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音楽、映画、その他表現物に対する日々の覚え書き

Jazztronik / Cannibal Rock

2005-09-10 19:03:38 | 音楽

CANNIBAL ROCK CANNIBAL ROCK (amazon.co.jp)

僕はあまり店頭で試聴して「いい!」と思ってもすぐさまレジに走ることのない人間で、なんかそういう即効性のある楽曲ってすぐに飽きちゃうんじゃないか、という不安があって、あともうちょっと情報を揃えてから手を出したいなぁ、という「石橋を叩いて渡る」体質が顕著なのだけど、たまにはもうどうしようも我慢できんっっっ!ってぐらい胸を鷲掴みにされることもあるのです。Jazztronikの『七色』というアルバムのタイトル曲がまさにそうで、普段この辺の音楽はそれほど聞かないくせに購入。Jazztronikこと野崎良太氏がキャッチーなボーカル曲を作ると、他の日本のクラブジャズの方々なら趣味の良さを優先して抑制しがちなラインを突き抜けて、どポップ、ほとんどJ-pop的になるんで、「俺的にいいのか?いいのか?」と煩悶しながらなんだけど。で、結局のところ飽きは早かったのか、っていうと全然そんなことはなくて、iPodの再生回数を稼ぎに稼ぎました。やっぱり、この下世話なところがたまらないんですね。しかしながら、他のインスト曲はあんまり好きになれず、それは音作りがちょっとチープな印象が拭えなかったからなのでした。んで、実際、野崎氏自身がこちらのラジオで「一音一音の説得力が大事なんだと最近感じてきた」みたいなことを語っていて、あぁ彼もそこをネックに感じてるのかなぁ、と思いながらも、まぁ、彼の場合そんなチープな電子音によるラテンテイストを個性にしてるんだろうなぁ、とも思ってて今後劇的に変化するとは予想してなかった。

彼のニューアルバムの今作、ネットでちょっとだけ試聴できる「searching for love」、なんと今井美樹をゲストヴォーカルに向かえてるんだけど、これまた僕のハートを鷲掴み。この40秒間だけを聞きまくるほどのお気に入りで購入を即決。もう、すごい名曲ですよ。そして音作りがネット音源では、はっきりとは分からないけど向上してるような気がしました。さて、実際に購入して聞いてみると、すごい!野崎さん完全に自分の課題を克服してるじゃん!『七色』とは全然次元が違う、ものすごい本格的なラテンファンクの応酬。どの曲も腰が動いてどうにも止まらない。ちっとは休ませろってなもんです。お目当ての「searching for love」も、そんな強烈なトラックの上で今井美樹のヴォーカルが躍る躍る。絶対ライブに行こう。うん。


fennesz+sakamoto / sala santa cecilia

2005-09-10 18:00:27 | 音楽

Sala Santa Cecilia Sala Santa Cecilia (amazon.co.jp)

Fenneszは、僕の中で最も愛すべきエレクトロニカ・アーティストの一人。彼のサウンドのキャッチフレーズとして「おセンチノイズ」というのがあって、つまりは「ノイズなのに泣ける」ということ。これに魅かれて僕は彼の作品を聞きはじめたわけなんだけど、「ノイズなのに泣ける」というのが何故そんなに魅力的なことなのか。『ユリイカ 2005年3月号 特集 ポスト・ノイズ 越境するサウンド』において、佐々木敦が指摘しているように、ノイズは十二音平均律をはじめとするあらゆる決まり事から逃れた非音楽として登場し、しかしそれゆえにノイズがそれ自体で価値を獲得することなく、あくまで音楽に対するアンチ、「音楽ではないものとしての」ノイズという二次的な位置付けしか持ち得ず、またケージのテーゼ「聴取可能な「音」はすべて「音楽」でありうる」によって、最終的に音楽にとりこまれるしかなく、ノイズなるものは失効する。もしノイズがノイズとしてなおそこに叙情性を獲得しうるなら、その時ノイズそのものをそれ自体で肯定することになる。「音楽でしかない」ノイズ。それはおそらく圧倒的に未知のもの、絶対的なエクソダスであるはずで、そんな体験ができるなら僕のような音楽愛好者にとって一つの到達点といっても過言じゃない。

それでは、果たしてFenneszはそれを可能にしたか、と言われると実際のところ微妙だったりして、というのも彼の作品『Venice』に耳をすましてみれば、そこでは徹底的にノイズに塗れながらも調性的なドローンがかすかに存在していて、結局のところそれが叙情性を支えていることを否定できない。

