■[五輪汚職]<下>
「電通は人を出している。赤字覚悟でやってるんだ!」
大会開催まで約2年と迫った2018年6月。東京・虎ノ門の東京五輪・パラリンピック大会組織委員会本部(当時)で開かれた理事会で、普段は目立った発言をしない高橋治之(78)(受託収賄容疑で逮捕)の怒声が響いた。
きっかけは、ある理事の質問だった。「なぜこんなに手数料を支払うのか」。17年度決算の概要説明があったこの日、配布資料には、約660億円のマーケティング収益に対し、約260億円の手数料が支払われていたことが示されていた。
主な支払先は、国際オリンピック委員会(IOC)や日本オリンピック委員会(JOC)のほか、高橋がかつて専務を務めた大手広告会社「電通」。だが、細かい内訳は記載されていなかった。
手数料契約の見直しを求めた理事に怒った高橋は、電通から出向していた組織委マーケティング局長に説明を促したが、事務総長の武藤敏郎が「民間の契約については話せない」と取りなした。
この時の高橋の態度について、元組織委幹部は「普段から電通の立場を重んじていただけに、猛烈な反応だった」と振り返り、こう続けた。「電通と高橋さんに対する不信感が増した瞬間だった」
◇ 14年1月に発足した組織委は同3月、「マーケティング専任代理店」に、4社の候補から電通を選んだ。組織委マーケティング局にも多くの電通社員が出向し、国内スポンサーの募集や公式ライセンス商品の承認手続きなどを担った。
電通が募集した国内スポンサーには、協賛金額などに応じて3ランクあり、それぞれ組織委と契約を結ぶ。上から150億円、60億円、15億円がスポンサー料の相場とされる。
五輪スポンサーは原則、「1業種1社」とされてきた。独占契約によるブランド化とスポンサー収入の最大化が目的だが、電通と組織委は東京大会で、より多くのスポンサー収入を得るため、この原則の緩和をIOCに打診。提供する物品やサービスの種類を細分化することで業種の裾野を広げ、「1業種複数社」も実現させた。
元マーケティング局幹部は、電通の動きを「スポンサー集めの力は圧倒的。元からの取引先も多く、この業務は電通にしか担えなかった」と評価する。結局、国内スポンサー68社から得た収入は五輪史上最高額となる3761億円。元組織委幹部によると、電通が専任代理店業務で得た手数料収入は300億円を超えるという。
しかし、各業種の中でどの企業を優先的に募集したかなど、スポンサーの選定過程や個々の契約内容はブラックボックスだ。こうした点が、高橋が紳士服大手「AOKIホールディングス」前会長の青木拡憲(ひろのり)(83)(贈賄容疑で逮捕)と面会を重ね、スポンサー契約に便宜を図ったとされるような癒着を招いた可能性もある。
別の元組織委幹部は「組織委は電通本社で決めたことを追認するだけ」と内実を明かす。数か月に1度開かれる組織委理事会でも、スポンサー契約は「報告」事項でしかなかったという。
◇ 五輪やサッカー・ワールドカップなど、最近の国際スポーツイベントでは金銭絡みの問題がつきまとう。東京大会では招致委員会に買収工作の疑惑が浮上し、JOC前会長の竹田恒和がフランス司法当局の捜査対象となった。そして今回、スポンサー企業と元理事による汚職事件が発覚した。
東京大会の経費は総額1兆4238億円に上り、このうち国と東京都からは7800億円超の公費が投入された。それにもかかわらず、国や自治体とは異なり、公益財団法人の組織委は情報公開制度の対象外で、第三者による検証も難しい。
元JOC常務理事で日本学校体育研究連合会会長の友添秀則は「理事会にチェック機能を持たせるべきだった」とした上で、「税金が投入されている組織委は公的な性格を帯びている。一定の情報公開基準を設け、透明性に疑念を持たれないようにすれば、不正の抑止力になったはずだ」と指摘している。
30年の冬季五輪開催を目指す札幌市の担当者は、「機運醸成の段階で、五輪のイメージ悪化は怖い」と懸念する。事件は、今後の五輪招致にも暗い影を落としている。
(敬称・呼称略)