柳美里の今日のできごと

小説家、劇作家の柳美里のブログ

49歳

2017年06月23日 08時40分56秒 | 日記
長らくブログを更新していませんでした。

昨日、6月22日は、わたしの49歳の誕生日でした。

19歳のとき、わたしは初めて書いた戯曲「水の中の友へ」を自ら演出しました。
「水の中の友へ」は、芝浦の「WATER」という倉庫を改造した天井の低い小劇場で上演しました。

大きな篏め殺しの窓があり、窓の外は海でした。

30年が経ちました。

50歳を目前にして、大きな変化があります。

いま、引っ越しの準備を進めています。

わたしたち家族は、南相馬市原町区(原発から23km地点)から小高区(原発から14km地点)に引っ越します。

小高駅から徒歩3分の土地(家付き)150坪を2千万円で購入しました。
20年ローンです。

「警戒区域」中にネズミ被害などがあったため(ネズミって、障子紙や柱まで齧るんですね)いま、修繕と清掃をやってもらっています。

駅通りに面した1階の2部屋を改装して、本屋にします。

校歌を担当した、福島県立小高産業技術高等学校の生徒のための本屋「フルハウス」(初めて出版した小説本のタイトル。大入り満員という意味)の、年内開店を目指します。

当初は、本屋開店はお金が貯まってからにしよう、と思っていたんですが、それだと何年かかるかわかりません。

近々、クラウドファンディングをはじめます。
はじめたら、HPやTwitterで告知するので、ご協力ください。

引っ越しは、7月1日積み込み。
7月2日積み下ろしです。

もう住民票は小高に移しました。

前進あるのみ!





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明日の気温

2017年05月12日 22時51分58秒 | 日記
天気予報は、相馬と浪江が出るので、その間の気温を想定します。

明日は、割と寒いですね。

雨だし、原稿日和ってことか……


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誕生日

2017年05月12日 20時13分41秒 | 日記
今日は、東由多加の誕生日。

2000年の4月20日に亡くなったけれど、生きていれば、72歳……

54歳の死に顔しか浮かばない。

生きていたら、どんな72歳になっていたんだろうか?

わたしは、6月22日で49歳になる。

東由多加の死んだ歳に近づいている。

あの世で再会する時は、お互い、いつの姿なんだろう?



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頭痛

2017年05月09日 15時36分17秒 | 日記
朝からひどい頭痛で起き上がれません。

気温差のせいかな?

気圧のせいかな?

あと30分したら、起き上がって、仕事をします。



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お散歩

2017年05月08日 18時28分31秒 | 日記
GW中はあまり寝ないで、よく仕事をしたな……

今日は朝から、打ち合わせ、インタビュー、打ち合わせで、まだ書くことに向かえていません。

日暮れ前の本陣山を30分歩いて頭の中を切り替え、これから原稿を書きます。


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終わらせた。

2017年05月08日 02時26分32秒 | 日記
やっぱり、今日終わらせると決めたことは終わらせようと思い直し、帰宅して『国家への道順』の手入れの続きをやり、いま、終わらせた。

明日は早いから、眠らないと。

つらい。

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到着。

2017年05月07日 23時54分34秒 | 日記
原ノ町に着いた。

『国家への道順』の手入れ、まだ終わっていない。

明日やるしかない。

疲れた。


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ようやく、常磐線に……

2017年05月07日 22時25分24秒 | 日記
福岡から羽田の飛行機の中でも、羽田から浜松町のモノレールの中でも、浜松町から東京の山手線の中でも、東京から仙台の東北新幹線の中でも、ずっと原稿を譜面台にのせて手入れを行なっていました。

河出書房新社から出版予定の『国家への道順』です。

5月3日から取り掛かったのに、まだ終わらない。

仙台から原ノ町の常磐線の中で、なんとか終わらせます。

結局、GWは旅先(長崎への墓参の旅)で仕事をしていました。

明日は明日で、締切やら打ち合わせやらインタビューやらでスケジュールがいっぱいなので、今日の仕事は今日中に終わらせます。

(東北新幹線の到着時刻を知らせるアナウンスが、東北訛りで「帰ってきたぞ」とうれしくなりました)




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そして、本降り……

2017年05月05日 18時33分16秒 | 日記
折り畳み傘はあるんだけど、びしょ濡れ……

東由多加は、雨が好きだったからな……


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お墓まいり

2017年05月05日 18時30分27秒 | 日記
雨がぽつぽつ降っていました。

お線香の火はなんとかつきました。


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お墓へ

2017年05月05日 16時03分53秒 | 日記
花束を持って、路面電車で大浦天主堂に向かっている。

雨が降りはじめた。

お墓に到着する頃には、本降りになりそう。

さすが、雨男。


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供花

2017年05月05日 13時59分42秒 | 日記
眼鏡橋の近くの花屋で、トルコキキョウを買った。

忘れたり落としたりしないように、ね。


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忘れ物? 落し物?

2017年05月05日 12時36分51秒 | 日記
東由多加のお墓は、大浦天主堂に隣接している妙行寺にある。

毎年、供花の花束を作ってもらっている花屋が潰れていた。

花は諦め、坂の下のコンビニでお線香とライターを買った。

坂を上った。

お墓の前に立った。

お線香とライターの入ったレジ袋が、ないーー。

歩いている間に落としたのか?

まさか?

墓前で手を合わせたけど、あまりにも間抜けだから、明日、出直します。

ぼうっとしてる。

笑われたかも。


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明治期のキリシタン弾圧

2017年05月05日 10時53分04秒 | 日記
「明治の時代に代わってもキリシタン禁制のまま、新政府は、浦上村の住人3384人を全国20藩に分けて、彼らが『旅』と呼ぶ『流罪』としました。しかし、各地で信徒が重労働や拷問、飢餓に耐え続けるなか、この事件は、世界各国から批判をうけ、明治6(1873)年、禁教令が廃止されました。浦上の信徒は、613人が殉教し、1900人が戻ってきました。いっさいの財産をなくした信徒たちは、茶碗のかけらで畑を耕すことからはじめ、やがて信仰の象徴である天守堂の建設に取り組みます。明治22(1889)年、明治政府は、信教の自由を憲法で条文化しました」

『長崎・天草の教会と巡礼地完全ガイド』長崎文献社




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水ノ浦教会

2017年05月05日 10時25分43秒 | 日記
キリシタン弾圧は明治期になっても続き、明治元(1868)年のクリスマスの夜、ナタラ(クリスマス)のオラショ(祈り)を行おうとして集まった60人余りが拷問を受けたという。
水ノ浦教会の横に、その記念碑が建てられている。

日本は戦前、神道を用いて国民を統合する「国家神道」制を布いていたわけだから、キリシタンたちは1945年9月頃まで潜伏していなければならなかったのだな……



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