翻って、坂本龍一の最近のエレクトロニカ・アーティストとのコラボ、とりわけAlva Notoとのヒット作『vrioon』『Insen』では、noto のクリック/グリッチ音は明らかに坂本のピアノの音色を極立たせるものとして機能し、それによって高度な聞き易さを得ていて、愛聴しながらもそのことをいらだたしく思う。

Fenneszと坂本龍一のコラボである本作『sala santa cecillia』もまた、非音楽としてのFenneszのノイズと音楽としての坂本のサウンドワークの組み合わせとして聞こえる。ノイズが音楽のもとに非音楽として犠牲になるくらいなら、このようなコラボはむしろ避けるべきなのかもしれない。ノイズがノイズそのものとして美しくあるためにはノイズの中にストイックに閉じこもるべきなのだ。それによって作品の外部から「非音楽」のレッテルを貼られる危険を伴うとしても。しかしながら、この19分のインプロヴィゼーションにはFenneszの音と坂本の音が階層性なしに並列する瞬間が確かに存在している。そしてその瞬間を可能にし得たことをもって、ノイズがもはや「音楽」に対抗することなく、「音楽でしかない」ノイズとなっているのだ。こういう手もある、と僕は思った。


Eivind Aarset / Connected

2005-08-29 02:55:41 | 音楽

コネクテッドConnected (Amazon.co.jp:日本盤,輸入盤)

ノルウェーのレーベルJazzlandはジャズからのクラブミュージックの接近、ってお題目で登場したんだけど、初期の頃の音はクラブミュージック側から見るとちょっとナイーブ過ぎだろ、って印象で結構叩かれてた。その一方で、同レーベルの中心アーティストNils Petter Molvaer がECMから出したアルバム『Solid Ether』なんかは、クラブミュージックに熟知していないが故にアイデアこそ凡庸なのだけど音作りが全く異様なことになってて、最も愛聴してる一枚だったりします。

その『Solid Ether』をはじめ、Nils Petter Molvaer と長いこと組んでいたのがこのEivind Aarset というギタリストで、こちらは彼の2004年に発売された3rd アルバム。驚くことに最近のエレクトロニカの流れをすっかり消化しきってますね。2曲目のElectro Magnetic in E 辺り、リズム隊がウィーン・シーンのRadian すら彷彿させる音作り。ギターの音像への溶け込ませ方も繊細を極めています。にもかかわらず、本流のエレクトロニカが控えがちな分かりやすいメロ、ここでは「フィルム・ノワール調」が渋く融合されていたり、8曲目 Transmission の80年代的なノイズの使いようといい、雑多な魅力は失なわれてはいません。ライナーによれば Aarset はかなりのデヴィッド・リンチ、アンジェロ・バダラメンティフリークらしく、本当にリンチの次回作あたりでお声がかかって、バダラメンティとコラボしてたら、さぞかしおもしろいことになるだろうなぁ。というか、あのリンチ映画の陰影を思い浮かべながらアルバムを聞いてるだけもはまり過ぎ、と呟いてしまうほど。


□□□(クチロロ) / 『朝の光/渚のシンデレラ』

2005-08-29 02:05:48 | 音楽

朝の光/渚のシンデレラ朝の光/渚のシンデレラ (amazon.co.jp)

□□□(クチロロ)の19曲入り(笑)シングル『朝の光/渚のシンデレラ』がタワーレコードで強力プッシュされてたので買ってきた。もうデビューアルバムから1年ほどになるのに、ポップの文章には相変わらず当時の売り文句と同じ「くるりも絶賛!」と書かれてあって、苦笑しながら試聴機のヘッドホンをかぶると流れてくるのは『ワールズエンド・スーパーノヴァ』なエレクトロニカでさらに苦笑。でも、そんなこと関係ないくらい「朝の光」は良曲です。幸せな気分になれます。

そんで、ポップの文章には相変わらず「二人組ユニット」みたいなことが書かれてるんだけど、ほんとはちゃんと5人組のバンドですからね。そんなバンドの紅一点である大木美佐子さんのボーカルが前面に出てくるのが「渚のシンデレラ」。こちらは□□□王道の音作り。大木さんのボーカル可愛いな。独特のひねくれたメロディも気持ちいい。

