くりぃーむソ~ダ

気まぐれな日記だよ。

王様の扉(217)

2024-02-12 00:00:00 | 「王様の扉」


「あれ? ボス、ぜんぜん見当違いのところに出てきちまったみたいです」

 と、黒いアスファルトの下からザップン――と、浮かび上がってきたのは、大きさこそ少し大きめのトラックほどだったが、どう見ても絵に描いたような黄色い潜水艦だった。
 円筒形のような形をした胴体から、大きな帆を張ったように突きだしたハッチのドアが開き、中から出てきたのは、地下の空間でジロー達を追い詰めた四人組の一人だった。
 周りの状況がすぐには飲みこめなかったのか、その場に集まっていた警官や機動隊員達の姿を確認すると、一瞬凍りついたように肩をすぼめた男は、あわててハッチのドアに手を掛け、大声で下にいる仲間達に言った。

「大変だ、ボス。速く逃げてください。警察に囲まれてます」

 急いでハッチを閉めようとした男の手が、途中で止められた。
 おびえた顔が見たのは、伊達の手から逃れて潜水艦に飛び移ったジローの、怒りに充ち満ちた形相だった。

「――おい、ラッパ。早くハッチを閉めて降りてこい。このまま地面に潜るぞ」

 と、仲間達からボスと言われている男は、丸い舵を操作しながら、後ろに半分顔を向けて言った。

「ああ。早いところここから離れてくれ」

 と、聞き覚えのない声が艦内に響き、潜水艦の中にいた三人が、ぞっと肩を脅かして振り向いた。
「――また会ったな」と、言って姿を現したのは、ラッパと呼ばれた男の襟首をつかみながら、ギロリとした目で一人一人の顔をうかがう、ジローだった。
「なんで、あんたがここにいるんだ」と、舵を持つ手を思わず離したボスが、驚いて言った。「――ラッパ、なんでこいつを中に入れたんだよ」
 襟首をつかまれて歩かされていたラッパは、どんと突き放されてよろめき倒れ、ボスの手を取ってかろうじて立ち止まると、弱々しい声で言った。
「ごめんよ、ボス。またやっちまった」
「謝ったって遅いぜ――」と、ボスは舌打ちをすると、慌てたように言った。「なにしに来たんだ。おれ達は頼まれて、あんた達を追いかけただけなんだ」

「仕方なかったんだよ。わかるだろ」

 と、ボスはジローに手を合わせながら言った。「――おれ達が悪かった。このとおり謝るから、見逃してくれ」
「見苦しいぞ」と、ジローは吐き捨てるように言った。「自分たちのやったことに、責任を持つんだ。おまえ達が何者かは知らないが、このままおれを連れて行ってくれないか」
「――」と、互いに顔を見合わせた男達は、声をそろえて言った。

「どこへ?」

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王様の扉(218)【19章】

2024-02-12 00:00:00 | 「王様の扉」

         19 夢のつづき

「ここは、どこ?」

 と、沙織がまぶしそうに目を開けるのと、ジローが黒電話の受話器を置くのとは、ほぼ同時だった。
「怪我は大丈夫か」と、ジローはそそくさと部屋の中を見回し、沙織が身につけていたであろう私物を拾い集めていた。「――すぐに誰かが来るぞ。それまでに部屋を片付けるんだ」
 目に痛いくらい、黄色いシャツを着た沙織がベッドの上で体を起こすと、隣り合わせた正面の部屋の中で、男が一人仰向けに倒れて気を失っていた。
「――誰」
 と、表情を曇らせた沙織の声を聞いて、ジローは言った。
「わからない。いきなり目の前に現れて、つい殴り倒してしまった」
「――」と、顔を上げて部屋の中を見回した沙織は、くすりと笑顔を浮かべた。「かわいそうなことをしたわ」

