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4月の雪 16

2007年01月13日 10時52分01秒 | 創作話
16 ~夕暮れ~

その日の夕方、インスは目覚めたスジンに必要な荷物を取りに家に帰ってきた。
約1ヶ月、妻のいない家だったが、子供のいない二人の家はさほど汚れていなかった。
その間の食事は殆ど外食だったし、簡単な掃除くらいはインスでも出来ていた。
スジンが元気な頃は休みの日など二人で掃除もしたし、買い物に一緒に出かけては、材料を選んで料理を作ることもあった。
どこにでもいる仲のいい夫婦。
そんな当たり前の生活がほんの少しの時間で一変することなど、インスに予測出来たはずもない。

インスは上着を脱ぐとばさっとソファーの背に掛け、どさっと腰を落として疲れた体を預けた。

・・・はぁ・・・・少し、疲れたな・・・
・・・荷物は慌てなくても明日もって行けばいい。

もたれたソファーの部屋の窓から眺めた空は、星がひとつ合図のように輝き始め、夜の準備が始まっていった。

頭の中で昨夜のことから今までのことまで目まぐるしく回り始め、酔いそうになったインスは眼鏡を外し、目頭を押さえた。
瞼の裏に描かれたのは、インスの心を捉えたソヨンの涙、痛くなるほどの切ない顔、離したくない彼女の温もり。
そして、カーテン越しに募らせた切実なまでの愛慕。
インスは彼女が恋しかった。

病院ではあれからお互いの夫と妻を診ながらドクターや看護士と話をして、これからのことを相談することに時間を費やしていった。
カーテンは最後まで開けられることはなかったが、インスとソヨンは深く意識しあっていることをお互い感じていた。

「ソヨンssi、もう帰ったかな・・」
上着からごそごそと携帯を出して、少し悩んだ後、インスはソヨンのアドレスを出した。

---- キョンホssiはどうですか? とにかく意識が戻ってよかった。・・ソヨンssi は大丈夫ですか? あなたは疲れてない? 気がかりです。これを見たら返事が欲しい。ずっと待っているから。  インス -------

送信ボタンを押すと、インスはさらにソファーに横たわって軽く目を閉じた。
けだるさの混じった疲れが引力に逆らえず、めり込んでいく様な感覚に襲われながら、インスは深く眠りに落ちていった。



ソヨンも、キョンホのための荷物の用意をするために夕方には帰宅していた。
鞄に下着やら、コップやら、必要と思われるものを詰め込んでいたが、ふっと途中で手が止まってしまった。
電気もつけず、薄暗い夕暮れの明かりが差し込むだけの部屋でただ、ソヨンはじっとうずくまっていた。

・・・昨夜、私たちがしたこと・・・
・・・間違ってなかったの?
・・・あの人は「後悔してない」って、はっきり言ったわ・・・
・・・わたしは?・・・

そこまで考えてソヨンは昨夜のインスを思い出していた。

インスの大きな手に掴まれた時のこと。

彼の広い胸の中で泣いたこと。

初めて優しく唇を重ねたこと。

インスと結ばれたこと・・・。

彼に抱かれて幸せを感じたのよ・・私・・。
あの暖かい胸に包まれて、優しく・・強く求められて・・・嬉しかった・・。
だから、余計に辛かった・・・。
・・・どうしたら・・・どうなるの?・・・ねえ、インスssi・・・これから私たち、どうしたら・・・・。

夕暮れ時の寂しさがさらにソヨンの不安を追い立てていた。

夫の匂いがするシャツ。
キョンホssiの好きな本。
いつも使っていた彼のお気に入りの鞄。

見渡せば、いつもここには私たちの生活があるわ。
今も、こんなにキョンホssiに囲まれて・・・。
なのに・・・・・なのに・・・・・インスssi・・・・あなたを愛している!・・・。

声を上げて泣きたくなったソヨンは、側に置いてあったキョンホのお気に入りのCDを掛けてボリュームをあげた。
ソヨンの声は音楽に吸い込まれながら、かき消されていく。
インスのメール着信音さえも、キョンホのお気に入りのCDは呑み込んでいった。

4月の雪 15

2007年01月07日 11時46分29秒 | 創作話
   
    15 ~もうひとつの場所~

病院に着くと、インスは先にソヨンを車から降ろし「僕もあとから行くよ」と言って、夫の元へ向かう彼女の背中をじっと見つめていた。
一緒に病室に向かうことがはばかれていたのだ。
インスは一人残された車の中で煙草に火をつけた。

・・・僕は、後ろめたさを隠しながらあなたを抱いた。
・・・でも、本当に後悔なんかしてないんだ。

インスにとって、今ある真実はそれだけがすべてだった。
だが、これからもうひとつの場所へ、絶対的な現実のもとへ向かわなくてはならない。
あなたは夫の元へ、僕は妻の元へ・・・。

