ここのところの画像からA、B、C、D

2019-03-04 18:08:53 | 写真

画像A

道路脇に見えたこのおもしろい形。手前の部分はパインアップル。

 

画像B

店を閉じてどれくらいの年数が過ぎるんだろう? 長らく前を通っているがいつまで営業していたのか記憶にない。固く閉じられた美容室の入口脇の中のガラタ状の物から押し出されるようにして見える修了証書を初めて近くで見た。昭和53年2月9日とある。1978年。「成績優秀」の文字。

 

画像C

見ているようで見てない。室内からいつも見える眺めなのに、向こうに今見える形のような樹があったことも手前の樹の高さも実は知らないことにある時気づいたり。漠然と「外」としか。観察的に見たりすることはないんだね。長年。変化していることも不確かなままらしい。

 

画像D

昨年6月、裏庭に2か月程の子猫で来たNaneu。7月24日から飼い猫となる。それからほぼ7ヵ月半。

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ニコロ・パガニーニ Caprice No.24に舞う弓毛のことだとか

2018-11-17 08:31:57 | エッセイ

YahooのGYAO!で視聴可能の映画を見ていた時に眼は入った"パガニーニ"の文字。映画に彼の名の入るものがある? と確かめ見つつ思ったのがパガニーニを演ずるならばヴァイオリンは不可欠。ヴァイオリニスト以外にできない。というところで浮かんだのはDavid Garrett。超絶技巧もお手のもの。俳優もやれそう。案の定見始めた映画の画面には彼の名。ところが私の知るヴァイオリニストDavid Garrettの面影の全然ない、これが彼? としか思えない別人演ずるようなパガニーニがそこにいて、それは最後まで変わらず。メーキャップのせいで、ステージで見る彼の素顔とは結びつかないままだった。そして彼の演じたパガニーニは素晴らしいと思った。そうそう、ひとつだけ、やっぱり役の中でもこれは彼、と思わせたのは弾く時の口元や表情、目の動き。2013年のドイツ映画。原題Der Teufels geiger(悪魔のヴァイオリニスト)。

ヴァイオリンが私の趣味で10代の中頃に始めたのだが、所属したのは大学の交響楽団位。あれこれの曲を一人楽しんで練習し、弾いてきている。2年ほど前になるかな。youtubeで父ドイツ人、母アメリカ人でドイツ生まれのDavid Garrett(1981~)の弾くこの曲ラフマニノフの「パガニーニの主題による狂詩曲」を初めて聴いた。自分も弾きたくて楽譜に書き、以降弾いている一曲なのだが、印象に残るのはDavidの表情。弾きながら指揮者に向ける眼など。映画の中に垣間見えるものがあったこと。パガニーニを演じている彼の上に。

https://www.youtube.com/watch?v=AqTjkyu1Dlk&index=23&list=WL&t=0s

知る人はパガニーニのCapriceを弾く時に弓毛が飛ぶことはご存知なんだろうけども、私はその場面を見たことはなかった。ヴァイオリン協奏曲の1番が好きでモスクワ生まれ、イスラエル人のShlomo Mintz(1957~)、或はイスラエルのテル・アヴィヴ生まれのItzhak Perlman(1945~)のものを好んで聴いているけれども、弓毛が切れるなどということは考えられないから、Capriceでの特別さが分かる。映画の中でCaprice No.24を弾いている後半でライトの中に踊る、或いは舞う弓毛を見た時には、驚きを覚えた。弓使いのはげしさが分かるようなその眺め。とりわけ激情的なパガニーニなればこその動きとも思え。                                                                                 他はどうなのだろうかとヴァイオリニストとしては好きなロシアのMaxim VengerovのCaprice No.24を聴いてみた。やはり、弓毛は途中で飛んでいる。ライトの中を舞っている。フラジオレットの変奏部分でヒラヒラ揺れて見える弓毛。普通にはない驚くべき眺めと言うしかない。それから面白かったのは、この演奏で最初のTema(主題)部分の後のVar(変奏).Ⅶ辺りになるのか、ピッチカートでの変奏部分がある。ここでのピッチカートは右手の指で弾かない。右手は弓を持ったまま、それも使いつつピッチカートは左指で奏でる。超絶技巧が必要と分かるせいか、その小変奏が終えると聴衆が感嘆の声を上げて拍手をした。普通ならそこもまだ曲の途中で次の変奏部に移る場面。拍手をせずに待つところだから、演奏者のVengelovが思わぬことに出会ったような眼を聴衆に向けたところも、珍しい眺めではあった。

