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Boruneo’s Gallery

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4月の雪 26

2007年03月07日 00時04分19秒 | 創作話

    

 

         

 

 

  26 ~遠い背中~

どれほどそうしていただろうか・・・。
僕の体は水っぽい雪でしっとりと濡れてしまい、冷え切っていた。
道にも雪が積もることはなく、濡れた道路に車がビシャビシャ音を立てて走り去っていく。

とにかく、病院に戻ろう・・。

病室に戻ると、濡れて戻ってきた僕を特に驚くわけでもなく見ているスジンに「雪が降ってきたんだ・・・」と説明をして、僕は小さなロッカーに閉まってあるタオルで全身を拭き始めた。
随分濡れた髪をしっかり拭こうとすると、スジンの手が伸びてきた。

「貸して。私が拭いてあげるわ」

椅子に座らせられた僕は、彼女にされるがままにじっとしていた。
僕の濡れた服を脱がそうとスジンの手が伸びてきたが、「大丈夫だから・・」と言って、彼女の手を掴んだ。

「インス・・・・」

スジンは背後から静かに僕の前に来るとじっと見つめ、パジャマのボタンをゆっくり外していった。

「スジン?」
「インス・・・抱いて・・・」

スジンはパジャマの上下をぱさっと足元に脱ぎ捨てて、小さな下着一枚の姿で僕の目の前に立ち尽くした。

「スジン・・・どういうつもりだ?」
「・・もう一度、やり直したいの。私を受け止めて・・。あなたを愛しているの・・。 だからお願い・・今・・抱いて・・・」

僕はため息混じりに横を向いた。
こういう感情をなんていうんだろう・・・。 
今までの僕だったら彼女の望むように抱いただろう。何度も君を愛したね、覚えているよ、君がどうすれば喜ぶか・・・。
それでも、あんなに愛した彼女の体を目の前にしても僕の手は伸ばすことができない。
じれったく思ったのか、スジンは僕の手を引っ張ると、彼女の胸の膨らみを僕の手に納めさせた。

「お願い・・・」

キスを迫ろうとする彼女を拒否するように「服を着るんだ・・」と足元に散ったパジャマを拾っては肩にふわりと掛けた。

「抱けないの?それとも、こんな体は抱きたくない?」
スジンの瞳が怒りを表していた。

僕が何も言わずにいると、彼女はベッドから何かを取り、それを壁に思いっきり投げつけ派手な音をたてた。
・・・・ 僕の携帯?・・・・
ぶつけた瞬間に開いたままになっている携帯を拾い上げると、開かれた画面にはソヨンからのメールが写し出されていた

・・・!・・ソヨンssi・・・スジンは・・・・見たのか・・・

「ソヨンって誰?・・まさかとは思うけど、彼の奥さんの名前が確かソヨンと言ったわ。・・・そうなの!?」

「・・・・ああ・・・そうだ」

僕は携帯から目が離せないでいた。

「!!あなたも私と同じ事してるんじゃない!私を責めることなんて出来ないわよ!それとも私への嫌がらせかしら?」

「別に責めるつもりはないよ。それに嫌がらせでもない」

「それって・・・どういう意味?・・・」

僕は携帯を閉じると、体の向きをスジンに向けた。
「・・・僕が彼女を愛しているんだ」

「インス、何を・・言ってるの?・・・あなたと彼女が?・・・私とキョンホssiが浮気しなかったらあなたたちは出会わない関係よ?・・その二人が偶然愛し合ったてわけ?」

「スジン・・・君に酷なこと言っているのはよくわかっているよ。でも、もう嘘をつけないし、このまま君と暮らすのも困難だと思う。」

「・・・私・・後悔しているわ・・ばかなことをしたわ。今だって、こうしてあなたの元に戻りたいっていう私がそんなに許せない?・・」
「許せないんじゃない、スジン・・。もう・・元には戻れないんだよ・・」

「すまない・・・」

スジンはインスが自分に真っ向から向き合う姿勢を見せたことに打ちひしがれた。それは不貞に対する懺悔ではなく、彼の真摯たる決意のようなものがそこにはあった。

・・・インスがどういう人間か、私はよく知っている。
こんな嘘を・・嘘を言える人じゃない・・・

「本気・・なの・・・・?」

返事を聞かなくてもインスの瞳から読み取ることは十分過ぎるほどだった。
スジンは初めて自分の犯したことの愚かさに気付いた。
そして、自分を襲ってくる後悔の重さに耐え切れず、泣き崩れてはベッドに身を沈めた。

スジンが肩を振るわすたびに僕の心も痛んだ。
・・・・・どうして誰も傷つけないで、人を愛することが出来ないんだろう ・・・・・

遠く隔てた場所で涙の海に沈んでいるスジンに僕は手を差し出すことはできない。
「・・また・・明日来るよ。・・」とやっと言うと、椅子に掛けてあった上着と壊れた携帯を手にして、病室から静かに出て行った。
廊下には彼女の鳴き声が木霊していき、僕の背中からは夫婦という名の
時間の砂が零れ落ちていくのを感じていた。

 


4月の雪 25

2007年03月03日 00時43分35秒 | 創作話
          






25 ~Missing~

僕は走った。
知り尽くしている病院内を最短で外に向かうためにはどこを通ったらいいのか、
瞬時に決断しながら走った。
バス停に向かおうと病院の敷地から出ると、君が居たはずのバス停をすぐに見つけることができた。
が、君の姿はない。

インスは走ってきた足を止めると、今度は誰も居ないバス停に向かって、ゆっくりと歩き出だす。

多分、あなたが乗った行き先の時刻表を確認したら、30分前にバスがきていることがわかった。
僕はバスが向かった道の方向に目をやってみるが、そこにはあなたの幻さえも感じることが出来ない・・・。

いつの間にか、インスの頭上を空が暗く覆いかぶさっていた。
先ほど車からインスが目指した場所にたどり着いても、あれほど願ったソヨンの姿はない。
 

「何故、黙っていた・・・」

インスは道の向こうのどこかにいるソヨンを心で追いかけながら、声を届けたかった。

・・どこか知らないところにソヨンが行ってしまいそうだ・・。・・もう、待つのは止めだ!
そう思ったインスは、ソヨンに電話しようと携帯を探してあるはずのない上着のポケットに手を掛けた。

