とても目立つ柱のトラ(ネコにあらず)
愛知県美術館で開館25周年記念の長沢芦雪展が始まった。開館20周年記念の際は円山応挙展を行っており、節目の展覧会に2回連続で取り上げるほど、この館の円山一門への思い入れが強いというのは私の考え過ぎだろうか。
芦雪の展覧会は、2000年の千葉市美術館と和歌山県立博物館、2011年のMIHO MUSEUM以来で、東京・京都ではまだない。今回の展覧会は名古屋開催のみで、芦雪の代表作が幅広く集められたとても貴重な機会になる。しかも、1か月半ほどの会期中、展示替えはほとんどない。
愛知県美術館は全国の主要美術館の中でも展示室がかなり大きい方で、見せる側も見る側も余裕を持った展示演出を楽しむことができる。そうした利点を生かすべく今回の展覧会の目玉となっているのが、芦雪の最も有名な代表作がある南紀・串本の無量寺の襖絵空間の再現だ。
寺の本堂の中心にある本尊に向かって左に「虎図襖」、右に「龍図襖」を実物大で配し、それぞれの襖の裏、すなわち隣の部屋にも「薔薇に鶏・猫図」「唐子遊図」を配している。高さ的にも、立って観る場合の眼の高さが、座敷に座って観る場合の眼の高さと同じになるよう計算されている。襖絵の裾には畳が置かれ、絵と鑑賞者を隔てるガラスもない。よく見えるよう光をあてることができない本物の本堂よりも、はるかに見やすく鑑賞できる。
3つの部屋の襖絵空間は、京都の有力寺院の襖絵空間とはかなり趣が異なる。京都の有力寺院は訪問者が武家・公家・町衆といった上流階級であり、モチーフや表現に気さくさはなく、凛としているものが多い。一方無量寺は、地方にあって訪問者に中国思想や茶道にうるさい上流階級は少なかったと想像できる。芦雪はそうした観る者の違いにも配慮したのだろう。モチーフや表現がとても気さくで、堅苦しい教養の有無とは無関係に誰でも見入ってしまうよう表現されている。みなさんはどのようにお感じになるか、ぜひゆっくり時間をかけて見ていただきたい。
「虎図襖」は、芦雪の作品で最も著名であり、日本画で描かれた虎の中でも最大サイズでもある。襖3面をすべて使って描かれているので大きさも想像できよう。一方この虎の表情は実に愛嬌がある。とても「もふもふ」していて、私の場合、虎というよりも巨大な猫に見えて仕方がない。
若冲コレクションで今やすっかり日本で知られるようになったジョー・プライス氏も、この「虎図襖」を「世界一の絵」と呼ぶほどお気に入りだそうだ。今回の展覧会では、順路の最後を氏所蔵の「白象黒牛図屏風」が締める。巨大な黒牛と白象を左右に屏風に収まり切れないほどに描いた大作で、若冲が白象や様々な動物をモザイク状に描いた「鳥獣花木図屏風」と並び称される氏所蔵の傑作だ。白象の背中には黒い鳥、這いつくばる黒牛の腹には白い子犬がとても小さく描かれており、なぜこんなに小さいワンポイントを描いたのか、様々な説を考えていると楽しくなる。
他にも「猿」「子犬」「子供」といった芦雪らしいモチーフを、芦雪らしい大胆な構図で表現した力作が目白押しで、とても見応えがある。芦雪の死後に描かれた肖像画も千葉市美術館から出展されており、人柄をしのぶよい機会となる。
ご紹介した作品画像は展覧会公式サイト「みどころ」でご覧になれます。
芦雪が無量寺を訪れた1786年の数年後、江戸では喜多川歌麿のフルカラーの美人画が大ブームとなる。遊女ばかりにとどまらず、茶屋(=カフェ)の看板娘が今でいう「読者モデル」となり、男は素顔を一目見に、女はファッションを真似しようと、茶屋に大挙おしかけたという。
フランスのように流派として画壇の覇権を争ったわけではなく、需要に応じて自然発生的に様々な画風が育っていったのが江戸時代だ。実に多様で奥深い時代だった。
日本や世界には、数多く「ここにしかない」名作がある。
「ここにしかない」名作に会いに行こう。
2017年7月、ビジュアル解説が丁寧な新潮社「とんぼの本」シリーズに芦雪が登場
愛知県美術館 長沢芦雪展
http://www-art.aac.pref.aichi.jp/exhibition/index.html
http://www.chunichi.co.jp/event/rosetsu/
会期:2017年10月6日(金)~11月19日(日)
原則休館日:月曜
※出品作品は、期間中展示替えされるものもあります。