「容色とみに衰え」、という記憶にのこる言葉に

2017-07-26 08:03:32 | エッセイ

16、7歳位の頃だったのかな。                                                                                      場所は慶應義塾中等部の図書室。もちろん私は生徒ではなく、経済的理由で昼の高校に進学できずに上京、勤めながら近くの都立高二部に通っていた高校生。仕事の合間に図書室などにはよく行っていたように思う。図書室にはSさんという、確か慶應と早稲田を共に卒業しながら学校の図書室に勤めているという、もっと専門性を生かせる場所があるのではないかと思わせた女史が一人でいて、私の選ぶ本の傾向に「あなた、ちょっとおかしいわよ」などと、ちょっと諌めるような口調で直截に言ってきたりしたことなどあった。確かにフランスの特異な作家たちの告白的な作品に興味を示したりしていたことがあって、普通のその年代の者が選ぶ傾向とは違っていたというようなことはあったかもしれない。彼女の言葉、言い方、その人のイメージ。懐かしくも忘れずに記憶にある。

書棚の間にある本からの記憶で唯一あるのが、「容色とみに衰え」、というたまたま手にとり拾い読みをした本に見えた言葉。                                      とりたててどうということのない言葉のようにも思えそうなのだが、なぜか。本の内容の記憶は全くないものの、時代小説。城主が登場し彼の若い時代の容貌、その人の魅力、行動ぶりが述べられる。物語の中でその彼も50代に至り、その年齢ゆえに、「容色とみに衰え」の記述が見えることになる。肉体の上に変化は否応なく訪れる。その時に失われ翳りに入る容色の光、影、そのイメージが移ろう時間の流れの上に見えるもの。その揺れの中に命の醸し出す官能的なさみしさのようなものが感じられてしまうような。「容貌とみに衰え」の表現ならば、記憶に残らず直ちに消えて行ったような気もする。「容色」という言葉が含み漂わせる気配のようなものに、なにか想像に触れてくるものがあったのか、とも思える。 

S女史が、「あなた、ちょっとおかしいわよ」と何かしら見抜こうとするかのように言ったように、この「容色」の記憶にもなにか違うところを向いていた自身が出ているのは、おそらく確か。      



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