「!?・・・くそっ!!」
思わずインスの拳が時刻表に八つ当たりをして、鈍い音を響かせた。
その音は辺りに溶け込んでは消えていく。


空から静かに冬が舞い降り始めた。
冷たい風に翻弄され、はらはらと舞い踊りながらインスの肩に落ちていく。
道の向こう側に向けていたインスの熱い視線が、目の前の淡いものを捉えた。


・・・雪?・・・


僕は空を見上げた。
分厚い灰色の雲から白いものが落ちてきていた。

雪が降っている。

はらはら・・・頼りなげにそれはゆっくりと、そして静かに僕に落ちてきていた。
 
・・・あなたが好きだと言った雪。
・・・「今ごろに降る雪は儚くて好き」と言った雪が、降ってくる。

僕は手を差し出して手のひらに落ちる雪を眺めてみる。
それはあっという間に解けて、僕の手のひらを濡らすだけだった。
掴んで確かめてしまう前に解けてなくなってしまうだけだった。

儚かった。
切なかった。


僕たちのようだ・・・。
・・・なぜ、出会ったんだろう?・・ソヨンssi・・・
・・・こんな辛い思いをするだけのために出会ったのか? 
・・・忘れることもできなくて・・未来を語れることもできなかった・・・
・・・苦しくて、切なくて・・・それでも君を愛さずにいられないのに・・・。
・・・それでもあなたの側にいたいのに!・・・・。

・・僕は佇むことしかできないのか・・・・。

もう一度見上げた僕は重い空に向かって手を伸ばし、雪を掴もうとしてみたが、はらりと僕の手から逃げていく。
眼鏡に落ちた雪はただの水滴となって視界を防ぎ始める。
あなたが好きな雪を見ようと眼鏡を外すと、僕の瞳の中に雪が落ちた。

見えない・・・  何も見えないよ・・・

君が見えない・・・

ソヨン・・・こんなに愛しているのに・・・受け止められない・・・・。

季節外れの雪はインスの涙と共に頬を濡らし、肩を濡らし、心を濡らしていった。



4月の雪 24

2007年02月24日 21時40分59秒 | 創作話





           24 ~伝わらない伝言~


病院の中は外との温度差を激しく感じずにいられないほど暖かく、
こんな時は入院患者が幸せそうに思えた。
インスの冷えた体も少しずつ温まってくる。

スジンは欲しがっていた果物を忘れずに僕が買ってきたことを喜んでいる。
早速、“林檎が食べたい”と言ったスジンのために切ってやることになった。

皿の上で真っ赤な林檎にナイフを入れる。
サクッと音をたてて真っ二つに切れた。

「おいしそうだわ」

そう言った君に、さらに幾つかに切り分けた林檎を差し出すと満足そうに食べ始めた。
「インスも、食べて」
「僕はいい。君が食べるといいよ」

僕は椅子に座りながら、彼女が食べている様子を見ていた。
スジンはこの間のことなど、どこかに忘れてきたかのように林檎を頬張りながら僕に微笑む。
思わず、目線を少しずらした僕は上着を脱ぎ、椅子の背に掛けようとしてポケットの中に手を入れて携帯に触れた。

・・・連絡ができないなら、僕があなたに会いに行こう・・・

「コーヒーでも飲んでくるよ」
僕は腰を上げると、迷いのない足取りで病室を出て行った。


:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::


これが最後のメールになります。
黙ってあなたの前から姿を消したことを謝ります。
ごめんなさい。
こんな出会いかたをした運命を呪ったこともあるけど、
私はあなたからいっぱい愛と勇気を貰いました。
今はそのことが私を強くしてくれています。

私はこれからちゃんと自分のいるべき場所で生きていきます。
どうか、お元気で・・・
あなたの幸せを、心から祈っています。
               ソヨン


ソヨンはメールに文字を打ち込むと、もう一度読み返していた。

・・・本当にこれが最後なのね・・・。

嘘でもキョンホssiと夫婦に戻ると書けばいいのに・・出来なかった。
私は夫に愛されることを拒んでいる。
心も体も、キョンホssiをもう愛せない。
だから、私から最後のお願いで彼に離婚届へサインをしてもらったのよ。

あなたの愛に満たされて、こんなにも人を愛せることを初めて知ることが出来た・・。
なのに、あなたをスジンssiの元へと背中を押した私はばかみたいでしょね。
私たちの愛を手に入れようとしないなんて・・・。
違うの・・・こんなにもあなたを愛しているから、私の愛を正しいものにしたかったの。

あなたを愛するということでは、私もスジンssiも一緒なのよ。
だから、彼女の気持ちがよくわかる。
そんな彼女からあなたを奪うことは、私たちが一緒に生きていくうえできっと罪悪感を背負ってしまう。

どうか、わかって・・・。

でもね、インスssi、不思議と私、恐くないのよ。
これから一人だっていうのに、なぜかしら? 勇気が・・力がわいてくる感じがしている・・。
一人なのに一人じゃない感じがしているの・・。
あなたの愛が私の胸の中で生きているから・・・。

ソヨンはバスから見える景色に目を留めることもなく、ただ流れていくのを感じるだけだった。
暫くそうした後、ソヨンは最後の送信ボタンを押した。


::::::::::::::::::::::::::::::::::::



スジンに話をする前に君の顔が見たくて、僕は3階のキョンホssiの病室へと向かった。
何度となく通った廊下をゆっくりと進みながら、ソヨンssi が居ることを願った。
病室の近くまで来ると、耳と目を研ぎ澄ませながら君の姿を探そうとする。

妙に静かだ・・?

インスは通り間際にさりげなく病室の中をしっかりと覗いてみると、キョンホssiが寝ていたベッドが綺麗に整理整頓され、パリッとした真っ白なシーツが掛けられているのを見つけた。
インスは部屋の中に入ると、キョンホのベッドの周りに生活道具らしいものがすべてないことに驚きを隠せなかった。

「すみません!ここに入院していた人はどうしたんですか?」

この病室にはもう一人患者が入院していた。
「ああ、あの人ね。今日、奥さんと退院したよ」

--- 退院!? ---
 
部屋を飛び出したインスは3階のナースステーションに向かって走った。
なるべく冷静さを装って確認に努めてみる。

「すみません。305号室のソン・ギョンホssiを探しているんですが、どうしたんですか?」
「ソン・ギョンホssi? 彼なら今日退院されていきましたよ」

「それはいつ頃ですか?」
心が逸りだしていく。

「えっと、いつ頃かしら。ねえ、誰か覚えてる?」

看護士はナースステーションの中にいる仲間に大きな声で確認をしてくると、一人が挨拶を交わしたと言って、「40分ほど前かしら。バスで帰るって言ってたけど、この時間ってバスがあまり来ないからどうかしら。」と、教えてくれた。

