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「聖域の美」奈良 大和文華館_寺社の境内図は時代の記録写真

2019年10月09日 | 美術館・展覧会

奈良・大和文華館で特別展「聖域の美」が行われています。
寺社の境内図というあまり聞きなれないモチーフを主題とした展覧会ですが、展示の質の高さは大和文華館ならではです。



 目次

  •  中世の寺社は、大学であり企業でもあった
  •  宗教施設の境内図は西洋絵画では見かけない
  •  Ⅰ章 聖域の静謐と荘厳
  •  Ⅱ章 物語をはぐくむ場所 縁起と境内
  •  Ⅲ章 境内の記憶と再興
  •  Ⅳ章 にぎわう境内


 境内図や登場人物から、大河ドラマの時代考証のような生き生きとした空間の描写を楽しむことができます。
寺社境内図はいわば、いにしえの空間の記録写真のようなものです。


 中世の寺社は、大学であり企業でもあった

 現代の感覚で寺社と言えば、荘厳な空間、積み重ねた歴史、自然との調和といった、祈りと観光の場です。
 現代のようになったのは江戸時代になってからで、それまでの中世ははるかに大きい存在感を示していました。

 中世以前の日本は、最先端の知識は寺社に属するほんの一握りの人しか持っていませんでした。
 平安時代半ばに遣唐使を廃止して以降、中国から最先端の知識を持ち帰ったのはほとんどが留学僧だったからです。
 科学や産業から芸術に至るまであらゆる”知”を有し、現在の大学と企業を併せたような存在でした。
 大河ドラマで尊敬される「和尚さん」が描かれるのも、町一番の物知りだからです。


 宗教施設の境内図は西洋絵画では見かけない

 この展覧会を見て「西洋絵画で境内図を見たことがない」と、ふと感じました。

 聖堂を描いた絵画はたくさんありますが、組織としての教会の存在感をアピールすると言うよりも、町の名所を描いた風景画のように感じられます。
 聖堂の中に描かれた絵画でも、神話や聖書のシーンをモチーフにしたもの以外、見た記憶がありません。

 日本の寺社の境内図は、正倉院に東大寺の境内図が収められており、奈良時代にまでさかのぼることができます。
 中世から膨大な数の作品が現在に伝わっており、「寺社の境内図」というテーマで展覧会を構成できるほどです。

 この違いはなぜなのか、歴史や文化の違いから考察してみました。

  •  キリスト教の聖堂は町の中心の広場に面してあり、特別なエリアという概念はない。日本の寺社は郊外にあって壁で囲まれており、境内が特別なエリアと感じさせる。
  •  中世のキリスト教会は、領主をもひれ伏せさせる権力を持っており、ブランドをアピールする必要がなかった。日本では政治権力を握る寺社はほとんどなく、貴族や武家など有力な支援者の獲得を競った。
  •  キリスト教は宗祖・キリストと聖書という絶対的な信奉対象がある。仏教は宗祖・釈迦がのこした聖典がなく、釈迦よりも各寺院の開祖を重んじることが多い。

 日本では寺社の境内の壮麗さや賑わいを絵画で伝えることによって、自らのブランドをアピールしてかったと感じています。
 信者や経済的利益の獲得競争という、リアルな歴史が生み出した産物の一つが「境内図」でしょう。

   


 Ⅰ章 聖域の静謐と荘厳

 展覧会は4つの章で構成されています。
 日本の寺社境内図の変遷を、時代背景を追いながら理解できるようになっています。

 Ⅰ章「聖域の静謐と荘厳」では、鎌倉時代までの作品で構成されています。
 神聖な場所として境内の様子が荘厳に描かれた作品が多く、高貴な趣が感じられます。
 仏教はまだ庶民からは距離があったことをうかがわせます。

 【所蔵者公式サイトの画像】 「一字蓮台法華経」大和文華館

 大和文華館が、原三渓から受け継いだトップクラスの名品が展覧会の幕を開けます。
 いちじれんだいほけきょう、平安時代末期に制作された経典です。国宝です。
 絵巻物語のように貴族と僧侶が祈りをささげる姿が描かれており、仏教に深く帰依していた当時の貴族階級の空気を見事に表しています。
 色彩がよくのこり、大切に守られてきた作品だと感じさせます。