もう1曲をはさんで、4曲目から19曲目まではバラエティあふれる音楽の断片が集められた「クチロロのワンダーランド」です。iTMSの30秒間試聴みたなもんだと思ってもらえれば。おかげでiTunesで聞いてると思わず購入ボタンを探してしまいます。9曲目の「メテオメテオ」なんか、1stアルバムに収録されていた「メローメロー」のダンスリミックスで特にフルで聞きたいです。1stでも思ったけどほんとこの人達「僕等何でもできますよ~」という飄々とした感じがあって、その自信過剰っぷりにこちらとしては若干引いてしまう部分があったりするんですけど、今回のシングルは素直に感動されられました。またライブに行きたいなぁ~。と思ったら秋~冬にニューアルバムが出るまではライブはお預けらしいです(泣)


Cymbals / Sine

2005-08-21 00:34:33 | 音楽

Sine Sine (Amazon.co.jp)

iTMSが始まった当初、Cymbalsのボーカル土岐麻子のアルバムがフィーチャーされていたのと、ドラムの矢野博康が実はハロプロ人脈の一人(企画アルバムFolk Songsシリーズのアレンジ担当)であるという、僕にとっては緩いつながりで、Cymbalsのsineを購入してみる。そういう緩いつながりにでも機敏に反応しないと音楽の幅が拡がらないしね。このバンドのことは本当に全然知らなくて、購入したのがこれだったってのは、これが彼等の最も新しいアルバムだと勘違いしてたからなんだけど。

ポップミュージックなんだし、という軽い気持ちで部屋に流しはじめたんだけど、全然入っていけない。ものすごく自分が閉め出されてる感じ。これはいかんと思ってヘッドフォンで真剣に聞き直す。うん、これは凄いアルバムだ。

統一感があるとかコンセプチュアルとかいう言葉では全然足りないくらいに徹底的にカラーが統一されてて、ある意味最も非shuffle的なアルバムかもしれない。2曲目の高速ドラムンベースで一挙に天空に引き上げられるんだけど、それは解放感というよりも身動きできないままに釣り上げられてる感じで、正直最初の内は高所恐怖症と稀薄な空気に息苦しい。高域に偏った音と美しいんだけど抑制されたメロディが閉塞感を煽る。3曲目のSatellite Singsと4曲目のHigher than the Sunで高く崇く飛翔する空気に慣れてくると次第に現実世界を抹消され、この高さ、この狭さに世界の全てが含まれていく。この閾に達すると、完全に恍惚状態。いつまでもいつまでもこの世界に浸っていたい。それが12曲目でいきなり「ぶつっ」と終る。釣り上げてた紐がいきなり切られて地面に叩き落される感じ。ああ、もう終りか・・・と思ってたら14曲目Glideで、今度は着実にあの高所へと滑空させてくれる。あの世界にまた戻れるんだ、っていう気持ちで本当に泣きそうになる。やばい。そして15曲目Endless Endless。できすぎだよぉ。

こういう風に書いていくと、曲のタイトルと歌詞のせいでそう思わされてるんじゃないか、って突っこまれるかもしれないけど、これはあくまで歌詞カードを見る前の感想。後で歌詞を見直してびっくりした。音だけでこちらが徹底操作されてるんだよね。

もう解散しちゃってるんだから、出遅れもいいとこなんだけど、今後どんどん発掘していこう。ラストアルバムの Love You はここまでの統一感を目指してはいないらしいけど、すごく楽しみだ。


Charlie Haden / The Montreal Tapes

2005-08-07 21:41:30 | 音楽

Charlie Haden, Paul Bley & Paul Motian / The Montreal Tapes The Montreal Tapes

そのiTunes Music Card を使って購入したのが、Charlie Haden がリーダーのライブアルバム、The Montreal Tapes。Charlie Haden には、同タイトルの作品が把握し切れないぐらいあるんだけど、これはピアノ Paul Bley とドラム Paul Motian の最強タッグとの共演です。

ってか、「iTMS でアルバムなんか買わない」って言ってたじゃん、とまた突っこまれそうですが、僕の狙いがこのアルバムの5曲目の Ida Lupino にあって、これが10分を超えるのでさすがにバラ売りはしませんよっていう仕様なもので、Amazonでは現在中古しか扱ってないということだし、悩みつつも購入に踏み切ったわけです。

Carla Bley 作曲のこのIda Lupino は Paul が何度も演奏している名曲の一つで、とりわけソロアルバム Open, To Love でのそれは彼の鍵盤を叩きつけるような奏法にもかかわらず、極上のリリシズムが煌めく名演中の名演なのです。(iTMS では他にアルバム Closer Closerに収録されてるのがありますね。こちらはいつか絶対にCD で入手しようと思ってるので、今回は保留。)

