41歳…マンマの『肺がん末期宣告からの闘病記』

41歳に肺腺がん末期で余命宣告
手術と抗がん剤を経て復帰するも 1年後に転移発覚
…再度 癌との闘いが始まりました

健康診断の結果が・・・

2007年12月06日 03時24分27秒 | 肺がん闘病記
さて、楽しかった(!?)健康診断から約2週間経過、
お約束の詳細についての診断結果が郵送されてきました。

この「結果」、僕よりも妻の方が興味津々で(まぁ当然と言えば当然ですが)、
「見たらすぐ見せてねー」と催促されながら封を切る。

ふ~ん・・・

基本的には、検査の午後に面談で話してもらったとおりのものだった。
軽いダイエットのおかげで体重が軽くなっていたのが、功を奏したのだろう。
数値の改善が著しく見られ、正直嬉しい~。

A、Bは問題なく、Cで経過観察、Dだと再検査及び治療となるのだが、
1項目だけDで、後はほとんどがBまでで収まっている。


問題は、1項目だけの「D」。
そう、前回レントゲンで影が見つかり、CTを撮影した胸部陰影である。

CTの結果が書いてあり、内容は、


「右肺の上葉に“何か”があると思われます。
肺炎か結核の疑いがあるので、近くの病院もしくは当保険病院で再検査を実施
してください。」

とのこと。ご丁寧に他病院に行くための紹介状が添えられていた。



この段階で「やばい」と感じていれば、すぐ再検査を実施しもっと早く発見できた
かもしれなかったのだが、この頃は只でさえ忙しい仕事がさらに加熱していて、
とても有休をとってなぞ病院に行ってられない状態だった。

「健康あってこそ。仕事は二の次」とわかるのは大病を経験した人だけ。
どうしても仕事を優先してしまう。

また、仕事が忙しいだけでなく、「再検査」を甘くみていたのも事実だった。

「そんな大したことじゃないだろう」

「影なんてほっとけば消えるだろう」

「そもそも自覚症状も何も無いし、本当に悪いのか?」

「肺炎か結核って、咳もなければ痛くもないし」

・・・ぐらいにしか考えてなかったような気がする。
もちろん、「肺炎か結核」以外のもの、そう「腫瘍」ということも一瞬頭をよぎりは
したが、これについてはなおさら「まさか自分が…」という思いで一蹴していた。


そんなこんなの言い訳で、
結局、検査結果の紙と再検査の紹介状を入れた封筒はタンスの奥へ・・・

すぐに再検査で病院に訪れることはありませんでした。



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