goo blog サービス終了のお知らせ 

Boruneo’s Gallery

絵はお休み中です
<作品には著作権があり、商業的使用は禁止とします>

4月の雪 46 -- 最終話 --

2007年08月04日 22時37分10秒 | 創作話


         46 ~Love letter~




陽光を浴びた緑の木々たち。朝露に濡れて湿った土から立ち上る新鮮な空気を
全身いっぱいに吸い込む。
体中の細胞が嬉々として、それを受け止めたら僕の一日が始まる。
これは仕事へ向かう前によくやる僕の仕草だ。
澄み切った朝の空気は 気持ちをリフレッシュするのに最適で、
そのために僕はよく早起きをしていた。
どんなに仕事が順調でも、つまずいてやりきれない夜も、
この時間を迎えることで過去を切り替え、新しい一日を迎えることが出来ていた。

そんな神聖な僕だけの儀式だった。
それはスジンとの結婚後もかわらなかったし、きっとこれからも続けていくだろう。

「今日は仕事じゃないないだろ」
無意識の仕草にふと自分を笑う。インスはつぶやきながら車のドアミラーを見た。
微笑んでいる自分が映っていた。
そして車に乗り込み、キーは差してみるものの、エンジンを掛けずに深くシートに身を預けて目をそっと閉じた。


ソヨンと結ばれたあの雨の夜から、僕の中で生まれたある感情があった。
やっと僕たちに何の障害もなくなって、そしてそれはきっと自然な成り行きだろう、とも思った。
ずっと一緒にいるということはそういうことだ。

だが、結婚に失敗した僕が・・?

インスは少し自嘲気味に口元に笑みを浮かべたが、それはすぐに消え、 
かわりに目は何かを探していた。
愛するものの裏切りが与えた出逢いと別れは、夫婦の時間の危うさも脆さも僕と彼女に教え尽くした。
それは懺悔にも似た、わだかまりの様なものに似ている。
拭いきれない不安がちらほらと見え隠れしていた。

スジンとキョンホssiの裏切りによって存在を意味する僕とソヨンの生き方は、どうだというんだ・・・。

海原に揺蕩う草葉が波間に姿を現すように、それは何度も表れては消えていく。
どこまでいっても漂っているそれは、沈める術を知らない僕を笑っているようにも思えた。

そして僕に囁く。

----もう一度繰り返すのか? 
お前たちに同じことが起きないと誰がいえる?-----

確かに愛は不確かで、不完全かもしれない。

「そんなこと・・僕にもわからない」
インスは否定できない自分を受け止めていた。
「僕たちにはそんなことはない。彼女を本気で愛しているんだ」と綺麗事を言ったところで、
それをほんの数ヶ月前まで信じて、経験してきた僕たちにどんな真実が言えるというのか?とインスは思った。


どうしようもない・・・。


そう・・。どうしようもない。


答えのない答え。


ソヨンを愛する気持ちも、僕の中の道徳心もそれらはすべて正しくて、
そしてそれらが僕をずっと苦しめてきた事実があるだけだ。
人を愛するということはどこまでも幸せで、同じだけ苦しみもあるのかもしれない。



少し小高い坂の上にインスのマンションがあった。
インスは閉じていた目をゆっくり開くと、フロントガラス越しに見えるソウルの町並みを見渡していった。
朝風が吹いて木の葉が揺れている。
建物に朝日が挿しこみ、光と影を作ることで平面な物体は息吹を始め、存在を知らしめていった。
「影のない場所はないか」
風がさぁと吹く。
今、目の前に広がる光と影は自分の人生のようにも見えたし、行き渡る風は自分の様にも思えた。
何かにぶつかるとあらゆる方向へと風は向かう。
時には渦を巻いてあたりに影響を及ぼす事だってある。
街のざわめきも、人々の温もりやあらゆる人生も、拭いながら風は融合して
再びどこかでただの風になる。流れいく定めがわからない。
だが どこに行こうとも風は 風だ。
そして 自分は・・・、自分だ。

インスはようやくエンジンを掛けると、自宅を後にするべくアクセルを踏み込む足に力を込めていた。





日曜日の朝は車の混雑もなく、ソヨンのアパートへはスムーズに向かうことができた。
「どこへ行こうか?」とインスは車を走らせながら、彼女と迎える『初めてのデート』にどこにでもいる恋人同士と同じような会うまでの甘酸っぱい時間を感じていた。
先日、インスとソヨンが忙しい合間をぬって3度目の夕食をしたときだった。

「ソヨン 今度の日曜日は空いてる?」
「日曜日?特に何もないけど 何かあるの?」
「では ソヨンssi 僕とデートをしてくれませんか?」
インスの改まった言い方に ソヨンは可笑しくて笑った。
「どうしようかしら・・・」
「まだ君とデートをしたことがないんだけどな。映画にも見に行ったことがないよ。お洒落なカフェにだって行ってないし、手を繋いで普通のカップルらしいことはまだしていない」
「カフェには・・行ったことがあるわ」
「あれは違う」

サムチョクの冬空の下 病院から抜け出して膝を突き合わせた
あのカフェのことを言っているのがわかった。
テーブルの上で軽く握り締めているソヨンの手に僕の手をそっと重ねた。
「‘初めて’を一緒に見つけていくって言っただろう。まずは、二人でデートをしよう」
ソヨンは優しく微笑んでいた。


迎えに着くとソヨンが「今日は海に行きましょう」と言った。
僕たちが結ばれた場所だから、そこから始めたいと君は言う。
「最高の場所だな」
インスはアクセルを踏み込みと、ソヨンを乗せた車は海へと向かっていった。


夏の賑やかさは遠い思い出のように、誰もいない二人だけの静かな海がそこにあった。
僕の歩調に合わせながら歩く君や、白い波に足元を取られそうになってはしゃぐ君が僕の心を相変わらず捉えている。
先を歩いていたソヨンが小走りで僕のとこへ戻ってくると、拾った小さな桜貝を僕に見せた。
形が綺麗に残っているその貝殻は、淡い桜色に染まって太陽の光を浴びていた。
まるで花びらのようだ。
あの夢の続きがここに繋がっていたのかと僕は思った。

そんな夢の名残に僕らの不思議を感じていたとき、新たな驚きが僕を迎え撃つ。
「ソヨーン!!」
波の音と一緒に運ばれてきたその声の主の方を向くと、君が「先輩よ」と教えてくれた。
ソヨンの大事な友達と言うのは君の職場の先輩だったのだ。
君が「実は会って欲しい人がいるの」とデートの数日前、僕へ連絡をよこしてきた。

僕に会わせたいというその人のことを、君は信頼しているのが電話口からもよく伝わってきたよ。
だから 僕は「君の大切な友達には僕も会いたいよ。さらに僕を認めてくれると嬉しいけどね」と言って電話を切ったんだね。
「事故の時・・ キョンホssi のことなどで 一人耐えていた時・・支えてくれた人なの」
君はその人に僕たちのことを全て話し、ぜひ僕を紹介したいとソヨンが言ったらしい。
その先輩は「ぜひ 私もインスssiに会いたいわ。ソヨンが愛した人ならどんな出会いであれ、きっと本物よ」と自分を信じ言ってくれたことが嬉しいと君が見せた笑顔で、僕はその先輩とも仲良くやれると信じられた。


すると、その先輩よりも一足早く茶色の大型犬が僕たちの元へたどり着き、
僕たちの足元でじゃれつき始めた。

「ラッキー!久し振りね」

ソヨンに懐いているその犬を見て僕は・・・・。


「どうしたの?インスssi?」
「・・いや・・・・」

これは・・デジャブか?

「どこかで・・・・」と僕が口籠もっていると 目前に‘先輩’と言う人が現れた。
へギョンは自分の目の前にいる『初めて会うソヨンの彼』を見て感じた違和感を
取り除くために出来る限りの思考力を働かせた。
「あっ・・・ああー!? あのときの携帯!!」
・・・・携帯?
「あっ!・・」

ひとつのデジャブはすぐに答えが用意されていて、 
ソヨンは二人から交互にその答えを聞かされる羽目になった。
笑い声に混じりながら簡単に互いの挨拶を済ましていく。
「運命ね」
一言へギョんが言ったその言葉に、インスとソヨンは顔を見合わせた。
情熱的な言葉の中の甘さに染まれるほど僕たちは純粋ではないかもしれない。
だが、純粋というものを知っていたあの頃より、もっと強く求めるものが今はあった。
 

へギョンがラッキーのリードを外し始めた。
ようやく自由を与えられたラッキーは、へギョンの周りをぐるぐる回っていた。
へギョンもまた、そんな様子が可愛いとラッキーと一緒に走り始めだした。
インスとソヨンは二人並んで歩きだすと、どちからともなく手を握り合った。

「じゃ インスssiとはもっと早くに再会できていたかも知れないのね」
「そうだね。それに・・」
「それに?」
「あの春に僕たちが出会っていなくても、こうした後に出逢ったかもしれない。
そしてきっと僕はやはりソヨンに恋をしたと思うよ」

ソヨンはいつの頃に見せただろうか、と思うほど、幸せが満ち溢れた感情を隠すことなくインスにその笑顔を捧げた。



大切なのは・・・愛しい人と繋がっていたいという気持ちだ。
この手を離したくない、離さないという強い想いが僕たちを引き合わしている。
望むだけでは何も得られないことを僕は知った。
この手に掴むまでは諦めない自分を初めて知った。
僕の中の情熱は君によって呼び起こされ、注ぐ幸せを教えてくれた。
流れに身を任すのはやめて、向かっていく強さをこの身に携えながら
生きていく勇気を僕たちは得ることが出来ただろうか?

