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【猫又】お持ち帰り後【小噺】

2010-12-23 | 小噺。
 武器を向けられる事は、裏や表をふらふらするルンにとって決して珍しい事でもない。
 それでも、怪我をしてしまったのは、久しぶりのヘマだった。文字通り、運が悪かった。
 身を隠すのに森へと逃げたから、足取りこそ辿られずに済んだと言えそうだったが、冬の風が吹き込んできた季節に野宿も寒い。さて、どうしたものかと、木の根本で溜息をついていたルンに、一人の女性が声をかけた。
 ゆきうさぎ。
 左右色味の違う赤い瞳に白い髪。その外見からルンがそう呼ぶ女性は、左腕の傷にハンカチを当てて止血したどころか、自分の宿へと誘ってくれたのだった。
 そうして、今、こうしてルンは彼女が借りている部屋で毛布にくるまっていたのだが。
「………」
 最初、毛布をひっつかんで部屋の隅に丸くなった。知らない匂いの充満した場所は苦手だから。
 だから最初は、二又の尻尾が膨らむのも抑えられなかったのだけど。
 けれど消毒すると言われたので、少しの睨み合いというか、相手はずっとにこにこ笑っていたんだけど、その視線の攻防に負けて上着を脱いだ。
 消毒も受けて、寒いといけないからと雪兎のブラウスも押し付けられて。少し、張っていた気が緩んだのだろう。睡魔に負け始めたところで、抱きかかえられてベッドへと移動させられた。
 身長は同じぐらいなのに。やはり平時から剣を振り回している相手は、筋力があったらしい。
 そして止める間もなく、自分は野宿用品を引っ張り出して、さっきまでルンがいた隅っこで寝始めてしまった。
「……寝首掻かれるとか、思ってないんだろうなぁ」
 とはいえ、自分から獣の血を浴びるような依頼をこなしているのだから、そう簡単に出来る相手ではないのだろうけれど。
 もぞりと潜りなおした毛布は暖かかった。ベッドも、土の上よりは余程柔らかく、心地よい。
 自然、膝を抱えるようにして丸くなると、ベッドから本来の持ち主の匂いがした。何も聞かずにいてくれた事が煩わしくなく、そして、ほんの少しだけ、心苦しく感じた。


◆◇◆◇◆



 基本的に夜行性である為か、それとも昨夜の疲れか、ルンは昼近くまで目を覚まさなかった。
「おはようございます、でしょうかね?」
 くぁっとひとつ欠伸をしてベッドの上で伸びをしていたルンに、何処からか帰ってきたらしい雪兎はクスクス笑って抱えていた幾つかの紙袋をテーブルに乗せる。
「おはよー…で、いいんじゃないかな」
 そう答えながら、自分の耳の後ろから顔の前の方へと手でくしくしと動かして猫風の顔の洗い方をするルンを見て雪兎の瞳が和む。朝、ベッドで丸くなりながら喉を鳴らして寝ている姿をじっくり眺めて雪兎が和んでいたことを、ルンは知らない。
 カーテンの隙間から見える外の様子からすれば、昼前、といった活気が感じ取れた。
「包帯を交換して……そう、それから服を買ってきました」
 言いながら大き目の紙袋が投げ渡される。それを受け取って開けてみれば、ふわふわとした紫のストライプの上着と、ゆったりとしたズボン。部屋着とも言えるし、ちょっと出かけるのなら着て行っても問題ないぐらいの服だった。
「お金ー…」
「いえ。高い物ではありませんでしたから」
 選ぶのも楽しかったです、などと感想を述べながら、昨夜しまっていた救急セットを再び引っ張り出す。
 鼻を鳴らすと、パンの匂いもした。サンドイッチならば、野菜を抜こう、なんて考えながら、消毒を受ける為に袖を通していた彼女のブラウスを脱いだ。


 引き抜いたレタスが底に残った紙袋をつぶしていると「それでは」と雪兎が席を立つ。
「私は夜まで出掛けてきますね」
「……良いの?」
 自分はまだここにいて。
 新しい服に着替えてもベッドの上を占領したまま、のルンが言う事ではないのかもしれないが。ゆらりと二又の尻尾を揺らして問う姿にくすりと笑顔が返る。肯定、だ。
「まだ少し熱があるようですから。ゆっくり休んでいて下さいね」
 また夕飯も買ってきますから、などと笑い、白髪を揺らして彼女は部屋を出る。
 治療をして、服も食事も寝床も与えるなんて、どんなお人好しだろう。軒先を借りる人々とは違う行為に、ゆるり、自然と首が傾く。
 無遠慮な敵意に晒された後だからか、妙に、その優しさに居心地が悪かった。くすぐったいとも言える。
 一角獣にしてもそうだ。盾にして置いてきたというのに、最後に聞いた言葉の自分への心配で。
「……なんだかなぁ…」
 心臓の上辺りへと手を当てる。胸はざわざわする。
 怪我をしたわけでもないのに。