さて、今回購入したこのアルバムは1989年のモントリオールでのライブ版なんですけど、この頃になると Paul のタッチが若干柔らかくなって来て、それは iTMS の30秒試聴でも確認できたので、そんな Ida Lupino も聞いてみたいなと。

ところが、見事にこの30秒試聴の罠に引っかかってしまいました。コレかなり、いやめちゃめちゃキワモノの演奏。最初の5分間はいい。予想通りの甘々 Ida Lupino が堪能できます。ところが突如 Chalie のベースがおよそ音楽的とは呼べない変態奏法を開始。なんか弦をドンドンドンドンと細かく叩き始める。仕方なし? にPaul も連弾でこれに答えるんだけど、そのまま演奏放棄。そしてCharlie の変態奏法は加速。こんどは弦をひっかいて、チェロの様なヒス音を鳴らしはじめる。そして7分近くにハプニング発生。ピピピピ、ピピピピピ・・・どこからか時計のアラームが会場内に鳴り響く (汗) こら! 観客、ライブ前に携帯の電源は切っとけって言ったろ! (←違う) それにはおかまいなく、Charlie の変態ソロは続く。今度は弦を弾き始めました。なんか三味線の音がしてます。そうか~ベースってこんな音もでるんだね~・・・って違うだろ。フリーってよりSonic Youthが無茶してるときのよう。そして曲が終わり、観客のあきれたようなまばらな拍手。いやぁ、おもしろいもの聞かせてもらいましたよ。狙いとは全然違ったけど(泣)。

他の演奏では初期のPaul が良く演奏してた Ornette の曲を改めて聞けたので、まぁ良かったということにしておきます。いい人生経験ができました。


モーニング娘。/ 愛と太陽に包まれて への絶賛文

2005-08-05 23:05:32 | 音楽

色っぽい じれったい(初回限定盤)
色っぽい じれったい (Amazon.co.jp : 初回限定盤,通常盤)

僕は今、めちゃめちゃついている。そんな気がする。この曲にこんな形で出会えるなんて。

始まりはBerryz工房の『なんちゅう恋をやってるぅ You Know ?』からシャフルユニットを経てモーニング娘。の『色っぽい じれったい』までの流れが、久々におもしろい気がした、ということだった。「気がした」だけで別になにも決定的だったわけでもなくて、なんとなく、最近つんく♂の言語感覚が冴えてるなぁ、ぐらいのもんだった。それとは関係なく、サイトやブログを漫然と見ていたら、ハロプロ楽曲のc/wの出来が良いことが多い、ということを、なんとなく知った。それで、まぁ『色っぽい じれったい』僕の嫌いな部類の楽曲でもないし、高橋愛のパフォーマンスに目を見張ったことも事実なので、『恋のダンスサイト』(汗 以来、久々にシングルを購入してみた。全てはそんな、「なんとなく」の中で進行していた。

すでに、各所(とりわけ、ラグナムパイザさん*icerinkさんのところ)で絶賛の声が上っているのだけど、『色っぽい じれったい』のc/w曲『愛と太陽に包まれて』が本当に奇跡のように素晴しい。ボッサアレンジで幸せな夏を、いつものつんく♂らしいトゥーマッチさが楽曲にも歌詞にもなく、ただただ幸せそうに歌われるこの曲がなんでここまで僕の胸をしめつけるんだろう。

「幸せな夏」といえば、『ハッビーサマーウェディング』・・・ではなくて、『真夏の光線』ですよね。それは本当に「幸せな夏」を歌い上げてた。全てが「ついて」て、彼が大好きで、絶対に寂しくない。でも、それ本当? って思う。その幸せ宣言には、実は不安がどっかにつきまとってて、それを打ち消すための切実さがある気がする。だから、去年の夏とは違うことを確認しなきゃいけないし、この瞬間が「エンドレス」であることを必死に願う。アレンジもそれに拍車をかけてたし、パフォーマンスもそうだった。「『真夏の光線』からもしかしたらここは笑顔だよ、もっと笑ってやるんだよってやってみた」(佐々木敦『ソフト アンド ハード』収録のつんく♂インタビューより)。そう、あの曲は当時の娘。の環境も反映した、いろんな意味で切実な曲だったのかもしれない。

