手を離すなよ。今日は祭で人が多いから、迷子になるからな。
そんな事を言っていたのに、リリリィから早々に手を離したのは父の方だった。なにも街に繰り出した先で得意先を見つけたからって、話に夢中になって、しかも商談を始めるとはどういうことだろう。
しかもリリリィが少し露天を眺めてる間にいなくなってしまうなんて。
「…おとーさんでも迷子になっちゃうんだなぁ」
先に手を離して、いなくなってしまったのは父の方。だから、迷子になったのも父。
そう結論付けると、少女は軽くため息を吐いて噴水の方へと足を向けた。
郊外に住んでいる少女は、年に数回しか訪れないこの街の土地勘はなかった。なかったけど、広場で一番目立つところといったら、天使の像がある噴水だろうな、というのは察しがついた。
8歳の少女には、人混みを抜けるのも一苦労だ。途中、何度かオトナの間に潰されて、ようやく噴水の前に出た時には来ている洋服もよれよれだった。ズボンで良かったと本当に思う。
「……?」
そこまで考えて、不思議に思った。
あんなに多かった人混みも、何故か噴水の周りだけ少ない。というか、わざわざ避けて通ってるみたいだ。
その原因を探ろうとし始めたリリリィの耳に、子供たちの歓声が聞こえた。
「うわぁ、きれー! 指輪の石、キラキラしてるー!」
「それは特別だからネ。夜中になると光を纏うヨ☆」
「ホント! うわぁ、いいなぁ!」
「ねぇねぇ、おじちゃん、これは、これは?」
きゃあきゃあと話しているのはリリリィぐらいの女の子達。囲むように見てるのは地面に敷かれた布の上に置かれたアクセサリーのようだ。
別にそれだけなら、あんまりおかしくはない。問題は、少女達と目線を合わすようにしゃがんで売っている、古ぼけたローブの人物。
目深に被られたフードのせいで顔があまり見えない。ただ横から垂れる赤紫の髪が長く垂れていて、それだけが傍目に見える色彩だった。指し示す時にようやく指先が見えるほどで、体型すら全く分からない。
ただ、背は大きいのははっきり分かる。それでようやく、なんとか、男なのだろうな、と分かるだけ。年齢なんて、わかるわけがない。
怪しい人物を捜してる、と言われたら、絶対まずこの人物を指すだろう。そう思えるぐらいだった。
「あっ」
「ウン?」
あまりに訝しげにじぃいっと見ていたからだろう、視線に気づいたらしい男がリリリィに顔を向けた。
気づけば、もう露天の前の少女達もいない。
心臓が跳ねる。どうしよう、怒られるんだろうか。いちゃもんでもつけられるんだろうか。それとも、その露天の変な薬で小人にされちゃうとか……。
「オヤオヤ☆ 迷子カイ?」
しかし男は、拍子抜けするほど落ち着いた調子で唯一見えた口元をにんまりと猫のように笑わせた。
「え、あ、いや。ボクが迷子じゃなくてっ、おとーさんが」
「そっかぁ。……そーダネェ★」
思わず答えてしまったリリリィが、しまったという顔をしたのを見たのか見ていないのか、鼻歌まじりに男は下げていたカバンの中を漁り始める。カチャカチャと硝子のぶつかる音がして、取り出したのは青い液体の入った小さな小瓶。
「えっと……」
どうしよう、と言葉に詰まったリリリィに笑顔を向けたまま男が手招く。近づけば、それを小さな手に落とされた。
念じてご覧、というささやきに従って父を思い浮かべる。すると、ぴちゃんと音がして、小瓶の中に銀色の小魚が泳いでいた。
「その魚が向いてる方向、イルヨ★」
「え。え。なんで」
「失せ物を見つけるアイテムなんダ。オレはよく家の中で失くし物するカラ♪」
「で、でもっ。そうしたら……お兄さん困っちゃうよ?」
どうしよう、と眉を下げたリリリィに、男はローブを口元に当てて噴出した。というか肩を震わせて笑っている。
何がツボだったのだろう、と困っているリリリィに、男はにんまりと笑った。
「また会えたら、返してオクレ♪」
オレは暫く、此処に滞在してるカラ、と歌うように答えられる。
「う。うん!」
それが、少女と男の最初の出会い。