土佐レッドアイ

アカメ釣りのパイオニアクラブ

長野流イノシシの解体-5

2009-03-21 08:05:00 | 狩猟とナイフ

画像:首、足を取り外した本体、鳩尾にあるキズはトドメの痕。 若い♀ですので腹側にはヘソと小さな乳首が見えます。

トドメはきちんと固定してから足を掴んでひっくり返し、腹側を上向けます。それから鳩尾のアバラ骨際から前足の間の真ん中(斜め前方)に向けてナイフを突き込みます。確実に心臓に当たります。

画像:中央の臓器が心臓です。真ん中にナイフの傷痕が見えます。

猟を始めて初期の頃は、現場で槍を組み立てて暴れ回るイノシシの胸部をめがけて突いて仕留めていました。イノシシはワイヤーで足を括られているのでそのワイヤーの長さだけ自由に動けるのです。周りに立ち木が多い場所だとイノシシが走り回るうちにそれらの木に絡まって行動範囲が狭くなり仕事がしやすいのですが、そうでない場合は少し面倒です。

最初にイノシシをワナにかけた時とそれから3匹目までは格闘、大げさではなくまさに格闘でした。現在では考えられない、思いだすだに身の毛もよだつような驚くべき対応をしておりました。

剣鉈一丁を手に持ってイノシシを仕留めていたのです。

初の獲物は50キロほどの♀のイノシシでした。当時、イノシシには農作物への被害の恨みが重なって「イノシシ憎しや!!!」と、もう『ぶちきれた』という精神状態でした。ワナ猟の免許をとってからも長期にわたってなかなか捕まえることが出来ませんでした。やってもやっても裏をかかれ、たまにワナを通っても空撃ちしといういまいましい状況が続いていました。

そういう中でやっとワナにかかったこのイノシシは暴れ回ったあげく腹を上に向けて息も絶えだえという状況でしたので仕留めるのは簡単だ、と思ったのです。剣鉈を抜いて首に斬りつけました。大きな痛手を負ったイノシシは突然暴れだして血飛沫をあげながら走り回るのです。このときは剣鉈の一撃が頸動脈を切っていたようですぐに死んでしまいました。

体中に血糊をあびた私をみて父のぎょっとした表情が忘れられません。

二回目は20キロほどの小さなイノシシが一度に2匹かかっていました。切り立った山の斜面で孟宗竹と樫などの木々がせめぎあっているような地形のポイントでした。1匹目はワイヤーがからみついて簡単に仕留めました。2匹目はワイヤ-の長さだけ走り回っています。当時はワイヤーの長さにそれほど気をつけることもなく適当にワナを作っておりましたのでこのイノシシを括ったものは4メートル前後あったように思います。

画像:咬むぞ!このやろう!!と言っている。と、思います。

後ろに下がったイノシシは斜め下にいた私に向かって突進してきました。小さいと高を括っていた私はこの突進の一撃を足にくらってしまい鉈を握ったまま斜面を転び落ちました。

目から火がでました。

刃物を持って山を転び落ちるという状況はかなり危険です。幸い怪我は擦り傷ぐらいですみました。しかし、この一撃で私はイノシシを見直しました。

これではいけない、と反省し、先輩猟師の言葉「間合いはきちんととれ」「鎗をつくって離れて突け」を思い出したのです。

出直しです。一度家に帰り鎗を持ってきました。

 画像:脇差し改造の自製の鎗です。脇差しの柄の部分にスパナの柄を溶接し、番線をワッカにして溶接したものです。このワッカに現場で調達した木をとおした上で柄を木に紐等で固定して使います。



画像:これは別の現場写真です。槍を組み立てて使って仕留めたイノシシです。

槍を使って仕留める方法は数年続けました。

イノシシとは離れてやりとりできるのでワイヤーや足が切れる場合を除いて比較的安全な方法といえます。しかし、いろいろな出来事がありました。一番多いのが槍をとられるという事件でした。原因は槍の取り付けが不十分なことなのですが、イノシシを突いた瞬間身体を振られると槍が刺さったまま抜けてしまうという情けないことになるのです。頻繁にあるので私は予備の槍先を携行しました。また、槍を曲げられてしまうことも度々でした。同じように身体を振られると槍がねじられて曲がってしまうのです。こうなると木の間に挟んだりして曲がりを直してヤリ直しです。

日本刀の良い所はよく切れるが靭性に優れており、曲がるが折れないというところでしょう。

こんなことがありました。60~70キロクラスのイノシシが3匹一度にワナにかかっていました。相棒ともう一人の友人を呼んで処理したことですが、その内の一匹はワナのかかった右前足がちぎれそうになっていました。70キロクラスのシシが3匹入ってしまいそうな大穴を掘ったそいつはかなり体力を使っていて疲れ果てていました。しかし、そのちぎれそうな足は本当に皮一枚で繋がっているだけでした。

画像:別のイノシシの例ですが、これは肘の関節が折れています。

「おい、おんしゃらあ木へ登って見よってくれ」危ないので一人で仕留めることにしました。

槍をつくって向かいました。数回突くとなんと身体をひねられたひょうしに槍がすっぽ抜けてしまいイノシシの身体の下に落ちてしまったのです。

致命傷を与えることが出来なかったためなかなか弱りません。こちらが弱りました。どないしょう。槍の柄で取り戻そうとするのですがイノシシが邪魔をしてどうしても取り戻せないのです。

こんな状況で時間をかけるわけにはいきません。いつ足がちぎれて襲われるか判らないのです。仕方がないので剣鉈を柄に括りつけてそれを槍に仕立てて仕留めることにしました。しかし、鉈には身幅があるので脇差しのように身体に突き刺さるのかどうか自信がありません。イノシシの心臓や肺動脈など重要な臓器はアバラ・肩甲骨など硬い骨でぐるりととりまかれ守られています。それらを突き通すにはよほど鋭利でないと難しいのです。