僕はいてもたってもいられず、「ありがとう」を言うのも忘れてナースステーションを後にした。

:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

スジンは、林檎を特別食べたいわけじゃなかった。
インスの心が離れていく不安を感じ、繋ぎ止めたい一心でインスを病院に通わせるために何でも考えていた。
インスが部屋を出て行ったあと、スジンは皿の上に残った林檎を見つめてはサイドテーブルに置いた。

・・・身勝手なのはわかってるわ。私が愚かだったことも・・。
・・・でも、もう一度、あなたの心を掴みたいの・・・

祈るように組まれた手をじっと見つめていると、どこからか携帯が鳴り始めた。
「携帯?」

この病室には自分しか入院していなかったし、自分の携帯も事故以来、充電切れで使われていないことからインスの携帯だとすぐにわかった。

・・・インスの上着からだわ。

仕事からかもしれないと思ったスジンは、すぐに携帯をポケットから出すと着信が切れたのでメールだということに気がついた。
仕事柄、付き合いなどでメールはよくあることだ。
いつもは気にならないのに、この時、何故か気になって仕方ないスジンは、いけないことだと知りつつインスの携帯を開けた。

「・・・・・・」

そこにはスジンが眠っていた時間がどれほどインスにとって現実だったか、知らせるものだった。
携帯を握るスジンの手に力が入り、瞳には怒りや悲しみや喪失感に染まっていった

4月の雪 23

2007年02月18日 23時04分27秒 | 創作話

           


 23 ~悲しき願い~

「キョンホssi、そろそろ行きましょう」
「・・・」

「出る前にナースセンターに挨拶して行くわ」
「ああ・・わかった」

大きな荷物を2つにまとめ、キョンホとソヨンは2ヶ月近く過ごした病室を後にした。
この病院に来た時は一人だったソヨンだが、やっと二人で帰れる時が来たのだ。
廊下に二人の歩く足音が響くのを聞きながら、これが最後だと言う実感を拾い上げる。
そして、この場所に馴染んでしまった時間を逆行させてはソヨンに忘却の曲線を描かせていった。

ソヨンたちはナースセンターの前に来ると、すっかり顔を覚えた看護士を見つけ、ソヨンから挨拶を交わした。

「いろいろお世話になりました」
「今日退院ね。おめでとうございます。キョンホssiもリハビリを頑張ったお陰で早く退院できてよかったですね」

「ええ、本当にお世話になりました。妻のおかげです」

ソヨンの目が少し俯いた。

「ソヨンssi顔色が悪いけど大丈夫? 天気も怪しいし、タクシーを呼びますか?」

馴染みの看護士がいつもよりも顔色の悪いソヨンに気がついた。
「いいえ・・バスで帰りますから。大丈夫です。ありがとうございました」

数人の看護士たちから“頑張ってくださいね”という声を掛けてもらいながら、キョンホとソヨンはエレベーターで1階に向かって降りていった。

病院の正面玄関を背にして歩き出すと、迎えた空はまるでソヨンの心模様のようだった。
目の前に雪雲が裾野を広げて覆いつくし始めだしている。
ソヨンは少し深めに深呼吸をすると、一歩足を踏み出し、キョンホとバス停へ向かい始めた。
バス停は病院より2~3分歩いた所にあり、近くに海があったので時折潮風の香りがしていた。

・・・もう、泣かない。これからはしっかり歩いていくのよ・・・

バス停にはキョンホとソヨンの二人だけが待っているだけだった。
冬の置き土産の寒波がやってきたサムチョクの気候に思わず体が震える。

「寒いな。ずっと病院だったから、この寒さを忘れてたよ」
「・・暖かい日もあったのよ」

「そうなんだ」
「キョンホssi・・、願いを聞いてくれてありがとう」
ソヨンはキョンホを見ずに言った。

「・・僕が君に出来る最後のことだな・・」
キョンホはソヨンに視線を投げた。が、ソヨンは振り向かない。

「ひとつ聞いていいか?」
「・・?・・」

「誰か好きな奴が出来たのか?」

ソヨンが答えをあぐねているうちに目的地行きのバスがやってきて、キョンホとソヨンを乗せてはゆっくりと病院を後にしていった。
二人は一人用のシートで別々に深く沈み込み、時折揺られている。
反対側のシートは海側だったが、二人用のシートにどちらともなく座ること避けていた。
先ほどの質問にソヨンは答えることをしなかったが、キョンホもまた確かめようともしなかった。
確かめた所でもう変わらないことを知っていたからだ。

バスに揺られながらソヨンは少し気分が悪かった。
窓側に座ったソヨンは、遠くを眺めていたら少しはましになるだろうと思い、外の風景に目を移していた。
流れていこうとする風景の中にソヨンの体を硬くさせるものがあった。

-- インスssiの車!?--

路上に駐車された見覚えのある黒い車を見つけたが、咄嗟にそこでインスの姿を見つけることはできなかった。
ソヨンの気持ちを知ってか、やがてバスが赤信号で止まると、ソヨンの座席の後方に停まってるインスの車を見つめることが出来た。

・・・やはりインスssiの車だわ。 近くにいるの!? どこに!?・・・

ソヨンはさりげなく辺りを見回してみると、その辺りは小さな食堂や露店が何軒か立ち並んでいる場所だった。
その中にある一軒のフルーツショップに、背の高い、忘れることの出来ない姿を見つけてしまった。

・・・どうして!・・ここにあなたがいるの・・・

ソヨンはインスの歩く姿から目が離せない。

・・・もう・・会わないと決めたのに・・・
・・・ひどい・・どうして私にあの人を見つけさせるの!!・・・
胸に急激の痛みを覚えたソヨンは、乱れる呼吸を抑えるために手で口を塞いだ。



インスは病院に向かう途中で、スジンに頼まれていた果物を買っていこうと進行方向の反対側にある店に入っていた。
インスは果物を適当に3つ4つ選び終わると、支払いを済ませて爽やかな香りを嗅ぎながら茶色い紙袋を抱えて車に戻った。
エンジンを掛けて軽い溜息を吐くと、アクセルを踏んでは信号が赤になっている3車線のT字帯を前にして考えた。
インスは病院に向かうために来た元の車線に出たかったが、手前の直線車線にはバスを先頭に何台かの車が止まっていて出ることが容易ではなかったがため、
左回りで病院に向かおうと左折車線に入り、車をバスに横付けた。