この胸の奥の葛藤もいつかは薄れて、忘れてしまえる日が来るんだろうか?
そしていつか・・・
僕と君の人生が終わりに近づく頃、そのときはこの愛の答えが出るんだろうか?

それまでずっと一緒に歩いていこう。
それが僕の答えだ。

二人で幾つもの初めてを重ねて生きていこうって言ったよね。
これから始まる僕たちの人生にはどんな初めてが待っているんだろう。
いろんな事があるだろうな。
でも、僕はもう君の背中を見ることはしない。
迷って、悩んで、苦しくても、この手を離さずに横にいる君を見つけたいと思う。
愛を感じながら一緒に生きていきたい。
この胸の気持ちだけはいつのときも伝えていくと僕は誓う。
これが君への初めてのLove Letter。


インスは握っていたソヨンの手に力を込めた。
ソヨンはインスのほうを見たが、インスは何も言わずにただ微笑んでいた。
「・・何を考えているの?」
「さあ、当ててごらん」
君は訝しげに僕を覗くと、歩いていたスピードを落として考え始めたようだった。
そんな君を見て僕は早く歩き始める。
繋がれた手は引っ張る形になって、ソヨンはインスに立ち止まることを許されなかった。
「ちょっ、インスssi!」
「ほら!早く行かないと置いていかれちゃうよ」
ラッキーが吠えながらはしゃいでいる海岸を、僕らは走った。
へギョンが手にしたリードを持って「ラッキー 待ってよ!」と息を切らせながら追いかけていた。
ようやくたどり着いた二人の元に、ラッキーが波際で跳ねては自由を遊しんでいる。
二人の悲鳴と笑い声が空に溶けていった。
跳ねた水飛沫が太陽を浴び、光の結晶となって、空から舞い降りるようにインスとソヨンに降り注がれた。


               完





====================================================================


引越し完了~~!
UPによるチェックのたびに読み返しながら数箇所を改稿しつつ、やっと最後までUPできました~~~。
ついでにbackmusicもつけたかったけど、ここgooでは無理。残念だよー!いい曲がたくさんあるのに~!!

ここまで読んでくれた人いるのかな?
アクセスはそれなりにあったんだよね。
読んでくれたと勝手に解釈して喜んでおこう

4月の雪 45

2007年07月24日 21時29分01秒 | 創作話


       45 ~二度目の恋・初めて~


「ねえ、ソヨン」

「何?・・インスssi」

風に乱される黒髪を、手で頭に押さえつけながら振り返った君は、屈託のない笑顔を僕に向けた。
光の中で溢れそうに眩しいくらい、綺麗な君。
なのに、愛しさと切なさが交差して僕の心を締め付けるのはなぜだ?

「ほら!インスssi、これを見て!」

楽しそうな声をあげて僕を呼ぶ。
君が差し出した手のひらに光が集まっている。
それが何か確かめようと僕は手を伸ばして・・・・
温かく触れるはずの君が・・・・・いない。


インスの手はシーツの上を彷徨っていた。

・・・・?!・・・・

目を開けると、僕の腕の中にいるはずのソヨンがいなかった。
ベッドに残っている温もり。
上半身を起こしたインスは、寝室が朝日に溢れていることに気がついた。
そして光が差し込んでいる窓の方に目を配ると、逆光の中にいるソヨンの後ろ姿を見つけた。

「・・ソヨン・・」
安堵した声が呟くようにして言った。
ソヨンはインスの声に気付くと振り返り、「・・おはよう・・目が覚めた?」と言ってインスに笑顔を向けた。

・・・夢の続き?
・・・いや、違うな。
・・・だって、目の前の彼女は僕のパジャマを着ているじゃないか・・・

「似合うね、僕のパジャマ」
「ごめんなさい。勝手に借りたりして・・」
「構わないよ」

手櫛で乱れた髪をすきながら、インスはソヨンの姿に見とれていた。

僕はベッドの上に残されたパジャマのズボンに手を伸ばすと、下着も着けずにそれを穿いた。
君は僕のパジャマの上だけを着て、自分を抱きしめて窓の外を見ている。
少し開け放った窓から飛び込んでくる爽やかな朝の風が、君の髪を少しなびかせ、パジャマの裾野を膨らませていた。

「おはよう・・・早いな」

インスは上半身を何も羽織らずにソヨンの横に立つと、肩を抱き寄せてこめかみにおはようのキスを送った。

「・・久し振りにぐっすり眠れたみたい」

「そうみたいだね、顔色がいいよ。頬が薔薇色だ」

幸福と愛しさが混じりあい、温かい感情となって僕を満たしていく。
うつむき加減で恥ずかしげな君に、ちょっと意地悪な笑顔を向けたくなって、覗き込んだ。

「僕のおかげ?だって昨夜の君は・・」

困った顔で僕を睨みつけると、軽くひじ鉄を僕の脇に食らわせては君が小さく笑った。


窓から朝の綺麗な澄んだ風が僕たちの体を通り抜けていくのを感じ、
普段気付かない鳥の鳴き声に、今日は特別の朝なんだと知る。
耳に響かせては、腕の中の存在を感じている。
心は正直に、何の迷いもなく、ただまっすぐ向いていた。

「ソヨン、昨夜 僕は言ったよね。『本当に大事なものを手にするときがきたんだ』って」

前を向いていたソヨンの顔がインスを少し見上げるように横にして見た。
インスはソヨンに愛情のこもった笑顔を向けた。
そしてソヨンの後ろに回ると包み込むように抱きしめ、ソヨンの肩に顎を乗せたまま視線を窓の外の景色に向けた。

「僕たちはお互いが必要だよ。出会うのが前でも後でもきっと一緒だと思う。・・・なのに、探すことに必死で・・・。僕はソヨンの後姿ばかりを見ていたよ」
「インスssi・・・」

インスは顎を乗せたまま、ソヨンの頭にコツンと当てた。

「でも、どんなことがあっても僕はソヨンを見つけることが出来る。どこに行っても君を探し出せられる。そう信じて僕は疑わないんだ」
「・・・・・」
黙って前を向いたまま、ソヨンの瞳が揺らぎ始めていった。

「だから、離れていても意味がないんだよ。ソヨン“初めて”を一緒に見つけていかなきゃ・・」
「初めて・・?」

「お互い今まで生きてきた生の上に重ねていこう。僕たちがこれから出会うすべての“初めて”を幾つも重ねていこう。みつめる先にはいつも君がいるように、僕はその笑顔を守っていくよ。これからは・・・ずっと一緒だ・・・」


声にならなかった。

・・・あなたの名前を呼びたいのに・・・声にならない。

私を抱きしめる逞しい腕と、頬を伝う涙だけが私の全てだというように・・・
溢れ出す感情の海に溺れながら、掴んだあなたの手はこんなに温かくて・・・

誰か・・・

お願い・・・

私のかわりに・・・

この大切な人に 『心から愛している』 と伝えて・・・・。


頬から伝うソヨンの涙がインスの頬に伝った。
インスはソヨンを自分の方に向きなおさせると、指で涙を拭い去り、暫く熱い眼差しをソヨンと交わしていった。
一秒が一分に・・・瞬きが・・のように・・・
そして、舞い降りた天使の羽が触れるかのように、特別な朝の初めてのキスが温かく重ねられた。



4月の雪 44

2007年07月17日 10時46分01秒 | 創作話


       44 ~二度目の恋・告白~


ゆっくりと崩れ落ちたインスの体にソヨンはそっと手を回し抱きしめた。
インスの荒い呼吸がソヨンの小さな肩に降りかかり、厚い胸が激しく波打っていた。
逞しいその腕は喜びに振るえが残るその細い体をぎゅっと抱きしめた。
そして、二人は抱き締め合ったまま、ゆっくり体を横たえていった。