タバコの火をもみ消すとインスは病院の中へ消えていった。

「奥さん、良かったですね。今朝方、意識が戻られたんですよ」
集中治療室の前で看護士が私を見つけてすぐに声を掛けてきた。

「あのキョンホssiは?・・」
「どうぞ、落ち着いてますから、会話しても大丈夫ですよ」

「キョンホssi・・・・」
酸素吸入器を外されたあなたの顔を久し振りに見たら、涙がにじんできていた。
「・・・ソヨン・・・心配・・かけてごめん・・・」
「・・キョンホssi・・よかった・・」

ソヨンはベッドの横でキョンホを見つめながら安堵の涙を流していた。
泣いているソヨンの頬にキョンホは手を伸ばしてひさしぶりに妻に触れていた。
そこにはどこにも変わらない夫婦の姿があった。


僕は病院に入ったもの、妻の見舞いに行けないでいた。
スジンに会いに行くことは、必然的にあなたとあなたの夫が二人の所を見なくてはいけないからだ。
体の中の機能が全部放棄したみたいに何もできないでいる自分に向き合いながら、時間だけが過ぎていく。
・・・ソヨンssiが行って、30分か・・・
重い腰を上げて、僕は妻に会いに向かった。

「インスssi 、キョンホssiの意識が戻られたんですよ。スジンssiも次期に戻られますわ」

病室に向かう途中で、‘妻の様子をいつものように見に来た夫’に初めて知らせるのだと看護士が嬉しそうに声を掛けてきた。

「そうですか。それはよかったですね。それでキョンホssiの状態はどうなんですか?」
質問の答えの向こうにいるソヨンssiの様子を探していた。
「病状は落ち着いてますし、この分だと2・3日中に一般病棟に移れますよ」

僕は複雑だった。
病棟が変わればあなたに会える機会が減るだろう。
だが、一緒だとキョンホssiの目の前であなたを見る僕の態度に自信がなかった。
きっと・・あなたを見つめてしまう・・・
そうすればあなたが困ってしまうのがわかっていたからだ。

病室に辿り着くと、キョンホssiとスジンのベッドの間はカーテンで仕切られていた。
あなたの姿は見えなかったが、確かにそこにいることが気配でわかっていた。

・・・近くにいても声も掛けられない。

薄いカーテンなのに僕たちにはどうすることも出来ない壁のようにそこにあった。
僕は身の置き所を探すようにスジンのベッドの横に立った。
スジンはまだ、目を覚まさない。

「スジン、そろそろ起きてくれないか。キョンホssiが目を覚ましたよ。今度は君の番だろ」
僕がスジンの白い手を握り締めながら呟いていた。
事故から約1ヶ月少したった君の体は青白く、雪のように溶けていきそうだった。
「スジン・・・」
もう一度強く握り締めたそのとき、スジンの指が反応をした。

「・・・!スジン?・・スジン!」

「・・・うっ・・・あ・・・イ・・・ンス・・・・?・・・」

「そうだ!僕だ!意識が戻ったんだね。待っててくれ、すぐにドクターを呼ぶから!」

ナースコールを押すとすぐに看護士がやってきて、「どうしました?あっ・・・ドクター呼んで!スジンssiの意識が戻りました!」
と大きな声で他の看護士に伝えた。
それから、ドクターや看護士たちが賑やかにやってきて、スジンの状態を診始めた。

その間、僕はドクターたちに場所を譲るために仕切ったカーテンの近くへと移動した。
途端に、心と体が半分カーテンの向こうへ持っていかれるのを感じて、思わず視線を隣に移す。
この騒動にソヨンssiが僕たちを隔ててる柔らかい壁から姿を現していた。

ソヨンssi・・・

インスssi・・・

互いの瞳を交差させながら二人にしかわからない情熱で見つめ合っていた。
一秒が一分に感じるように言葉のない会話を交わす。

「ご主人、もう大丈夫ですよ。意識もはっきりしてますし、これからまた細かい検査はすることになるでしょうが、とにかく今日は様子を見ましょう」
ドクターに話かけられてハッとした僕は、彼女を置いて視線をドクターに移した。
「ありがとうございます」

インスは目の端に映るソヨンを探したが、彼女はすでにカーテンの向こう側に消えていた。
先ほど感じた切ない感情の残像を引きずりながら、インスはスジンの横に座った。
スジンは長いこと意識が戻らなかったせいか、どこかボーとしていたが、インスを見ると涙が出てきた。
「スジン、もう大丈夫だよ。とにかく早く直そう・・」
妻を労わりながら、僕はどこか自分の居場所を探している気がしていた。

4月の雪 14

2006年12月28日 11時05分41秒 | 創作話


14 ~朝凪~

朝の強い光が曇り硝子を通じて柔らかな光となって、二人を包み込んでいた。
インスの腕の中で、ソヨンがぐっすりと安心しきったように眠っている。
二人が迎えた満ち足りた朝。
波のささやきは引き潮のように静かで、優しい音色を二人に届けていた。
まるで、ひと時の天使の休息のように穏やかな、優しい朝だった。
インスはソヨンの寝顔を見ながら満たされ、
そして起こさないように彼女の手をそっと握った。

