悟空は、風の中を歩きはじめました。あの暗くて細くて辛いトンネルで、色んなものにぶつかり、削られたせいなのでしょうか、ずいぶん身が小さく軽くなっているのがわかりました。
悟空は残りの人生を、一生懸命に働きました。食べるだけの物以外は周りに与えました。悟空の周りには母を亡くした子や、いじめられた子、生まれながら身体が弱い子、勉強嫌いな子、運動嫌いな子、沢山の子供達の輪ができました。
悟空は、心から笑うことが出来るようになりました。寂しかった日々は日に日に静かに明るく和やかに温かく変わっていきました。
何十年の月日が経ったでしょうか。悟空は白髪の老人になっていました。そろそろ天に召される時になりました。
悟空じいさん。悟空じいさん。
子供達の泣き声がかすかに耳に届きます。しかし、悟空はそれに反応することができません。
悟空は、もう可愛い子供達に会えないと思うとさびしくなりました。しかし、このまま進んで大丈夫だと感じました。
生から死へすっと向かう事がわかりました。
悟空の目の前に白い大きな大きなトンネルがあらわれました。またいつの日か、可愛い子供達に逢えると最期の息を吸う時にわかりました。
そして、いよいよ最期の息を吐くと、真っ直ぐ振り返らずにそのトンネルの中に吸い込まれるように入っていきました。
そのトンネルは、真っ白いトンネルでした。無心で悟空は前だけ向いて飛ぶように進んでいったのです。
すると、トンネルはどんどんと広がり、ました。トンネルを進むにつれて目を開けていられないほど光が強くなる感じました。
その瞬間、産まれて来るとき細いトンネルのような所で背負った、守り抜くと決めた何かを思いだしました。
それは、今は悟空の胸でどんどんと光りはじめました。あの時、あんなに重く大きく感じたのに、今では重さが無く風がふいたらどこかに飛んでいきそうでした。
大きなトンネルの出口近くになると、その胸の光がすっぅっと風に吹かれて、ふわり風和りと、トンネルの出口のそれはそれは大きな光に吸収されました。
あっ、
悟空が光を追いかけるとすぐに、トンネルは消えて、そこには、あの辛い暗い細いトンネルの先で、傷だらけの悟空に鏡をくれた男が白髪の翁になって立っていました。自分とやはり瓜二つの姿をしています。
「あっ、あなたは?あの時の。」
悟空はその人をみるなり胸が張り裂けそうになりました。置き去りにされた時の喪失感を思い出したのです。
「私をなぜ置き去りにしたのですか。誰なんですか。名前は。」
声にならない聲で悟空はたずねました。
翁は、微笑みました。その微笑みから全てが一瞬で伝わりました。
「私はあなたの分身であり、あなた自神。名は虚空。あなたが涙を流した時に、わたしは泣きなさいと見守っていました。笑う時、笑いなさいと見守っていました。悲しむ時は、悲しみなさいと。喜ぶ時は、喜びなさいと。ただ共に、いつも友のようにいつもどんな時も一緒でした。」
真っ白い雲が立ち込めたその隙間から、光の梯子がおりてきました。
「今から光輝く世界に生きます。悟空よ、辛い環境に生まれ、数々の試練を設定した自分の使命を生きてよく果たしました。もう安心、大丈夫です。」
そうすると、悟空と目の前の虚空は光の粒のように、煌めく粒子となり、風のようにその場の空間に溶け合い螺旋のように絡まり渦のように一つになりました。
そして、くるくると立ち昇り霧が晴れるように消えて何処かへ旅立っていきました。
おわり
長々とお付き合いいただきありがとうございました。