体を密着させたまま、見つめあう二人。
乱れた呼吸が互いの髪を、睫毛を揺らし、紅潮して汗ばんだ肌からは芳醇な香りを放っていた。
それは二人を幸せな気分に酔わせていくのに十分だった。
今しがたひとつになったばかりの体。
一緒にその時を迎えた二人にしかわからない方法で言葉の無い会話を交わしながら。
インスはソヨンの汗ばんで濡れた髪をそっとすくってはその瞳に映っているものをみつめた。

「僕が映っている」
「え?」

インスの唇がソヨンの瞼にそっと触れる。

「君の瞳に僕が映っている」
「インスssi、あなたの瞳にも私だけが映っているわ」
「ようやく僕たちは本当に大事なものを手にすることが出来たんだよ」

私は囁くような低いその声を聞きながら、耳をあなたの胸に押し付けた。
・・・どきん・・・どきん・・・どきん・・・
私を愛したばかりの情熱の鼓動が聞こえる。

「聞こえるわ」
「ソヨン・・?」
「お願い このままでいて・・・」
「冷えるよ」

私の肩が冷えないようにシーツを引き上げてそっと掛けた。
あなたの鼓動が私を深い眠りに誘っていくわ・・・。

「疲れたのかな」

遠くでインスssiの声が聞こえる。
きっと・・私の顔を覗きこんでいるでしょうね。でも安心しきった私は目を開けることが・・・出来ないの。
すべてを脱ぎ捨てた子供のように・・・私はあなたの腕の中で・・・眠りに落ちていけるの・・・。




抜け殻でない、ソヨン、君がいる。
確かな温もりがここにあるね。
欲しかったものを得た喜びは言葉にならないよ。
でも、いつもこの愛が、僕たちの愛が正しいとは一度も思ったことがないんだ。
迷いながらどんなに悩んで、どんなに答えを見出そうとしても見つからない。
身についてしまった常識はそんなに容易いものじゃないし、僕たちを隔ててしまうのに十分だった。
だが、だからといって諦めることも出来なかった。
どうしたらいいのか・・・わからずに、それでも君を探すことだけは止められなかった。
それだけが僕の真実だといわんばかりに。

キョンホssiが亡くなった時、君は二度と僕の元に戻らないのかという気がした。
失ったものはさっさと忘れ、次の愛に簡単に飛び移れるほど君は器用じゃない。
きっと弱さも強さも背負っては足かせを外さずに生きていくのかもしれない。

だから僕は恐かった。君を失うのが恐かった。
あのバス停で僕を濡らした雪のように儚く消えてしまうのが恐かった。
僕は強くならなくては。あなたのすべてを受け止められる男でいたいと強く願ったんだ。

君は僕の事を「強い人だ」と言ったことがあるね。
違うよ、僕を強くさせてくれたのは君だ。
何もなかった僕たちじゃない。
僕は妻を愛した男だ。
君は夫を愛した女だ。

背負う十字架があるというのなら僕と君は同罪だろう。
だから一緒に生きていけるかもしれない。
だが、罪を背負って生きていくのは止めよう。
僕たちには明るい未来が待っている。
道が開くまで、こうやって時間をかけてきたんだ。
神様だってそこまで意地悪じゃないよ。
それを逃すなんて、馬鹿げているだろう?

「本当に寝ちゃったの?」

僕の体に掛かる君の息が規則正しいリズムを打っている。
僕はソヨンの寝顔を除いて思わず幸せになった。
こんなに安堵しきった彼女の顔を見るのは初めてだ。

「おやすみ・・・」
気付かない彼女に僕はおやすみのキスをひとつ落として一緒にシーツに潜り込むと、
彼女の温もりを抱きしめながら深い眠りに落ちていく幸せを感じていた。
いつの間にか、外の雨の音がしなくなっていたことも気付かずに。

4月の雪 43

2007年07月12日 09時15分26秒 | 創作話



        43 ~二度目の恋~



一歩踏み込んだその部屋からはあなたの香りがした。
ふわっと包み込まれる錯覚に私は陥りそうになった。

「・・お邪魔します」
「どうぞ」

その声の中に私を歓迎する色が見てとれた。
後ろから囁くような低い声が私の背中を押すと、私はリビングに向かって進みゆっくり部屋を見渡した。
よくある間取りなのに整然と配置されたテーブルやソファー、本棚にインスのセンスが感じられ、
壁に掛けられたどこかの風景写真、その近くに置かれた大事そうなカメラやソヨンの分からないものがインスの生活を感じさせた。
インスssiが撮った写真かしら。緑がきれい。


飾られた写真に目を奪われながら、男性の一人暮らしの部屋に入ったのはこれで二人目だとソヨンは思った。
結婚前のキョンホssiのように雑然としたのが当然だと思っていたから、綺麗に掃除された部屋は思わず女性が・・と勘繰ってしまう。
私たちが離れていた少しの間、インスssiの側に誰かいても不思議ではないわ。

「あの・・・誰か付き合っていた人が?」

ソファーの横に立ち尽くしたソヨンが部屋を見渡しながら思わず聞いていた。
脱いだ上着をソファーに掛けて何か飲物を・・・と思っていたインスの動きが止まった。

「・・・誰もいないよ」

インスは笑っていた。

「付き合って欲しい人はどこにいるのかわからなかったし、仕事しか僕を相手してくれるのはなかったからね。淋しくて、よく我慢出来たと思うよ」

インスの柔らかい笑い声がソヨンの不安を払拭し、笑顔を引きずり出していた。

「それに引っ越してから君が初めてのお客様だ」

インスはワインとグラスを手にしながらソファーに座るようソヨンを即し、斜め横のスツールにインスが座った。

「この部屋にいつか‘ある人’が尋ねてきてくれる予定だった。そのための取って置きを用意していたんだが・・」

コトッとテーブルに置かれた二つのワイングラスに赤ワインが注がれる。

「埃を被るほど待たされなくてよかったよ」

インスの言葉にソヨンは思わずうつむいて笑った。
顔をあげると向き合ったインスの瞳はソヨンの心まで見透かしそうなほどまっすぐで、それが恐くもあり、惹かれていた。
ソヨンはちょっと視線をずらすと、薄っすら汗が滲んだ手でグラスを持ち、芳醇な香りのする赤ワインを少し口に含んだ。

「私・・本当はあまりお酒が強くないの。でも、これは美味しい。私のこと気遣ってくれてありがとう」

心遣いに感謝を述べながら次は何を話そうかと、味わうのもそこそこにしか出来ない。
インスはソヨンの様子を満足気に見ながら口元を緩めて笑顔を見せた。

「気に入ってくれてよかった。昨夜の君とはちょっと違うね。昨夜は・・・・。僕はすこし緊張してるかな」

インスの言いかけて消えた言葉は、昨夜の甘く切ないキスを思い出させた

「嘘よ・・緊張しているのは私のほうだわ。インスssiの部屋に入るのは初めてだし、それもこんな時間に・・」
口にした言葉の意味が二人の間に流れる空気を濃く染めると同時に、「本当だよ」とインスが優しく彼女の言葉に被さった。

「大切な人が今、目の前にいるから」

インスの手がゆっくりと動く。
指先で私の頬にそっと触れた。
温もりを確かめるように蠢くその指を追うように私の瞳が追いかける。

私の頬に掌を添えるようにしてあなたが立つと、誘導されるように私も一緒に立ち上がった。
頬に掛かった髪を優しく耳に掛けると、包み込むようにその広い胸へ私を引き寄せた。
インスssiのシャツから放つ香りは私の鼻孔をくすぐらせ、体の隅々を包み込まれるような錯覚を起こすと、私は軽いめまいに襲われた。

朧月夜の夜が、今 繋がり始めた。

僕が抱きしめるとあなたは昨夜よりも小さく感じた。
気持ちも体も昨夜から自制を残したままだ。
この細い体が悲鳴を挙げないだろうか・・・
そんな心配をしながら、いたわるように僕はあなたを抱きしめては唇を重ねた。

ゆっくりと触れた唇はワインの味が少ししていた。
唇を離しても額が触れ合ったまま・・・僕はあなたを見ている。

「酔いそうだ・・・」

小さく囁くインスの声にソヨンは体の震えを覚え、情熱を含む優しいキスが何度もソヨンに落とされていった。
雨で冷えたのか、固く冷たい自分の体にインスの温もりが伝わってくる。

「ん・・」
ソヨンはインスのキスに酔いそうになっても喪服に隠された影を抱いている自分をどこからか冷静に見ている気がしてならなかった。
その戸惑う心はインスにも伝わっていった。
やっと唇を離すとソヨンはインスの腕の中で思わず俯いてしまった。