一方『愛と太陽に包まれて』。「光線」じゃなくて「太陽に包まれて」、別にいつかの夏と比べる必要もないし、ことさら「エンドレス」を願う必要もない。それは、あたかも、この夏だけが、すっぽりと時間の流れから抜け落ちてしまってる気がするから。end-less、終り-無き、というより「終り」というものが存在することをそもそも忘れている夏。そんな絶対的な幸せが本当にこの世に存在するのかは、分からないけど、少なくともここには結実してしまっている。奇跡。

この曲は「娘。の曲である」というエクスキューズが必要ないくらいの普遍性に達してしまってるかもしれない。それは逆に娘。の曲であるという必然性がないということでもある。それくらいこの曲は娘。の歴史性? みたいなものからも、すっぽりと抜け落ちてしまってる。うん、それはまずいかもしれない。でもこの曲終わりの、決してわざとらしくない笑い合う声を聞いてると、個々のメンバーへの萌えとかいう次元とは全然別のところで、ああ幸せそうだなあ、と思う。そして、それを表現できるのはやっぱり彼女たちなのだ。


nine inch nails / [WITH_TEETH]

2005-07-30 22:32:45 | 音楽

With Teeth
[WITH_TEETH](Amazon.co.jp)

[WITH_TEETH] 。発売されたのは2ヶ月前。最初に聞いた時の失望感たらすごくて、ジャケット見るたびに悲しくなり、もう記憶から抹消しようかとも思ったんだけど、最近それなりに聞けるようになったんで、感想書いてみるよ。

NINと言えばその歌詞の文学性が評価されるんだけど、実際のところ言ってることは非常に単純なんだよね。
1)僕は世界から疎外されている。
2)他の奴等はみんなうまくいっている。
3)だからみんな死んじゃえ。
4)だから僕も死んじゃえ。
5)でも、僕の運命の女の人が、僕を救ってくれる。
・・・って、おまえは碇シンジかよ。
いや、ほんとにNINの歌詞ってこの5つのパターンに集約されるから。

それでもトレントが天才なのは、この世迷い言を徹底して不穏な音楽として反映させることに成功してることなんだよ。とりわけ、前々作 The downword spiralと前作 The fragile のブランクを繋ぐ、Hurt と The day the world went away なんてその白眉。Hurt の最後で可能世界での希望(「100万マイル前からやりなおせるなら、僕は自分の道を見出せるのに」)すら否定するかのように被さるディストーション・ギター、そして今度はそのギターが延々と鳴らされる中で、na na na na ....というなんのカタルシスもないコーラスが響く、絶望の更に先にある絶対的空虚としての終った世界へのレクイエム The day the world went away 。こんなものを6年ぶりのシングルでぶつけてくるなんて、ほんとにNINには心酔したよ(正確には間に The perfect drag を挟んでるけど)。

基本的に90年代以降のインダストリアル・メタル/ロック(死語?)の人たちって、バランス感覚を重視する傾向があると思うのな。なぜかって言うと、普通の3ピースの楽器による音質的な偏りを補うためにテクノロジーが援用されてる気がするから。PIGなんかその典型で、本当に音域をみっちり埋めてんの。でも、NINの場合、自らの不安定さを反映するために、バランスの悪い音像、不完全な音像を作りだすべくテクノロジーに手を出す。これは結構厳しいよ。だって、目指すべき完成が無いってことだから。だから、前作はミックスにあれほど莫大な時間が費やされて、作業の終了が見えないまま二枚組の大作へと向ったと思うんだよね。

それが、[WITH_TEETH] ではめちゃくちゃバランスが良くなってんの。いや、それで歌詞の方も前向きになってりゃぁね、「あぁ、そういうバンドになっちゃったんだな」ってあきらめもつくよ。でもさ、相変わらず歌詞はいつものNIN。すると、もう、トレントの厨っぷりだけが露になってしまう。Every day is exactly the same とかストレート過ぎて、歌詞を無視できずに、ただただ、いたたまれなくなっちゃうもん。

これはさ、やっぱりオルタナ・ロック界随一の健康優良児デイヴ・グロウルのドラムの影響がでかすぎな気がするな。落ち着いて聞き直すと、デイブのからんでない楽曲は悪くない。1曲目とか12曲目とかThe Fragileから進化がちゃんと垣間見えるし。まあ、とりあえずトレントはまだリハビリ中ってことで暖かく見守ることにして、次作に希望をつなぎたいと思います。っていうか、おじゃんになったプロジェクト Tape Worm が聞きてえ。