。
 昨夜のお手伝いさんが、
「お早うごぜぇます。目は覚めましたかい」
と、やって来た。
あわてて布団を出て、
「お早う御座います。美味しいお酒と肴で、よく眠れました」
と、茉莉子が答えると、
「あぁ、それはよう御座いました。裏庭に井戸がありますからそこで顔を洗うといいですよ。ここに手ぬぐいと桶を置いときますから使うといいだよ」
と言って、部屋にずんずん上がってきて、布団を上げだした。
あわてて、
「ありがとうございます」
と言って、外へ出た。
 井戸は、珍しく釣瓶井戸であったからどう水をくみ上げるのか、戸惑っているとBさんが、目をこすりながらやって来て水を汲んでくれた。
 身なりを整えていると、お手伝いさんが隣の部屋から
「朝ごはんの用意が出来ましたから、おいでくだせぇまし」
と、声をかけた。
 Bさんは、何日も泊まっているので勝手知ったる我が家のような態度で、朝から美酒をちびちびやっている。
 天日干しの鯵の開きと、ハマグリのお吸い物に梅干しと沢庵、こうこだが、東京では味わえない自然の香りがして食欲が進んだ。
 食べ終わると、社長さんが、
「この辺は、単線なので二、三時間に一本しか汽車がないのですよ。茉莉子さんは次の汽車でお帰りでしょうから一時間半ほど間がありますよ。まぁごゆっくりしてください。駅までは、十分はかからないですからね」
「有難うございます。済みませんが、スペインの船のマスト材をお見せいただけませんでしょうか」
「あぁ、いいですよ。お茶を飲んだら案内しましょうよ」
と言うと、Bさんが、まじめな顔でこう言った。
「このあたりでは、ときどき異国の人に似た子供が生まれるそうですが、そりゃ本当ですかねぇ」
「まぁ、昔からそう言われていますがね。医学的に調べたわけではないですからはっきりしたことは言えませんよ」
「でも、三百人余りもの異国の人が、村の狭い家々に寝泊まりしていたんですから落としだねが生まれても不思議じゃないでしょうなぁ」
と、ちらりと茉莉子に目をやった。
「大昔のことですからそれは何とも言えませんね。ただ、体格の良いものはよそよりも多いですなぁ」
 会話は、ここで途切れたが、茉莉子には印象的な話だった。
 社長に案内されて、母屋の土間に行くと、薄暗い天井に朝日が差し込んで来て、とても太い梁が四本かかっていた。その中の一本には市松模様に似た四角い模様が黒く塗られていた。
「航海の安全を祈るお呪いか何かじゃないかと思いますが、異国のことは分かりませんなぁ」
と、社長さんは呟いた。
  茉莉子は、何か不思議なものを見たような気持ちでもって東京の母の待つ家に帰った。
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スペイン船のマスト材

2014-01-05 18:49:24 | Weblog
「おっ、若い娘がいると、とても社長はにこやかになりますなぁ」 Bさんが、からかうと、真面目な顔つきで 「私は、いつも同じですよ。B先生こそ昨日までの不機嫌なお顔がどこかへ吹っ飛んでしまいましたぞ」 と、しばらくはお互いに冗談の言い合いをしていたが、 「おお、そうだった。茉莉子さんは今日が初めてだからこの旧家の歴史を話してあげましょう」  Bさんが、杯を唇につけたまま、改まって話し始めた。 「今からおよそ三百五十年ぐらいの昔、スペインの大きな船が台風に会って田尻の浜に座礁してね、浜の者たちが救助したんですよ。そのときに村人のリーダーが、この岩瀬家の先祖なんです」 「まぁ、そう言われているんですが、何しろ大昔のことですから誰も知らない話ですよ」 「でも社長さん。お宅の茅葺の母屋の土間の梁には、その船のマストと、竜骨の材木が3、4本使われていますから確かな話だと思いますよ」 「へぇ、社長さんの家は、そんなに古いんですか」 と、茉莉子は驚いた。 「朝、見学するとよいでしょう。昔、汽車もトラックもないわけですからどこからか材木を運んで来ることは無理でしょう。あの梁の材木はサンフランシスコ号の物に間違いありませんぞ」 Bさんは、美酒に酔いがだいぶまわったようで雄弁になった。  茉莉子は、潮時を見て隣の部屋にさがって、太陽と潮のにおいのするふっくらとした布団にくるまって熟睡した。  とても寝心地がよかった。 n">
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怖い話

2014-01-04 16:40:12 | Weblog
「家にはお電話がないのですが、近所のお店屋さんに言付けをお願いしますので、お電話をお借りしたいのですが」
「ああ、事務所にありますからどうぞ使ってください」
I社長さんは、すぐに事務所へ案内した。古い構えの大きな倉庫のような建物があり、その手前に事務所らしいガラス扉の小部屋があった。
言付けをお願いして、母屋の前を通ると、その家構えはかなり古くて、しかも茅葺屋根であった。社長さんに
「こちらは何をしていらっしゃる工場ですか」
と、茉莉子が尋ねると、
「私の家は江戸時代から続く造り酒屋ですよ。今は、蔵人も南部に帰っていて、秋の終わり
になるとやって来るのです」
と、答えた。
話には聞いていたが、造り酒屋は春から秋は仕込をやらないので蔵人たちは郷里に帰って農業に励む。だから社長さんは好きなことに打ち込めるので、I社長のようなセミプロの写真家もいるのだろうと思って感心した。
離れ座敷に戻ると、Bさんは入浴中で家人が夜の食事の用意をしていた。
「隣の部屋があんたさんの休むところだからそちらで着替えるといいよ。お客用の寝巻を用意
してありますが、あんたさんには丈がたりねぇでしょうが、まぁ我慢してくんなせぇよ。それ
にしても、あんたさんは背丈が高いですねぇ」
と、茉莉子を背伸びして見上げた。
Bさんがお風呂から出ると、入れ違いに茉莉子が入り、出ると酒食が出された。
「おぉ、今夜は見事な肴だねぇ。特別のモデルさんがお出でだから社長さんは気張ったなぁ」
と、Bさんは大げさに称賛した。
この蔵の酒は、東京でも美酒として名高くて、時の首相がサミットに指定したほどであるからあまりお酒を飲まない茉莉子も口にしてみると、芳醇な香りがして、のどに滑り落ちるような感じがした。
「どうだい、茉莉子さん。あなたはいける口のようだねぇ。先ず香りを嗅いでから下に載せて
味わう様子は、絵になるようだ」
とBさんがからかった。
社長さんは、黙って会話を聞いていて、口を挟まないが、お客が喜ぶ様子を眺めてほお笑むのであった。
「茉莉子さん、今日の撮影会は、波の荒い磯だったでしょう。あそこには、400年ほど前の異人
さんたちの血と涙がしみ込んでいるんだよ。ねぇ社長」
と、Bさんはさも恐ろしそうな表情で茉莉子の顔を覗き込んだ。
「えっ、それはどう言うことでしょうか。社長さん、教えていただけませんか」
「なぁに、それはB先生があんたさんをからかったんですよ。本当は、岩和田の者たちが救助
したと言われています。まぁ、そのことは明日の朝、」詳しく話してあげますよ。今夜は、酒と
肴を楽しんでくださればよいのです」
と、社長さんが二人にお酌をしてくれた。