「インスssi・・・私・・・」
「ソヨンssi、僕はもう待つつもりはないよ」

インスはソヨンの手を引いて寝室のドアを開けた。
薄暗い寝室に大きな窓があり、そこから外はまだ雨が降っていることを知らせている。
インスは向き合ったソヨンを前に彼女を見つめながら黒のネクタイを引き抜き、シャツのボタンを外していく。
ソヨンは感情の熱が高まっていくのを感じ、ゆっくり背中を向けるとワンピースのファスナーに手を掛けた。
途中まで降ろしかけたファスナーはインスの指によって続きが行われ、白い背中があらわになると、そこにインスの唇が押し当てられた。

ソヨンはそっと目を閉じた。
そして黒い影から解放される音を耳で確かめながら 足元にその残骸を残してインスの愛を受け止めた。

インスssiの香りが沁み込んだシーツに背中を押し付けて、初めて知るあなたの日常に私の肌が少し緊張を覚えている。
被さるインスの重みにソヨンの何かが微笑んで疼いた。

シャワーを浴びていないわ・・・と小さな声でソヨンは呟いた。

「いいよ。このままでいい」

インスに求められるまま唇を何度も、何度も奪われ続け、ソヨンは意識が遠のいていきそうだった。
触れ合う頬の温かさに安らぎを覚え、重なる胸は鼓動を早めていき、そのリズムをインスに伝えていく。
インスの熱くなった手に触れられる所すべてが溶かされていった。
そして、互いの肌の上を滑らせては目に見えないものを確かめていた。

「ソヨン」

切なげに囁きながらインスの熱い手はソヨンの豊かな胸を包んでいた。
インスの柔らかい唇が、追いかけるように這っては道標を残していく。
そして胸の頂を赤く染めた。
ソヨンから切ない声が漏れ、白い喉元の稜線が闇の中で浮かび上がった。

世界中の誰にでも訪れるこの闇に、どこかである人は夢を見ているのだろう。
泣いているのか、笑っているのか・・・
朝になれば忘れるような夢や、起きたくないほどの幸せな夢に決別しては一日の始まりを覚えて、新しい時を刻んでいく。
それは当然のように訪れる日常だけど、当たり前じゃない。
平凡だけど、それは奇跡の連続だとあなたが僕に教えてくれた。
平等に降り注ぐこの夜も、僕たちにはとっては特別な夜なんだと・・・。

静寂の中で二人は時を重ね合わせ、漏れる吐息に流れる時間を濃く色づかせていた。
自分の体の下で小さく震えるソヨンの体を余すことなく、
情熱の赴くまま唇を。

体を重ねるのは2度目なのに、まるで初めてのようだ・・・とインスは思った。

初めてあなたを抱いた時は、全身を攻め立てるような情熱で罪の意識を夜の帳に隠しては抱いていた。
一夜の幸せはどこか脆くて、この手からこぼれぬようにと必死に掴もうとしていた。
やっと掴んだと思ったあなたは僕の腕の中から消えて、抜け殻と温もりが残っただけだった
幾夜、叫んだだろう
何故消えたんだと・・・
何度もあなたの名前を呼び、その度に暗闇が飲み込んでは僕を孤独にしていった。
切なさに身を焦がすことしか知らない、まるで月のないあの夜空のように・・・

「インスssi・・・・」

愛しい人が僕の名前を呼ぶ。

「もうあなたから離れたくない。私をずっと摑まえていて・・・」

「愛している」よりも、もっと切実にインスssiに言いたかったこと
私の胸の中でずっと疼くまるように殻に閉じ込めていたこと。
言葉にしたらなんて簡単なことなの?
胸の奥にしまっていたのは何故?

あの夜にあなたと愛し合ったことを後悔なんて一度もした事がないのに、
思い出す度に私を不安にさせていった。
あなたから離れて一人で生きていくのだと突っぱねる気持ちがあのときの私の支えだったといってもいい。
スジンssiの気持ちもわかるの・・・と言いながら何よりも私自身がインスssiを求めていたこともわかっていた。
嘘と煩悩に身を焦がし、常識と理性でバランスを保とうとしては自分が何者か見失いそうになって、嫌気をさしていたこともあった。

昨夜、あなたに出会わなかったら。
一瞬で身を焦がすほどの激情が体を走りぬけた瞬間。
あの時ほど運命を感じたことはないの。

私は体をあなたの上に重ねると、鼻先が触れそうなほど顔を近づけた。

「・・・ソヨン」
「あなたに愛されたい」

ソヨンがインスに唇を重ねた。
小さく触れては少し離し、再び重ねる。
インスは甘んじてソヨンのキスを受けていた。

「インスssiを愛したい」

キスの合間の告白がインスを孤独から解き放った。
インスはソヨンの手を掴んで絡め合わせた。
僕の唇がソヨンの細い指を濡らす。

「僕のものだと言ってくれ」
「・・愛しているわ。私はあなたのものよ」

インスの指がソヨンの髪をすくように入れると、そこから細い首へと滑らせ指で愛撫していく。
そして喉元に唇を押し当てると、そのまま体を滑らせ柔らかい唇も滑っていった。

「もっと君が欲しい。心も体も 誰にも渡したくない」

私を見上げながらそう言ったあなたの瞳は切なげで、そこから言葉は要らなかった。
互いを求め合い 激しく重ねた体に心を重ねあう。
闇の中で混じりあう吐息は、二人の情熱を、感情を加速させた。
陶酔しながら、与えながら、言葉のない思いが絡まっては伝わっていく。
ソヨンの肌が朱に染まりだしたころ、インスは白い膝を割ってソヨンの海に深く沈んでいった。

太古から刻み込まれたリズムをソヨンの体に刻んでいく。
ほとばしる熱は 荒い吐息に変わり、ソヨンは愛される喜びを抱いていた。
会えなかった間に育まれた愛が光を求めて疾走を始めていった。
焼き尽くしそうな情熱の波がに二人を呑み込み、絡めたインスとソヨンの指が強く握り締められた。

告白するよ・・・
2度目の恋を、僕はあなたにしている。


4月の雪 42

2007年07月05日 10時35分25秒 | 創作話

42 ~ソウルへ~

海南からソウルへ帰る間、雨はずっと降り続けていた。
特に強く振り出すというわけでもなかったが、車のラジオからは近づいている低気圧のせいで明日の昼頃まで雨は続くだろう・・と話している。

助手席に座っているあなたが手にした濡れたハンカチを弄りながら「インスssi・・・雨に濡れたでしょう?」とハンドルを握る僕の手元を見て言った。
フロントガラスを叩きつける雨をワイパーがキュッと切ると視界がはっきりした。

「いや・・大丈夫だよ。ソヨンssiこそ濡れたんじゃないかな。長く雨の中にいたからね・・大丈夫?」

前を見ていたインスが少しだけ視線をソヨンに移して聞いた。
ソヨンは微笑みながら大丈夫よ・・と言った。
 
あの雨の中、彼女はキョンホssiとの長い別れを済ませると、「・・・ただいま・・」と僕の元へ帰ってきた。

・・・・ただいま・・・・

この一言を僕がどんなに待っていたか、あなたにはわかる?
雨音に耳が慣れしたんだ頃、あなたのその言葉が僕の心臓をどきっとさせたことを・・・。
僕は「お帰り・・」とあなたに一言だけ伝えた。
お互いの居場所を確認するにはそれだけで十分だった。


ハンカチで濡れた足元を拭く君に、僕はアクセルを緩めず後部座席からタオルを取って君に渡した。
「これで拭くといいよ。随分濡れただろう」
「ありがとう」
彼女は足元を拭く前に露出した腕や他を拭いた。

「傘はあまり役に立ってなかったみたいだね」
「本当ね」
そう言って笑った君が「ほら、インスssiも濡れているわ」と僕の右肩を拭いた。

「ソウルまで結構時間が掛かるんだ。帰り着くのは夜中になるから、少し寝たらどうかな?
昨夜、本当はあまり寝てないだろう」
「わかるの?」
「わかるよ」

・・・そうね・・眠れたらいいけど・・・でも無理かもしれない。
横にあなたがいて、寝顔を見せるのはちょっと恥ずかしいもの・・・
・・・初めてじゃないのに。
二人が過ごした夜のことはどこか遠くて インスssiは知ってか知らずか微笑んだだけだった。

車中では音楽のボリュームを小さく掛けながら、私たちが会えなかった間の出来事を少しずつ話していった。
陽気に一気に捲くし立てるような喋り方は出来なかったけど、温かいものがインスssiから流れてくる。
私に視線を移すその一瞬にさえあなたの愛情を感じた。
その度に私の心が少しずつ解きほぐされていき 心地よくていつの間にか安心したように私は眠りに落ちていった。



