源氏物語:恋の花かつみ 「花かつみ」とはなにか
馬場あき子氏著作「日本の恋の歌」~貴公子たちの恋~
第三章 「古今集」の恋 からの抜粋簡略版 です。
今回の「花かつみ」は源氏物語での引用はないようですが、雑学として取り上げました。
陸奥(みちのく)の安積(あさか)の沼の花かつみかつ見る人に恋ひやわたらむ 恋四
(陸奥の安積沼に咲く花かつみよ、「かつ見」というからに目を留めてしまった可憐なあなた。その人にずっと魅かれつづけてゆく私なのだろうか)
これは「花かつみ」までが、「かつみる」を引き出す序詞になっている。同音の呼び出し言葉としてだけでなく、「花かつみ」という言葉は美しい。
「万葉集」にも、「をみなえし佐紀沢に生ふる花かつみかつても知らぬ恋もするかも」(675)があり、「花かつみかつても」という表現はすでに慣用されていたようだ。また花かつみはどこの池沼にも生えていたらしいが、「陸奥(みちのく)の安積(あさか)の沼」は大きな歌枕としての効果をもっている。
一条天皇の時、中将実方が陸奥に左遷されて任地に赴く途次、五月五日にあやめを葺(ふ)く風俗がないのを嘆いて、葉が似ている「かつみ」で代用したという逸話がある。「かつみ」はふつう「真菰(まこも)」だといわれているが、眞籠の花なら季節は秋である。花は円錐花序だが全く目立たない花だ。歌語としては単に「かつ見」を引き出すための語呂合わせと思われやすいが、「陸奥の安積(あさか)の沼の花かつみ」という風土と植物の組み合わせは鄙(ひな)びた風情があって、「かつみる人」の素朴な気配に純情を捧げたくなる情緒がある。結句は「恋ひやわたらむ」と結ばれているので、ずっと恋しい思いをしてゆくだろうと予測されるほどの気分なのである。
このように「古今集 恋四」には、いったん逢ってしまった人とのさまざまな経緯がみえる歌が集められていて、場面も多彩で魅力的な歌が多い。