3.四島返還論の弱点
この主張の最大の弱点は、ではどのようにして、領土交渉のきっかけをつかむのか、という論点が欠如していることだ。交渉過程ではっきりしているように、プーチン氏は、政権の座に就いた2000年5月以降今日まで、「56年の日ソ共同宣言にしたがって、平和条約締結後2島を引き渡す」という線で一貫している。ところが、日本側はこの間、森、小泉、安部、福田、麻生と5人の首相が対応し、各首相の対ロ交渉の基本スタンスが揺れているのだ。今回の来日でも、日本政府が立場を決めていないのに、コメントしようがないとプーチン氏は言っている。いままでの日ロのトップ同士の主要な合意ないし提言として、「56年日ソ共同宣言」のほか、東京宣言(93年:4島の帰属問題を解決して平和条約を早期締結する)、クラスノヤルスク合意(97年11月:東京宣言に基づき、2000年までに平和条約を結ぶ)、川奈提案(98年4月:4島の北側に国境線を画定し、返還は別途協議することを日本側が提案、これは2000年9月最初のプーチン公式訪日の際、正式に拒否された)、日ロ間の創造的パートナーシップ(98年11月:政治、経済、安全保障、文化、国際協力などあらゆる分野で日ロ間の協力を一層強化する)、イルクーツク声明(01年3月:56年の日ソ共同宣言を両国の基本文書として公式に確認)などがある。
日本側が4島返還論を前提にした交渉態度堅持する限り、ロシア側はいつまでも待ち続けるという態度をとっており、「機会の窓」は永遠に開くことはないと思われる。これに対し、「2島引き渡し」からどれだけアルファ(α)を積み上げられるかというアプローチを取るべき時がきた(岩下明裕北大教授)、と考えるもう1つのグループが、日本側に生まれている。それは、日ロ国交回復50周年を記念して、ロシア21世紀委員会(代表ユーリ・ルシコフ会長)と共催した「日ロフォーラム」に参加したグループである(日本側代表:鳩山由紀夫日ロ協会会長、民主党衆議院議員、日ロ国交回復50周年記念『日ソ共同宣言50年と今後の日ロ関係:日ロフォーラム報告集』2006年12月、日ロ協会編)。
☆ 5月21日参議院予算委員会での領土問題の審議:麻生首相は、4月12日のプーチン首相との首脳会談で、北方領土問題について「『(歯舞、色丹2島の日本への引き渡しを定めた)56年宣言』では未来永劫解決しない」と述べ、4島一括で問題を解決するよう求めていた、という。4/21日の予算委員会でも、森首相当時に政府が模索した、歯舞、色丹を国後、択捉と切り離して先行決着させる「段階的手法」について「(そのように」やろうとしていない」と断言。「(4島の)帰属が確認されれば実際の返還時期や対応等々については柔軟に対応する」と述べた。4/12日の首脳会談では「7月の(G8サミットの際の)首脳会談で、しっかりした回答を聞きたい。メドベージェフ大統領にこれを伝えて欲しい」と念を押したという。プーチン氏は「7月の会談では、ロシア側の考えをきちんとお伝えする」と確約。「この問題について、大統領と私の考えは完全に一致する」と述べた。ただ、プーチン氏は会談のなかで、56年の有効性を2000年9月の日ロ会談で自ら認めた経緯を踏まえ、「国内にはいろいろな反対や批判があったが、自分が56年宣言に戻した。」と、2島引き渡しを認めることさえも困難な決断だったと強調した。さらに北方領土問題の解決が難しい理由として、ロシア国内の世論のほか、(領土問題で日本に譲歩すれば)クリミア半島のウクライナへの帰属問題や、カリーニングラード州の問題など、近隣の領土問題が再燃しかねない危険があると指摘した(朝日090522)。
☆ ロシア外務省のネステレンコ報道局長は4/21日の記者会見で、麻生太郎首相が4/20日の参議院予算委員会で北方領土に関し「4島は戦後60年以上を経てもなおロシアの不法な占拠が続いており、極めて遺憾である」と述べたことについて、「許し難い発言と指摘せざるを得ない。(4島は)第二次大戦の結果を踏まえた適法なロシア領土だ。日本の(返還)要求こそ不法なものだ。(北方領土問題で)相互に受け入れ可能な解決策を模索するという日本政府の意向に合致しない」と反発した。
4. 私見とまとめ
以上の経過をみると、①日本側は4島返還堅持と3.5島返還の間を揺れ動いている。つまり、建前では4島返還を譲っていないが、これでは決着がつかないと感じており、3.5島でどうかなどと発言している。②ロシア側が2島返還の原則を少しでも譲るのではないかと期待をこめ、「創造的で型にはまらないアプローチ」の具体的中身を聞き出そうとしたが、それは7月サミットに持ち越された。③ロ独間と同様に「平和条約なしでもかまわない」という立場をロシアは取らないと明言した。④選択可能なあらゆるケースをロシアは検討済みだと表明した。⑤島問題を解決して平和条約を結ぶことに日ロ両国は全力を傾注する、と合意した。
ところで、麻生首相は4月20日、参議院予算委員会で北方領土について「4島は戦後60年を経てもなおロシアの不法占拠が続いており、極めて遺憾」と述べたことは、2つの点で好ましくないと私は考える。第一に「不法な占拠」がどうかについて、国際法に従った厳密な検討に基づいて主張すべきで、このような重い言葉を裏付けなしに使うべきではない。第二に、相手を挑発するような言辞は、政府間の合意に基づく友好的な雰囲気を損ない、外交戦略としてもまずい発言と言わざるをえない。
