気まぐれネオの独り言ヽ(*´▽)ノオテアゲー♪

特にコンセプトも無く、テキトーなブログです。
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かなり後悔です(´・ω・`)

2005-12-08 22:25:11 | 仕事
こんばんわぁ~(。-_-。 )ノ


今日は昨日が日直だったこともあり暇な一日になると思いきや・・・
あれやこれやと不測の事態が起こったり、面談が入るやらで中々忙しい一日でした。
で、日直の翌日から見事に仕事を残して帰る始末・・・
早速仕事を残して帰っちゃいました( ≧∇≦)ブハハ!

どうしちゃうのよ~オレ(オダギリ風)






今日はちょいと仕事で後悔が残った事があったのでそれについて書いてみようと思います。


今朝、おいらの病院に入院していたAさん(73歳女性)が亡くなりました。
死亡診断書に書いてあった病名は『直腸癌』でした。
この方、療養型のおいらの病院にはめずらしい進行癌の方で、他にも転移している状態・・・
肝臓を中心に身体はかなり蝕まれていた状態でした。
認知症は全くなく、火曜の晩に会ったときは元気一杯だったのに・・・



まず、この方の入院した経緯から書いてみようと思います。

入院は今年の春くらいです。
旦那さんが飛び込みで相談に来院しておいらが対応しました。

Aさんは、在宅で長男のお嫁さんとお孫さんと3人暮らし。
夫は仕事の関係もあり、自宅から1時間くらいの場所にマンションを借りて生活。
で、二人いた長男と次男は両方とも肝臓からくる病気でなくなっていました。
そぅ、肝炎のキャリアの家系だったのです。


で、去年の終わり頃からAさんの状態が悪くなり、やがては自宅で寝たきりに・・・
しかし、本人は昔色々あって、病院に対して不信感をもっており、通院せずに市販の風邪薬とかを飲みまくっている状態です。

で、夫が相談に来たときは自宅で水もあまりのまず、食事もほとんどできず、お腹を中心に体中が腫れている状態とのこと・・・
本人に受診を勧めても断固拒否しているとのことでした。


夫は、ヘルパーを入れてもらおうと思って来院したと行ってたのですが、この状態で病院に行かせないってのは、あるいみ虐待にも繋がる可能性もあるし、Aさんの状態はかなり悪いと思ったので、とりあえず医師に相談しました。

で、状態を聞いた医師も放置しておくわけにはいかないってことで・・・
その日は往診をしている医師がお休みだったので、その先生が看護師さんを連れて急遽往診しました。

帰ってきた医師と看護師に聞いたところ、熱も高く、かなり悪い状態とのこと・・・
おまけに、Aさんは長男のお嫁さんに対してものすごく申し訳ないという気持ちを持っており、介護は全く受け付けないじょうたいで、部屋はティッシュが散乱して、汚物も垂れ流し状態。
とても人が住める環境じゃなかったとの事です。


で翌日、訪問看護の看護師さんと支援センターの職員が訪問して、本人をつれて病院に来ました。
検査した所、やはりかなり重度の肝障害がみられ、その他の検査結果もかなり悪い状態で即入院。

何故か本人も入院治療に納得していました。
後から聞いたところ、家に飛んできてくれた先生、看護師、支援センター職員の対応を見て、信頼できたから入院したとのことでした。


それから治療して、食事も食べれるようになり、よく喋りかなり元気になりました。


が、お尻から膿が出るようになり、便もすることも困難となり、痛みも伴っていたので総合病院へ転院となりました。

そこで出た診断結果は『直腸癌』
転移したものらしく、かなり進行性のものとの事。
とりあえずストーマ(人工肛門)を造設。

状態が安定したとの事でおいらの病院へ戻ってきた時はかなり痩せていました。
でも、本人はいたって元気で食欲も旺盛。
しかし、夫から聞いたところ、余命は1~2ヶ月と言われたとのこと。
その時は8月の終わりでした。


