12000文字以上を費やして「感覚公害は数値ではなく気持ちの問題といえる。」だけだから、さすが天下の日経、風車問題に低周波音問題は無いのだ。
下の大見出しは”日経的”には良いのかも知れないが…
東北地方で風力発電事業の中止が相次いでいる。関西電力が7月29日に宮城県川崎町の計画を撤回。8月4日に日立造船が福島県昭和村などの計画を、8月10日にオリックスが宮城県石巻市などの計画を、それぞれ白紙に戻した。2年前にも、前田建設工業が山形県鶴岡市などの計画を取りやめている。
風力発電の適地が多いとされる東北では、各地で多数の事業が計画されている。しかし、環境影響評価(アセスメント)の手続き中に、環境や景観への影響を懸念する地元の自治体や住民から反発を受けるケースが珍しくない。事業者がトラブルを避けるには、事業区域を慎重に選定し、地元の理解を得るための丁寧な取り組みをする必要がある。
関西電力が撤回したのは、宮城と山形の両県にまたがる蔵王連峰で計画した「川崎ウィンドファーム事業」だ。当初は最大出力9万6600キロワット(kW)で、高さ最大約180メートル(m)の風車を最大23基設置する予定だった。
関西電力が、環境アセスの第1段階に当たる計画段階環境配慮書を公表すると、宮城・山形両県の関係自治体などが一斉に反発。「蔵王山は古来より信仰の対象としてきた聖なる山」(佐藤孝弘山形市長)で、林立する風車が「お釜」と呼ばれる蔵王国定公園のカルデラ湖からの景観を阻害するといった反対意見が噴出した。
「関西の会社が東北で事業を進めていくことに違和感がある」。当初こう漏らしていた宮城県の村井嘉浩知事も7月4日の会見で、「私も反対であることをはっきりと言いたい。関西電力がさらに進めるということであれば、国に対してもしっかりとものを申していきたい」と発言。関西電力の事業継続に「待った」をかけた。
同様の問題は2年前にも起こっている。前田建設工業は2020年9月、山形県の鶴岡市と庄内町で計画した「山形県鶴岡市風力発電事業」を中止した。計画では、高さ約180mの風車約40基(最大出力12万8000kW)を、山岳信仰の地として知られる出羽三山神社がある羽黒山の山頂付近に設置する予定だった。
山形県の吉村美栄子知事は、前田建設工業が配慮書を公表した20年8月の会見で、「出羽三山は、山形県のみならず、東日本随一の精神文化を擁するところだ。山形県の宝でもあり、日本遺産になっている。日本の宝だ。(風力発電は)あり得ない」と、計画に異を唱えた。
「実施の容易さで事業区域を選ぶな」
地元にとって、信仰の対象への冒涜(ぼうとく)や文化的・歴史的な景観への侵害だけが、風力発電に反対する理由ではない。事業による希少な動植物への影響を懸念する声も強い。日立造船が取りやめた「会津大沼風力発電事業」の計画も、そうした地元からの反発を受けた。
日立造船は、福島県の昭和村と会津美里町、下郷町、南会津町の4町村にまたがる山岳地帯の国有林に、高さ最大約230mの風車を最大40基(最大出力18万3000kW)設置する計画を立案。22年7月4日に配慮書を公表した。
昭和村によると、事業区域には、生物多様性の保全を目的に保護林のネットワークを形成する林野庁設定の「緑の回廊」の他、国指定天然記念物の駒止湿原や博士山鳥獣保護区などを含み、ブナ林も広がる。村民が使用する上水道などの水源地もあり、椀(わん)や盆などをつくる木地師の集落の遺跡も残っている。
舟木幸一村長は、7月14日に来庁した日立造船の担当者に、「計画は自然保護、文化財保護、自然景観の保全、防災上からも大きな問題を含んでいるため、到底受け入れることができない。事業の白紙撤回を求める」と迫った。さらに、同様の意向を示した他の3町と反対活動で連携し、環境省や林野庁への働き掛けも強めた。
オリックスが「女川石巻風力発電事業」の計画を白紙に戻した背景にも、同様の事情があった。
宮城県の石巻市と女川町にまたがる事業区域は、上品(じょうぼん)山硯上(けんじょう)山鳥獣保護区や石投山鳥獣保護区などを含み、大部分が硯上山万石浦(まんごくうら)県立自然公園に指定されていた。県の「風力発電導入に係る県全域ゾーニングマップ」では、大部分が保護優先・立地困難なエリアに位置付けられていた。
オリックスは、この事業区域に高さ約150mの風車を約13基(最大出力4万9000kW)設置する計画を立案。環境アセスの第2段階に当たる方法書を21年1月に公表した。しかし、事業区域の周辺で絶滅危惧種のイヌワシの生息が確認されたこともあり、地元では生態系への影響を危惧する声が上がった。
中でも、21年3月に生物多様性地域戦略を策定し、「希少種や重要な生態系の保護」を基本目標に掲げた石巻市は、計画に強い危機感を抱いた。斎藤正美市長は同年5月、環境アセスに基づいて、方法書に対する意見書を村井知事に提出。その中で次のように主張した。
「イヌワシは開発などによる影響を受けやすく、影響を受けた後の回復はさらに困難と考えられており、その影響は風車への衝突リスクのみならず、風車の設置による繁殖放棄や事業区域周辺の忌避など、そもそも事業区域周辺がイヌワシの生息地として成り立たなくなる可能性が高い。事業実施による自然環境への影響を回避できない場合は、事業の在り方を抜本的に見直されたい」