自分が見下ろす場所にインスがいた。

バスの窓から、心の中でインスの名前を何度も叫ぶ。

どんなに願ってもこの時間は止まらない。

無情な信号は赤から青へと変わり、ゆっくりとバスが動き始めだす前にインスの車が先に動き出した。
左へ曲がるウィンカーがチカチカとスローモーションのようにソヨンの目には映っていた。
車内に居るインスの姿を捉えたくて、溢れてくる涙を必死に拭いながら目を凝らしてみる。

彼の優しくて男らしい手が余裕で握ったハンドルをゆっくりと切り始める。
曲がる時に確認しようとする彼のきれいな横顔。
彼の柔らかい髪が少し揺れたように見えた。

すべてがスローモーションだった。
そのすべてをこの目に焼き付けておくように、見逃さないように見つめるソヨンの瞳から涙が零れ落ちては彼女のコートにいくつもの染みを作っていく。

--- 行かないで・・・あなたが・・行ってしまう・・!!----

前に座っているキョンホに気付かれないように声を押し殺し、肩が揺れるのを押さえ込んで耐えるソヨンは遠ざかっていく愛しい黒い車をどこまでも追いかけようとしたが、
バスは覆いつくし始めた雪雲から逃げるように哀しみのソヨンを連れ去っていった。


4月の雪 22

2007年02月16日 10時27分59秒 | 創作話




      22 ~道の向こう~


ここのところ寒い日が続いているな。
上空に寒波がきているって、天気予報で言っていた気がする。

午前中に仕事を終えたインスは車に乗り込み、朝に降った雨で濡れている道を特にスピードを出すわけでもなく、サムチョクへ向かって走らせていた。

あの午後にスジンと話し合ってから、病院に向かう足取りが重い。
正直、会うのが辛かった。
あの時、スジンを突き放せなかったのは、愛情からだろうか?
それとも哀れに思ったからか?・・・

もし、哀れに思ったのなら、僕たち夫婦はもうおしまいだろう。
それじゃ、あまりにもスジンが可哀想だ。
哀れに思うなんてことは・・・もう愛じゃない。

ただ、僕たちが過ごした夫婦の時間がある。
それを無視できなかった・・・。

インスはここまで考えると、シートに頭を預けた。

スジン、こんな僕たちが結婚生活を続けてなんになるだろう? 惨めになるだけだ。
いや、その前に・・・僕がそれを望んでいるのかも知れない。

あの公園の日からあなたを病院で見掛けなくなって心配だった僕は何度もメールをしたけど、あなたから返信がない。
電話をするのはキョンホssiの側にいるあなたに気遣って今まで避けていたが、もう限界だった。

「何故、連絡をくれないんだ。ソヨンssi、どうか、一人で抱え込まないでくれ・・」

ハンドルを握る手に力を加えては、僕は見えないあなたに話しかける。
遠くに見える鈍よりとした雪雲を見つけて、その下にソヨンがいればいいのにと僕は願った。

「雪が好きだって言っていたね」

今までは迷いや、恋しさ、情熱に現実といったパズルのピースをバラバラに埋めてきていた。
どんな絵が浮かび上がるのか、わからないものにただ突き進むだけだったが、ようやくその全容が僕の中ではっきり見えてきたのだ。

心から愛している。あなたが欲しい。あなたと一緒にいたい。 僕たちはお互いの一部になりたがっている。

・・・スジンにすべてを話すときがきた・・・

インスの車は大きなカーブに差し掛かり弧を描きながら、その雪雲に向かって少しスピードを上げて走らせて行った。

4月の雪 21

2007年02月13日 08時59分03秒 | 創作話
            



21 ~3人の午後~


「インス、怒ってるんでしょう」

スジンの昼食が済んで、食器を片付けたところで戻ってきた僕に、突然吐き出すように声を絞り出して言った。

「確かに私はちゃんと話すって言ったわ。でも、なぜ、あなたは何も言わないの?私のこと知ってるんでしょう?どうして責めないのよ!」

「・・スジン、君の口からちゃんと説明が出来るまでって待っていたんだ。警察からの話だけじゃなく、スジンから本当のことを聞きたかった」

「・・・・」
「スジン・・・何から聞けばいい・・。初めて君たちの事を知った時は怒りに体が震えたよ。まさか君が・・裏切っていたなんて思わなかった。・・・いつからと聞くべきか?」

「・・・彼とは・・1年ぐらい前に仕事の関係で知り合ったのよ・・」
「・・・・」

「彼、あなたと違う魅力のある人で・・私・・惹かれていったのよ。だから・・・・」

だから?・・・それが理由?
「それで、彼を愛しているの?・・」

「・・こんな事、何を言ってもただの言い訳だけど、本気であの人を愛したわけじゃないわ。愛せる人じゃない。何故こんな事になったのか、わからないの。・・・本当よ」
「スジン、よく解らないよ。本気じゃなくて僕を裏切れたのは何故だ?」

「インス・・ごめんなさい・・・」
「僕の愛では物足りなかったのか?」

「そういうことじゃないわ!」
「・・・・」

「・・インス、本当にごめんなさい・・」
「・・・謝ってもどうにもならないことがあるよ」

スジンはぽろぽろと泣き始めた。

それからスジンは、言い訳とも懇願とも言いがたいことをずっと僕に聞かせていた。
僕の心はどこか遠くへ放り出されたまま、耳鳴りのようにスジンの声が響いてくるだけだ。

・・・スジン、今となっては、僕はこれ以上君を責めようとは思わないよ。責めることなんか僕には出来ないから。
僕が君と違うのは、本気で彼女を愛してしまったことだ。
今の君を見てると、傷ついているのがよくわかる。後悔していることも・・。
それでも、僕たちは・・・

「インス、愛しているのよ。信じて。愚かな女だって笑ってもいい。あなたを失いたくないの!」

君が叫んで、再び僕たちは向き合った。
僕の手を力いっぱいに掴んだスジンの体は震え上がり、全身で後悔していた。

こんな彼女を見るのは初めてだった。
彼女はいつもしっかり者で、頭も良くて、魅力的で・・・僕が心を許して、愛した人だ。目を閉じれば、あんなにも愛し合っていた日々が鮮明に蘇ってくる。
なのに・・・。

