goo blog サービス終了のお知らせ 

草蘆のひなたぼっこ

遊び人のぼけーっと日記。

周回遅れもいいところ。

2015-02-22 18:09:14 | 場面
今回の投稿はなかなかうまくいきません。
ちょっと時間があいたせいかな。
とても短いバレンタイン小話です。


「マリア、これ、余りもので悪いんだけど」
 そう言って差し出された小さな箱に、早川マリア警邏長はいささかの戸惑いを隠せなかった。
 その日がいわゆる聖バレンタインデーだと言うことを勘案すれば、箱の中身は十中八九チョコレートだろう。
 それに問題はない。それどころか、大歓迎だった。マリアはアイスを愛していたが、この時期のチョコも同じくらい大好きだったからだ。
 だが。それが親友のアリーからのもので、しかも店内には矢島もいるというのに自分だけがチョコを貰ってもいいものなのだろうか?
 前者の疑問はともあれ、後者に至っては、後で矢島にどんな難癖をつけられるか分かったものではない。
 アリーには申し訳ないが、ここは断りを申し出る場面だろうか。
 と、目まぐるしく考えていたのも、自分の手の中にあるチョコの箱を改めて見るまでだった。
 小洒落た小さな箱は可愛くリボンがかかっていて、そのリボンには、マリアでも耳にしたことがある高級パティシエの名前が入っている。
 確か、一粒が2500円すると、何かで見かけた気がする。一つぶがその値段なら、そりゃおいしいよね、と思ったものだ。
 その魅惑の味が、今まさに掌の中に…!この魅力に抗えるものなどありはしない。
 後で矢島がぐずるようなら、尻を蹴飛ばすか、頭を撫でてやればおとなしくなるだろう。あるいは、その両方か。二号室主任のエアーズあたりが知れば目をむきそうなことを考え、 マリアはチョコレートをありがたく頂くことにした。
 案の定、矢島はアリーに、自分の分はないのかとしつこくせっついている。アリーは仕方なさそうに微笑むと、一本の酒を取り出してきた。
「あなたはチョコよりこちらの方がいいでしょ?」
 ラベルの文字はバランタイン111。
「ただし、一度に飲みすぎて、マリアのご機嫌を損ねないようにね」アリーは釘を刺した。
 飲み過ぎて、その後の厄介ごとをわたしのところへ持ち込まないでね、とその表情が語っていた。
 それからマリアに向き直ると、「あなたには他にもプレゼントがあるの。こんな、店の経費で落ちるチョコだけじゃ悪いから」
 そう言って、驚くマリアの頬にキスを送った。…極めて唇に近いところに。
 マリアは矢島が見ていなかったかとはらはらしたが、もちろん、アリーは矢島の視線を計算して、彼女が見ていることを確認してから警邏長にキスを贈ったのだった。
 この夜の矢島が、キスに当てられたことは言うまでもない。
「あんた、アリーにはキスを許しておいて、あたしにはキスもさせてくれないの??恋人なのに?」
「矢島さんも見てましたよね?あれは、アリーが勝手に…」
「へー、あたしが、他の女の子が勝手にキスしてきたって言っても浮気だって言って許さないくせに、ずいぶんと都合のいい言い訳じゃない」
「それは…」
 こんな矢島は頑是ない子供のようだ。意地になっている。マリアはだんだん面倒くさくなってきて、覆いかぶさってくる矢島を押し返す力をゆるめた。
 今日も勤務だったのに…と思いつつ、翌朝のマリアは、あのキスはアリーから矢島への贈り物だったのでは、と疑わずにいられなかったが、アリーはもちろん、心よりマリアに贈ったキスだったのだ。
 その後の矢島の行為を含めて。