・・・もう、元に戻れない・・・

わかっていて、この手を僕は握った。
昨夜のこと、あなたが後悔してないといいけど・・・。
今更、そんなこというのはずるいな。
この胸に愛しさと、背中に後ろめたさを抱えてあなたを抱いた僕を許してくれるだろうか?
あなたを得たことは、同時に苦しみもあなたに背負わせてしまうんだね。
僕にはスジンを責める資格もない。ましてやあなたの夫にも・・。
見えない未来に向かってオールのない船に乗ってしまった僕たちは、
どこへ行くんだろう・・・。


ぼんやりとどことなく空に焦点を合わせていたら、あなたがごそごそ動き始めて、
起きたのがわかった。

「おはよう、ソヨンssi」
「・・インスssi・・おはよう」

二人で初めて迎えた朝の印に、あなたの額にキスをひとつ残す。
・・・このキスがあなたを守れるように・・・

あなたの肩が少し冷たい。
二人を隠すのにはあまり余裕のない一枚の毛布だったから、
あなたを抱き寄せては僕の体ごとすっぽりと包みこんだ。

「こうすると暖かい?」
「・・うん・・暖かい・・」


引き寄せられたインスssiの肌から香る匂いに、改めて昨夜のことが夢じゃなかったことを思い知らされた。
まるで初めて男性に抱かれた時みたいに緊張をしたけど・・可笑しくなかったかしら・・・。
朝の光に照らされたあなたの顔はこんなにも優しいのね・・・。
ぴったりとくっついた私の目の前に・・ソヨン・・と何度も呼んだ唇があるわ。
触れている胸からは夫とは違う男性の体を感じている。
そう・・この人は夫じゃない・・。

“暖かい・・”と笑顔で答えながらこの状況に戸惑いを感じていることを、
君の表情からとることが出来た。
だが、あえて僕は“どうしたの?”と聞かない。
その答えは、今の僕たちに必要がないからだ。
二人でいれる幸せだけを感じていよう。


「ソヨンssi、何か特別おいしい朝食でも食べに行こうか。腹ペコなんだ」

あなたの髪を指で梳かしながら話していると、本当に僕のお腹が鳴ってしまった。

「・・本当ね。大変だわ!」

屈託なく笑う君が毛布からはみ出そうになる。

「寒いよ!もっとくっついて!」

君を抱き寄せてはまたもお腹が鳴る僕に、僕たちは大笑いをした。
幸せだった。
満ち足りていた。
-- このまま時が止まればいい --

これが僕たちの日常だったら・・・・
・・それが僕の目指す未来?

「・・ソヨンssi・・僕は・・」
~♪♪~

布団の端にあるくしゃくしゃの服の中から君の携帯が鳴った。
「はい、ユン・ソヨンです」

それは病院からで、キョンホssiが意識を取り戻したという連絡だった。
僕たちの体温が徐々に冷めていく。
僕は言いかけた言葉を呑み込み、替わりに「病院へ、行こう」と口にしなくてはいけなかった。

二人の間に沈黙が生まれ、一気に足元がぐらつき始めていく。
僕たちが過ごした事の重大さと止まらない思いに行き来しながら、病院という現実に向き合わなくてはいけなかった。

彼女と結ばれた朝は、確かに昨日よりも輝いている。
だが、車へ向かう足取りは昨日よりも重かった。
まるで、足枷に繋がれながら手を握る恋人たちのように・・・。
あなたは尚更かも知れない。

あなたの手をしっかりと握り締めて、僕ははっきりと言った。

「ソヨンssi、僕は後悔してないよ」

それだけはちゃんとあなたに伝えたい
今のあなたにキョンホssiを愛しているのか、僕を愛しているのかと聞くのは酷な質問だろう。
きっと、答えられない。
だから、今は彼に君を帰すしかない。
オールのない船がどこに向かうのか・・僕にもわからないんだ。

4月の雪 13

2006年12月15日 10時48分53秒 | 創作話
         
          13 ~背徳~

季節外れの海の家はがら空きだった。
僕は女主人に声を掛けて、部屋を開けてもらいながら背中に君の視線を感じていた。
・・・インスssi?・・・
部屋に入るまであなたは不安げな顔をして、どうするつもり?としきりに僕の顔を見ていた。

---どうするつもり?---

いいのか?

これからどうするつもりだ?

今なら・・・まだ間に合う・・・・・

気持ちを伝えたから、気が済んだろう?

彼女はどうなる?

覚悟してるのか?

溢れてくる質問に誰が答えを用意してくれている?

どこに答えがあるんだ?