午前1時、ようやくソウルに着いた。
ソヨンssiはこちらを向いて静かな寝息を立てている。

このままあなたを送ることを考えたが、車中での僕たちはあまりにもぎこちなく
言葉の端にどこか距離を感じたのは僕だけだろうか・・・。
長い間離れていた僕たちは昨夜再会をようやく果たしたけど、
時間の溝を埋めるにはあまりにも色々とありすぎた。
時折交わす会話から、あなたがまだあの雨の中にいるようで・・・
このままじゃいけないと僕は思った。

「道が・・違うけど・・。インスssiどこへ行くの?」
「起きたんだね。起こそうかどうしようか、迷ったんだよ」

僕は迷いを切るようにハンドルを切ると、目の端に映る君の不安気な表情を捉えていた。
「このまま僕がソヨンssiを帰すと思う?」
僕はあなたの返事を待たずにマンションへ戻る道へとアクセルを踏み込んだ。



「さあ、どうぞ。中へ入って」
インスは玄関の扉をソヨンのために開けた。
初めて訪れたあなたのマンション。
こんな時間にあなたの部屋に来るなんて、やはり特別な意味が?
もう、私は誰かの妻ではないし、あなたの部屋に入っても気にすることはないはず。・・・だけど。

喪服が心を縛り付け、影に足を取られたまま、ソヨンは玄関の前で立ち尽くしていた。

「今夜は君を一人で過ごさせたくないんだ」
「どうして?」
「まだ君はあの場所にいるだろ?」

そう・・キョンホssiを見送ったあの場所に・・・
君はまだあの雨の中にいる。
だけど、いつまでもそこにいちゃいけないよ。
君の居場所はそこじゃない。

「他にいい場所が思いつかないんだ。ソヨンssiが行きたいとこがあれば言ってくれていい。どこでも連れて行くよ」
「インスssiは何でもわかるのね」

伏せ目がちの私の態度に失望するわけでもなく、優しく響くインスssiの声に嘘はなかった。
もしも私が今すぐ自分のアパートへ帰りたいと言ったらインスssiは分かったと言って送ってくれるだろう。

私は帰りたいの? 
帰れば一人の部屋が待っている。でも疲れてもいるわ。
・・・私は   私は・・・

頭の中ではっきりとした答えを探し出す前に、私の足はその時彼の部屋へと一歩踏み込んでいた。


4月の雪 41

2007年06月23日 10時42分49秒 | 創作話


      41 ~参列~

やっと、僕の元へあなたは来てくれた。
あなたの場所へと僕もやっとたどり着いた。

一筋の涙が光ってあなたの頬を伝っては落ちた。
僕の瞳に映るあなたは揺らいでいる。
涙で濡れた唇をもう一度重ねあうと、あなたから切ない味が沁み込んでくる。
そっと触れている唇からお互いの気持ちを確かめようと押し付けてしまう。

「この温かさをずっと待っていた・・・。」

あの日から忘れたことは一度もない、あなたの柔らかさ。
僕を受け止めてくれたこの温かさを記憶の隅に追いやることで過ごしていた日々は遠く、
今再び鼓動が始まったことを僕は感じていた。

インスは重なった唇をソヨンからゆっくりと離した。

「愛してる・・ソヨンssi 。もう、どこにも行かないで。いいや・・ 僕がもう離さない。」

突き上げる感情があなたの細い体を締め付けていた。
このままでは・・・・押さえが利かなくなる・・

僕は力の篭もった腕を離し、あなたの瞳のなかに僕と同じ情熱が宿っているか、探していった。
あなたもそうだとどこかに自信があったんだろう。

だが、それはすぐに打ち消されてしまった。
僕への愛に泣き濡らし赤い目をしたあなたは、それでもどこかに拒絶の色が見え隠れしているのを僕は見つけてしまった。

・・・僕はあなたが欲しい・・・・だめですか?・・



私に触れるその指が・・・あなたが私を求めているのがわかる。
・・・この情熱を受け止められたら・・分かち合えたら・・今・・何も考えずあなたに溺れることが出来たら・・・。

ソヨンは眼鏡の奥で切なげな瞳をしたインスをそっと抱きしめた。

「・・・ごめんなさい。時間が欲しいの・・。」

この意味がわかりますか?
あなたに抱かれながら、あの人の・・・キョンホssiの顔が・・今夜はきっと浮かぶわ。
たとえあなたへの愛が嘘偽りのない気持ちでも、どこか心の死角にあの人が居ることを否定できない。

それが怖いの・・嫌なの・・。
愛しているのはインスssi・・あなただけ・・・。

だから・・今夜は・・待って・・・・。
私に時間を与えてください。


気持ちを探るインスにソヨンはそっと無言で答えていた。
抱きしめられたインスはその意味を知り、それ以上求めようとはしなかった。

わかっているつもりだったのに、僕は欲張りなのかな・・・。
「誤ることはないよ・・。さあ・・部屋に戻ろう。」

僕はあなたの肩を抱きながら、来た道を戻ろうと歩き出した。
しっかりと掴んだその細い肩をさすりながら、「今夜は少し寝ないと・・明日が大変ですよ。式に出ないとね・・。」と僕は言った。

・・・僕の本心は今夜の月のようにどこかに隠そう
・・・今夜だけは・・・

それから静まり返った夜の町を後にし、モーテルに戻った。
僕らはそれぞれの部屋に戻ると、あなたのかわりに波打つ情熱を抱いて眠れぬ夜を迎えた。



いつの間に寝たらしい。
重い瞼を開けて時計を見たら朝の8時過ぎだった。
夜明け近くまでは覚えているが、後の記憶がない。

すっきりしない体を起こすと、僕は熱めのシャワーを浴びた。
タオルで濡れた髪を拭きながら、壁越しにいるあなたを心で呼ぶ。

喪服に着替え終わると僕はあなたの部屋のドアを2度叩いた。
待たされることなくドアが開いて、喪服姿のあなたがいた。

「おはよう・・・少しは寝むれた?大丈夫?」

「おはようございます。ええ・・・少しは・・・。インスssiはちゃんと休めましたか?・・」

互いを思う気持ちが温かく交差していた。
どこかで朝食を食べてから昼頃にキョンホssiの葬儀に出ようと僕の提案で決まると、
早速モーテルをあとにすることにした。



朝から曇った空は昼ごろにはどんよりとした灰色になり、葬儀の参列の頃にはぽつぽつと悲しみを表すように雨が降ってきだした。
 
列の中ごろに傘を差したあなたが参列者とともに進んでいくのが見える。
キョンホssiとのお別れが近いんだね。

僕はずっと後のほうで列に加わりながら
あなたの後ろ姿を神妙な面持ちで眺めていたかしれない。
それは「一緒に並んで葬儀に参列するのはよそう」とここに着いた時、車の中で僕の方から言っていたからだ。
あなたはしばらく黙って頷くと言った。

「葬儀が終わったら・・インスssiの元へ戻ってきます」
「待ってる」

重い空色から悲しみの雨が強く振り出した。
これは母親の涙だろうか・・・息子を失った母親の涙。
幾程の悲しみが彼の母親を襲っているか・・考えると僕自身、心底辛かった。
どんな言葉でも癒すことは出来やしない・・。
泣き崩れた彼の母親は親戚に肩を抱えられ、傘の役目も果たさずに身も心もずぶ濡れになりながら家の中へと連れて行かれた。


止む事を知らない雨の中に彼女が佇んでいる。
ばらばらになった参列者が思い思いの別れの言葉を交わして消えていく中で、
彼女はずっとそこに立っていた。
傘から垂れる滴にスカートの裾を濡らしながらキョンホssiが去ったその道を・・・
あなたはずっと見つめていた。

インスはソヨンに近寄ることなく、彼女を待っていた。
人々が去っていっても、ぬかるんだ道を嫌って誰も外へ出なくなっても、
そこにインスとソヨンしかいなくても、インスは彼女の別れをただ待っていた。

僕は傘を差しながら片方の手を雨の滴で濡らす。
冷たいのか、温かいのか、よくわからない滴は、手のひらにいくつもの筋を作っては流れていった。

「君の涙がこんなにも雨を降らせているの・・」

昨夜の涙の味を思い出しながら、僕は濡れた指をそっと唇に追し当てた。


4月の雪 40

2007年06月17日 09時33分56秒 | 創作話

          40 ~岸辺~

固いベッドに横たわったインスは薄暗い天井を見詰めていた。
ビジネスホテルのような広さしかない部屋は調度品も照明の明るさもいい加減で、
それでもどこか都会を意識しているといった自己満足のような部屋だった

こんな部屋に一人で過ごしているとさらに気が重くなりそうだ。

体を起こした僕は、何か飲もうと冷蔵庫をあけて缶ビールを1本取った。
冷えたビールがいつもなら美味しく感じるのに、さすがに今夜は味気がない。
時間を持て余すばかりのインスは、ただ喉を潤すことだけに集中しようとしていた。

隣の部屋にあなたがいる。
・・・手を伸ばせば届くだろう。
だけど、今夜のあなたの心にまで届くかはわからなかった。

死んだ人間は、永遠に生き続ける。
勝てる相手じゃない。

缶ビールの滴がインスの指を濡らし、味のしない液体がインスの唇を濡らした。
そしてずっと胸の中に宿っていた溜息をひとつ、吐き出してみた。

ベッドサイドテーブルに置かれている、少しは洒落た目覚し時計から
コチ・・コチ・・と時を刻む音が大きくなってくる。

・・・・コン・・コン・・・・

遠慮がちに叩かれたその音は、彼女だとすぐにインスはわかった。
僕はビールをテーブルに置いてドアの前に立った。

・・・このドアを開けることの意味を僕だけじゃなく、あなたも知っているんですか?