「おい」

 と、ソファーを探っていたジローが、沙織を振り返って言った。
 呼ばれて振り向いた沙織が見ると、ジローは黄金色に輝くルガーを持って難しい顔をしていた。
「こんなもの、どうして持ってきたんだ」
 すぐに首を振った沙織だったが、なにかを思いついたように言った。
「ごめんなさい。拳銃だけは元に戻しておいて」
 と、ジローは首を傾げた。
「どうしてだ」
「彼には、もうひと働きして貰わなきゃならないから」と、沙織は痛みをこらえながら、ベッドを降りて立ち上がった。
「無理はするな。もう少しで外に出られるぞ」と、ジローは見つけたビニール袋の中に、拾い集めた物を片っ端から入れていた。「おまえが赤い髪をしていたなんて、まるで気がつかなかった。
 腰に巻きつけられていた、へたくそなバスタオルを巻きなおしながら、沙織はふらつく足でゴミ箱の中をのぞきこむと、黒い髪の色をしたカツラを取り出した。
「子供の頃は黒く染めていたの」と、沙織は思い出すように言った。「学校で冷やかされないようにってね」
「それで最後だな」と、ジローはサオリの持ったカツラを見ながら言った。「――さぁ、もう出かけよう」

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王様の扉(219)【終】

2024-02-12 00:00:00 | 「王様の扉」


「待って」

 と、怪我をした自分を抱きかかえようとするジローに、沙織は言った、
「これって、夢のつづきなの――」
 いいや、とジローは首を振って言った。
「沙織が、乗り越えなければならない試練だろう」
 ジローに抱きかかえられた沙織は、うれしそうな笑顔を浮かべて言った。

「ありがとう。ジロー」

                        おわり。そして、つづく――。

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王様の扉(215)

2024-02-11 00:00:00 | 「王様の扉」

 階段の下に頭を向けたジローの足を、伊達は片手でつかむと、階段の上まで、砕けたガラスをザラザラと鳴らしながら引っ張り上げた。
 脳しんとうを起こしたのか、力なく宙を仰いでいるジローの胸をつかんで起き上がらせると、伊達は右の拳を大きく振りあげ、骨を砕くほどの勢いでジローの顔面に叩きこんだ。

 ――ゴワーン、ワワーン。

 と、肉を打つ音ではなく、大きな鐘を小槌で突き鳴らすような音が響いた。
 一撃だけではなかった。
 もう一撃、もう一撃と伊達は拳をジローに叩きこんだ。

 ――ゴワーン、ゴワワーン。

 と、ようやく目の焦点の合ったジローは、伊達をしっかと見据えると、今にも打ちこまれそうだった伊達の拳を左手でつかみ受けた。
「抵抗するな。おとなしく逮捕されろ」と、ジローに押し返される拳を、さらに押し返そうとする伊達が、苦しそうに言った。
「おまえ達に邪魔される覚えはない」と、ジローは言うと、伊達の拳をつかんだまま腕を振り上げ、つかんだ拳ごと、伊達を放り投げてしまった。
 固い地面にしたたか打ちつけられ、気を失ったように力なくうつぶせに倒れ伸びた伊達を目の端に、ジローは踵を返してその場を離れようとした。
 それまで、じっと様子をうかがっていた機動隊員達が、伊達が倒されたのを確認したからなのか、ジローを捕まえようと、その進路を塞ぐように、集まって強固な壁を造った。
 目の前に盾を組んで壁を作られたジローは、機動隊員達を避けようとしたが、進路を変える度、正面に移動してきて立ち塞がるのに業を煮やし、勢いをつけて体当たりをすると、力まかせに壁を壊そうとした。
 機動隊員達が数人がかりで組んだ壁を、ジローはたった一人で崩してしまった。
 しかし、たとえ盾を落とされてもくじけない機動隊員達は、ジローの目の前に立ち続け、なんとか捕らえようと歯を食いしばっていた。

「どけ、邪魔だ――」

 鬼のような、怒りに満ちた表情を浮かべたジローは、機動隊員達を一人ずつ排除しようと、つかみかかった。
 と、ジローの腕を後ろからつかんだ伊達が、先ほどのお返しとばかり、ジローを頭上高く持ち上げると、宝石店の正面まで、ふらつきながらも投げ飛ばした。

 ――ゴウン、ゴウウン。

 大きな鉄の鐘がひっくり返ったような鈍い音を響かせ、ジローは固い地面の上に頭から落ちた。

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王様の扉(216)

