41歳…マンマの『肺がん末期宣告からの闘病記』

41歳に肺腺がん末期で余命宣告
手術と抗がん剤を経て復帰するも 1年後に転移発覚
…再度 癌との闘いが始まりました

番外編1

2014年02月15日 06時34分02秒 | マンマのこと…byまもぞう
雪、風、すごいですね!

子供たちは先日の雪に引き続きおおはしゃぎですが…
大人はげんなり…かな。
でもちょっとだけまだわくわくするってことは、まだ子供の心を持っていられてるのかしら…私、なんて(笑)



さて
時期は前後しますが、少し進展があったことがあったので、『カルテ開示』のことをちょっと記しておきたいと思います。


◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆


一度、お世話になった主治医I先生と、看護師のYさんにご挨拶をしておきたいなとずっと思っていました。
でもなかなか重い腰を上げられず…やっと病院に向かえたのは去年の夏頃。
長女は小学校だったので、長男と二人で懐かしい道を通り病院に到着しました。


何度も何度も来た病院。旦那がどこを探してもいないということがなぜか不思議で悲しかった…


看護師Yさんと会って色々話し、I先生のところにも連れて行ってもらえました。


I先生とは色々あったけれど、今となっては主治医がI先生だったおかげで主人はあれだけ生きることが出来たと思います、本当にありがとうございました。
I先生にお世話になれて私はよかったと思っています。主人も、亡くなる少し前に「なんだかんだ言ってもI先生に見てもらえてよかったのかもな」と言っていました。
本当に本当にお忙しいとは思いますが、お体に気を付けてくださいね。


…以上のようなことを最終的に伝えられた…かな…
もう、まさに「嗚咽」しながらだったので(みっともない…)伝わっていたらいいな!

ってなかんじです(汗)


そしてもうひとつ、目的がありました。
それはカルテ開示。
いまはまだ小さい子供たちが大きくなって色々理解できるようになってから、パパがどうやって病気と頑張って闘ったか教えてあげられるように、カルテを手に入れておこうと思っていたのです。

受付へ行くと、それなら事務局へと言われたので向かいました。
確かカルテ保存期間は5年。
旦那がはじめてこの病院にかかったのは今から5年前だから、今なら全部手にいれられるだろう…とずっしり重くなった長男を抱っこして行くと…

なんと、本人が亡くなっている場合は、亡くなってから2ヶ月経過するとカルテは開示できないことになっている…と言われました。
びっくりしました。事情を全部説明してお願いもしてみましたが、この病院は県の病院局で管理されていて、そういう決まりだから無理だととりつく島もなし。

聞いてみると、その職員の男性は4月にそこに配属されてきたばかりとのこと。いくら話しても決まりだから…と、正直あんまり誠意のない対応に怒りさえ覚え、普段あんまり怒らないので疲れてぐったりしながら帰りました。


ああ、思い出したらまた疲れてきた(>△<)
続きは次回。


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4 コメント

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悪路の中をご苦労様でした (きこあきこ)
2014-02-16 11:45:43
まもぞうさん、偉いですね。

私は、自らの真実(自分の無知からの選択のミス等々)にまだ正面から向き合えていません。

自分の内面のファジーさに打ち勝てていないんです。

家族や自分の経験を生かすこと、治療法の選択に係わる家族からの視点や、病に対する心構えみたいなものを発信できれば、少しは人のためにもなる事なのに…。

私にはもう少し時間が要ります。

でも、とっても元気です。
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開示 (わんぴ)
2014-03-04 14:53:44
そんな、亡くなって二ヶ月なんてバタバタしていてそんなこと考える余裕なんてありませんよね。
5年保存しているなら5年にして欲しいです。
『カルテの開示』。
私はそんなこと考えもしてなかったけど、見たいです。
とっておきたいです。
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>きこあきこさん (まもぞう)
2014-03-09 15:36:10
自らの真実…こればっかりは、本当にその人その人の感じ方、消化の仕方によって違ってくるので、一言では片付けられませんよね。。。正解や不正解なんてないと思います。
でも、近しい人が患者さんのこと思いやって考えた行動であれば、不正解はないのだと私は思っています。

でも
お元気でよかったです!
私も元気です^^
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>わんぴさん (まもぞう)
2014-03-09 15:40:12
そうですよね、その二ヶ月って…現実をみていないなと感じました。
きっとこんなの決めた人たちは、身近な人を亡くした経験がないに違いない…コノヤロウなんて当時は毒づいていました(汗)

旦那の病気が分かった時から自分で記録を残しておけばよかったとも思いましたが、当時は妊婦でもあり、何より信じたくない、認めたくない、って気持ちが大きくてやっていませんでした。
弱かったな、私。
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