部屋に案内した女主人は二人を夫婦と思い、「ご主人、これが鍵だよ。」と言ってインスに鍵を渡した。
狭いが、初めての二人だけの世界。
もう、インスから迷いは消えてなくなっていた。

向き合ったあなたの頬にそっと触れる。冷えてるね・・・
僕の手で暖めてあげたい。

「・・・寒かった?」
「・・・・」
「僕たちを夫婦と思ったようだね」

言葉がでないのか、じっと瞳を寄せて僕を見ている貴女。
この事がどういうことか、分かっていても君は言葉にすることを恐れているようだった。

「ソヨンssi・・・恐い?・・・」
「・・・・・」

あなたを感じるように僕は優しく抱きしめた。
「今は・・僕たちだけの事を考えよう。自分の心に正直でいたいんだ。
今夜はあなたを離したくない・・・」

・・・あなたが欲しい・・・

・・・心のままにあなたを抱きたい・・・

言葉を持たない僕の問いかけに涙が君の頬を伝っている。
あなたの瞳は僕から逃げていない。
そっと微笑んだ・・・それが答えだね。

「愛している」

居座る不安に引っ張られるように俯いていくソヨンの顔を、
インスはそっと受け止めるように口づけをした。
ソヨンの唇に、インスの唇がゆっくりと何度も重なりながら、心を重ねあわせていく。
お互いに出会った事の意味を探り合いながら・・・。
鼓動は早く打ち始め、不規則にリズムを鳴らし、重なった胸から二人の音楽が聞こえ始めていった。

静かな夜に行われる背徳。

罪の意識も、後ろめたさも夜の帳に隠しながら、二人は抱き合い、愛し合う。

・・・あなたを信じたい・・・

情熱が抑圧を破った。

絡めた指から伝わる思いに翻弄されながら、ソヨンはインスに感情を染上げられていった。
重ねた肌から放たれる熱情に二人は巻き込まれ、どこまでも続くかのような喜びと切なさに落とされていく。
遠く、深く、愛情の海に沈みながら、インスとソヨンは渇きのような愛の痙攣を覚えていった。

僕たちは、どこへ向かっていくのか・・・

行き着く先はどこなのか、誰にもわからない

それでも、ずっとあなたの側で会いたい・・・

あなたに愛を語りたい・・・

僕に愛を語らせて欲しい・・・。


漆黒の闇が二人の罪を覆い隠し、白い波が二人の愛のささやきを打ち消していく。
まるで、誰にも気付かれないようにと願うように・・・。
夜空に君臨する優しい月だけが、二人をそっと見守り続けていた。



4月の雪 12

2006年12月11日 10時37分20秒 | 創作話
     12 ~微熱~



・・・僕を、愛してますか?・・・

何も考えられなくなっていた。
頭が動かないわ・・・心臓だけが早鐘を打ち続けて、その音に耳を傾けるだけで精一杯だった。

「ソヨンssi・・・あなたを・・愛してしまったんです」

インスssiの言葉に、向けていた背中が熱くなった。
私の腕を掴んでるあなたの手から“答えて欲しい・・・”と伝わってくる。
だめよ・・・と自分の心に鍵を掛けようとしたのに、
私の知らない私がその鍵をあなたに預けようとしている。


ゆっくりと僕のほうを振り向いた君の顔が切なくて、頬を涙で濡らしたあなたが愛しくて、
涙を指で拭いながらあなたを腕の中に優しく抱きしめた。

「僕を・・・愛してるね?」

腕の中のあなたは、こらえていたものが耐え切れないように僕の肩を濡らし、
あなたの切ない手が僕の背中を小さく摘んだ。
そのことはあなたの気持ちを知るのに十分だった。
僕の腕の中で泣いているあなたが愛しくて・・・守ってあげたい・・守りたい。

しばらくして泣き止んだあなたは、この状況をどうしていいかわからないように目を伏せている。
ぼくもわからなかった。
ただ、握ったあなたの手が冷たくて、とにかく車に乗ることにした。

二人の思いが重なったあとの沈黙は、今までとは何もかも違っていた。
逃げないでまっすぐに捕らえる瞳がそこにあったし、
手を伸ばせば君の手が触れる距離に僕はいた。
君が涙を流す時は拭ってあげられるほど僕の心は、君の側にいた。
何もかも今だけは僕たちだけの時間だった。

・・・離れたくない・・・離したくない・・・

今だけは、僕たちだけのことを考えよう。
明日はどうなるかわからないから、今夜だけは、二人だけの時間にしたい。
そう思うと同時に、僕はギアを入れて車を発進していた。


人がうごめいている街の中ではなく、僕たちだけになれる場所・・・。
常識に囚われた人たちに囲まれずにざわめきも聞こえない・・
僕たちの声だけが届けばいい。

---あなたと僕しかいない場所・・・---

僕は夜の海に向かって車を飛ばしていった。


止めた車の中で、二人は目の前に広がる夜の海を見ていた。
夜空と海の境界線が溶けて、大きな闇が二人を覆いつくしそうな夜だった。
漆黒の闇は白い波を連れてきては、またさらって行く。
昼の海は癒してくれるものであったが、夜の海はすべてのものを飲み込んでいくような魅力と恐怖があった。

「夜の海は引き込まれそうで・・なんだか恐いわ・・」

フロントガラス越しに海を見つめながら君が静かに言った。
僕は君の中の不安を取り除いてあげたくて、膝の上に置かれていた手をそっと握った。

「大丈夫だよ・・」

満ち足りた静寂が僕たちを包んでいた。
繋いだ手から伝わる温もりが僕たちの微熱を徐々に上げていく。
十代のような若さとは違う僕たちは、その微熱がどんな意味をもつのか、どれほど熱いものか、
十分すぎるほどわかっていた。


