魚鳥木、申すか?申さぬか?

ぎょ・ちょう・もく、申すか?申さぬか?
申す!申す! 魚⇒ニシキゴイ。鳥⇒ニホンキジ。木⇒制定無し、花は桜と菊

老子『道徳経』を翻訳してみました。64

2017年11月02日 | 老子『道徳経』
英語と中国語を学ぶため 
老子『道徳経』を 翻訳してみました。
訳に間違いが有りましたら御教示下さい。


第六十四章
原文

其安易持、其未兆易謀。其脆易泮、其微易散。爲之於未有、治之於未亂。合抱之木、生於毫末、九層之臺、起於累土、千里之行、始於足下。爲者敗之、執者失之。是以聖人、無爲故無敗、無執故無失。民之從事、常於幾成而敗之。愼終如始、則無敗事。是以聖人、欲不欲、不貴難得之貨。學不學、復衆人之所過。以輔萬物之自然、而不敢爲。

英訳文
You can keep a thing easily when it is steady. You can deal with a problem easily before it gets complicated. Soft things are easily dissolved. Tiny things are easily scattered. So you should deal with a problem before it occurs and causes confusion. A big tree begins from a tiny sprout. A high building begins from a heap of soil. A journey of a thousand miles begins with a single step. You will spoil things if you do unnecessary things. You will lose things if you are attached to them. The saint who knows "the way" does not do unnecessary things, so he does not spoil anything. He has no attachment to things, so he does not lose anything. People tend to fail by carelessness when they have almost reached the end. If they pay attention like the beginning, they does not fail. So the saint who knows "the way" curbs desire, does not value treasures, gets rid of useless knowledge, and restrains people from going too far. He lets all things be without doing unnecessary things.

書き下し文
その安きは持し易(やす)く、その未(いま)だ兆(きざ)さざるは謀(はか)り易し。その脆(もろ)きは泮(と)かし易く、その微(び)なるは散らし易し。これを未だ有らざるに為(な)し、これを未だ乱れざるに治む。合抱(ごうほう)の木も毫末(ごうまつ)より生じ、九層の台も累土(るいど)より起こり、千里の行も足下(そっか)より始まる。為す者はこれを敗り、執(と)る者はこれを失う。ここを以(も)って聖人は、為すこと無し、故に敗るることも無し。執ること無し、故に失うことも無し。民の事(こと)に従うは、常に幾(ほと)んど成るに於(お)いてこれを敗る。終りを慎しむこと始めの如くなれば、則(すなわ)ち事を敗ること無し。ここを以って聖人は、欲せざるを欲して、得難(えがた)きの貨を貴ばず。学ばざるを学びて、衆人の過ぎたる所を復(かえ)す。以って万物の自然を輔(たす)けて、而(しか)して敢えて為さず。

現代語訳
物事が安定している時にはそれを維持しやすく、不安定な兆しが見えないうちは問題に対処しやすい。柔らかな物は溶かしやすく、細かな物は飛び散りやすい。つまり問題というのは、それらが現実となって混乱が生じる前に対処するべきなのだ。一抱えもある大木も毛先ほどの芽から生まれ、大きな建物も土台を盛る事から始め、千里の道も一歩から始まる。そうした基本を忘れて何かをしようとすれば台無しになり、何かに執着すればかえって失う事になる。そこで「道」を知った聖人は余計な事をしないので台無しにする事もなく、物事に執着しないので失うこともない。人々が何かをしようという時は、あと少しで完成という所で油断して台無しにしてしまう。完成間近の時こそ始めの様に慎重にすれば、失敗する事などないのだ。だから聖人は欲望を抑え、貴重な品々には目もくれず、余計な知識を排除して、人々の行き過ぎた欲望や知識から焦りや油断が生まれぬようにする。こうして万物自然のありのままの姿を大切にして、ことさらに何か余計な事をしないのだ。

老子『道徳経』を翻訳してみました。65 へ続く。




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田口佳史
致知出版社

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