46 ~Love letter~
陽光を浴びた緑の木々たち。朝露に濡れて湿った土から立ち上る新鮮な空気を
全身いっぱいに吸い込む。
体中の細胞が嬉々として、それを受け止めたら僕の一日が始まる。
これは仕事へ向かう前によくやる僕の仕草だ。
澄み切った朝の空気は 気持ちをリフレッシュするのに最適で、
そのために僕はよく早起きをしていた。
どんなに仕事が順調でも、つまずいてやりきれない夜も、
この時間を迎えることで過去を切り替え、新しい一日を迎えることが出来ていた。
そんな神聖な僕だけの儀式だった。
それはスジンとの結婚後もかわらなかったし、きっとこれからも続けていくだろう。
「今日は仕事じゃないないだろ」
無意識の仕草にふと自分を笑う。インスはつぶやきながら車のドアミラーを見た。
微笑んでいる自分が映っていた。
そして車に乗り込み、キーは差してみるものの、エンジンを掛けずに深くシートに身を預けて目をそっと閉じた。
ソヨンと結ばれたあの雨の夜から、僕の中で生まれたある感情があった。
やっと僕たちに何の障害もなくなって、そしてそれはきっと自然な成り行きだろう、とも思った。
ずっと一緒にいるということはそういうことだ。
だが、結婚に失敗した僕が・・?
インスは少し自嘲気味に口元に笑みを浮かべたが、それはすぐに消え、
かわりに目は何かを探していた。
愛するものの裏切りが与えた出逢いと別れは、夫婦の時間の危うさも脆さも僕と彼女に教え尽くした。
それは懺悔にも似た、わだかまりの様なものに似ている。
拭いきれない不安がちらほらと見え隠れしていた。
スジンとキョンホssiの裏切りによって存在を意味する僕とソヨンの生き方は、どうだというんだ・・・。
海原に揺蕩う草葉が波間に姿を現すように、それは何度も表れては消えていく。
どこまでいっても漂っているそれは、沈める術を知らない僕を笑っているようにも思えた。
そして僕に囁く。
----もう一度繰り返すのか?
お前たちに同じことが起きないと誰がいえる?-----
確かに愛は不確かで、不完全かもしれない。
「そんなこと・・僕にもわからない」
インスは否定できない自分を受け止めていた。
「僕たちにはそんなことはない。彼女を本気で愛しているんだ」と綺麗事を言ったところで、
それをほんの数ヶ月前まで信じて、経験してきた僕たちにどんな真実が言えるというのか?とインスは思った。
どうしようもない・・・。
そう・・。どうしようもない。
答えのない答え。
ソヨンを愛する気持ちも、僕の中の道徳心もそれらはすべて正しくて、
そしてそれらが僕をずっと苦しめてきた事実があるだけだ。
人を愛するということはどこまでも幸せで、同じだけ苦しみもあるのかもしれない。
少し小高い坂の上にインスのマンションがあった。
インスは閉じていた目をゆっくり開くと、フロントガラス越しに見えるソウルの町並みを見渡していった。
朝風が吹いて木の葉が揺れている。
建物に朝日が挿しこみ、光と影を作ることで平面な物体は息吹を始め、存在を知らしめていった。
「影のない場所はないか」
風がさぁと吹く。
今、目の前に広がる光と影は自分の人生のようにも見えたし、行き渡る風は自分の様にも思えた。
何かにぶつかるとあらゆる方向へと風は向かう。
時には渦を巻いてあたりに影響を及ぼす事だってある。
街のざわめきも、人々の温もりやあらゆる人生も、拭いながら風は融合して
再びどこかでただの風になる。流れいく定めがわからない。
だが どこに行こうとも風は 風だ。
そして 自分は・・・、自分だ。
インスはようやくエンジンを掛けると、自宅を後にするべくアクセルを踏み込む足に力を込めていた。