♪お部屋を変身♪暫くXmasモードをお楽しみください♪

4月の雪 11

2006年12月07日 10時26分05秒 | 創作話
       11 ~理由~

食事中はメールの続きの話など、たわいもない話ばかりしてようやく和んだ感じだった。
一緒に居るこの時間が楽しくて、笑いあったね。

----車の中では君が緊張しているのが伝わって、僕も移ったみたいに寡黙になってしまったけど、本当は、こんな風にあなたに会いに来た男をどう思ってる?って聞いてみたかったんだ。
聞こうか、どうしようか迷っているうちに、湾岸沿いにある感じのいいレストランを見つけて駐車場に入った。

「インスssiは仕事が忙しいんでしょう?」
コーヒーのカップを両手で握りながら君が聞いた。

「ええ。忙しいですよ。新しいコンサートも控えてるし、キムの穴埋めもまだ残ってるんです。」
そう言って、笑顔をあなたに向けた。

「あの・・じゃあ、どうして・・?」

・・・そうまでして会いに来た理由を聞きたい?

「・・・?・・あの、インスssi?」

「困ったな・・・。・・言いたい事や聞きたい事がありすぎて、上手く言葉にならない」

思わず俯いて笑ってしまった僕の心が全部あなたにわかればいいのに・・。
そういって見つめた僕の気持ち、わかりますか?ソヨンssi?
そう、僕はあなたに、いや自分にはっきりと突きつけたかったんだ。

「あなたに・・・ソヨンssiに会いたかったんです」
「・・・・」

「・・・ソヨンssiは、僕に会いたくなかったですか?」
あなたの瞳の光が揺らめいたのを僕は見逃さなかった。

「ソヨンssi、僕は・・。はっきり言います。あなたに惹かれています」
「・・・・」

「こんな事、言うべきじゃないこともわかっています。でも・・・・強く惹かれていくのを止めることが出来なかった。あなたを知りたかったし、あなたに聞きたかった。会いたかった・・」

困惑・・・驚き・・・今、何があなたの中で起きているんだろう・・・
それでも確かめずにはいられない。

「あなたを好きになるのに理由なんかいらなかった。・・・ あなたは僕に、会いたくはなかったですか?・・・お願いです・・答えて欲しい・・」

自分勝手な男と思うだろう。
どこかであなたもそうなのだと、確信して聞いている僕を・・・。


ソヨンは激しい波に呑まれることを恐れていた。
理性と常識を盾に、切なさも恋しさも覆い隠していたのに・・・。
そうやって自分を保っていたものが、インスによって崩されそうになっていた。

・・・恐い・・・やめて・・・
「そんなこと聞かないで・・インスssi、どうかしてるわ・・・私、帰ります」

席を立ったソヨンは、とにかくインスから逃れたくて足早にレストランを出ていった。
インスは支払いを済ませると、走って彼女を捕まえようとした。

「ソヨンssi、待って!!逃げないで!」
暗闇の中、あなたの中に僕がいるのか探り当てたくて、行こうとするあなたの細い腕を捕まえたが、あなたは僕の顔を見ようとはしなかった。

あなたの背中に話し続ける。
「逃げないで・・・いきなり驚かせてすまない」
「・・・・」

徐々に僕を追い詰める‘それ’が、近づいてきた。
「でも、これ以上気持ちを隠してもどうしようもないところまで僕は来てしまったんです」

‘それ’は容赦なく僕を追い込み、逃げ出す行方を奪われていった。
「キョンホssiを・・・今も愛していますか?」

あなたに向かわざるをえなくなった。
「僕を・・・愛していますか?」


4月の雪 9

2006年11月29日 23時13分40秒 | 創作話
        9 ~屋上~


---今日病院に行く予定でしたが、急に会議が入って行けなくなりました。
ごめんなさい。インスssiはどうしますか? ソヨン----

インスssiのアドレスを出すのに時間は掛からなかった。
指がもう覚えていた。
今はちょうど昼休み時間で、校庭は生徒たちで賑わう声が少し開けた窓から入ってくる。

~~♪♪~~
ソヨンの携帯にインスからとわかるメール着信音が鳴った。

---僕も今日は仕事で抜けれないんです。この間、言ってたでしょう。キムがとんでもない失敗をやらかしたって。その穴埋めです。ソヨンssiにはそんな事ないのかな? インス----

“私にだって色々失敗はあるのに・・・”そう思いながら、携帯の画面の文字を追いかけながら微笑んでたみたい。
家庭科のへギョン先生が「何、笑ってんの?面白いメールでも来たの?」と声を掛けてきた。
さばさばした先生で、私より6歳上の面倒見がいい素敵な女性だった。
今回の事故の件でも、学校の冷たい風当たりから守ってくれた優しい先輩だった。