今、この手を僕が離したら彼女はどうなるんだろう・・・。
彼女の姿がゆらゆらと揺らめいて見えて、僕の目からは訳の解からない涙が出てきていた。

「スジン・・やめてくれ・・・」
・・・そんな君は見たくない。

僕はそう言うと、堪らなくなって彼女の手を離そうとしたが、スジンはさらに僕に抱きつくと泣き崩れていった。
僕は、彼女の体を突き放すことが出来なかった。




・・・キョンホssiの退院が決まったの。
ソヨンは直接インスに会って話したくて、2階にあるスジンの病室へと足を運んでいた。

・・・何て声を掛けたら?
・・・その前に気付いてくれたらいいけど、もしダメだったらメールをすればいいわ。

ソヨンはスジンに会うつもりもなく、というよりは会えないという気持ちが強かったのだが、近くに行けばインスにはきっと会えると思っていた。

2階の病棟は、3階のキョンホの部屋と一緒で4人部屋だった。
スジンの病室の入り口には4箇所名前が書けるようにスペースがあったが、書かれていたのは『イ・スジン』の名前だけで、実質、個室と一緒だった。
2階の廊下は昼食後だったせいか、ほとんど人が歩いておらず、ソヨンの足音だけが静粛の中を犯す侵入者のようだ。
ソヨンが病室の近くまでやってくると、ドアが少し開いているのがわかった。
インスの存在を確かめるように遠くから中をうかがってみる。

・・・居るの?

そのとき、ソヨンの耳に初めて聞くスジンの声がした。
「・・・インス・・・ごめんなさい・・・」
「・・・謝ってもどうにもならないことがあるよ」

インスssi、居るんだわ・・と思ったと同時に、彼らの会話がソヨンの体をそこに縛り付けて、侵入者に対する仕打ちが始まった。



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今年に入って、今 2度目の風邪を引いてます。
2回とも咳がひどい風邪のようで・・喉が痛い。
巷はインフルエンザが流行っていて学年閉鎖もよくききます。
私のはただの風邪なのでちょっと安心かな
皆さんも、これからが風邪の本番シーズンなので、どうかご自愛をくださいね

4月の雪 20

2007年02月05日 09時00分17秒 | 創作話
        



          20 ~僕たちの距離~

インスはスジンの着替えを手伝い終わると、休憩しようと飲み物を買いに2F病棟の待合室にやってきていた。
自動販売機のコーヒーのボタンを押すと紙コップが下りてきて、注がれた熱い紙コップを手にする。
何気に待合室の大きな窓から外に目をやると、見覚えのある姿が見えた。

「ソヨンssi?」

インスはソヨンの姿に何かを感じてしまった。
・・・泣いている?・・・

インスは飲物を買いに来た男性を見つけると、「これ口を付けていませんから、よかったらどうぞ」とおかまいなしに熱いコーヒーを押し付け、走ってソヨンを追いかけていった。

ソヨンは病院を出ると、少し行ったところにある大きな公園の入り口へと向かって走った。
先ほどキョンホを突き飛ばしてしまった自分の中にあるインスへの愛の大きさに、心が震えだして涙が止まらずにいるソヨン。

インスはソヨンの姿を取り逃がさないように、全力で疾走した。
息を少し上げて追いかけてきたインスが、拒絶で固まったソヨンに声を掛けた。

「ソヨンssi!!」

振り向いた君がそんなに泣いているなんて、僕は思わなかった。

「どうしたの!・・何があったんだ!?」
あなたが心配で、溢れている涙を拭おうと手を差し伸べると、あなたは嗚咽を上げてさらに辛い声を漏らす。
「ソヨンssi」
僕はたまらず彼女を強く抱きしめた。

「どうして・・・どうして・・私たち出会ってしまったの!」

君の悲痛な叫び。

「どれだけ涙を流したら、私たちの愛は正しくなるの!?」

僕には言葉が無かった。

こんなに惹かれあっているのに、愛しているのに、一緒に涙を流すことしか僕には出来ないのか・・。
二人は互いの体を求めるように強く抱きしめては、涙が枯れるまで離れようとはしなかった。
流れに逆らって生きることの辛さを、立ち尽くしているこの体をお互い支えあうように、消えて無くならにように、しがみつくようにと・・。


インスの涙が終わりを告げてもソヨンはまだ少し体を震わせていたが、インスが再び優しく抱きしめ直すとソヨンも落ち着きを取り戻していった。

「ここで、待っていて」

僕は君にそう言い残すと、近くの売店で温かい缶コーヒーを2つ買ってきては1つを彼女に渡した。

「これを飲んだら、少しは落ち着くよ」
君は俯いたままコーヒーを受け取った。

インスは温かい缶コーヒーと精一杯の笑顔をソヨンに届けると、「少し、歩こうか」と言って彼女の歩調に合わせながらゆっくりと歩き始めた。

一緒に肩を並べて歩いていると、ソヨンssiの心がぽつんと小さく固まっているのがわかる。
僕はあなたの手を探して、そっと握りしめた。

「一人で悩まないで欲しい。僕が一緒だから・・・」

僕の言葉を聞いて、君はぎゅっと握り返したね。
そうだよ、ソヨンssi。
僕たちはもうこの手を離せない。

二人が歩き始めて、温かい缶コーヒーが冷たくなった頃、風がふわっと僕たちの距離の間を通り抜けた。

「もうすぐ春かな」
「え・・?」

「ほら、時折気持ちいい風が吹くだろう?春が近いのかな」
空を見上げて眩しそうにインスは目を細めた。

重い空気をさりげなく取り払おうと自分を気遣ってくれるインスを頼もしく、そして愛しく思いながらソヨンは見つめていた。

「今日は・・特別よ。まだ、寒い日は来るわ。この辺りは海が近いもの」

僕は冗談めいた言葉でふっと笑いを込めた。
「まさか雪が降るとか?」

君は涙のあとがうっすらと残る顔で笑みを浮かべると空を見上げた。
「雪は好きよ。真冬に降る雪はすべてを被い尽して別世界にするの。あの静けさが好き。でも今頃に降る雪も素敵ね。儚くて・・・。」

そこまで言うと君は急に黙ってしまった。
最後の一言を残して、君が口をつぐんだままだ。

「ソヨンssi、雪は降らないよ。もう、3月の終わりじゃないか」
「・・そうね」

僕たちはたわいもない話をしながら、あなたの心の雪解けを待った。
二人で手を繋いで、ゆっくり歩いて、時折僕の話しに君が笑って・・・。
それまではずっとこうしていよう。

