ガンジーは言う。
きっぱりと、心の底から発した「ノー」という言葉は、
単に相手に合わせて、ましてや面倒を避けるためについ言って
しまった「イエス」に比べたら、はるかに価値のある言葉である。
2012年9月29日、 栃木県佐野市で小出裕章さんの講演会があった。
会場から、こんな発言があった。
栃木県塩原の野菜は測定しても10ベクレルも出ない。
だから、先程先生が『栃木県塩原市の野菜が危ない』って
言われた言葉を取り消して欲しい
これに対して、小出さんはこう答えた。(以下、一部抜粋)
今、野菜が1kgあたり、10ベクレルか、数ベクレルと
おっしゃったでしょうか、それがみなさんは大したことが
無いと思われるんでしょうか?
日本の国は1kgあたり100ベクレル以下は全部安全だと
言っているわけだし、ほとんどの市町村も国の基準より下回ってい
て安全だと言ってしまっているわけですけれども、放射能は
どんなに微量でも危険なのです。
1kgあたり100ベクレルはもちろん危険だし、
50ベクレルだって危険だし、10ベクレルだって危険なのです。
福島第一原発の事故の前に日本の食べ物がどれだけ汚れて
いたかと言えば、たとえばお米の場合は1kgあたり0.1
ベクレルしか汚れていませんでした。
もし、いま1kg当たり10ベクレルのお米があるとすれば、
すでに100倍汚れている。
それを安全だと思ってはいけないのです、本当は。
人々は安全だと思いたいのです。
それが人間という生き物だと思います。
「これが危険だ」という発言をすれば周りから煙たがれ、嫌がれる。
「お前黙れ」と場合によっては怒られるかもしれない。
でも危険なのは本当なのです。
それをやはり言わなければいけないと思うし、
「子どもたちは、やっぱり守る」という事を大人の責任でやりたいと
思いますので、周りからどんなふうに嫌がられても、事実というもの
をきちっと周辺に知らせる。
そして説得しながら、少なくても子どもが生活する場所からは
放射能をどけるとか、子どもには出来る限り汚染の少ない食べ物を
与えるとか、そういう仕組みをとにかく作らなければいけないと
思うのです。
私だったらぜったいにヒヨると思う。
小出さんとか孫さんとか、この胆力はどっからくるんだろう。
きっぱりと、心の底から発した「ノー」という言葉は、
単に相手に合わせて、ましてや面倒を避けるためについ言って
しまった「イエス」に比べたら、はるかに価値のある言葉である。
2012年9月29日、 栃木県佐野市で小出裕章さんの講演会があった。
会場から、こんな発言があった。
栃木県塩原の野菜は測定しても10ベクレルも出ない。
だから、先程先生が『栃木県塩原市の野菜が危ない』って
言われた言葉を取り消して欲しい
これに対して、小出さんはこう答えた。(以下、一部抜粋)
今、野菜が1kgあたり、10ベクレルか、数ベクレルと
おっしゃったでしょうか、それがみなさんは大したことが
無いと思われるんでしょうか?
日本の国は1kgあたり100ベクレル以下は全部安全だと
言っているわけだし、ほとんどの市町村も国の基準より下回ってい
て安全だと言ってしまっているわけですけれども、放射能は
どんなに微量でも危険なのです。
1kgあたり100ベクレルはもちろん危険だし、
50ベクレルだって危険だし、10ベクレルだって危険なのです。
福島第一原発の事故の前に日本の食べ物がどれだけ汚れて
いたかと言えば、たとえばお米の場合は1kgあたり0.1
ベクレルしか汚れていませんでした。
もし、いま1kg当たり10ベクレルのお米があるとすれば、
すでに100倍汚れている。
それを安全だと思ってはいけないのです、本当は。
人々は安全だと思いたいのです。
それが人間という生き物だと思います。
「これが危険だ」という発言をすれば周りから煙たがれ、嫌がれる。
「お前黙れ」と場合によっては怒られるかもしれない。
でも危険なのは本当なのです。
それをやはり言わなければいけないと思うし、
「子どもたちは、やっぱり守る」という事を大人の責任でやりたいと
思いますので、周りからどんなふうに嫌がられても、事実というもの
をきちっと周辺に知らせる。
そして説得しながら、少なくても子どもが生活する場所からは
放射能をどけるとか、子どもには出来る限り汚染の少ない食べ物を
与えるとか、そういう仕組みをとにかく作らなければいけないと
思うのです。
私だったらぜったいにヒヨると思う。
小出さんとか孫さんとか、この胆力はどっからくるんだろう。