他の人たちは妻の私は被害者だと同情する声を上げていた。
---被害者?
・・それってどういうことなのかしら。
私は“浮気をされた妻”という事が? 
愛に加害者や被害者があるの?
あの人の裏切りを許せるわけじゃないけど、愛の前では皆、平等だと思う。
人を愛するということは誰も悪くはないわ・・・だから、傷つくのよ・・・。
もしキョンホssiが本気だったら・・・それは・・・仕方のないことかもしれない・・・。

私はヘギョン先輩に「いいえ、別に、ちょっと思い出し笑いよ。」と濁して、職員室を後にした。
どこか一人になれる所へ・・ -----私は屋上へ向かう階段へと足を向けた。


キョンホssiの事はただ事故を起こしたとしか学校側に言ってなくても、
どこからか漏れるもので、面白おかしく言う人は必ずいる。

----・・不倫しているのよ・・----

その言葉に後ろめたさを感じていた。

・・・キョンホssiに?・・  ・・ 私に?・・・

私は別になにもしたわけじゃない。
それでも後ろめたさを感じていた。
起こるかもどうかもわからないのに・・・

屋上から見た空は薄空色をしていた。
校庭には小さく見える生徒たちが法則を持たない動きをしている。
“なんだか嬉しそうよ”先ほどのへギョン先輩の声が頭の中で重複していた。


あの時、インスssiの指が触れた時、恐かった。
指先から私の気持ちが見透かされそうで恐かったの。
手を握られた時は心臓を掴まれたみたいだった。

不安だったものが、形になった瞬間。
・・・・確信してしまったの、自分の気持ちに・・・・
あの時、インスssi は熱い目をして私を見ていた。
あの人も同じ事を感じているの?
私と同じ気持ちなの?・・・

ソヨンは携帯を開いてインスssiのメールを読んでみる。
そして画面を指でなぞってみた。
・・・不思議ね。ただの機械の文字なのに、あなたからだということがこんなに嬉しいなんて・・・
・・・メールをするようになってから、あなたの姿が鮮明に色づいて浮かんでくるの・・・
・・・唯一、インスssiを感じれるわ・・・

それでも、キョンホssiを嫌いになったわけじゃない。
早く良くなって欲しいし、元気なキョンホssiに戻ればと心から願っているわ。
そうよ、私たちは夫婦だもの・・・だから・・・。  

だから?・・・

そこから続く言葉がどうしても見つけられない。
ソヨンは、自分とキョンホの間に埋めれない、深い溝があることをとうとう見つけてしまった。
まだ肌寒い風が通り抜けていく。

キョンホssi、ごめんなさい・・
・・・心だけは・・・嘘がつけない
・・・あの人を追いかけている私がいるの
二人の男性を同時に愛するなんて、私には出来ないし、映画やドラマの中だけだと思っていたのに。

--- 理屈じゃない。どうしようもない ---
そういうことがあるのね・・・・

・・・インスssi・・・あなたに会いたい・・・

でも、この思いはあなたに伝えられない・・・・

・・・私にはキョンホssi が・・・・そして・・あなたにも・・・・

切なさがソヨンを襲い、胸を詰まらせた。

~~♪♪~~
インスからのメール着信が鳴った。
画面を見たソヨンは、震える手で声が漏れないように口を押さえると、涙が堰を切ったように流れ出し、呑み込んでいた想いが溢れだしていた。

・・・私・・・どうしたらいいの?・・・
もう・・止まらない・・・

しゃがみ込んで泣き崩れるソヨンの手に“・・・会いたい・・・”と送られてきたメール画面の表示が揺れていた。


---------------------------------------


9だけ、抜けてたし・・ごめんなさい

4月の雪 10

2006年11月28日 11時45分25秒 | 創作話

         10 ~待ち合わせ~


ソヨンssi・・・あなたに “会いたい” とメールを送ってから返信が来ない。
今、授業中ですか? 気付いてないんですか?
それとも、こんなメールを送った僕を怒ってるんだろうか。

いつもならすぐに返信が送られてくるのに、待っている時間が恐ろしく長く感じられた。
まるで僕という人物がどういう人間か、烙印の判決を待ってるかのようだ。

仕事をしながら、インスの耳は着信音を聞き逃さないように集中していた。

迷惑だったのか?
自分の気持ちだけしか見えてない男は最低だろうな。
夕方になると、インスは少し自嘲気味になってきていた。

そのとき、待ちに待った着信音をこの耳で捕らえることができた。
あなたからのメールには「会議で遅くなるので、会えません。」とだけあった。
僕はなぜか、今あなたを捕まえないと会えなくなるような焦燥感を覚えた。
このときを逃してはならないと・・・。
頭で考えるよりも心が決断を下していた。