あんなに聞きたかったあなたの声をずっと聞ける喜びに足取りが軽くなる。
もう一度、その唇に触れたい・・・。
あなたがひとつ微笑むたびに僕は満たされて、あの夜が恋しくなっていく。
あんなにも抱き合ったことが遠い記憶のようだよ。
・・・あなたを受け止めたいのに。

そんな思いにひとり駆られながら、あなたの会話の中から涙の訳を僕なりに探してみた。

・・・キョンホssiと僕との狭間で悩んでいるのはわかっているよ。
・・・彼になにか言われたんだろうか?
・・・だとしたら、君一人で泣いちゃいけない。

やっと戻った君の笑顔を曇らせたくなくて、僕はその訳を聞かなかった。

「もう、大丈夫?」
「ええ、ありがとう。もう大丈夫だから心配しないで」

僕に向けられたあなたの笑顔が陽だまりの中で輝いている。
凛とした強さが彼女を光り輝かせていた。
風があなたの髪を悪戯にからかい、頬に掛かった髪を僕は直してあげた。

「ソヨンssi、きれいだよ」
「・・インスssiったら、何を言うの」
「本当のことだ。僕は嘘を言わない」

穏やかな陽を浴びた二人の淡い影が彼らの後ろで寄り添って、ひとつに重なった。

罪悪感が彼女を変えてしまうかもしれない。
そう思うと、僕は何ひとつ確かなものがないことを思い知らされる。
あるのはこの気持ちだけ・・・・


4月の雪 19

2007年02月01日 11時15分19秒 | 創作話


     

 19 ~確かな鼓動~



普通病棟に移ってからキョンホは安定した状態で、ソヨンの介助の元、リハビリを続けていた。
毎日病院に通っては自分を看病してくれる妻に感謝しながら、真実を聞こうとしない彼女に不安をキョンホは感じていた。

「ソヨン、いつもありがとう。大分筋肉も付いたみたいで随分と楽に歩けるようになったよ。毎日ここに通って君も疲れただろ。たまには来なくてもいいよ。休んでくれ」
「・・ええ」

「・・・なあ・・ソヨン・・」
「・・なに?」

「その・・事故の事だけど・・」
「・・・・」

「・・あの事故、僕が一人じゃないって知ってるんだよね・・?」
「知っているわ。警察の人があなたと彼女のことを教えてくれたもの」
キョンとソヨンは真っ向から向き合った。

「・・・すまない」
「・・・・・」

「君に謝って済むことじゃないのはわかっている。すべて悪いのは俺だ。君を愛しているのにこんなことをして・・・本当にすまなかった」
「・・・・」

ソヨンは黙ってキョンホの言葉を聞いていた。

「それだけ?・・私を裏切ってそれだけなの?」
ソヨンは信じられないといった表情をした。

「 あなたがスジンssiといつからなのか知らないわ。それでも、ずっと私を裏切っていたのね? 彼女と会ってから、私たちの家に帰る気持ちはどうだったの!? 平気だったの!?」

「私はそんなことも知らずに・・・あなたの帰りを待っていたのに・・・。信じていたのに・・・!ひどいわ・・・。私もばかよ・・気付かなかったなんて・・・」

「・・・・・」
「あなたが眠っている間、私がどんな思いだったか・・・・!」

そう言うと、ソヨンの瞳に大粒の涙が溢れ出し、彼女は両手で顔を覆って泣き崩れていった。

・・・あなたがこんな事をしなければ私たちは幸せだったはずよ!
・・・でなければ、インスssi に出会うこともなかった・・・
・・・そしたらこんなに胸が・・心が痛むこともなかったのに・・・・。

キョンホはただ、自分を許せないでいるソヨンが怒って泣いているのだと思っていた。

--- 彼女に許しを請わなければ!---

「ソヨン、すまなかった! 彼女とは本気じゃないんだ。割り切った関係で・・・。決して君を愛するのを止めたわけじゃないんだ」

・・・本気じゃない??・・・
・・・それで私を愛しているというの?・・・
・・・ああ・・どうしてそんなことが出来るの!!・・

キョンホのずるい言葉はさらにソヨンを絶望という悲しみの淵に突き落としって行った。
それは、キョンホへの信頼と愛が終わった瞬間だった。

「・・ソヨン・・本当にすまなかった・・・」
「・・・・・」

「今は許してくれなくてもいい。君がいつか許してくれるまで僕は誠心誠意、頑張るよ・・」

何の反応も示さないソヨンに、キョンホは彼女の手にそっと触れた。

「本当にごめん。すまなかった。・・だから、お願いだ。ソヨン、もう一度僕とやり直して欲しい。僕にチャンスを与えてくれないか・・」

キョンホはそこまで言うと、ソヨンの腕を優しく掴んでいった。

ソヨンは頭の中でキョンホの言葉を一方的に受け止めながら、それでいて彼が触れた所には何か違和感があり、そしてそれが少しずつ膨れ上がっていった。

・・・違う・・違うわ
・・・私のよく知っている手だけど、何度も私に触れた懐かしい手だけど・・

違う・・インスssiの手じゃない。

ソヨンは漆黒の夜、自分に触れたインスの手を思い出していた。

彼の触れた所からすべてが熱を帯びていった。
そこから私の何かが開かれていく感じがしていた。
大きくて、優しくて、温もりのある、あの手を覚えている。
あの人の指先が触れるたびに私の感情を高ぶらさせ、愛される喜びに泣いたの。

ソヨンは顔を上げると、泣きはらした顔で首を振った。

「・・もう遅いわ・・。あなたを愛せない・・」
・・・私は、インスssiを本気で愛してしまったの・・・

「!・・ソヨン!」
「・・キョンホssi・・・もう・・元には戻れないの」

「ソヨン・・・!!」

キョンホは、ソヨンの心に自分の居場所がまだあるに違いない、まだ遅くはないと確かめるべく、彼女の唇を奪おうとした。
瞬間ソヨンはキョンホの体を突き飛ばし、夫のキスを拒んでしまった。
そして、それは一層彼女の心に鍵を掛けさせ、二度とキョンホに開かせるようなことをさせなかった。
ソヨンは思わず拒んでしまった自分の中にインスがいることを、キョンホに見つけられることを恐れていた。

インスとの愛を守りたい。
傷つけられたくなかった。
たとえそれが自分の進む道か、どうか決められなくても、今は守り続けたい。

ソヨンは突き飛ばしたキョンホを残し、病室を飛び出して走り去っていった。

4月の雪 18

2007年01月26日 00時07分24秒 | 創作話
   


     18 ~絡まった糸~


ソヨンssi・・何も答えられない君に僕は何が言えるだろう。
その沈黙が何よりも僕には痛いよ・・。
君を困らせたいわけじゃない。
あなたに伝えたい言葉がいっぱいあるのに、それらはあなたを苦しめるんだろうか?
喉の奥で痛いほど競りあがる言葉を僕はどんどん呑み込んでいくしかなかった。

