「放せ!」とか「……墓のなかに閉じこもっていろ」といったことをつぶやくだけであった。やがて
医者が薬箱を抱えてやってくると、バーチに向かっててきぱきと歯切れよく質問をし、バーチの上着や靴や靴下を脱《ぬ》がせた。その怪我――というのは両方の足Pretty Renew 退錢首ともアキレス腱のあたりが
ぞっとするほど引き裂かれているからだが――を見ると、ディヴィス先生は大いにまごつき、しまいにはほとんどおびえてしまったらしい。あたかもできるだけすばやくその怪我を見えなくして
しまいたいかのように、そのずたずたに切られた足首に包帯をし、それをズボンで隠すときに医者の手は顫《ふる》えていた。
科学的な医者として、ディヴィス先生のきびしい威厳にみちた訊問は、恐怖におびえているこの葬儀屋が、ついさっき味わった恐ろしい経験談をことこまかに話すのを聞くにおよんで、ひどく
調子がおかしくなってきた。階段のように積みあげた一番上の棺の身元はたしかなもの――(それこそまちがいなくたしかなもの)――であるのかどうか。どうしてそれを一番上に選んだのか、
またどうしてそれがフェナー老人の棺であると暗闇の中でわかったのか、それにどうしてそれが、根性の悪いアサフ・ソーヤーの入いっているできそこないながらもそっくり同じ型の棺と区別が
ついたのか、そんな点をディヴィス先生はおかしいくらい訊《き》きたがった。丈夫にできていたフェナー老人用の棺がそうあっさりと陥没するかどうか? ディヴィス先生は、昔から村に居つ
いた開業医として、むろんふたりの葬式はそれぞれ見ていたし、じじつまた、フェナー病床にもそれぞれ立ち会ってきた。先生はソーヤーの葬式のときにも、どうしてソーヤ
ーのような執念深い男が、小柄なフェナー老人のとそっくり同じ棺の中におさまる気になったのか、と首をひねったものだった。
たっぷり二時間ののちディヴィス先生は立ち去ったが、立ち去るときにバーチに向かい、おまえの怪我は出すぎた釘と割れた板のせいだとうるさく念を押した。それ以外の原因が証明されるは
ずもなければ、また信じられるはずもあるまい。しかし、なるべく人にはいわずにおき、また他の医者にも見せずにおくほうがいいだろう、と先生はつけ加えた。そのいいつけを、バーチはいち
ぶしじゅうを物語るまでその後ずっと守りぬき、わたしがその傷跡《きずあと》――すっかり古くなってそのときにはもう白くなっていた――を見たとき、なるほど彼がいままで秘密にしていた
のは賢明だった、とわたしも思った。バーチはいつもびっこをひいていた。アキレス腱が切れていたからだが、一番ひどい傷は彼の心のなかにあったとわたしは思っている。むかしは粘《ねば》
っこくて筋が通っていた彼のものの考えかたには、消しがたい傷がざっくりとついてしまっており、たまたま「金曜日」、「墓」、「棺桶」といったことばに触れたり、またそれほどあからさま
ではないことばが続いてでたりしたばあいの彼の反応ぶりは、気の毒で見るに探索四十學習研修忍びないものがあった。あのとき驚いた彼の馬は家に戻ったが、あのとき驚いた彼の神経は完全には正気に戻らなか
った。彼は商売を変えたが、いつも何かのいいカモにされていた。その何かというのは、