◆◇◆◇◆



 熱も下がって、もう出られるには出られるようになったのだけど。嫌な気配は当たるもので、午後から降り出した雨は雷雨。
 このような日、ルンは外出そのものがしたくなくなる。それに気づいてくれたからなのか、この雨の中でも雪兎は夕方に戻ると、部屋を空けてくれたのだが。
 ベッド以外の場所をうろうろするだけ元気にはなっているが、逆に少し体がなまった気がする。そう思って足音がうるさくないよう気を付けて部屋の中で垂直にジャンプしてみたりしたが、心配した程、ではないようだ。
 しかし、すぐベッドに甘えたくなる。
「これだから湿気って嫌い……寒いし……ん?」
 呟いていたルンの耳が、足音を捉える。廊下を通る、雪兎とは違う足音。
 雪兎より体重の軽い、けれど固い印象の足音は迷うことなく扉の前に止まって。
「……」
 気配を消すよう、息を殺したルンを知ってか知らずか。すっと扉の下の隙間に何かが差し込まれる。そしてすぐ、遠ざかる足音。
 素早く足音を殺して拾い上げた古い手紙は、開けずとも自分に宛てられたものだと分かった。
「……だよね。ボクもちょっと平和ボケしたかな?」
 買って貰った服から覗く二又の尻尾が、ゆらりと一度、楽しげに揺れた。

 ともに食事をするのは何度目だろう。一度目の食事で分かったのか、雪兎はわざわざルンの分に野菜をいれようとはしなかった。
 一宿一飯の恩とはよく言った物だが。さて、今回はどれほどになるのだろうか。
 そんな事を思いながら、ルンはにんまりとした笑顔を口元に作った。
「明日、雨が止んだらお暇するよ」
「雨が止んだら、ですか」
 自然、窓の外へと雪兎が二色の赤い瞳を向ける。雷の音が時折ランプの灯った部屋を明るくし、打ち付ける雨は耳障りな音を立てていた。
「この中を出てくっていったら、今度は雨具まで渡されそうだからね。もう充分」
 テーブルの上、膝を抱えるようにして座りながら笑顔を向ける。結局、いま着ている服のお金も、食費すらお金を受け取って貰えていなかった。貯金があるから、とは彼女の言葉だったけど。
 それで、と一度こてりと首を傾げる。
「何かお礼をしたいんだけどー…お金は受け取って貰えなかったし、何なら返せるかな?」
「そうですねぇ。……では、良ければ、なのですが」
「ん?」
 席を立った雪兎が、ベッドの空いている所へと腰を下ろす。自然、少し距離を取るように反対側へと寄ったルンへと手が伸びる。
 戸惑いがちに伸びた彼女の右手が、二又の縞々尻尾に、触れた。
 ぴくりと尻尾を僅かに動かしたルンへと、艶めいた唇が笑みを浮かべた。
「その……思う存分……触ってもいいですか?」
「え、っと。…尻尾?」
「はい。あ、勿論耳も触らせて下さい」
 ゆるり、絡められた細い指が尻尾を堪能するように根本から先端へとゆるゆる動かされる。力いっぱい握られている訳ではないので痛くはないのだが、毛が生えているからこそ、なんだか微妙にぞわぞわとした感覚を覚える。
 ダメですか?などと言いながらもう片方の手が既にわきわきしてるのが視界の端にうつった。
 とはいえ、減るものではない。ここ二日借りる間にボロボロにしてしまった毛布を手繰り寄せ、相手に爪を立てないよう予防する。
「…いーよ。猫の恩返しだから」
 その後、尻尾を妙に悩ましげに触れられて変な声が出たとか、それを聞いた雪兎が妙に調子を乗ってさらに色々攻めてきた、などという事は語られる事のない余話。



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雪兎さんを勝手にお借りして、お泊り期間の小噺をやっぱり勝手に書いてみた(カッ
一角獣さんも一文だけお借りしました。
というわけでまた時間を見てルンがうろうろしますので、まぁ、いつも通り接して下さると!
表でもない、裏でもない、というタイプなので。自分と明確に敵対する相手以外はわりと問題なく付き合いますから。

2010/12/24追記
ひーちゃんから頂いたイラストアップ|*ノノ)

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