処遊楽

人生は泣き笑い。山あり谷あり海もある。愛して憎んで会って別れて我が人生。
力一杯生きよう。
衆生所遊楽。

盤上の向日葵

2021-04-28 10:45:31 | 

著 者 柚月 裕子

出 版 中公文庫

頁   上巻 342頁  下巻 322頁

作品のために作家は取材をする。その際には厚い壁や高いハードル或いは差別・偏見などがあるだろう。性差もその一つ。警察物は男の世界、それを女性作家が取材する苦労は並大抵ではなかろうと思う。加えて今回は将棋という特殊な世界、より狭小な棋士に纏わる物語である。

事件の捜査について「鑑取り(かんどり)」、「地取り」「品(なし)割り」などの専門用語、将棋界の構造や棋士の生態、奨励会のシステム、盤上の駒の動かし方、ゲームの展開の予知、エトセトラ。これらを素人にも理解を進めつつ、推理小説としての興趣を高め、読者に満足感をもたらす技量は、さすがにこれまで数多くの文学賞を与えられてきた著者の面目躍如である。

読み進み、途中でホシのめぼしは容易につく。だからと言って面白さは減らない。どういう道筋でそこに落ち着くか。案の定、アッという予想外の展開があったりするのだ。

残念ながら、同名のNHKの番組は見逃してる。果たして映像化された時の俳優は如何なものか。そのイメージを楽しみながら読んだ。以下は、ブログ主が選んだ配役である。今回もお遊び。

石破刑事:佐藤二郎、 佐野刑事:神木隆介、 圭介:松坂桃李、 唐沢:小日向文世、 その妻:原日出子、 庸一:江口洋介、 東明重慶:永瀬正敏。

 

 

 

 

 

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任侠浴場

2021-04-20 14:24:05 | 

著者 今野 敏

出版 中公文庫

377頁

        

任侠シリーズの4作目を読む。著者は相変わらず快調に飛ばしている。それが気持ちいい。

昔気質の親分が率いる吹けば飛ぶような組の構成員の面々と現代世相とのギャップが、このシリーズの魅力。時にあんぐり口を開け、時に抱腹絶倒、時にハラハラ、時にイライラとこの組の日常に没入するひとときは、実に精神衛生上宜しいのではないかと思っている。

ここに登場する人物たちの言説は、警句に満ちている。再建依頼を持ち込んだ銭湯側の小松崎。「利益を追求するために、情けもへったくれもなく、余計なものを斬り捨てて行く。それがビジネスだと、いつの間にか思い込まされてしまっているような気がします。でもそれはおそらくアメリカのビジネスを真似しただけのことでしょう。日本の商いというのは、もっと血の通ったものだったはずです」

ノスタルジーもこのシリーズの魅力の一つだ。著者は昔の銭湯の風景を代貸・日村の思い出として次のように書いている。「いつかあの茶色がかった飲み物(コーヒー牛乳のこと)を飲んでみたい。いつもそんなことを思っていた。湯上りの火照った銭湯を出ると、町が夕焼けに染まっていた。その景色はありありと覚えていて、今まで見た度の景色よりも美しかったと、日村は思っている」

現代世情を次のように表現もしている。「飲食店でも、客がちょっとしたことで文句をつける。子供が怪我をしたら、親が学校に怒鳴り込む。今どきの親はとんでもないらしい。運動会の勝ち負けを決めるのがいけないとクレームをつけると聞いたことがある。それを受け入れる学校があるというのだからたまげる。そんなイチャモンは、昔はやくざの専売特許だった。飲食店の従業員も、学校の教師も生きづらくなっている。おそらく、営業マンもコンビニのバイトも、建設業者も、タクシーの運転手も、誰も彼もが生きづらくなっているにちがいない」

著者の小説の魅力について、〈解説〉の関口苑生が適格かつ正確に纏められている。全くの同意である。さすがである。

さて、このシリーズは、来月にも新作が上梓されるようだ。

主人公の小所帯のやくざの構成員を纏めておこう。各位の紹介内容は、上記関口「解説」のパクリである。

組長 阿岐本 雄蔵:いまどき珍しく任侠道をわきまえた、地元地域住民からの信頼も厚い正統派ヤクザ。

代貸 日村 誠司:オヤジの文化志向に困りながらも、絶対忠誠で一切の仕事の切り盛りをする。若い衆の面倒もよく見ている。

組員 三橋 健一:かつては不良世界でビッグネーム。どんな喧嘩でも三橋が駆け付ければピタリと収まった。日村も絶大の信頼を置いている。

組員 二之宮 稔 元暴走族。その族の解散で組長に拾われた組で一番の跳ねっ返り。日村も随分と手を焼いたが、今は大人しくなった。

組員 市村 徹:坊主刈りのジャージ姿。中学生の引きこもり時代にパソコンをいじり始め、いっぱしのハッカーで省庁のサーバーに侵入して補導され、阿岐本が面倒みるようになった。

組員 志村 慎一:20歳になったばかり。優男で出入りの役には立たないが、やたらと女にもてる。

 

 

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一億円のさようなら

2021-04-11 16:09:37 | 

著者 白石 一文

出版 徳間文庫

674頁

  

