くりぃーむソ~ダ

気まぐれな日記だよ。

地図にない場所(36)

2020-05-09 19:37:59 | 「地図にない場所」

 ――ざっぽん。

 サトルは、精巧な人形に羽交い締めにされ、声も出せないまま、水中に引きずりこまれてしまいました。そして、羽交い締めにされたまま、波を蹴立て、前方に見える小島の家に、引っ張られていきました。
「サトル!」と、ガッチが叫びました。「――くそっ、このぼろ舟。おとなしくしてやがれ」
 サトルが、水中に引っ張りこまれてできた波で、丸太舟が上下に揺れ、バランスを崩したガッチは、丸太舟にしがみついているので精一杯でした。。
 ガッチが揺れる舟に手こずっている間に、サトルは、早くも小島の家の前まで引っ張られていました。と、家だと思われていたものが、ザバーッと大量の水しぶきを上げながら、黒光りする二つの目玉と、凶暴な歯がびっしりと並んだ大口を現しました。
「うわーっ」と、サトルが驚いて叫びました。
「――くそっ、サトルーッ」と、ガッチも大声で叫びました。
 あやつり人魚がしぶきを上げた波を食らって、サトルはまた水中に落ちてしまいました。あやつり人魚が操っていた人形は、いぜんとしてサトルの体に手足を巻きつけたまま、放そうとしませんでした。
 サトルは、水中で開いた目に、あやつり人魚の恐ろしい大口を見ながら、直感的にそれ以上もがこうとはせず、自分に巻きついて放さない人形の手足を、引きはがしはじめました。
 やけに強い力で締めつけている人形の手足は、サトルが全身の力を使っても、なかなか外せませんでした。けれど、あやつり人魚がサトルを口にしようとしたとたん、タイミングよく、サトルは人形の手から逃げ出しました。それだけではなく、サトルは人形の背中につかまって、空中に浮き上がったとたん、自分の身代わりに、人形を大きな口の中に放りこみました。
 口の中に、サトルの体が入ってくるものとばかり思っていたであろうあやつり人魚は、サトルの身代わりになって放りこまれた自分のあやつり人形を、ひと思いにガリッと飲みこみました。あやつり人魚は、一瞬満足そうな表情を浮かべましたが、次の瞬間、またとないほどくやしそうに暴れ出しました。サトルは、あやつり人魚が自分の人形にまんまと噛みついたのを見ると、すぐに丸太舟に向かって泳ぎ出しました。その時には、ガッチがなんとか丸太舟を操って、サトルのすぐ近くまで漕ぎ着いていました。
「さあ、つかまれ!」と、ガッチが丸太舟の上からサトルに手を伸ばしました。
 サトルが、ガッチの手をぎゅっと握ると、ガッチはサトルの体を軽々と丸太舟の上に引き上げました。サトルを乗せた丸太舟は、火がついたような勢いで波を蹴立て、川を進んで行きました。
 サトルに一杯食わされたあやつり人魚は、もはや実力行使あるのみとばかり、その醜い姿をさらけ出し、猛然と二人の乗った丸太舟に襲いかかりました。けれども、ガッチの間髪を入れない、まるで機械のように正確で力の入ったオールさばきの前では、あやつり人魚の追撃も、すべて空振りに終わってしまいました。
 ぐんぐんと進んで行く丸太舟を、水面から半分だけ顔を出したあやつり人魚が、うらめしそうに見ていました。ガッチの漕ぐ丸太舟は、勢いを止めることなく、飛び魚のようにピョンピョンと、あっという間に姿を消してしましました。


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