薄いドアを挟んで男と女が立っている。
ドアの向こうを見詰めるインスと、ためらいがちにノックしたソヨン。
インスはドアノブに手を掛けると、ゆっくりと手前に引いた。

「ソヨンssi・・・」

現れた姿は、目を赤くしてあなたがさっきと同じ格好で立っていた。

「・・あの・・休んでいるところを・・・ごめんなさい。」
「いいえ・・・起きていました。」

・・・・・・・

「あの・・」
「あの・・」
二人の声が重なった。

「ソヨンssiからどうぞ。」
「・・・よかったら・・・少し話がしたくて・・・」
「もちろん、いいですよ。」

よかったら僕の部屋で・・・と体を少し開いたが、あなたはゆっくり首を横に振った。

このモーテルにはロビーと呼べるほどのものがない。
じゃあ・・外に行きましょうと、僕は椅子に掛けてあった上着を取って
部屋のドアを閉めた。

腕時計を見たら夜中の1時を差していた。
ソウルと違ってネオンがほとんどないこの田舎町だ。
こんな時間に散歩する人間なんか、この町にはきっといないだろう。
僕たちだけが、よそ者だ。

「真夜中に喪服着た人間が散歩している姿なんて、奇妙に見えるでしょうね。」

僕がそんな事を言うと、あなたの赤い目元が緩んだ。。

静かで平和なこの夜に、町中の人は夢の中を彷徨ってるんだろうか。
先ほどまで輝いていた星たちはどこかに隠れてしまって、かわりに古めかしい街灯が主役を張っている。
二人の足音が和音になって夜に響かせていくと、僕を心地よくさせていき、
この静けさをありがたくさえ思えた。
僕たちは会話してるね。
隣にいるあなたは、うつむき加減に微笑んでいるようだ。
インスの視線に気付いたソヨンは、答えるかのように口元をさらに緩めて白い歯をみせた。

そして、あなたが少しずつ話し始めていった。

「本・・贈ってくれてありがとう。読みました。すごい賞を頂いたんですね。おめでとうございます。」

「よかった。ちゃんとソヨンssiの所に届いていたんですね。」

随分、昔の出来事のようだ。
懐かしくもあったが、辛い思い出でもあったな・・。
本には載っていない受賞時の様子を話すと、あなたは楽しそうに聞いていた。

・・・こんなふうに話せる時間を持てる時が来るなんて・・・
少し前では思えなかったよ。

二人で笑いあったりして、それでもどこか核心を避けていたことはお互いわかっていたが、
「ソヨンssiの家にあれから行った」と話すと、途端にあなたの表情が翳りを見せ、重い口を開くように話し始めた。

最初はあなたへ贖罪の気持ちでキョンホssiの方から家を出て行ったこと。
僕が本を送る少し前からキョンホssiからの電話に悩まされたこと。
やはりあなたを忘れることが出来ない彼から復縁を迫られたこと。
それが出来ずにあなたがあの家を離れたこと。

「僕が込めたメッセージはあなたに届いていたんですね・・・。」

だから、引っ越したともあなたは言った。

キョンホssiはあなたの学校や、同僚にまで連絡してあなたを探していた。
彼のそのときの様子がどこか常軌を逸脱していているようだと感じたあなたは、僕と彼を会わせたくなかった・・と。

ようやく静かに暮らし始めたある日、再びキョンホssiから電話があり、
それが事故の数日前だという。

「一度は愛した人です。あんな姿を見たくなかった・・・。可哀想な気もしました。
私は残酷なことをしているんじゃないかって・・。
・・・・でも、どうしてもキョンホssiを受け入れられなかった。・・・」

それは僕を愛しているからだと・・?

最後の電話で何を言ったのか・・・よくは思いだせないあなたは、そのせいで彼が死んだかもしれないと自責の念を抱いていた。

まるで行き場のない彼の恋情が追いかけてくるようだった。
彼の死はあなたを永遠に捕まえてしまったんだろうか・・。
忘れることなんてこれからずっと出来ない・・。

わかっている。だが・・だからこそ!

「・・ソヨンssi・・同情のような気持ちで彼の愛に応えてもいつかは偽物だと気付くでしょう。そのときは優しさも、その温かさも刃を持って突き刺さしてしまうかもしれない。愛は時に残酷です。あなたはそれをしなかっただけだ。
・・誰も悪くはありません。だからあなたは傷ついているんです・・・。」

あなたの手を握った。
僕の手の中にある現実と真実はゆるぎなく、確かなのだと僕に教えて欲しい。

「キョンホssiを忘れる必要はありません。
だけど、僕たちはこれから生きていかなくてはいけない。
未来を・・僕たちの未来を彼に預けないでください・・・・・。」

立ち止まって、僕の言葉を聞いていたあなたが切なげな顔をした。
僕の眼鏡の奥が熱くなってくる。
小さく頷いたあなたが僕の手を強く握り返して、愛していると言った。

「ソヨンssi・・聞こえません・・・」

・・・そんな顔をしないでくれ・・・もう一度、その声で僕の心に届けてほしい。

朝が来ない夜はない。

「インスssi、あなたを愛しています。 心からずっと・・愛してました。」

見えない夜明けに向かって信じることしか出来なかったあの日。
輝く星も月もない夜から、僕たちの未来が始まった。

オールを失くした船は波間に残され、弄ばれるように照らされた月明かりだけを頼りに航路を重ねてきた。
恋しさもこの愛しさも明日の光となるよう・・道を見失わないように・・僕らは手探りで突き進んできた。

数多くの言葉では伝えられない気持ちが、僕たちにはあった。
一言で伝わる想いが、ここにはある。

僕たちの鼓動はもう誰にも止められない。

朧月夜のような街灯の明かりは、この夜の岸辺へと導くかのように優しく注がれていた。
ようやくたどり着いた今、切なさを喜びに変えて、僕たちの唇が触れあった。


4月の雪 39

2007年06月12日 23時47分18秒 | 創作話


  39 ~夜露~

夜露が君の黒髪を湿らせている。
なだめるようにそっと触れると、しっとりと手に馴染んでは
君の香りが立ちあがってくる。
どこか遠慮がちに預けた君の重みが、二人の会えなかった時間の長さを
語っているようだった。

僕の腕の中は温かい? 
あなたにとって居心地はどうだろうか・・・

泣き声が小さくなって僕の胸から君が離れようとするけど、
泣いていない時でもここにいればいい。
ここが君の居場所だと僕は言いたいよ。

「ごめんなさい・・。服を濡らしたわ・・。」と君が睫毛を濡らしたまま伏せ目がちに言う。
「少しは落ち着いた?」

覗き込むようにしてみた君の顔。
ゆっくりと僕を捕らえた瞳がまだ潤んでいる。

見つめ合う瞳が熱を帯びていく予感がした。
今までに感じたことがないほどの濃い時間が僕たちを支配下に置こうとしている。
どうすることも出来ないまま、放り出されてしまった僕たちはどうすればいい?
そんな事をきっと君も考えているのかな。
ずっと俯いたままだね。

夏が目前の夜の匂い。
どこかから聞こえてくる蛙の鳴き声。
澄んだ夜空に輝きを増した数々の星たち。

ずっとこうしていたい・・・
あなたの肩に触れているこの手の囁きをあなたは聞いている?
無駄に過ぎ行く時間の前に立ちはだかる僕たちが愚かだと気付く前に
あなたと・・・。

だが、参列者たちがぞろぞろと帰宅する前にこの場所から
僕たちは出て行くべきだろう。
好奇の目も辛らつな言葉の数々も、彼女にはもう充分過ぎる。

あなたの手を引くと、僕は来た道を戻り始めた。
車はキョンホssiの実家の向こう側に停めてあった。
彼の家の前を通り過ぎなくてはいけない君は少し体を固くした。

「『新しい男を連れてきて。』とでも、ここの人たちは言うかな?
ソヨンssi、気にしないで・・というのは無理かもしれないけど
僕だけを信じて欲しいんです。出来ますか?・・・」

歩く速度を緩めずに僕は横にいるあなたに言った。
その意味が、覚悟がわかったのか・・
不安の色を見せないように勤めながら笑顔をみせてくれた。


家の反対側に彼女を歩かせながら、僕たちが歩いていく。
死んだ男の元妻と見知らぬ男が二人、肩を並べて歩いていく。
噂には格好の餌食だろう。
街灯の少ない夜道は、喪服の二人をカモフラージュしてくれるだろうか?