著者の作品を読むのは初めてである。なので、まず巻末の解説を読んだ。WOWOWのプロデューサー岡野真紀子がその冒頭に書いていた。「なぜドラマの制作者たちは白石一文の小説に魅了され、自らの手で映像化したいと切に願うのか」と。

「そういえば、NHKが宣伝していた番組の原作だった」かと期待のうちに読み始めたのだった。読み進むうちに描いていたイメージとは異なっていった。リズムあるテンポでシークエンスがハッキリしてリアルな会話表現などの今風の他作家の作品群とは異なっていた。

心理解説というのか行動解説というのか、読者の納得や合点への過程をきちんと踏んでいるからだろうと私は理解した。回りくどいというかモタモタの印象はそのためではないかと。

それにしても、読んでいて茫漠たる不安というか先の見えない不気味さが消えない。読者の予測しえない展開が待っている。加能が疑惑を抱く妻夏代の言動は、読者を「アッ」と云わせるインパクトがある。

ところどころに、世情への警句があるのは面白い。年頃の娘と息子それぞれのもつれた結婚のために福岡と長崎と鹿児島を結んでスカイプで家族会議やろという若者世代、「お金だったら幾らでも欲しいだけやる、きみはもう一生お金で苦労することはなくなったんだ」と断言してやれば、どんなうつ病患者もたちどころによくなる、などの話だ。

会議の時間と回数が増えれば増えるほど生産性が落ちるというのは、いわば ”会社あるある” のたぐいだった。人間が立ち直るきっかけというのは案外そうした小さな出来事なのかもしれない。大切なのは事の大小ではなく、あくまでタイミングと実感のほうだ、という部分も著者を表す部分だろう。

441頁からの夏代から鉄平宛に書いた手紙は、圧巻である。この部分だけ文庫の活字のポイントが違っている。著者の力が入っているのがわかる。

鉄平に比べ夏代の出番は多くはない。著者が謎に包んでいるのだろう。その構成のためかどうかはわからないが、私は夏代のタイプは好きである。

例によって、キャスティングをして遊ぼう。NHKは加能鉄平を上川隆也、妻夏代を安田茂美。

私の配役は、鉄平役を渡部篤郎、妻夏代を井川遥。

 

 

 

 

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JR上野駅公園口

2021-04-05 16:11:16 | 

著者 柳 美里

出版 河出文庫

初版 2021年2月 181頁

文庫181頁という軽小な形態とは裏腹に、随分と中身の重厚な本である。

フィクションを読んでいるのを忘れるほどのノンフィクション的構成と展開。東北農村からの出稼ぎ生活からホームレス生活に変わりゆく様相を現代天皇家の家史を所々に絡めて秀逸。しかしそれが声高には語られているわけではない。

この点を中心に原武史が巻末に「天皇制の〈磁力〉をあぶりだす」のタイトルで解説を載せている。蓋しすべて納得。正鵠を射る。この解説から読むことを薦めたい。

今思うのは、アメリカという国は大したものということ。帯にあるように全米図書賞を授賞した。受賞無かりせば、どれほどの人が読んだであろうか。私もその一人。結果、良書に出会えて得をした思い。大いに満足している。

 

 

 

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伊豆マリオットホテル修善寺

2021-04-01 12:44:05 | 温泉

戴いた優待券を使っての初投宿。コロナ禍の緊急事態宣言が解除されて正々堂々の遠出。とはいっても車で2時間強の距離。蟄居のストレスを一挙に発散することと相成りました。

隣というべきか同系の施設というべきかがラフォーレ修善寺。ともに建つ環境は自然そのもの。

国道414号を南下して大平を右折し3キロ先を右折してからの桜が素晴らしい。思いがけない盛大な春の饗応。見物客のいない桜を独り占め。

きっと毎年、花見目的の常連さんも多いことだろうが、この日は解除直後のため客はさほど多くなかったのかしら。

ホテルのスタッフは、見た印象はアジア系が多そう。マスク越しなので容貌よりも会話で初めて判るといった按配。なので、応対の身のこなしややり取りの細かなニュアンスは邦人のようにはいかない。あの ”おもてなし” の温かさを今更ながら納得。

優待扱いの待遇なので居室は露天風呂付。ところがどっこい、お湯が注いでいる浴槽はあるが、それだけ。頭を顔を身体を洗うアイテムが無い。ただ浸かるだけ。居室には別にシャワールームがあり、そうした洗い場での動作はそこで行うことになる。

全部済まして裸で浴槽まで移動するか、一旦シャワーを終えて身づくろいをして時間差をつけて改めて風呂を楽しむかということになる。これには普段と勝手が異なり戸惑ったのだった。

食事は朝夕とも施設内のレストランでバイキング形式。雰囲気も料理も過不足はない。コロナ対策で食卓や椅子の隔たりが広くなってはいたが、幼児を含めた家族連れも多く、全体としてアット・ホームの風景ではあった。

翌日の帰路は大室山経由。桜はほぼ満開。ここも人出は少なく、これまで何回となくこの時期に観桜を試みてきたが今年は大当たり。堪能しました。

《伊豆マリオットホテル修善寺》

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