 【所蔵者公式サイトの画像】 「日吉曼荼羅図」大和文華館

 ひえまんだらず、比叡山の守護神である日吉大社の境内図で、それぞれの社殿に鎮座する本地仏(ほんじぶつ)が描かれています。
 平安時代は、仏が人々を救うために神の姿で現れると信じられおり、本地仏とは神の本来の姿を指します。
 如来や菩薩として描かれた神の姿は緻密で、金泥で装飾されていることからとても荘厳です。
 高貴な人の祈りの対象として制作されたと考えられています。重要文化財です。

 【文化庁・文化遺産オンラインの画像】 「高野山水屏風」京都国立博物館

 こうやせんずいびょうぶ、金剛三昧院に伝わった屏風で、大門から奥の院に至る高野山上の全景を描いた珍しい屏風です。
 僧侶や人々に加え動物の様子までもがリアルに描かれており、さながら洛中洛外図の高野山版といった趣の名品です。
 重要文化財です。



 大和文華館の玄関


 Ⅱ章 物語をはぐくむ場所 縁起と境内

 Ⅱ章「物語をはぐくむ場所 縁起と境内」では、鎌倉時代後半から制作されるようになった大型の掛幅(かけふく)に描かれた縁起物語や境内図が登場します。
 掛幅とは天井からつるす巨大な掛軸のような絵画で、一度に大勢に布教するために製作されたと考えられています。
 庶民にも仏教が拡がっていく時代だったことがうかがえます。

 【所蔵者公式サイトの画像】 「かるかや」サントリー美術館

 かるかやとは説教の物語の一つで、遍歴僧らが中世に各地で布教するために用いた、現代で言う紙芝居のような趣の作品です。
 マンガのように親しみやすく人物や風景が描かれており、とてもほのぼのとしています。


 Ⅲ章 境内の記憶と再興

 Ⅲ章「境内の記憶と再興」は、室町時代に製作された境内図で構成されます。
 寺社は戦乱・火災・天災で伽藍を失うことが幾度もあり、再建時に往時の姿をイメージするために造られた境内図も少なくないようです。
 「慧日寺絵図」恵日寺蔵は、会津で中世に繁栄した、今はなき巨大伽藍の姿を目にすることができます。とても重厚感のある作品で、発掘調査の際にも参考にされました。


 Ⅳ章 にぎわう境内

 Ⅳ章「にぎわう境内」は、戦国の世が終わり平和な生活を謳歌する人々の様子が生き生きと描かれた作品が登場します。

 【文化庁・文化遺産オンラインの画像】 狩野松栄「釈迦堂春景図屏風」京都国立博物館

 しゃかどうしゅんけいずびょうぶ、春の嵯峨釈迦堂に参拝する人々がとても明るい表情で描かれています。
 桜の下では酒宴が開かれており、商店で品定めをしている人もいます。
 今まで見た境内図に比べ、描かれた人の多さとにぎやかな雰囲気は一目瞭然です。





 寺社の境内図と言う一見不思議なテーマ設定に惹かれて鑑賞しましたが、寺社の姿から日本の歴史を学べたように感じられ、大いに満足できました。
 展示作品は全国の美術館や寺社から集まっており、名品がきちんと選りすぐられていることもわかります。
 是非お勧めです。

 こんなところがあります。
 ここにしかない「空間」があります。



 中世の寺社境内でどのような文化や経済が行われていたのか?

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 利用について、基本情報

 <奈良県奈良市>
 大和文華館
 特別展
 聖域の美 ―中世寺社境内の風景―
 【美術館による展覧会公式サイト】

 会期:2019年10月5日(土)~11月17日(日)
 原則休館日:月曜日
 入館(拝観)受付時間:10:00~16:00

 ※10/27までの前期展示、10/29以降の後期展示で一部展示作品/場面が入れ替えされます。
 ※この展覧会は、今後の他会場への巡回はありません。
 ※この美術館は、コレクションの常設展示を行っていません。企画展開催時のみ開館しています。



 ◆おすすめ交通機関◆

 近鉄奈良線「学園前」駅下車、南口から徒歩7分

 JR大阪駅から一般的なルートを利用した平常時の所要時間の目安:55分
 JR大阪駅→JR環状線→鶴橋駅→近鉄奈良線→学園前駅

 【公式サイト】 アクセス案内

 ※この施設には無料の駐車場があります。
 ※駐車場不足により、健常者のクルマによる訪問は非現実的です。


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