「・・・インスssi・・そんなことをしたら周りの人が傷つくわ。そんなの、耐えられない・・。」
沈黙を破って言ったのは君だった。

「ソヨンssi・・・・僕たちは?こんな風に出会って、愛してしまった僕たちは何も傷つかないと思うのか? 」
「そんな風に言わないで! その問いに答えられるほど私は強くないわ・・・。」

「・・・・・」
「・・・ごめんなさい・・・」

「いいよ・・。」
「・・・・・」

インスは自分のため息さえも彼女を傷つけるのではないか、と臆してしまっている自分を感じていた。

長い沈黙が流れ、どうすることも出来ない悲しみが狭い空間に充満していく。
溜らずインスは車の窓を開け放った。
冬の名残と春の予感を知らせる風が、悲しみの風と少しずつ入れ替わっていく。

「キョンホssiの様子はどう?」

突然、あなたの口から夫の名前を聞いたときには全身に緊張が走った。
その気持ちはあなたもわかるかしら?
「え?ええ・・・今日普通病棟に移ることになったの。状態は安定してるから大丈夫だって。・・リハビリもしなきゃいけないの。だから・・・彼の看病に力を注がなきゃいけないのよ・・。」
それまで私はずっと口にするのを躊躇っていたその名前を言った。
「スジンssiは・・どうなの?」


君の口から妻の名前を聞く。
取り立てて普通のことだが、僕は胸の奥が痛んだ。
「ドクターと昨日話したよ。最初は記憶障害を気にしていたらしい。目覚めのとき少し様子がおかしかったんだが、もう大丈夫だよ。後は時間と共にだと思う。」

「・・そう・・・。」
「・・ソヨンssi・・」

「インスssi、看病に来たんでしょう?・・もう、行かなきゃ・・。」
「・・・ああ・・・行くよ。」

「・・ソヨンssiはもう少しここに居たらいいよ。車のキーを預けておくから、後で渡してくれたらいい。」

インスはそう言って、ソヨンを車に残して病院へ向かって一人歩き始めた。
途中、歩調を緩めて車の方を振り返ったインスはソヨンの様子を伺ったが、動かずにいる彼女の後ろ姿がインスには悲しかった。
ソヨンは車のルームミラーに映る小さなインスを見続けながら、留まることの知らない涙を一人流し続けていた。


インスは妻が目覚めてから毎日病院に通っていたが、「今は早く直そう」とだけ言っては事故について何も触れないでいた。
それは隣にキョンホがいることもあったが、‘そのこと’について4人で話し合うつもりもなかったからだ。

絡まった糸にもがいてるのはスジンたちだけじゃない。
僕たちもまた、お互い絡まりながらこの手に繋がった糸の先が誰なのか、わからずにいるんだ・・。
誰と誰が繋がっている?・・・。


インスは病室に着くと、今日、普通病棟へ移動すると言っていたキョンホの方へ目をやった。
まだ寝ていることの多いキョンホとは、一度も口を利いたことがないインスだった。

「インス・・来てくれたのね。」
「・・・スジン、どうだい?」

「長いこと意識不明だったって言われてもピンと来ないくらいよ。」
「顔色がいいね。昨日ドクターと話したけど、今日明日様子を見て普通病棟に移れそうだよ。」

「そう。」
「・・・・・」

「ねえ・・・聞かないの?事故のこと。」
「話せるの?」

インスの一言で、ただの交通事故ではないことをインスが知っているのだということが、スジンにはわかってしまった。
夫婦の間に冷たい風が通り過ぎていく。

“インスは彼のことを知ってる・・。”
スジンは暫く考えたあと、「もう少し待って・・ちゃんと話すから・・。」とインスの目を見ずに言った。
インスはそんなスジンに何も言うことはなく、ただ妻の着替えや彼女の体を拭いてやったりして時間を過ごしていた。

すると、暫くして戻ってきたソヨンが軽くインスに会釈をして、目に付きにくい所に車のキーを置いた。

僕はさりげなく行動してそれを取ると、ソヨンssiの手の温もりが残っているのに気付いた。
思わず、ぎゅっと握り締める。
・・・君の手のかわりだね・・・
・・・さっき握り締めたかったのに、できなかった。・・・
・・・いつまでも温もりが残ってればいいのに・・・

そんな僕の思いも片隅に追いやるようにキョンホssiの病棟への移動が始まった。
絡まった4人が向き合う、緊張と戦慄の瞬間。
移動するために開け放たれるカーテンは、まるで僕たちの切ない苦痛と悲哀の幕が上がったようだった。

あなたの夫に僕は何を言えばいい?
スジンの夫として? あなたを愛してしまった一人の男として?

だが、病室に僕たち4人の駒が散りばめられたのに、彼は僕らを見なかったし、スジンも彼のことをまったく目で追わなかった。
そう・・まるでまったく知らない他人のように・・・・。
・・・スジン?・・・
拍子抜けのように緊張の糸が切れた病室には、僕とスジンだけが取り残されていた。

それから、暫くしてスジンも好転して普通病棟へ移動することになり、お互い看病に明け暮れることとなった。
僕たちは会える機会を失っていった。


キョンホssiの病室は3階にあり、スジンの病室は2階になった。
男性は3階、女性は2階という風に別れただけのもので、どこにでもある病院と一緒だ。
たったそれだけなのに、君には会えない。
たまに用もなく、いや、用がある振りして3階に行っては、僕は偶然君に会えるかと期待して廊下を歩く。
彼の病室の前まで来た時、キョンホssiが「ソヨン」と呼ぶ声を聞いたことがあった。