日曜日の朝は車の混雑もなく、ソヨンのアパートへはスムーズに向かうことができた。
「どこへ行こうか?」とインスは車を走らせながら、彼女と迎える『初めてのデート』にどこにでもいる恋人同士と同じような会うまでの甘酸っぱい時間を感じていた。
先日、インスとソヨンが忙しい合間をぬって3度目の夕食をしたときだった。
「ソヨン 今度の日曜日は空いてる?」
「日曜日?特に何もないけど 何かあるの?」
「では ソヨンssi 僕とデートをしてくれませんか?」
インスの改まった言い方に ソヨンは可笑しくて笑った。
「どうしようかしら・・・」
「まだ君とデートをしたことがないんだけどな。映画にも見に行ったことがないよ。お洒落なカフェにだって行ってないし、手を繋いで普通のカップルらしいことはまだしていない」
「カフェには・・行ったことがあるわ」
「あれは違う」
サムチョクの冬空の下 病院から抜け出して膝を突き合わせた
あのカフェのことを言っているのがわかった。
テーブルの上で軽く握り締めているソヨンの手に僕の手をそっと重ねた。
「‘初めて’を一緒に見つけていくって言っただろう。まずは、二人でデートをしよう」
ソヨンは優しく微笑んでいた。
迎えに着くとソヨンが「今日は海に行きましょう」と言った。
僕たちが結ばれた場所だから、そこから始めたいと君は言う。
「最高の場所だな」
インスはアクセルを踏み込みと、ソヨンを乗せた車は海へと向かっていった。
夏の賑やかさは遠い思い出のように、誰もいない二人だけの静かな海がそこにあった。
僕の歩調に合わせながら歩く君や、白い波に足元を取られそうになってはしゃぐ君が僕の心を相変わらず捉えている。
先を歩いていたソヨンが小走りで僕のとこへ戻ってくると、拾った小さな桜貝を僕に見せた。
形が綺麗に残っているその貝殻は、淡い桜色に染まって太陽の光を浴びていた。
まるで花びらのようだ。
あの夢の続きがここに繋がっていたのかと僕は思った。
そんな夢の名残に僕らの不思議を感じていたとき、新たな驚きが僕を迎え撃つ。
「ソヨーン!!」
波の音と一緒に運ばれてきたその声の主の方を向くと、君が「先輩よ」と教えてくれた。
ソヨンの大事な友達と言うのは君の職場の先輩だったのだ。
君が「実は会って欲しい人がいるの」とデートの数日前、僕へ連絡をよこしてきた。
僕に会わせたいというその人のことを、君は信頼しているのが電話口からもよく伝わってきたよ。
だから 僕は「君の大切な友達には僕も会いたいよ。さらに僕を認めてくれると嬉しいけどね」と言って電話を切ったんだね。
「事故の時・・ キョンホssi のことなどで 一人耐えていた時・・支えてくれた人なの」
君はその人に僕たちのことを全て話し、ぜひ僕を紹介したいとソヨンが言ったらしい。
その先輩は「ぜひ 私もインスssiに会いたいわ。ソヨンが愛した人ならどんな出会いであれ、きっと本物よ」と自分を信じ言ってくれたことが嬉しいと君が見せた笑顔で、僕はその先輩とも仲良くやれると信じられた。
すると、その先輩よりも一足早く茶色の大型犬が僕たちの元へたどり着き、
僕たちの足元でじゃれつき始めた。
「ラッキー!久し振りね」
ソヨンに懐いているその犬を見て僕は・・・・。
「どうしたの?インスssi?」
「・・いや・・・・」
これは・・デジャブか?
「どこかで・・・・」と僕が口籠もっていると 目前に‘先輩’と言う人が現れた。
へギョンは自分の目の前にいる『初めて会うソヨンの彼』を見て感じた違和感を
取り除くために出来る限りの思考力を働かせた。
「あっ・・・ああー!? あのときの携帯!!」
・・・・携帯?