何気にこちらに顔を向けた人がいたが、僕を見ているらしく、
彼女に気付くことはない様子だった。
インスは、大丈夫だよと安心させたくてソヨンに笑顔を送った。

ようやく停めてある僕の車までたどり着く。
電車で来たという君を「ちゃんと自宅まで送るよ。」と言って
助手席のドアを開けた。
ここからソウルまで約5時間・・・あなたとずっと一緒だ。
遠い道のりが愛しく感じられた。

「・・駅で降ろしてください。今夜は近くのホテルを取るつもりしていますから。」

ソウルへ向かう真夜中のドライブを楽しみにしていた僕は、
あなたの言葉の意味がすぐにわからなかった。

「明日、式に出ようと思っています。」

生涯を共に・・と一度は誓った人との別れだから、ここでの冷たい視線も
辛らつな言葉も受け止めることが出来た、とあなたは言った。
その姿を見るには痛々しすぎるほどだったけど、それがあなたのけじめなんだね。
自分と向き合っている貴方を支える役目を僕に与えてくれませんか。


インスはわかったと言うとソヨンを車に乗せ、侘しいほどの街灯しかない一本道を
赤いテールランプが光りながら走り去っていった。




最寄りの駅の近くにはいくつかのモーテルがあった。
どこでもいいから降ろしてくれたらいいと言うあなたを乗せたまま、
僕は駐車場のあるモーテルを探していた。

ようやく見つけた一軒に僕は彼女と一緒に降り、
モーテルのフロントで2名の宿泊を申し込む。
一人で泊まるつもりをしていたあなたが驚いて僕を見つめ返した。

「ソヨンssiを一人には出来ません。だから僕も一緒に泊まります。
大丈夫・・部屋は2つ取りますから。」
本当は一つでいいと言いたかったけど、今夜彼の地でそんな事は出来ないことぐらいはわかっている。

No.256とNo.257のキーを持って薄暗い廊下を歩く僕たちに会話はなかった。
狭くて暗い廊下の雰囲気の重さが僕たちをも重くさせていたからだ。

そして互いの部屋へ入ろうとしたとき・・・このままでいいのか?・・と自分に問いかける。
僕はあなたを見た。あなたも、僕を見ていた。

「・・・眠れますか?・・・」

「・・・わかりません。・・でも、今夜は一人で色々考えてみたいんです。」

あなたは確かに「一人で・・」と言った。
僕は軽く頷きながら、何かあったらいつでも呼んで欲しいと伝えて
あなたが部屋に入るのを見届けた。

ベッドに小さなテーブルセット、TVにこれも小さな冷蔵庫があるだけの部屋。
差してうろうろするほどの広さでもないこの部屋はあなたと同じ作りなんだろうか?

インスは黒い上着を脱ぐと部屋の窓際にセットされた椅子の背に掛け、
ベッドに腰を下ろすとそのまま後ろへと倒れこんだ。
今日一日の出来事が走馬灯のようにインスの頭を掠めていく。

キョンホが呼び寄せたようにスジンに会って、ソヨンに会って、
今こうしている自分がいる。
不思議な気がしてならない。

あの事故から始まって僕たちが出逢った。
キョンホssiとスジンの恋、伴侶への怒りと葛藤、僕らの罪といえるもの
すべてが渦のように飲み込まれていって、今再び、あなたの側に僕はいる。
だけど壁を隔てたその向こう側で、今あなたは彼のことを思い出しているんだろうか・・・。
疲れがインスの体を占領し、胸の内に溜め息が宿った。



4月の雪 38

2007年06月04日 10時37分40秒 | 創作話
            38 ~通夜~


             ~脳内BJM~
        『April Snow-O.S.T』より~回想~



スジンが書いた場所には、ソウルから5時間ほど走らせたところにある海南が書いてある。
のどかな田舎町だ。
彼の、キョンホssiの実家が書いてあった。

僕はスジンと別れた後、そのまま急用が出来たからとオフィスに届け出ると、自宅へ戻ってめったに着ることのない喪服に袖を通した。
それから車をj走らせ、キョンホssiの実家に着いたときには、もう夜になっていた。

キョンホssiの実家は田舎によくあるタイプの家で、あたりは畑や野原が多く残っている。
車での参列者も多かったが、少し離れた場所に駐車をすると僕は歩いて彼の家へ向かった。
近所の人たちだろうか、どこかのどかな様子の人たちが老若男女出入りをしている。
その中でソウルから来たと思われるような違う空気をまとった人を何人か見かけることができた。
きっと彼の仕事仲間だろう・・。
そこにスジンも居るのかもしれない、と僕は思った。

悲しみの参列に加わり、僕は遺族の人たちに頭を下げた。
・・・何と言えばいいのか・・・・言えることなんか何もない。
キョンホssiと僕の妻と、あなたと僕。
複雑に絡み合った感情だけが僕を縛り付けていく。

僕を仕事関係者だと思ったんだろうか?何も知らない様子で母親らしい人が僕に挨拶をしてきた
「・・息子が生前、お世話になりました。」
「・・いいえ」
それだけをいうのが精一杯の僕だ・・・。

そして親族の姿の中に彼女の姿がないことを確かめると、僕は参列から外れ後ろの人に場所を譲った。
少し離れた場所にスジンが立っていた。

「インス・・早かったのね。」
「ああ。君は今から?」
「もう済ませたわ。」

ため息混じりに言葉が出る。

「彼ね・・はっきりとは言えないらしいんだけど、覚悟の自殺じゃないかって・・。酒量の割にスピードが出ていて、スリップ跡がなかったらしいの。現場検証で警察はそう判断したらしいわ・・。」

あの日カフェで、スジンからキョンホssiが死んだということ、そして、それは自殺かもしれないと聞いたときは衝撃を受けた。
彼と僕はほとんど言葉を交わしていない。
それでもある種の繋がりを感じていたのはきっと同じ女性を愛したという事実があったからだろうか。
なぜ!?・・ どうして?・・ そう思ったのも束の間、僕はキョンホssiに触れた気がした。
彼はずっとソヨンssiをあれからも愛していた? 諦めていなかったのか?

きっと・・そうなんだろう。
詳しい理由も何も分からないのに、核心たるものを僕はあの時、確かに感じていた。

「もう帰るわ。ここは居心地が悪くって・・。私は招かれざる客だもの。」
そう言って友人と帰っていくスジンをその場で見送ったが、僕にとってもここは長く居られる場所じゃなかった。
仕方なくなったインスは家の門をくぐって出ようとしたとき、入ろうとするソヨンに出会った。

「ソヨンssi」
「・・・インスssi・・・どう・・して」

そこだけが世界の中心のように互いのすべてが照らされ、その瞳に驚きと理解と懐かしさと愛しさを映しだしていった。
今、目の前に心を捧げた人がいる。
ソヨンは驚愕を隠せなかった。

「さあ・・キョンホssiに最後のお別れをしてきてください。」
僕が彼女の背中をそっと押すと、あからさまに僕のことを見られないあなたは背中で僕を感じているようだった。
僕もあなたを感じています・・


あなたが親族の人に挨拶をしているのが見える。
少し前までは君の家族とも言えた人たちだ。
すると、僕のところまで胸が痛くなる言葉が耳に届いてきた。

「何で別れたの! 息子が何をしたっていうの! 何で・・・・何であの子が死ななきゃいけなかったの!!」

何も知らない彼の母親の声だった。
周りに居た参列者もみんな黙ってしまって、恐ろしいほどの沈黙と耐えがたい苦痛がそこら中に広がっていっては僕の胸に激しい痛みを走らせた。
彼女はその細い体で親族の罵倒を一身に受け止めながらようやく立っている。

・・・もう、止めてくれ!彼が死んだのは彼女のせいじゃない!!・・・
咽喉が一気に込み上げて熱くなるのを感じながら、僕は拳に怒りを溜め込むしかない自分を呪った。

ソヨンは最後の別れを済ますと見つめるインスの前を視線も合わさずに素通りし、キョンホの実家から離れようと足早に去っていった。
インスはソヨンの気持ちが痛いほどわかっていた。
・・・一人で耐えようとする姿が痛々しすぎるよ。

