26 ~遠い背中~
どれほどそうしていただろうか・・・。
僕の体は水っぽい雪でしっとりと濡れてしまい、冷え切っていた。
道にも雪が積もることはなく、濡れた道路に車がビシャビシャ音を立てて走り去っていく。
とにかく、病院に戻ろう・・。
病室に戻ると、濡れて戻ってきた僕を特に驚くわけでもなく見ているスジンに「雪が降ってきたんだ・・・」と説明をして、僕は小さなロッカーに閉まってあるタオルで全身を拭き始めた。
随分濡れた髪をしっかり拭こうとすると、スジンの手が伸びてきた。
「貸して。私が拭いてあげるわ」
椅子に座らせられた僕は、彼女にされるがままにじっとしていた。
僕の濡れた服を脱がそうとスジンの手が伸びてきたが、「大丈夫だから・・」と言って、彼女の手を掴んだ。
「インス・・・・」
スジンは背後から静かに僕の前に来るとじっと見つめ、パジャマのボタンをゆっくり外していった。
「スジン?」
「インス・・・抱いて・・・」
スジンはパジャマの上下をぱさっと足元に脱ぎ捨てて、小さな下着一枚の姿で僕の目の前に立ち尽くした。
「スジン・・・どういうつもりだ?」
「・・もう一度、やり直したいの。私を受け止めて・・。あなたを愛しているの・・。 だからお願い・・今・・抱いて・・・」
僕はため息混じりに横を向いた。
こういう感情をなんていうんだろう・・・。
今までの僕だったら彼女の望むように抱いただろう。何度も君を愛したね、覚えているよ、君がどうすれば喜ぶか・・・。
それでも、あんなに愛した彼女の体を目の前にしても僕の手は伸ばすことができない。
じれったく思ったのか、スジンは僕の手を引っ張ると、彼女の胸の膨らみを僕の手に納めさせた。
「お願い・・・」
キスを迫ろうとする彼女を拒否するように「服を着るんだ・・」と足元に散ったパジャマを拾っては肩にふわりと掛けた。
「抱けないの?それとも、こんな体は抱きたくない?」
スジンの瞳が怒りを表していた。
僕が何も言わずにいると、彼女はベッドから何かを取り、それを壁に思いっきり投げつけ派手な音をたてた。
・・・・ 僕の携帯?・・・・
ぶつけた瞬間に開いたままになっている携帯を拾い上げると、開かれた画面にはソヨンからのメールが写し出されていた
・・・!・・ソヨンssi・・・スジンは・・・・見たのか・・・
「ソヨンって誰?・・まさかとは思うけど、彼の奥さんの名前が確かソヨンと言ったわ。・・・そうなの!?」
「・・・・ああ・・・そうだ」
僕は携帯から目が離せないでいた。
「!!あなたも私と同じ事してるんじゃない!私を責めることなんて出来ないわよ!それとも私への嫌がらせかしら?」
「別に責めるつもりはないよ。それに嫌がらせでもない」
「それって・・・どういう意味?・・・」
僕は携帯を閉じると、体の向きをスジンに向けた。
「・・・僕が彼女を愛しているんだ」
「インス、何を・・言ってるの?・・・あなたと彼女が?・・・私とキョンホssiが浮気しなかったらあなたたちは出会わない関係よ?・・その二人が偶然愛し合ったてわけ?」
「スジン・・・君に酷なこと言っているのはよくわかっているよ。でも、もう嘘をつけないし、このまま君と暮らすのも困難だと思う。」
「・・・私・・後悔しているわ・・ばかなことをしたわ。今だって、こうしてあなたの元に戻りたいっていう私がそんなに許せない?・・」
「許せないんじゃない、スジン・・。もう・・元には戻れないんだよ・・」
「すまない・・・」
スジンはインスが自分に真っ向から向き合う姿勢を見せたことに打ちひしがれた。それは不貞に対する懺悔ではなく、彼の真摯たる決意のようなものがそこにはあった。
・・・インスがどういう人間か、私はよく知っている。
こんな嘘を・・嘘を言える人じゃない・・・
「本気・・なの・・・・?」
返事を聞かなくてもインスの瞳から読み取ることは十分過ぎるほどだった。
スジンは初めて自分の犯したことの愚かさに気付いた。
そして、自分を襲ってくる後悔の重さに耐え切れず、泣き崩れてはベッドに身を沈めた。
スジンが肩を振るわすたびに僕の心も痛んだ。
・・・・・どうして誰も傷つけないで、人を愛することが出来ないんだろう ・・・・・
遠く隔てた場所で涙の海に沈んでいるスジンに僕は手を差し出すことはできない。
「・・また・・明日来るよ。・・」とやっと言うと、椅子に掛けてあった上着と壊れた携帯を手にして、病室から静かに出て行った。
廊下には彼女の鳴き声が木霊していき、僕の背中からは夫婦という名の
時間の砂が零れ落ちていくのを感じていた。