イノシシは敵の方に絶えず向きを変えますのでいつもイノシシの頭部がこちらを向いています。なかなか急所を突くというのは難しいのです。

考えたあげく私も近くの木に登ってイノシシの背中側からアバラの間を狙って突き通すことをもくろみました。これがうまく行き何とか仕留めることができました。

足がちぎれそうなイノシシを仕留めるというのは本当に恐ろしいものです。

画像:これは足をちぎって逃げてしまったイノシシが残して行った足です。よく自分で食いちぎるという人もいますが、自分で足を食いちぎって逃げるということはないようです。かかったワイヤーを食いちぎろうとしている場面をみて自分の足を食いちぎっていると勘違いするのではないでしょうか。


画像:四肢と頭をはずした胴体の解体を始めたところです。

解体の続きです。
ずいぶんわき道にそれていましたがお許しください。

いよいよ四肢と頭部をはずした胴体の解体です。仰向けにした胴体に首から肛門までナイフを入れて内臓を出していきます。はじめに胸部からナイフを入れます。アバラ骨までナイフで切り込み喉は食道・気管がでるように切り込みます。それからアバラ骨をノコギリで切断します。次に腹部ですが、ここは皮から腹膜まで切るのですが腹膜の下にはすぐに胃、小腸・大腸・膀胱等がありますのでよほど気をつけないといけません。特に膀胱。膀胱は満タンというのが多いようです。ワナにかかると緊張で小便をしないのかもしれません。ちなみにトドメを刺すと♂の場合「放精」することはあるのですが大も小も便をもらすことはありません。

膀胱を切ってしまうと悲惨なことになります。イノシシの小便はものすごく臭いのです。あれほど臭い小便をほかには知りません。それが肉についてしまうと大事です。

内臓を取り外す前にもう一つ難作業が残っています。直腸の部分の骨の切断です。ここは骨がトンネル状態になっておりその中を直腸がとおって肛門と続きます。骨を切らずにナイフで肛門・直腸をえぐり取るという方法と骨をノコギリ等で切断するという方法があるようですが、長野式ではノコギリで切り、両膝を手で押し広げて骨の切断部を広げて内臓を取り出します。

この場面でも膀胱にはよほど気をつけないとノコギリで傷付けることがあるのです。ですので膀胱を左手で押し付けてノコギリの刃があたらないようにしながら恐る恐るノコで引きます。これで内臓を取り外す準備ができました。

いよいよ内臓をすっぽり取り外すのですが、最初に気管と食道を首から引きはずします。それから横隔膜の上部にある肺・心臓を引き剥ぎ、胃・肝臓とくっついている横隔膜をナイフで切断し、あとは一気に直腸まで身体の外に出します。

画像:取り出した内臓、右上が喉仏、左下が肛門・しっぽと続きます。


画像:内臓をすべて取り出した胴体。

取り出した内臓で必要な部位を切り取ります。食道・心臓・肝臓・膵臓・腎臓ととりはずし、あとは残念ながら畑に穴を掘り埋めて肥料となります。それから横隔膜(ハラミ)を切り取ります。この部位は少量しかとれませんが美味しいところです。

こうして取り出した内臓で食道・気管・肺などは煮て我が家の愛犬にお裾分けします。昔、肉が貴重であり滅多に口にすることが出来なかった頃は肺も食べていたそうですが私は未だ食べたことがありません。一度は試してみようと思っているのですが。それから、胃・小腸も肥料にしてしまうのは残念で食べてみたいのですが、この後の処理の大変さを思うととてもそこまで手が回らないといつもあきらめてしまいます。余裕がある時試してみようと思っています。小腸等は保存しておきソーセージを作りたいものです。

もう一つ、食べてみようと取り除いて冷凍保存しながらいつも手つかずで古くなり捨ててしまうのが「金タマ」です。イノシシの睾丸はたいへん立派で
解体中、相棒に「こいつらあはえらい立派なものを持っちゅうけんどおんしゃあ取り替えたらどうなら、フンフンと元気になるかもしれんぞ」とよく冗談を言います。「中芸のほうでは刺身でこいつを食うらしいぞ」と相棒はいうので「こんどお客(宴会)のときでも出してみるか」といいつつ取り除いてはいるのですが。

我が家で得体の知れない刺身が出てきたら・・・  期待して下さい。


画像:大骨(頸骨・脊椎骨)を斧とハンマーを使って切断、二つ割りしているところです。

内臓を取り除いた胴体を割ります。最初に画像のように斧とハンマーで大骨を切断しナイフで二つ割りにします。この過程は色々やり方がありそうですがこれはあくまでも長野式です。相棒とは今回の猟期からコンビを組んだのですがこれまでは私とは違う方法で割っていたそうです。相棒のやり方は丸のまま胴体を腹と胸の部分で切断し、切断面を下に座らせて鉈で大骨を切って二つ割りしていたそうです。下部も同様にこんどは逆さまに置いて二つ割りです。相棒の話では私のやり方がやり易いしきれいに早くできるそうです。


画像:大骨を割った胴体をナイフで二つ割りしているところ。

ここでクイズです。

イノシシのアバラ骨はいったい何本あるのでしょうか?
ちなみにヒトは12本×2=24本ということらしいですよ。
●正解:14本×2=28本です。

数百回、解体をすると各内臓の配置などもう目をつむっていてもどこにあるかわかります。イノシシの体内も、ヒトのそれもほとんど同じだそうです。これはときどき無理矢理手伝ってもらうカミさんの話です。