・・・あなたはそこにいるんだね。・・・

会えないのに、確実にそこにいるのが嬉しかった。
会いたかった。
声が聞けるだろうか。

病室の前をゆっくりと通り過ぎながら、部屋の中にいるあなたを瞬時に探してみる。
僕があの夜、指ですくった覚えのある君の黒髪。

・・・ソヨンssi!・・・

彼女を呼びたい気持ちを押し殺し、何とか体を前に押しすすめては気付かれないまま通り過ぎていく。

・・・歩くことがこんなに辛いなんてな・・

廊下の突き当たりには大きな窓があって光が差し込んでいる。
その光は僕に何を示しているのか、わからないまま導かれるようにただ足を前に突き出していくしかなかった。



4月の雪 17

2007年01月20日 00時40分15秒 | 創作話
        

          17 ~後悔~

「奥さん、ご主人ですが、あれから状態も大変いいですね。明日にも普通病棟に移ろうと思ったら移れますよ」

ソヨンはドクターに呼ばれて、キョンホssiの容態とこれからの治療について説明を受けていた。

「しかし、少しリハビリが必要ですね。といっても、障害が残るとかそういうことでないですよ。あれだけ意識不明の時間があったんですから、落ちてしまった筋肉を戻してやらないと・・。生活に戻るためのリハビリですから、毎日少しずつ頑張りましょう」

「はい。よろしくお願いします」

意識が戻って5日目には、家と病院の往復の生活も少しはリズムが出来てきていた。
仕事はしばらく休むようヘギョン先輩が言ってくれたおかげで学校のほうも問題はなかった。
病室に戻るとキョンホがソヨンに話しかけた。

「ドクター、何だって?」
「うん・・ちょっとリハビリしたらいいって。それと明日には普通病棟に移れるって・・」

キョンホは「そうか・・・」と言って、ソヨンから視線を外した。
「今日から移れないかな・・・」
「え?今日?」
「・・ああ。ここだとなんだか気が滅入りそうなんだ。ソヨン、ドクターに頼んでくれ」
「・・・本気なの?」
・・ああ・・と返事したキョンホに、ソヨンの心は翳を落としていった。

・・・スジンssiを気にしてるのね・・・彼女から逃げるの?
・・・逃げて、それからどうするの? 
目覚めてから、私はあなたに一言も何も聞かなかった。
体のことも心配だったけど、私自身がどう聞けばいいのかわからなかったからよ。

キョンホはソヨンが事故について何も聞かないことに、“彼女はすべて知っているのだ”ということをわかっていた。
誤魔化すことの出来ない真実。
自分の中のずるさに目を背けてでも、キョンホはソヨンを取り戻す時間が欲しかった。

“わかったわ。ドクターに話してみるから・・・。”とソヨンは病室を後にした。

取り残されたのはカーテン越しの「男と女」。
気配で相手の家族がいないことがわかった。

「・・・・大丈夫か」
「・・・そっちこそ、どうなの」

「俺のことは心配いらない」
「・・・・そう」

「・・・・・・」
「・・・何か言えば?」

「・・終わりにしようか」
「・・・そうね。・・これ以上続けてもいいことないわね」

「・・簡単だな?」
「・・・本気だった?・・後悔してるの?」

「さあ・・・どうだろう。だが、楽しかったよ」
「あなたのそういうずるさも好きだったけど、夫としては最低ね」

「君が言うなよ、お互いさまだろ」
「・・・・」
 
「じゃあな・・」
「・・・ええ・・じゃあね」

スジンはキョンホに気づかれないように一人小さな涙を流し、別れの儀式を終えた。
キョンホはひとつ仕事をこなしたような疲れを感じて、眠りにつき始めていった。

ドクターから特に問題はないと許可を得たソヨンが病室に戻ってくると、キョンホは眠りについていた。

起こすことないわ・・・・

ソヨンは踵を返して、今来た廊下をゆっくりと歩いていった。

なんだか、外の空気が吸いたい・・・

外来の時間が過ぎた午後のロビーは人もまばらで、病院関係者がうろうろしているくらいだった。
一歩外に出ると、冷たさの中に春が近づいている気配の風が、ソヨンの頬や髪を優しく撫でていった。
ソヨンは冬の名残空に向かって顔を上げながら、目を閉じてゆっくりと3月の風を聞く。

「気持ちいいかい?」

風に乗って、インスの声がソヨンの耳に届けられた。
あの朝以来に聞くインスの声。

「インスssi ・・」
「ソヨンssi、こんな所でどうしたの?」

「ちょっと、風に当たりたかったの。インスssiは今、来たの?」
「ああ・・」

「やっと、君に会えた」
「・・・この間、メールの返事をしなくてごめんなさい。なんだか・・色々あったから疲れて」
「いいよ、気にしなくて。もう、大丈夫?」

私に問いかける彼の笑顔に目が奪われて、そのまま見つめていた。
・・・どうしてそんなに優しく私を見るの?
・・・あなたは恐くはないの?
彼の瞳が暖かくて、優しくて、その胸に飛び込んで呼吸がしたかった。
そしたら私は自由になれるのに・・・・。

「ソヨンssi・・・少し話しが出来る?」

頷いた私は、彼に誘われて駐車場に頭から突っ込んで停めている車の中に乗り込んだ。
病院側には私たちの後ろ姿が少しわかるくらいだから目立つ心配はなかった。
そんな考えを余所に、あなたは私の顔をじっと見たかと思うと “元気そうで本当に良かった。” って嬉しそうな顔をするのね。

「実は、あれから君に会いたくて、何度もメールしようとしたんだ。 だけど、返事が貰えなかったことが本当は気になっていて。 あなたは、後悔しているのかと・・・思ったんだ。」
インスはそう言うと、ソヨンの顔を見つめては答えを探し始めた。

・・・僕はあなたを、後悔・・させてしまったのか・・・? 

--- インスssi・・後悔なんて・・あの時、あの夜の海にすべて持っていかれたのよ---

・・・僕の気持ちはあなたを苦しめるだけだった?・・・

--- 一度飛び込んだその胸に、もう一度飛び込めたら・・・あなたを愛してるって大声で言えたら・・・ ----

二つの熱情は空回りしながら混じることなく、もどかしさが苦しく胸に募るだけになった。
インスは彼女の答えを見つける前には、もう口に出していた。

「ソヨンssi・・・少しずつでもいいから、僕たちのことをこれから話していこう・・・」

--- 僕たちのことをこれから話していこう ----

それは、どういうことなの?・・・。
あなたは強い人なのかしら。
私が口に出せずにいたことに手を差し伸べてくれるの?
後悔はしないと言った言葉は嘘じゃなかったのね。

こんなふうにあなたの気持ちを知っても、返事を求めるインスssiに私は何も答えられなかった。


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私の携帯は受け取れる容量が12KBしかないため、待ち受け画面が小さい事。
動画もFLASHも対応してないため、見ることすら出来ない。
ううっ・・中身はどうなってんの未公開って言葉に弱いんだよ~~
世の中は3G中心なのね・・・機種変更しようかな