去っていく彼女のあとをインスは見守りながら、夜の田舎道を2人は歩き続けていった。

所々にでこぼこが残る田舎道を歩くソヨンの乾いた足音に混じって、歩数の違うしっかりとした足音が近づくこともなく重なっている。
・・・君は僕を感じている。そう・・確かめているんだ。
キョンホの家が小さくなったころ、ようやくソヨンの足取りが止まった。

僕はとうとう、たまらなくなった。
「ソヨンssi・・・。」
細い肩が震えている。

歩み寄ったインスがソヨンの肩に両手を掛けると、まるで合図のように深呼吸をしたソヨンの体を後ろからそっと抱きしめた。
インスは久し振りに触れた彼女の温かみや香りが現実のものであることに喜びを感じていた。
「ソヨンssi・・・」

・・・耳元で響く懐かしいあなたの声・・・私の名を呼ぶ声にどれほど・・聞きたかったか・・・。
でも、なぜここにあなたがいるの?
なぜあなたと会うのはこんな時なの?
嬉しさも悲しさもごちゃごちゃで・・・今は自分がわからない・・。

ソヨンの涙がインスの黒い袖を濡らしていく。

あなたを抱きしめる力が増したとき、さらに細い肩が大きく揺れ始めた。
あなたを僕の方に向き直させる。

・・・言葉が無いって・・・こういうんだよ。
あんなに云いたい事があったはずなのに、君を見たらもうどうでもよくなったみたいだ・・。

「私のせいだわ・・・」
「君のせいじゃないよ」

君の頬を拭っても止まらない雫。
「泣くといいよ。君の悲しみは僕も一緒だから・・」
インスはソヨンを大きく包み込むように抱きしめると、ソヨンは耐えていたものをその厚い胸に吐露するように泣き出した。
暗い田舎道の真ん中で、ソヨンの悲しみをインスは飲み込んでいった。
その泣き声は焦がれる胸に吸い込まれていって、この上ない安堵感をソヨンに与えていきながら。

ソヨンssi・・・わかるだろうか。
こんな時でさえ、僕は恋をしている。

やっと、言えるよ。

「会いたかった・・・」

僕は君の黒髪に、あの朝残した額に、もう一度唇を押し当てた。


4月の雪 37

2007年05月30日 09時58分02秒 | 創作話


         37 ~思わぬ客~


コンサート会場で彼女を見かけてからというもの、僕の心は切なさにずっと鳴いている。
ほんの少ししか彼女の姿は見ていないというのに・・。
まるで壊れたビデオのようにそこだけが何度も再生されていくのに、擦り切れることはない。

胸が焼けるほどの恋しい気持ち・・
そのなかで僕は相変わらずの毎日を過ごしていた。
仕事・仕事・仕事。疲れても、仲間と楽しく過ごしても、それは変わらなかった。
そうだ・・・忘れることが出来ないなら、仕事に逃げるのはもうやめよう。
思い出だけで暮らせるほど、人生を謳歌してきたわけでもない。

だから、あなたをもう一度探そうと僕は決めた。
閉じていた扉を開け放つ勇気を持つには、まず、自分のこの一歩からだ。
僕はそのことに気付くと、後は嘘のように胸が軽くなっていった。
傾きかかった気持ちがようやく均衡をとっていく。

不思議なもので、心が決まると何かが変わっていくことがある。
たとえ自分が行動に移してなくても、だ。
僕のささやかな人生経験からいっても、そういうことはあるものだといくらかは知っていたが、
それでも予想できないことには驚きは隠せなかった。

そう・・それは意外な所からやってきた。


「インス・・・あの・・実はさ、・・・」

ある日、キムが話しづらそうに声を掛けてきた。
僕は手にしていた書類からキムに視線を移したが、様子がちょっと違うことに気がついた。
「なんだよ。・・・言えよ。友達だろ?」

キムのことは、仕事仲間という関係と同時に友人だと僕は思っている。
だから、包み隠さずキムには何でも話してきた。
そう、ソヨンssiのこと以外は・・・。
僕とソヨンssiのことは誰彼に理解してもらえる関係じゃないことは十分わかっているつもりだよ。
きっと、キムだって「なんでそうなるんだよ!」って言うだろう。
だから、話さなかったんだ。
僕の情熱を話すだけならそれもいい・・・・だが、彼女が悪く言われるのは嫌だから。
それは聞きたくないんだ。
キム、すまない。 いつか・・・すべてお前に話す時がくると思う。

「どうしたんだ? らしくないな?」
「・・ああ。・・・あの、実は・・偶然会ってさ・・・その・・すまん!」
「・・何を謝ってるんだ?・・」
「・・・その、スジンssiに偶然会ったんだ。それでお前のこと聞かれてさ・・・連絡先を知りたいって・・。で、携帯の番号教えちまった・・・。すまん!」
「キム・・・」

確かに別れてからは新しいマンションの場所も電話番号も知らせてはいなかったし、携帯を替えたこともスジンは知らない。
それは別に知られて困るものではなかったが、ただなんとなく・・・という気持ちからだ。

「いいよ。キム、気にしないでくれ。気を使わせたな。」

申し訳なさそうにキムはしていたが、お前は悪くないよ・・。
スジンが僕に用があるというなら、僕はそれを聞くまでだ。
ただ、それだけだよ。




ある日、僕はスジンに会った。
その日の朝、彼女から電話をもらったときに「今日、会いたいの。話があるのよ。」と言ってきたからだ。
キムから聞いていたから驚きはしなかったが、別れた夫婦が会うというのはやはり変な感じがしてならない。
キムや他のスタッフの何人かはスジンを知っていた。だから会うのがイヤなんだろう、「オフィスは嫌よ」というスジンに、僕はオフィスの近くのカフェで2時に待ち合わせることにした。

「ごめんなさい。急に電話して。驚いた?」
「いや、キムから聞いていたからね。君は元気そうでよかったよ。」
「まあね。これでも忙しいのよ。あれからなんだか吹っ切れたていうか・・仕事に精を出して、お陰で順調よ。」
「君らしいな。」

先に店に着いていたのは僕だった。
ほとんど待つことなく現れたスジンは、あまり変わってないように見える。

「キムssiに会ったのは本当に偶然だったの。彼とは、あなたと3人で何度か飲みに行ったこともあるしね。懐かしくて色々話していたら、あなたのことが出てきて・・。別れた夫の電話番号を聞きたくて話していたわけじゃないわ。ちょっと気になることを友達から聞いたから・・あなたが気になったのよ。」

「僕に話って?」
僕から切り出すと、スジンはゆっくりコーヒーを啜った。

「・・・あなた、彼女と暮らしてないの?私、てっきり・・・。」
「それを聞きたくて来たの?・・・彼女とは一度も会ってないよ。」
そう・・あれは僕が見かけただけだから・・・

「そうなの。キムssiの様子からなんとなくそうじゃないかとは思ったけど・・。でもそんな事は私には関係ないことよね。私があなたに会いに来たのは、きっと知らないだろうと思ってきたのよ。」
「・・・何を?」


僕はスジンの言葉に思わず息を飲み込んだ。
今、自分の世界にはない恐ろしい言葉がスジンから漏れていく。

「・・・どうして・・そんな事を・・」

よくはわからないと言ったスジンだが、・・・僕にはわかった気がした。
きっと・・・彼はそうなんだ。
そして、その言葉の向こう側には彼女の存在があった。
ソヨンssiが・・・彼女が僕を待たずにいなくなってしまったことを、スジンから知ることになるなんて予想もつく筈がない。


「私は仕事関係者としていくわ。知っている人もいるかもしれないから早々に帰るけど、インスはどうするの?」
「・・・君は冷静なんだな。」
「・・私だって・・平気じゃないわ。でも、あなたの前で泣いたり出来ないじゃない。」
スジンはインスから視線を落とすと外に目を向けた。

確かにそうだな・・・きっと、君は一人で泣くんだろう。
僕が知っている限りの君はあまり甘え上手じゃなかったね。
・・・彼のことも・・もう関係ないことだといってしまえばそれまでだ。
だけど、いくら僕でもそんな事はできない。

「行くよ。」

二人の視線は絡むことなく、インスの声だけが存在を表していた。
これから用意して出て行くというスジンは、場所を書いた紙をテーブルの上に置くと席を立った。
そして帰り際に僕の肩に触れながらこう言った。
「きっと、彼女も来るわよ」

僕はさよならを言うかわりに、店を出て行くスジンを見届けた。

きっと・・・そうだろう・・・。
・・彼女は来るだろう。
どんな気持ちで来るのか・・考えると僕まで胸が痛くなった。
・・・辛い思いなんかさせたくないのに。
僕の願った再会は こんな形でしか叶わないのか。

目の前に置かれた僕のコーヒーは、一度も口を付けることなく冷めていた。
ようやく口にした黒い液体は 体の中を苦々しく染み渡らせていき、僕自身が染まろうとする色を想像させていった。