発明は世界を照らすには非ずどう使うかの人に託され
(技術革新も使う人の心次第ではないでしょうか。)
1585年3月23日、日本から派遣された天正遣欧少年使節団が、時のローマ教皇グレゴリウス13世に公式謁見を果たしました。
天正遣欧少年使節は、目的は 日本宣教の経済的・精神的援助依頼 欧州キリスト教世界の体験、伝承で団員・伊東マンショ・千々石ミゲル・中浦ジュリアン・原マルティノで、いずれも13〜14歳前後の少年とその従員で構成されておりました。
この使節団によって、ヨーロッパの人々に日本国の存在が強く認知されることとなった他、使節団が持ち帰ったグーテンベルク印刷機によって、初めて日本語書物の活版印刷が行われることとなり、それまで手書きで模写していた書物等の製作に、大きな技術革新をもたらしました。
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戦乱の世にこうしてヨーロッパ諸国を8年もかけて巡り、帰国してからの何とも哀しい運命に翻弄された彼らの話は下記をご覧ください。
戦国時代の日本代表は4人の少年たち!「天正遣欧少年使節」の天国と地獄 | 和樂web 日本文化の入り口マガジン (intojapanwaraku.com)
技術革新は当時の日本にとっては驚きの物だったでしょうね。
これで平和にと思ってもなかなかそうはいかないのが世の常です。
しかし、何があっても自分を見つめ、正直に生きたいものと思っています。
情報戦が早く終息しますように!
ウクライナの罪なき人々が早く平和に暮らせますように!