それからAさんは「帰りたい」という言葉をしばしば言うようになりました。

各職種が集まって夫を交えてカンファレンスを開き、在宅方向へ進めることになり・・・
おいらは夫に様々なサービスで生活を援助できる事を説明。
夫も不安は大きいけど、自分のマンションにつれて帰ると決断しました。
介護保険についても申請することになったのですが・・・

カンファレンスの翌日夫が面会したいとのこと。
申請のための印鑑と保険証を持ってきてくれたのだと思い申請用紙を持って夫と話をしました。

で、夫から出た言葉が・・・
「本人と話をして、本人もこのまま入院することに納得しました」
とのこと・・・
やはり夫は自信がないし、このまま病院にいるほうが、本人にとって良いと判断したとのことでした。

おいら夫との面談の後に、Aさんに話を聞きに行きました。
でAさんは・・・
「夫が毎日のように来てくれるし、このまま入院します」
と言いました。
Aさんの性格からして、夫が自信がないと話をしたので迷惑をかけたくないと思ったのかもしれません。

その時はおいらも「仕方ない」と思いました。
しかし、今思うと帰りたかったにちがいありません。


結局そのまま入院となり、しばらくは熱は出たりしていたけど安定した状態が続いていました。
そぅ、火曜の晩も元気に話をしていました。

急変したのは水曜日の夕食後・・・
夕食も完食したあと、吐血がとまらなくなったそうです。
それをおいらは今朝看護師さんから聞いたわけだけど・・・

午前中は予定があったので、午後から会いに行ってみようと思ってました。

で、ちょうどおいらが対応した入院がAさんと同じ病棟だったので、病棟に行ったところ、夫と孫が廊下にいました。
おいら嫌な予感がして看護師さんに聞いたところ・・・
「ついさっき亡くなったよ。家族さんも間に合わなかったんよ・・・」
とのこと・・・

「朝に行っておくべきだった・・・」
とかなり後悔しました。

で、夫と話をしたのですが・・・
「1~2ヶ月と言われてたけど、よくもったと思います。本当は正月も越せると思ってたのですが・・・でも、あまり痛みもなく、食事も食べれたので・・・」
とのこと・・・
夫はAさんの死を受け入れる事が出来たとも言っていました。


それからこの件について、先輩相談員と色々話しました。
そこで気付いたのですが・・・
夫はもしかしたら、末期がんの妻を自宅で看る事が出来るのか・・・不安だったのかもしれません。


確かに、自宅でターミナルを迎える場合、それをフォローする体制は医師を初めとして必要だと思います。
そして、それを支える体制はかなり不足しているのが現状です。

でも、事前に夫が住んでいる地域で、それを支えてくれる病院や、訪問看護ステーションがあるかどうか調べて、その情報も含めて夫に説明してみるべきでした。
そうすれば夫の不安も和らいで、Aさんは自宅でターミナルを迎える事が出来たかもしれません。

Aさんの場合、大出血が起きて痛みが出る事なく最後を迎えましたが、もし痛みが出ていたばあい、おいらの病院ではモルヒネ等の麻薬の使用は出来ないので、薬で寝てもらう事しか出来ず、かなり辛いことになっていたと思います。
自宅なら、麻薬の使用もできます。
それに、なによりAさんも幸せだったかもしれません。


確かに情報をそろえて夫に説明しても、結果は同じだったかもしれません。
その場合、総合病院から帰ってきた時に、ホスピス(緩和ケア病棟)のある病院を紹介するべきだったのでは・・・と今になって思いました。
痛みが出た場合でもホスピスなら対応可能だから・・・



本人の気持ちを尊重して、それが達成されるように情報を集め、援助していく事が大切だと感じた出来事でした。
さらには、かなり後悔の残った出来事でした。






今日はちょいとおいらのブログには似つかわしくない記事だったかなぁ?
まぁ、その辺はカンベンしてくださいね( ̄▽ ̄;)









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