インスssiに送るメールを打つ。
・・指が震える。
気持ちとうらはら・・・・これでいいのよ・・・
・・・さあ、もう行かなくっちゃ・・・。

落ちてくる涙を拭いながら、ソヨンはポケットに携帯をしまい込んだ。
ポケットの中で電話の着信音が鳴った。

「はい、ユン・ソヨンです」

「僕です。会議が終わるまで待ちます、今夜会ってください」

インスssiとは何度も話をしたけど、電話で直接届けられたあなたの声が心臓に響いて、勝つことは出来なかった。

インスssiが待ち合わせに指定してきたのは私の学校から少し離れた所にあるバス停だった。
歩いてバス停に着くと、すぐにインスssiの車が現れたわ。
どこかで見ていたの?と思うくらいに・・。
インスssiが車から降りてドアを開けてくれた。
こんな時間に、夫以外の男性の車に乗るなんて同僚たちに見られたら・・・。

気にしていたらあなたが、「大丈夫。ソヨンssiの周りには誰もいませんでした。こんな夜道だから気になって実はずっと見ていたんです。学校の近くであなたを拾うとソヨンssiが困るでしょう?」
そういって、あなたは守るような微笑を私に与えてくれた。

「どうぞ、乗って」

・・カフェ以来だわ。

「お腹空いてませんか?僕、何も食べずに出てきたから・・。ソヨンssiはもう食べましたか?」
「いいえ・・」と言うと、「じゃあ、おいしいものをご馳走します。」と笑ってあなたはアクセルを踏み、守るように私を学校から遠ざけていった。

4月の雪 8

2006年11月19日 09時26分00秒 | 創作話

           

         8 -携帯ー


「ソヨンssi、携帯持ってますか?」

「え?ええ。でも、どうして?」

「どちらかがいない間にスジンやギョンホssiが目を覚ますかもしれない。そのとき、すぐに連絡着けれるようにしたいんです。」

「そうね。インスssi、それがいいと思います。私全然気付かなかったわ!」と言って君が笑った。
この一瞬が僕を幸せにする。
その一瞬だけは何のしがらみもない、ただの男と女になれた気がして・・・・。
僕はあまりにも君を見つめてたんだろうか。・・・ソヨンssiの瞳の色が濃くなった。

ガッチャン!!

君が携帯を落とした。
二人とも拾おうとしゃがんで伸ばしたその手に触れた。
君の髪が僕の頬に触れ、息遣いが聞こえそうなくらい近づいている。
お互い意識してるのが伝わって顔を上げれないでいたが、触れた指先から彼女の手を思わず握り締めてしまった。

二人の視線が交差する。
ソヨンssiの瞳に僕が映っている。

想いが加速していく。
彼女への感情が刻々とふくれあがって、溢れそうになり、口走りそうになる。

「キョンホssiが・・・」
ドキっとした。
「目覚めたら連絡をください」

“わかった。”と僕は携帯を拾って、握っていた君の手のひらにそれを乗せた。

・・・ソヨンssi・・・僕は釘をさされた?・・・

君は僕のこと、どう思ってるんだろう。・・・
やはり許せない相手の夫、と思って僕を見ている?
正直、君がそう思っているって僕は思えない。いや・・・そう思いたいんだ・・。
君に聞きたい事、確かめたい事が色濃くなって、どんどん僕の心を占めていった。


僕がそういう空気をまとっていたのもきっとあったんだろう。
それからすぐに、僕と彼女の事が病院で噂になり始めた。
元々、スジンたちが噂の格好のネタにあったんだから、僕たちが歩いてるだけでもネタにはなっただろう。
彼女とカフェに行く姿を何度か見たらしく、僕の耳にも噂が届いていた。

“あの不倫患者の夫婦同士も不倫じゃないの?信じられないわ!”

気にすることはないと思っていても、“まったくのデマだ”とは言えない確かな自分がいる。
だから正直後ろめたさもあって、カフェには行かなくなってしまった。
君のそばにいられる関係を維持したかったのに・・・・。
だが、これ以上、彼女に気苦労をかけさせたくない。
もう、なるべく二人で一緒に居ることは出来ないのかもしれない。
彼女との繋がりは携帯だけになってしまった。

 

それからは、どちらかが行けない時は二人の状態をメールして教えあうことになった。
ソヨンssiからとわかるように、君だけの着信音も決めた。
メールの遣り取りが始まってから僕が肌身離さず携帯を持ち歩くようになって、キムが不思議がる。

「なんだよ、インス?今時の若い子みたいに携帯が友達か?」

スジンが今だ意識がないのを知ってる彼は、あまり病院のことをあえて聞かなかった。
「まあな…」と僕は苦笑いした。

メールの中で病院以外のことが少しずつ増えてきて、僕の仕事の失敗を笑ったり、君の学校の事や、生徒の悩みまで打ち明けてくれるようになった。
そんなときは君が言って欲しい言葉を、僕は喜んで差し出す。
その度に送られてくる返事に見えない君の笑顔を探している。

僕が送信すると、すぐに君から返信が送られてくる。
そして僕はまた、すぐに返信を送る。

恋に落ちた男の勘だろうか。
君も僕のことを思ってくれている、と思うのは・・・・。
君の言葉の中に、僕と同じものを感じている。

・・・あなたは、僕に惹かれてませんか・・・・
・・・僕に会いたくはないですか・・・・
・・・ソヨンssi・・・僕を、愛してますか・・・・

----あなたから聞きたい----

駆り立てられる気持ちに少し驚きながらも、強く惹かれる勢いが止まらない。
人を好きになるのに理由も時間も要らないことを、32歳の僕は知っている。
その瞬間、理性よりも感情の熱が高まった。
僕はあなたに“・・・会いたい・・・”とメールの送信ボタンを押した。