「あっ!・・」
ひとつのデジャブはすぐに答えが用意されていて、
ソヨンは二人から交互にその答えを聞かされる羽目になった。
笑い声に混じりながら簡単に互いの挨拶を済ましていく。
「運命ね」
一言へギョんが言ったその言葉に、インスとソヨンは顔を見合わせた。
情熱的な言葉の中の甘さに染まれるほど僕たちは純粋ではないかもしれない。
だが、純粋というものを知っていたあの頃より、もっと強く求めるものが今はあった。
へギョンがラッキーのリードを外し始めた。
ようやく自由を与えられたラッキーは、へギョンの周りをぐるぐる回っていた。
へギョンもまた、そんな様子が可愛いとラッキーと一緒に走り始めだした。
インスとソヨンは二人並んで歩きだすと、どちからともなく手を握り合った。
「じゃ インスssiとはもっと早くに再会できていたかも知れないのね」
「そうだね。それに・・」
「それに?」
「あの春に僕たちが出会っていなくても、こうした後に出逢ったかもしれない。
そしてきっと僕はやはりソヨンに恋をしたと思うよ」
ソヨンはいつの頃に見せただろうか、と思うほど、幸せが満ち溢れた感情を隠すことなくインスにその笑顔を捧げた。
大切なのは・・・愛しい人と繋がっていたいという気持ちだ。
この手を離したくない、離さないという強い想いが僕たちを引き合わしている。
望むだけでは何も得られないことを僕は知った。
この手に掴むまでは諦めない自分を初めて知った。
僕の中の情熱は君によって呼び起こされ、注ぐ幸せを教えてくれた。
流れに身を任すのはやめて、向かっていく強さをこの身に携えながら
生きていく勇気を僕たちは得ることが出来ただろうか?
この胸の奥の葛藤もいつかは薄れて、忘れてしまえる日が来るんだろうか?
そしていつか・・・
僕と君の人生が終わりに近づく頃、そのときはこの愛の答えが出るんだろうか?
それまでずっと一緒に歩いていこう。
それが僕の答えだ。
二人で幾つもの初めてを重ねて生きていこうって言ったよね。
これから始まる僕たちの人生にはどんな初めてが待っているんだろう。
いろんな事があるだろうな。
でも、僕はもう君の背中を見ることはしない。
迷って、悩んで、苦しくても、この手を離さずに横にいる君を見つけたいと思う。
愛を感じながら一緒に生きていきたい。
この胸の気持ちだけはいつのときも伝えていくと僕は誓う。
これが君への初めてのLove Letter。
インスは握っていたソヨンの手に力を込めた。
ソヨンはインスのほうを見たが、インスは何も言わずにただ微笑んでいた。
「・・何を考えているの?」
「さあ、当ててごらん」
君は訝しげに僕を覗くと、歩いていたスピードを落として考え始めたようだった。
そんな君を見て僕は早く歩き始める。
繋がれた手は引っ張る形になって、ソヨンはインスに立ち止まることを許されなかった。
「ちょっ、インスssi!」
「ほら!早く行かないと置いていかれちゃうよ」
ラッキーが吠えながらはしゃいでいる海岸を、僕らは走った。
へギョンが手にしたリードを持って「ラッキー 待ってよ!」と息を切らせながら追いかけていた。
ようやくたどり着いた二人の元に、ラッキーが波際で跳ねては自由を遊しんでいる。
二人の悲鳴と笑い声が空に溶けていった。
跳ねた水飛沫が太陽を浴び、光の結晶となって、空から舞い降りるようにインスとソヨンに降り注がれた。
完
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引越し完了~~!
UPによるチェックのたびに読み返しながら数箇所を改稿しつつ、やっと最後までUPできました~~~。
ついでにbackmusicもつけたかったけど、ここgooでは無理。残念だよー!いい曲がたくさんあるのに~!!
ここまで読んでくれた人いるのかな?
アクセスはそれなりにあったんだよね。
読んでくれたと勝手に解釈して喜んでおこう
