BLUE_SKY_BLOG(更新停止中)

更新停止中。今までのご愛顧ありがとうございます。今後は『碧き流星』をよろしくおねがいします。

【WRC】リチャード・バーンズ逝く

2005-11-28 09:28:27 | WRC関連
2005年11月26日、リチャード・バーンズ氏が脳腫瘍の為、亡くなられました。ご冥福をお祈りします。

オフィシャルページ


Richard Burns

World Rally Ja | News | WRC

リチャード・バーンズ(1971-2005)
イングランド出身ドライバー唯一のWRCチャンピオン、リチャード・バ-ンズが、脳腫瘍のためこの世を去った。



2003年11月4日、ラリーGB直前のその日、リチャード・バーンズは病に倒れました。
RallyX News

■バーンズ、ラリーGBを欠場!リチャード・バーンズの2003年シーズンが終わった。最終戦を前にランキング4位につけていたバーンズは、昨夜突然、失神。ニューポートの病院に入院した。翌4日には退院したものの、バーンズはカーディフに移動したのみで、レッキにも参加しなかった。



この、ニュースは衝撃的でした。2004年は再びスバルをドライブすることが決定しており、2003年チャンピオンのペターと2001年チャンピオンであるバーンズのコンビはマニュファクチャラーズ選手権さえ充分に狙える当時最強の組み合せの一つでスバルを応援している私としてはこれからの活躍に胸躍らせていたのですが…。

バーンズが意識不明になったとき、助手席に乗っていたのは、マルコ・マルティンでした。ここにラリー界がいかにフレンドリーな関係であったのかが窺い知れませす。当時バーンズはプジョー。マルティンはフォードに在籍中で選手権上ではライバル同士です。ですが、ラリーを一歩離れれば、そんなことはお構いなしで実に各ドライバーは中が良いのです。本来ならば、ドライブしていたバーンズが意識不明になった時点で、操縦不能になった車は間違いなく事故になったでしょう。しかし、助手席にいたマルティンが、助手席からハンドルを操作し、車を止め、バーンズを病院に連れていったのです。

そう、こういう奇跡があったのです。だから、だから、だからこそ、必ず復帰できると信じてました。いつの日か、あの素晴らしい笑顔を見れると信じてました。

心から、彼の死を悼み、ご冥福をお祈りします。

そして、マルティンにとっては、辛い1年となってしまいました。
コ・ドライバーのマイケル・パーク氏をラリーGBで失い、バーンズをも失った。

でも、大丈夫。バーンズもマイケル・パークも天国で一緒にラリーを楽しんでるはずです。マルティンの復帰をこころから待ち望んでいるはずです。

頑張れ、マルティン。

画像は、jump in the boxのjumpさん作です。(使用許可を頂いております)





当ブログでは彼の死を悼みしばらく喪に服したいと思います。
(タイトルの下に黒いラインを入れています)



トラックバック

Paul’s gochamaze blog:リチャード・バーンズ死去!!




哀悼メッセージリンク
SUBARU - モータースポーツ:リチャード・バーンズ闘病の末の逝去にSUBARUワールドラリーチーム追悼の意
Petter Solberg:A BIG SPORTSMAN AND A GREAT AMBASSADOR FOR THE RALLYSPORT HAS PASSED AWAY.
McRae Motorsport:Colin pays tribute to Richard Burns

最新の画像もっと見る

1 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
知りませんでした (tawa)
2005-11-29 01:16:43
Beefの訃報はレースでのアクシデントでしたのでメールで知ったのですが。。。



良くも悪くも狭いラリー界ですから

特に今年は関係者もつらいでしょうね。



後発になりますが同じく弔意を表したいと思います。
返信する

コメントを投稿