不器用母娘の甲状腺記

甲状腺癌というのは、早期発見できれば、予後がよく知られているようですが、情報が少ない癌なので、情報源になれればと。

はじめまして。がん家系???

2009-04-03 04:15:00 | 日記
まずは家族紹介から。
遊(むすめ)34歳です。いかず後家です(笑)
母明子67歳 現在、甲状腺癌の治療中←主役ですね
現在二人暮ししています。

ここから、少し、わが家の癌事情について、
書いてみたいと思います。
私も今現在のそれぞれの、
大腸癌、乳癌、胃癌などの治療情報をきちんと把握しているわけではないので、
甲状腺情報だけでいいよ、という方は飛ばしてくださいな。

まず、17年前に父親を肺癌で亡くしました。
ヘビーモーカーだったのと、
あと、大分呼吸が苦しくなるなどの自己症状が出ても
なかなか病院に行かなかった人なので、
発見されて一応開腹はしてみたのですが、
手の施しようがなかったのです。
母が年中体をさすっていたり、
痛み止めをするとか、暑いお風呂で体を温めるとか、
私はまだ小さかったので、看病ということができなかったのですが、
そんなことをして、耐えしのんでいたと記憶があります。
今は緩和ケアも重視される医療体制が確立してきたと思うので、
今だったら、
もう少し身体も心も楽にさせてあげられたのではないか、
という思いがあります。
(私にも母にも)

その後、母の実家に私と母が戻り、
母方の祖母と3人で生活していたのですが、
今から4年前、
母方の祖母が90歳で他界しました。
(胆石。胃癌。脳出血などなど)
胃癌発見→手術はおそらく祖母が70歳くらいのときではないでしょうか。
胃癌早期発見だったようで、
4分の3摘出しましたが、
時間の経過とともに食べられる量も増えてきていましたし、
胃はだいぶ再生するのだなぁという印象があります。
老人会の集まりにも積極的だったし、
胃癌の検診とともにお世話になっていた病院に、
ずっと定期的に通っていたのですが、
82歳を越えたころから、「息苦しい」ということで、
心臓の検査やらなにやらしたところ、
肺気腫が発見され、肺気腫は在宅酸素療法などがあるのですが、
そのどの治療も拒み、看護師さんにも家族にも薬を投げる始末(笑)
その検査入院のあたりから、
病院にいるということが分からないような、
認知症になってしまいました。
火の始末とかも危ないのに、息苦しいはずなのに、
タバコは吸ってましたけどね^^;
そして外に出るのは息苦しいので、
出かけられなくなってしまい、
どんどん内側にこもる一方になって、
まずます自分の置かれた状況が理解できないから、
認知症はすすむ→家族は祖母中心で普通の生活が営みづらい、
公共のサービスは受け入れたくない祖母の意思もあり、
デイサービスやホームヘルパーなどもうまく利用できず。
最終的には、施設に祖母を見ていただきました。
高齢なのと、可能性としては白血病が考えられるという医師の診断でしたが、
その検査をする体力もないし、
死因は肺炎となっていましたね。

そして、
3年ほど前、母方の兄が大腸癌を発病して、
2008年亡くなりました。

現在、母方の私の従姉妹も30代ですが、
乳がんで治療中です。

母の妹(60才)も乳がんの手術をしたばかりです。


なーんか、これは、初めて思ったことなんですが、
うちってどうやら、癌を受け取りやすい遺伝子でも入っているんでしょうかね。
母が癌になってみても、
お互いに実感がなかったくらいでしたし、
どういう根拠なのか、分からないのですが、
母には「私は絶対に癌にはならない」という自信があったようです。
おそらく私がなっても信じられないのではないかと、
なんとなく今は思っています。