なんかもー。いろいろ最悪なきょうこのごろです。

2009-05-20 23:39:26 | 場面
 二階のベランダから中庭を見下ろすと、木陰で夫を見つけた。
 ここからは彼女の全身が見えるわけではなかったが、木陰に寝そべり、くつろいでいる様子だ。
 最近にはめずらしく、獣の姿をとっている夫にヤスミは首を傾げる。
 初夏の日差しは温かい。
 毛皮を纏いたくなるほど寒くはなかったし、そもそも彼女はヤスミよりずっと寒さに強かった。
 あれではむしろ暑いと思うけど……?
 ヤスミが庭に降りて見ると、上からは見えなかった木の陰に、まだ喃語を話すのがやっとくらいの
小さな子供。
 蒼い髪を持って生まれたために、王座に座ることを運命づけられた次代の北壁王だった。
 子供はフレアの尻尾を掴もうと、熱心に手をかざしている。
 立ち上がっては尻餅をつくという行為を繰り返しては、何が楽しいのか、きゃっきゃと嬉しそうに笑っていた。
「なんだ。フロルと遊んでたのね」
 ヤスミが声を掛けると、獅子は頭を持ち上げ、なにやら言いたげな表情になった。
「……ああ、はいはい。あやしてたんだ、って言いたいのね?」ヤスミは苦笑した。
 フレアはどうも、人型で子供の相手をするのが苦手らしい。彼の相手をしているところを見かけると、
決まって獅子の姿を取っていた。
 周囲を見渡してみても、彼の母親はいないようだ。
 そう言えば、少しばかり街で買い物がある、とか言ってたっけ……。
 息子はフレアに預けたらしい。
 むろん彼らが親密になることはいいことだったし、ことにフレアが子供に馴染む必要は大いにありそうだと、
ヤスミは常から考えていた。
 彼女の子供のあつかいは、お世辞にも上手いとは言えない。
 また子供が立ち上がって尻尾を捕まえようとする。
 本来なら怖ろしいはずの獅子の姿も初めて見たときからお気に入りであった彼は、目の前で揺れている尻尾に
ずいぶんとご執心のようだった。
 捕まえようと何度も挑戦しては尻餅をついている子供をしばらく眺めて、ヤスミはフレアに声を掛けた。
「……一度くらい捕まえさせてあげなさいよ」
 むろん獅子から人語の応えが返るはずもなかったが、軽い唸り声をあげて不満をあらわしてくる。
 それでもヤスミの言葉通りに尻尾の動きを止めると、子供はやおらその尻尾をつかみ……、
なにやら不満げな表情になった。
 止める間があらばこそ。不満をぶつけるように、力を込めて尻尾の先の毛を引っ張る。
 彼はどうやら、動いている尻尾にご執心だったようだ。
 力任せに引っ張った小さな手の中には、蒼い毛が幾本か見える。
 こうなることを予期していたのか、獅子は少し鼻に皺を寄せて、恨みがましい視線をヤスミに向けてきた。
「……ごめんなさい、フレア。この子に関しては、あなたの方が仲良しみたいね」
 獅子の姿と人の姿。どちらもフレアに変わりはなく、小さな頃は獅子の姿になったときに不細工であるからと、
髪を切らせて貰えなかったと言っていた彼女の言葉を思い出す。
 夫の非難の視線から目をそらし、ヤスミは陰を提供している木立を見上げた。
 むせ返るような緑のにおいを感じながら、獅子の尻尾の毛が、人型のときの何処に当たるのかとは、
問いきれないヤスミだった。


ほんとにどうでもいいような場面。

2009-04-29 23:44:43 | 場面
こんな感じで。これからも。

「わたし。小さい頃は、こんな風の強い日は飛べるんじゃないかと思ってました」
 灯りのともる街並みを見下ろし、風にあおられる髪を押さえつけながらマリアが言った。
「……あたしは今現在、あんたが風に飛ばされて落っこちるんじゃないかって思ってるわ」
 矢島は荒れ模様の空を見上げた。
 まだ降り出してはいないが、空はずいぶんと低かった。
 夕方に見た天気予報では、今年初めての台風が近づいているという。
 大異変以降、日本に雨は少なくなったと言われているが、今日はその限りではなさそうだ。
 何より強風で、矢島はともあれ、手すりに掴まっていてさえマリアは何処か覚束ない風情だ。
「何もこんな日にまで、屋上に出ることないでしょ?」
 夜勤のときはなぜか屋上に出たがるパートナーに、矢島はいささかうんざり気だった。
 マリアは署の屋上から見る夜景がお気に入りだ。街の灯りを見ていると、そこに生活する
人々が偲ばれて温かい気持ちになるのだという。
 西分署の管轄は、その半分が繁華街だ。
 つまり、単純に考えれば眼下に広がる光の半数はネオンサインなのだ。
 しかもその大半は風俗店のものだときている。
 マリアが考える温かい家庭とはかけ離れた存在だろう。
「現実も見ずに、あんたがぬるま湯につかった気分になるのは勝手だけどさ。
そろそろほんとに降り出しそうだし、あたしは部屋にもどるから」
「あ。わたしも行きますから」
「あんたはゆっくりシアワセに浸ってていいんだよ?」
「そんな意地悪言わないで。それに、これ以上ここにいると、ほんとに飛ばされそうです」
 ほんとは小さい頃だけじゃなくて、いまでも風の強い日は飛べるんじゃないかと思ってるんです……。
 少しばかり恥ずかしげに呟いたマリアに、実は自分もそう思っているのだと、言い出しきれない矢島だった。

風の強い日は、なんとなく飛べそうな気がするんです。いまでも。