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岩本薫先生①(中国大陸と山陰地方)
【出典】『本因坊薫和選集』より
【明治35】(P242)
岩本薫、島根県高津町(現・益田市)に生まれる。
【明治38】(P242)
朝鮮半島の釜山に移住。
【明治44】
父に囲碁を教わる。
【明治45】
釜山の碁席にて、セミプロの羽広清太郎から指導を受ける。
【大正2】(P243)
高部道平、中村善一郎の指導を受ける。
【大正3】
広瀬平治郎に弟子入り。麹町小学校に編入。
【大正6/11】(P244)
岩本薫、初段になる。
【大正7/9】(P244~)
北京と上海へ。
目的は、中国での囲碁指導に招かれていた師匠(広瀬平治郎)の手伝いの為。
【大正15/7~】(P254)
中国を訪問。
青島、北京、大連、奉天、京城、釜山など。
この時、北京で呉清源に会い対局。
【昭和48/8~】(P321)
山陰地方(松江、出雲、山口)を訪問。
囲碁を中学や高校の課外授業にして貰う為、学校の先生方に囲碁指導。
山陰での指導の際には、政府予算が出た。
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