この主張の最大の弱点は、ではどのようにして、領土交渉のきっかけをつかむのか、という論点が欠如していることだ。交渉過程ではっきりしているように、プーチン氏は、政権の座に就いた2000年5月以降今日まで、「56年の日ソ共同宣言にしたがって、平和条約締結後2島を引き渡す」という線で一貫している。ところが、日本側はこの間、森、小泉、安部、福田、麻生と5人の首相が対応し、各首相の対ロ交渉の基本スタンスが揺れているのだ。今回の来日でも、日本政府が立場を決めていないのに、コメントしようがないとプーチン氏は言っている。いままでの日ロのトップ同士の主要な合意ないし提言として、「56年日ソ共同宣言」のほか、東京宣言(93年:4島の帰属問題を解決して平和条約を早期締結する)、クラスノヤルスク合意(97年11月:東京宣言に基づき、2000年までに平和条約を結ぶ)、川奈提案(98年4月:4島の北側に国境線を画定し、返還は別途協議することを日本側が提案、これは2000年9月最初のプーチン公式訪日の際、正式に拒否された)、日ロ間の創造的パートナーシップ(98年11月:政治、経済、安全保障、文化、国際協力などあらゆる分野で日ロ間の協力を一層強化する)、イルクーツク声明(01年3月:56年の日ソ共同宣言を両国の基本文書として公式に確認)などがある。
日本側が4島返還論を前提にした交渉態度堅持する限り、ロシア側はいつまでも待ち続けるという態度をとっており、「機会の窓」は永遠に開くことはないと思われる。これに対し、「2島引き渡し」からどれだけアルファ(α)を積み上げられるかというアプローチを取るべき時がきた(岩下明裕北大教授)、と考えるもう1つのグループが、日本側に生まれている。それは、日ロ国交回復50周年を記念して、ロシア21世紀委員会(代表ユーリ・ルシコフ会長)と共催した「日ロフォーラム」に参加したグループである(日本側代表:鳩山由紀夫日ロ協会会長、民主党衆議院議員、日ロ国交回復50周年記念『日ソ共同宣言50年と今後の日ロ関係:日ロフォーラム報告集』2006年12月、日ロ協会編)。
☆ 5月21日参議院予算委員会での領土問題の審議:麻生首相は、4月12日のプーチン首相との首脳会談で、北方領土問題について「『(歯舞、色丹2島の日本への引き渡しを定めた)56年宣言』では未来永劫解決しない」と述べ、4島一括で問題を解決するよう求めていた、という。4/21日の予算委員会でも、森首相当時に政府が模索した、歯舞、色丹を国後、択捉と切り離して先行決着させる「段階的手法」について「(そのように」やろうとしていない」と断言。「(4島の)帰属が確認されれば実際の返還時期や対応等々については柔軟に対応する」と述べた。4/12日の首脳会談では「7月の(G8サミットの際の)首脳会談で、しっかりした回答を聞きたい。メドベージェフ大統領にこれを伝えて欲しい」と念を押したという。プーチン氏は「7月の会談では、ロシア側の考えをきちんとお伝えする」と確約。「この問題について、大統領と私の考えは完全に一致する」と述べた。ただ、プーチン氏は会談のなかで、56年の有効性を2000年9月の日ロ会談で自ら認めた経緯を踏まえ、「国内にはいろいろな反対や批判があったが、自分が56年宣言に戻した。」と、2島引き渡しを認めることさえも困難な決断だったと強調した。さらに北方領土問題の解決が難しい理由として、ロシア国内の世論のほか、(領土問題で日本に譲歩すれば)クリミア半島のウクライナへの帰属問題や、カリーニングラード州の問題など、近隣の領土問題が再燃しかねない危険があると指摘した(朝日090522)。
☆ ロシア外務省のネステレンコ報道局長は4/21日の記者会見で、麻生太郎首相が4/20日の参議院予算委員会で北方領土に関し「4島は戦後60年以上を経てもなおロシアの不法な占拠が続いており、極めて遺憾である」と述べたことについて、「許し難い発言と指摘せざるを得ない。(4島は)第二次大戦の結果を踏まえた適法なロシア領土だ。日本の(返還)要求こそ不法なものだ。(北方領土問題で)相互に受け入れ可能な解決策を模索するという日本政府の意向に合致しない」と反発した。
4. 私見とまとめ
以上の経過をみると、①日本側は4島返還堅持と3.5島返還の間を揺れ動いている。つまり、建前では4島返還を譲っていないが、これでは決着がつかないと感じており、3.5島でどうかなどと発言している。②ロシア側が2島返還の原則を少しでも譲るのではないかと期待をこめ、「創造的で型にはまらないアプローチ」の具体的中身を聞き出そうとしたが、それは7月サミットに持ち越された。③ロ独間と同様に「平和条約なしでもかまわない」という立場をロシアは取らないと明言した。④選択可能なあらゆるケースをロシアは検討済みだと表明した。⑤島問題を解決して平和条約を結ぶことに日ロ両国は全力を傾注する、と合意した。
ところで、麻生首相は4月20日、参議院予算委員会で北方領土について「4島は戦後60年を経てもなおロシアの不法占拠が続いており、極めて遺憾」と述べたことは、2つの点で好ましくないと私は考える。第一に「不法な占拠」がどうかについて、国際法に従った厳密な検討に基づいて主張すべきで、このような重い言葉を裏付けなしに使うべきではない。第二に、相手を挑発するような言辞は、政府間の合意に基づく友好的な雰囲気を損ない、外交戦略としてもまずい発言と言わざるをえない。