いずれもJewish violinistですけどね                                                                                                           

Itzhak Pearlmanと言えば4歳の時に小児麻痺にかかり以降下半身が不自由になり、演奏も椅子に座る形でだけれども、1945年生まれで誕生日が私と10日違いということもあり自身の親近感も一方的に限りがない。同年代の傑出した代表としても見ている。既に14歳でドイツ・グラモフォンと専属契約をしていたDavid Garrettが、17歳の時にニューヨークのジュリアード音楽院に入学、ドイツを離れたのだが在学中にPerlmanに入門した最初の学生となったということを知った。ジュリアードはPerlmanもアイザック・スターンに強力に推薦されて入学した音楽院でもある。

それではPerlmanもCapriceの演奏では、ついには弓毛を舞わせてしまうのだろうか?  想像できなかったのだけれども、演奏場面の動画はなく音のみの視聴で確かめようがなかったものの、どうも弓毛を切らせて演奏するとは思えない音の流れからの感じ。どうなのだろう? 両足でしっかりと立ち体を思うがままに揺らせて弾ける人の場合と、椅子の上に腰を置き、上体に頼るしかないヴァイオリニストの場合の違いのようなもの、それが全然分からない。楽器から醸し出されるPerlman特有の世界があるとすれば、違いからきているものの影響があることは、考えられるのではないかと思うのみ。  

 

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この映画DEVIL'S VIOLINISTの中で忘れ難い、そして恍惚とさせられたのは、奏でるパガニーニと愛する女性シャーロット(Andrea Deck)の美しい歌声の最上、極致のような協奏。I loved it.   

 

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ナヌー(Naneu)此処に来て以来ゴキブリ消えた不思議

2018-11-09 23:36:54 | エッセイ

6月に初めて裏庭に姿を見せた子猫のナヌーが室内に最初に入ったのが7月24日。その日から家住まいになったのだが、外に出るとセミを捕ってきたりしたものだった。一度だけ室内でゴキブリを見つけたことがある。じゃれつくように弄びついにはセミ同様に食べてしまった模様。ゴキブリは室内ではたまに、だがキッチンなどにはしばしば出ていたものなのである。ともかく出たら始末、ということですぐに対応できるようにハエ叩きをいつでも手にできる位置に置くことを日頃から心がけていた。ところが8、9、10、11月と現在に至るまでキッチンにも室内、押し入れその他、何処にもゴキブリなるものを見ていない。それが不思議で仕方ない。まるですべてのゴキブリがネコの餌食になるのを怖れてパッタリと姿を見せなくなったもののようである。実際、何が起きているのか?  事実現われていないわけなのでナヌーの不可欠と思われる存在価値をその面においても、思わざるを得ないこととなっている。

 

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ナヌー(Naneu)の通る道

2018-10-26 18:09:29 | 日常

6月の頃に裏庭に、初めて子猫の野良猫が現われた。                                                            それから色々とあって・・・・・・もう10月も終わりの今に至る。

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記憶、すぐに浮かんで当たり前の名前のことだとか

2018-04-08 18:12:08 | エッセイ

昨日の朝、目が覚めベッドにいた時に浮かんできたのが、何故か学生時代に出会ったA君のこと。同じ部活(交響楽団)だったのだけれども一年の夏の合宿で一緒になるまで、彼が部員の一人であることを知らなかった。理由の一つには彼の所属する学部が練習場所になる都心のキャンパスから離れた所にあったせい?  とも思うのだが、でも理系のそちらのキャンパスから来ているメンバーは結構いた。それに彼の家は都内だったし、考えてみればおかしい。ということからすると入部したのが遅かったせいか?  だが、合宿以降も彼の姿を練習の時に見た記憶がない。その信州での合宿の時の唯一の彼の記憶が、ヴィオラの弦が切れてどこかしらに求めに出掛けて戻ってきたところだということを話した時のものだった。その山中の場所から、どの町に行けば弦を買えるのか想像がつかなかった。何故その楽器なのかも解からなかったし、弾けるのかどうかさえそれまで練習で見ていたわけでもないので分らなかった。何故かそうした雰囲気を彼に感じなかった。