4月の雪 7

2006年11月14日 09時14分45秒 | 創作話

  
     7 ~キムと酒と冬のソナタ~

キムが「今夜、どうだ?」といつもの仕草をして見せた。
どうやら僕を気遣ってか、飲んで少しは気分転換しろと言ってるらしいが、何か口実を作っては飲みに行くことを僕は知っているよ、キム。
だが、今夜は僕も少し飲みたい気分だったから、二人でキムの行きつけの店に行くことになった。

 「キム、人を好きになる、愛するってどういうことだと思う?」
一口、焼酎のグラスに口をつけてキムの顔を見ずに僕は聞いた。

「はぁ?そんな事、俺に聞くなよ。結婚してるインスの方がわかるんじゃないのか?俺は彼女もいない。結婚ももちろんしていない。・・何だか、俺って寂しいやつか?」

僕は寂しそうに見えないひょうきんなキムを見て笑った。キムの軽いノリが、今は僕を救ってくれる感じだ。

「誰かが言ってたよな。真剣に人を好きになるのは“孤独”だって」
「孤独?」
「そんな思いをするほどの人に俺は巡り会えてないな・・。きっと、そういう相手は運命の相手だよ」
キムが好物のイカのフェをつまみながら、グラスを空けた。        

運命・・・?  

 

「誰に聞いたんだっけ? あっ、そうだ!前に付き合ってた彼女だ。そうそう、あの頃ドラマで『冬のソナタ』が流行ってさ、彼女が同じ質問を俺にしたんだよ」
「で、キムはなんて答えたの?」

「確か・・・彼女のどこが好きになったとか、ここがいいとか、とにかくいっぱい褒めて好きになった理由を並べたんだ。そしたら、「そうじゃない!!」って怒りだして・・・・」
 「怒ったの?どうして?」

「本当に好きになるのに理由はいらないって言うんだ。でも、それもドラマの中の男の台詞で、そいつが言うとかっこいいのに、俺はかっこ悪いって・・・それで振られた」
 「・・・それは災難だな」
僕はキムに同情したが、可笑しくて声を出して笑っていた。

 「何でペ・ヨンジュンと比較されなきゃいけないんだよ! 勝てるわけないだろ!! 大体、ハンサムな奴がかっこいい男を演じすぎなんだよ!!」
キムはぐいっとグラスを飲み干して、テーブルにどん!っと置いた。

「・・・そういや、インス、お前もいい男だよな」
キムが恨めしそうに僕を睨んだ。

「おい、キム、僕は何も言ってないだろう?」
「はあ~、俺のすべてを受け止めてくれる運命の相手はどこにいるのかな?」

キムはそう言うと、一人でペ・ヨンジュンという俳優について文句を並べ立てて酒の肴にしていた。
“かっこよすぎるんだよ!”  “相手の女優は美人ばかりだぜ!”   “海外までファンが増えてるってTVでやってたのを観たけど、それじゃ困るんだよ。女がみんな持っていかれちまう!” “俺のとこに来ないじゃないか!!”

キムは面白い奴だ。目の前にいない人間を相手に酒が飲めるのか・・・。

「そうだな」
僕は笑いながら、彼の文句に頷いていた。

 「笑うな、インス!!・・ひっく・・お前はかっこいいからわからないよ。もてない男の悲しみは・・ひっく・・・」
「キム、そろそろ飲みすぎじゃないか?」

「スジンssiだって、お前にベタ惚れじゃあないの~?」
「・・・そんなことないよ」
キム、現実はそんなに甘くない・・。


酔いの回ったキムに、明日の仕事に響くからもう帰ろうと言って店を後にした。
キムを一人タクシーに乗せると、発車した車を見送って僕は逆に歩き出した。

--- ベタ惚れじゃあないの~? ---

キム・・・本当にそれほど愛してたら、裏切ることができるかい?
信じてたものが崩れる時の音を聞いたことがあるか。

はあ・・・・ため息混じりに吐いた白い息が、夜の色にゆっくりと馴染んでは消えた。
好きになるのに理由はいらない・・・・か。
キム、そのドラマは正しいことを言ってるよ。それを今、まさに実感している。

彼女に惹かれるのに理由なんてなかった。まして会えないことで寂しさを覚えるなんて・・・
スジンがこんなことにならなくても、どこかで出逢えば同じように彼女に惹かれたと思えるんだ。
そのときは僕がスジンを裏切ることになるんだろう。
そんな風にして出逢う僕たちは、運命の相手なんだろうか・・。

インスは歩いていた足を止めて、夜空を見上げた。
冷たい空気が空にある汚れたものを一掃したように、月と星がこうこうと輝いていた。
インスの吐く白い息はその輝きに届くことはなく、ただゆらゆらと夜の闇に流されていった。