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「経済学的」ハリウッド・モデル幻想

2010-01-17 11:14:14 | 日記
私は先日、『映像コンテンツ産業とフィルム政策』という「文集」の批判をしたが、そこで書き忘れたことがある。

問題にしたいのは、この文集の冒頭(「はしがき」)で書かれている、日本の映画制作本数と市場規模についての言及とそれへの編者達のコメントである。
日本の映画制作本数は、確かにアメリカに次ぐ規模になった(編者達はインドのことには触れていないが)。映像コンテンツの市場規模も、確かに世界第二位だと言われている(後者に関しては、具体的な数字が挙げられていないのだが)。

私が問題にしたいのは、これらの事実が日本映画の世界市場への進出(輸出)を拡大を容易にするかのような論調である。しかもそこには、多少御用学問的と言えないこともない、日本の「映像コンテンツ産業振興」政策への擦り寄りが見える。

映画は自動車産業や鉄鋼業ではない。生産能力は世界市場への進出と何の関係もない。
これは肝に銘じるべき事実だ。
映画製作本数自体は勿論、画質や音質が世界の商業的規格に適合していることさえ、海外での需要とは無関係である。

そもそも映画は、その最初期から世界標準の規格で流通していた。
35mmフィルムであること、パーフォレーションの数が決まっていること、そしてトーキー技術が完成してからは主として光学録音であること。
現在ではシネスコ・サイズ(70mmフィルム)の映画は作られていないし、90年代以降ドルビー・ステレオ音響は世界標準となっている。
どこの主要映画製作国でも、映画は基本的に35mm、ドルビー・ステレオ(又はサラウンド)音響で製作されている。撮影がデジタルであっても、映画館でかけるためには35mmフィルムに変換しなければいけないからだ。

映画のライセンス料は、製作者が映画の内容・品質や制作費、及び想定される需要を考慮して決める。外国の作品を輸入しようとする配給会社は、そのライセンス料が国内での需要に見合うものかどうかを考慮し、権利を買うかどうかを決める。

さて、あなたがアメリカ人配給業者だったとしたら、見慣れない俳優が日本語で喋り、自国映画よりも安い制作費で作られ、アカデミー賞候補にもカンヌ映画祭受賞作になったわけでもなく、テーマが日本的な映画を買うだろうか? 

「経済学的」にそれは論理的な行為だろうか?
NOである。どこの国でもおそらくNOである。だが、ヨーロッパの映画文化においては、アートハウス映画に限って、僅かにYESとなる可能性はある。
従って、日本で長編劇映画が300本、400本製作されている事実は、日本の映像コンテンツ産業の海外進出の可能性とは、何の関係もないのである。これは映画の実務家には周知の事実であって、今更わざわざ大学で研究するほどのことでもない。

日本製アニメは確かに日本映画よりも海外で人気がある。だが、それもハリウッド製大作映画と比較すれば極めて小さなシェアしか提供していない。アニメの実作者達は勿論そのことを知っている。だから外国に移住せずに、国内でアニメ・オタク向け商品を作っているのである。この事実はロカルノ映画祭の特集に参加した日本のアニメ作家も認めているのだ。

だから私は言うのである、日本の映画政策はヨーロッパ的な「助成」「保護」政策であるべきだと。実際、彼らヨーロッパの映画人は、自分達に近い国の映画文化を尊重する。
ユニ・フランスのジョエル・シャプロンなどは、毎年のようにロシアの映画祭でラウンド・テーブルに参加している(誰か私以外に日本でその事実を知っていただろうか)。

『タイタニック』の成功以降、雨後の筍のように現われたハリウッド・モデルという「経済学的」幻想がいかに無根拠で有害なものであるか、これでも分からなければ、あなたに映画を語る資格は全くない。