つぎの記憶は彼の家に遊びに行った時のこと。合宿の時に電話番号を交換していたからだろう。合宿の際も練習以外の時間、学年を超えて一緒に野球をやったり散歩をしたり、ボートに乗ったりなどしたことを覚えているのだが、どうもそこに彼がいたという記憶がない。だが二人が一緒に芝生の上にいるところを撮られた一枚などが残っているところをみれば、実際にはそんなこともなかった筈で、記憶の頼りなさを思う。家には彼以外不在で、体裁を整えるというようなこととは無縁の印象の家の、その2階の部屋で彼はギターを弾いた。慣れた巧みさを感じさせて、弦繋がりでヴィオラに関心を示したのもあるかなと思ったのだが、実際に弾く方のことがどうなのかは分らなかった。室内にヴィオラはなかったし、練習をしたのかどうかも分からない。秋の区の公会堂での定期演奏会にもいなかったと思う。練習に来た彼の記憶がないということは、当然そうだっただろう。

彼は一浪していたのだけれども、どういうタイプと言ったら良いだろう。ちょっと他の仲間とは違う感じの個性を感じさせるところがあったように思う。だいたいが進学校レヴェルの高校出身だったことからすると、校名から低いイメージを思わせる私立のJ高出身というのも違いを感じさせたひとつのようだったし、彼自身のなにかゆっくりとしたペースを感じさせる個性というのがそのイメージに伴っていたような気がする。茫洋とした屈託のない大らかな感じ。 それが彼の良さでもあり、人間としても魅力でもあった筈。多分部員の中でその後彼と連絡をとりあったのは私位のものだろうし、近づかせるものがあったと思う。ただキャンパスも違い、会ったのは一度だけ。その後連絡を取り合うこともなく過ぎてしまった。

卒業して何年か後、という年齢の頃、私が高校の終わり頃から(1960年代の半ば近く)もう通っていた、今も姿を変えて店のある新宿中央通りの名曲喫茶「らんぶる(L'ambre)」をその日出ようとしていた時、入口のところで彼とバッタリ出会った。その通りのちょっと離れた斜め向かいに、言わば芸術家のタマゴや活動中の関係者などがよく出入りをしていた「風月堂」があって、自身も親しかった大学院に進んだ友人などと共にその後もそこで時間を過ごすことがあったものだった。そこにいたり、「らんぶる」にいたりというような、そんな頃。そこで彼に会ったのは大学1年の時以来だったから懐かしくうれしかった。社会人になった彼はしっかりと足を地につけてやっている感じを滲ませ、業界紙関係の仕事をしていると言った。入口のところで話し、そこで別れたのが最後。だから彼というと、合宿の時の弦を買いにその山中の合宿所からどこまで出掛けて行ったものか、ともかく手に入れて戻ってきたことを話した時の彼の記憶。それから家に遊びに行った時のこと、その時に知ったギターの巧みさ。それから「らんぶる」の入口でバッタリ会った時のこと。甦るのはその三つの記憶。

                                          *********

朝のベッドの中、はっきりとまだ目覚めないような感覚の中で浮かんだ時、すぐに出て来る筈の彼の名前が出てこなかった。ありえないようなことだったのだが、出てこない。辿る手がかりも閉じられている感じ。茫漠とした霞の彼方に消えてしまっている。というようなことは実はもうここにきての私にとっては日常的なことで、どんなに自分の知識に染みついているような名前であっても、その名前を必要とするその時になると全く分からなくなる。掻き消えてしまう。そうした障害。だからといってそのまま甦らないわけではなく、暫くすると浮き出てくる。だがその朝のベッドの中で名前を思い起こそうとした時には、その脳問題の日頃のことはどこかに行っていて本当にそのまま忘れ去ってしまうことになったらどうしようかと辛い思いになった。自分にとっては大事な記憶の一部に違いないし、名前に辿り着けなくなるというのは、なにか不可欠なものを奪われてしまうことのような思いにさせられてしまう。

他の同じ部の仲間は? と1年の時に一緒に入部した彼らの名を辿った時、一人その名も絶対に忘れることのない仲間であったはずの名が出てこなかった。都立の小山台高校出身でトランペットをやっていた理系の学部のN君。起きた後に当然名前はでてきたのだけれども、ベッドの中ではまるでそのまま甦らなくなるかのように、絶望的に名が消えていた。脳内の故障と言うしかない。そうしたお手上げの感覚の中で、思っていたのである。例え名前は甦らなくても、明瞭に残っている彼らの記憶がある。それを遮るものはなにもないのだし、消えることはない。その当時のままに残り続ける。人が知ることのない自身の内だけのもの。名は甦らなくても、それたけで良いのではないか。A君のことも、記憶がそこにあるだけで良いのではないか。そんなことを思っていた。

 

               

 

 

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