斎藤市長は意見書で、「事業区域の選定は、風況や系統連系の空き容量など事業実施の容易性で判断されることがあってはならない」と述べている。石巻市に限らず、全国の風力発電の計画に当てはまる指摘だ。事業者が地元とのトラブルを避ける上で欠かせない視点ともいえる。
四国で地元反発の2事業を同時撤回
四国地方でも風力発電事業が頓挫した。再生可能エネルギー発電施設の開発などを手掛けるJAG国際エナジー(東京・千代田)のグループの合同会社2社が8月10日、それぞれ徳島県那賀町などで検討してきた2事業を中止した。自然環境への影響に加え、土砂災害の危険性を懸念する地元の自治体や住民から強い反発を受けていた。
中止したのは、徳島県の那賀町と勝浦町、上勝町で計画した「那賀・勝浦風力発電事業」と、徳島県の那賀町と海陽町、高知県の馬路村にまたがる「那賀・海部・安芸風力発電事業」の2件。「那賀・勝浦」は環境アセスの第1段階に当たる計画段階環境配慮書まで、「那賀・海部・安芸」は第2段階の方法書まで、それぞれ手続きを終えていた。
中でも、地元の反発が強かったのは「那賀・海部・安芸」だ。事業者側が公表した方法書によると、徳島県の那賀町と海陽町の最大1000m級の尾根沿いに、高さ最大約160mの風車を最大30基設置する。最大出力は9万4450kW。
地元では、事業区域が年間降雨量の多い地域に位置するため、工事中の山腹崩壊など土砂災害の発生を危惧する声が強かった。那賀町の坂口博文町長と海陽町の三浦茂貴町長は21年8月、環境アセスに基づいて、飯泉嘉門徳島県知事に方法書に対する意見書を提出。いずれも事業に反対する意向を表明した。
飯泉知事は21年10月、両町長の意見を踏まえ、環境アセスに基づいて、萩生田光一経済産業相(当時)に方法書に対する意見書を提出した。意見書では、次のような踏み込んだ表現で事業の見直しを迫っている。
「あらゆる措置を講じてもなお、重大な影響を回避または低減できない場合、または地域との合意形成が図られない場合は、本事業の取りやめも含めた計画の抜本的な見直しを行うこと」
飯泉知事が挙げる重大な影響の1つが「土地の安定性」だ。意見書によると、事業区域やその周辺は急傾斜かつ脆弱な地質が大半を占め、複数の断層が存在し、崩落も起こっている。台風の常襲地帯に位置し、平均年降水量が3000mmを超える。
「今後、地球温暖化に伴い、さらなる雨量の増加も想定されることから、尾根植生の伐開や搬出入路の新設・拡幅工事などを実施することにより、土砂崩落・土石流誘発・洪水のリスクが増大することが強く懸念される」
「地域との合意形成が全くできていない」
飯泉知事は意見書で、地域との合意形成の重要性を強調している。風力発電に対して地元が懸念する騒音や振動、景観などの問題は、住民の主観や考え方が環境アセスに大きく影響するからだ。この考え方は、県の環境影響評価審査会の答申を踏襲している。
答申案を検討した21年8月の審査会の会合で、委員の1人は「騒音や振動は感覚公害であり、景観などとともに、住民の主観や考え方によって調査結果が大きく変わる。ところが、現状、合意形成が全くできていない。このような状況では、データに基づいて公正・適正に評価できない。だからこそ、合意形成が必要になってくる」と発言。次のように説明した。
振動と騒音に関しては、数値上はうるさくないと判断されたとしても、住民から「うるさい」と言われたら、それはもう振動や騒音になってしまう。感覚公害は数値ではなく気持ちの問題といえる。景観についても、普段全く気にしていないものでも、負の感情があると見たくもないとなってしまう。事業者と住民の関係がうまくいかない状態では、正しく評価できない――。
この会合の2週間ほど前に飯泉知事に方法書に対する意見書を提出した海陽町の三浦町長は、「配慮書の意見にも『周辺住民、関係地権者らへの情報提供を行い、理解を得るよう努めること』を明記していたが、現時点では住民、関係者らの十分な周知と説明ができているとはいえず、理解も得られていない」と主張。那賀町の坂口町長も、飯泉知事への意見書で同調した。
事業者と住民との信頼関係の欠如は、以前から問題視されていた。例えば、方法書について審議した21年3月の審査会の会合でも、委員の1人が両者の対話不足を指摘。事業者が地域に足しげく通って住民と何度も顔を突き合わせて対話をしなければ信頼関係は構築できないと助言した上で、次のような対応を求めた。
「例えば、眺望景観を取る地点というのも恐らく道路側を想定していると思うが、ぜひ(住民と)信頼関係を築いてもらい、その沿道に住んでいる人の家の2階から撮影させてもらうなど、できるだけその家に住んでいる人の立場に立った調査をしてほしい」
これに対して、事業者側は「いざ調査するとなれば、そういう関係が築けるようにしたい」と答えたが、それから1年4カ月余り後に事業を中止した。
顧客の元に足しげく通い、何度も顔を突き合わせて対話しながら信頼関係を築く――。前述の審査会における委員の助言の「地域」と「住民」を「顧客」に置き換えれば、企業にとって当たり前の取り組みになる。
その当たり前のことができていないところに、「中止ドミノ」の深刻な問題がある。背景に、政府の脱炭素化政策を笠に着た「都会の大企業」のおごりや地方への軽視・蔑視があるとすれば、今後も手痛いしっぺ返しを受けることになるだろう。
(日経クロステック/日経コンストラクション 谷川博)
[日経クロステック 2022年8月22、23日付の記事を再構成]