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三浦哲郎『白夜を旅する人々』を読んで

2016-07-10 09:59:19 | 読んだ本
          三浦哲郎『白夜を旅する人々』         松山愼介
 三浦哲郎の作品を読むのは初めてだが、映画『忍ぶ川』は見ている。加藤剛と栗原小巻の出演だった。若いころは栗原小巻のファンだったので、割と熱心に見た記憶がある。森崎和江『からゆきさん』の関連で、栗原小巻、田中絹代の『サンダカン八番娼館 望郷』も見なおした。
 今回の『白夜を旅する人々』は、読んでみると何か懐かしい気持ちがして、スムーズに作品の世界に入っていけた。最初の馬橇が走る場面がそうさせたのか、あるいは助産婦と清吾の会話がそうさせたのかも知れない。ただ清吾は土地の言葉で話しているのに、この助産婦さんは標準語であった。文章にも適度なリズム感があった。
 れんが飛び込み自殺をした青函連絡船には何度も乗ったことがある。青森駅はプラットフォームが、とても長くなっていて、列車を降りて真っ直ぐに歩いていくと青函連絡船の乗り場となる。青函連絡船は十分定員に余裕があるのに、なぜか皆が小走りになってしまうのが常であった。乗る前に自分の名前を書いて乗船することになる。もし、この船が沈んだらこの名簿をもとに自分の名前が明らかにされるのだと考えながら、カードに名前を記入する。この作品中にあるように、青森湾を一時間かかって津軽海峡に出ると揺れが激しくなる。椅子席と座敷があるが、座敷に陣取ると、身体がゴロゴロ転がっていくような気がして面白かった。私の学生時代でも青森から函館まで四時間かかったので、戦前と同じ時間がかかったことになる。現在も連絡船は、青函連絡船メモリアルシップ八甲田丸として残してあるようだが、一九八八年に青函トンネルができて、連絡船がなくなってしまったのは寂しいことである。それにしても、飛び込み自殺をするときに履物を揃えて飛び込むという心理はわからない。
 アルビノについてはテレビで見たような気がするが詳細は知らなかった。川名紀美の『アルビノを生きる』によれば「白皮症」といい、一万人から二万人に一人の割合で生まれるというから六人兄弟のうち、二人がアルビノというのは、かなり異常な割合である。見世物になっている白蛇もアルビノだそうだ。この本の例によると、アルビノの子供を見て、祖父が太陽に当てれば黒くなるだろうということで、日焼けさせたら治癒するまでに四カ月もかかる大やけどになったという。三浦きみ子(ゆう)は箏を教えることで一家の生活を支え、八十九歳まで生きたそうなので、弱視とか身体的ハンデはあるものの寿命には影響なそうだ。三浦哲郎は『白夜を旅する人々』の続編として、不幸の白夜が明ける時を告げる『暁の鐘』という作品を考えていたそうであるが、それを書くことなくこの世を去った。
 この作品に関連して『忍ぶ川』、『初夜』、『妻の橋』を読んだ。これらは自伝的作品である。『初夜』によれば、新聞社の就職試験で、《克明な家庭調査》を書かされることになって、正直に兄弟のことを書けなくて、それ以来、就職を断念したという。『妻の橋』によれば、二人の姉が自殺したと他人から聞いたのは小学校の高学年だったという。『忍ぶ川』には《六歳の春、よりによって私の誕生日に、二番目の姉が自殺しました。愛してはならぬ人を愛して、煩悶の末、津軽の海へ入水しました》という記述がある。自分でも死ぬなら自殺だと決めていたが、《終戦が、彼から死神を追い払ってくれた》。死ぬことに心をそそられなくなり、逆に《自分たちの血のなかに自滅をそそのかす奴がいる》、《この先、どんな事態になっても自分は逃げも隠れもするまいと心に決めた》という。この決意の集大成が『白夜を旅する人々』であろう。六歳の時に自死した姉〈れん〉が、生物学のメンデルの法則を克明にノートを取り、羊吉の中に生まれ変わるべく、羊吉の誕生日に死ぬことを決意するのは作者の創作ということになるが、その描写は見事と言う他はない。
 秋山駿編の『私小説という生き方』に『忍ぶ川』が収録されているので、三浦哲郎は私小説系の作家ということになるが、私は私小説系の作家の方が安心して読める。『白夜を旅する人々』を読み終えて、周辺の作品、エッセイを読むことで、より理解が深まるからである。『ねばる』というエッセイには、三浦哲郎の母はほぼ一年ごとに子供を五人生んでいる。母はもう金輪際、子供を産むまいと決意したのだが、どうしたことか十年目に三浦哲郎を身籠ったのである。三浦哲郎は自分を取り上げた助産婦の晩年に直接話しを聞いている。それによると、母は流産しようと、あらゆる事を試みたうえ、鬼灯の根で堕ろそうと決意したのだが、この助産婦に説得されて産むことを決めたという。この助産婦と三浦哲郎の母のおかげで、我々は今回、『白夜を旅する人々』を読むことができたわけである。                2016年5月14日

 この作品はアルビノ(「白皮症」)という身体の色素が不足し、日光に弱く、弱視となる先天性の疾患が六人兄弟姉妹のうち二人に生まれるという物語である。三浦哲郎はこれを遺伝性疾患として、作中にメンデルの法則を学ぶ場面を入れているが、果たして単純に遺伝性疾患と言えるかどうか疑問である。遺伝は関連しているであろうが、他の要因もあるだろう。三浦哲郎の他の作品では自殺した、れんと兄とのインセストを暗示する作品もあるとのことである。その意味でこの作品は、病気を遺伝性のものとし、それに立ち向かう健気な兄弟姉妹という美化した物語になってしまったのではないだろうか?

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