2024-02-11 00:00:00 | 「王様の扉」

「おまえは、何者だ」と、ジローは信じられないというように言った。
「俺は警察官だ。おとなしく逮捕されろ」と、伊達は仰向けになったジローを見下ろしながら言った。
「おまえが何者だろうと知ったことではない」と、ジローは歯を食いしばりながら言った。「おまえは何者だ、そう言ってるんだ」
 言ったジローの視線が、不意に伊達を逸れ、伊達の後ろに向けられた。
「――」と、伊達がちらりとジローの視線の先を見ると、スーツを着た子供が、手持ち無沙汰に後ろで手を組み、せわしなく貧乏揺すりをしながら立っていた。

「おや。私が見えるみたいですね」

 と、スーツを着た子供が、ため息をつくように言った。
「おまえにも見えるのか?」と、言った伊達の足をつかむと、ジローは膝をつきながら立ち上がり、代わりに伊達をひっくり返した。
「――妖怪のたぐいか? いや、魑魅魍魎の仲間だな」と、ジローは立ち上がると、倒れている伊達を片腕でつかみ上げ、階段の下まで、軽々と放り投げた。
 頭上高く放り投げれた伊達は、ジローを取り囲んでいた機動隊の真上から、真っ逆さまに落下していった。
 ジローを逃がさないよう、壁を作っていた機動隊員達は、真上から落ちてくる伊達を避けるため、陣形を一時的に崩さなければならなかった。
 機動隊員達の壁が崩れたのを見計らい、ジローは体当たりをするように上体を屈めて駆け出すと、壁を突破して宝石店の敷地から外に出ようとした。

 バスンッ――。 

 と、足下に投げつけられた盾に足を取られ、ジローは階段の下に前のめりに倒れこんだ。
「俺は妖怪変化か――」と、体中の関節をボキボキと鳴らしながら、伊達は言った。「だったらおまえは、古ぼけたポンコツだろうが」
 奇妙な踊りを舞うように、うつぶせに倒れたジローに駆け寄った伊達は、後ろ手につかんだジローの腕を肩の方にひねり上げ、抵抗ができないように押さえつけようとした。
「――誰がポンコツだ」と、後ろ向きに伊達を見ながら、ジローは言った。

「いいか、おれは人間だ」

 階段下のアスファルトが波打つように盛り上がったのは、ジローがねじり上げられた腕ごと、伊達を振り払って立ち上がろうとしていた時だった。
 思わぬできごとに、再び陣形を組み始めていた機動隊員達は、また二人と距離をとって後ろに下がり、様子をうかがっていた。

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王様の扉(213)

2024-02-10 00:00:00 | 「王様の扉」

「そりゃそうですよ」と、気味がいいというように笑顔を見せながら、スーツを着た子供は言った。「私は冥界の代理人ですからね。向こうの世界に縁のある人は一人残らず知っています。っていうか、我々の仕事仲間と、情報を共有しあってるんです」
「もったいぶらずに教えてくれないか。あいつは何者なんだ」
「いいですよ」と、スーツを着た子供は言うと、スーツの内ポケットから黒色の手帳を取り出した。「――ふふふ。彼のことを知れば、冥界に行くのをためらっているあなただって、きっと素直に私と一緒に旅立つ決心がつくはずです」

「彼は、1916年。大正5年の生まれですね」

 と、スーツを着た子供は、どこにしまっていたのか、片手に持った老眼鏡を手間取りながらかけると、広げた手帳を見ながら言った。
「ふふん。からかうのはやめてくれ」と、痛みをこらえながら、伊達は言った。「せいぜい高校生くらいにしか見えないヤツが、そんなに年寄りなはずはないだろうが」
「いえいえ、そんなことはありません。私だって、見た目は若いですが、正直あなたよりも年上なんですから」と、スーツを着た子供は言った。「――いいですか、続けますよ。世界大戦のまっただ中で、今の現世と比べると、国同士が腕力を使ってでものし上がろうとしていた時代です。生まれたときから病弱で、先に生まれた兄弟は4人とも、5歳を待たずに亡くなっています」
「――」と、伊達は仰向けになったまま、夜空を見上げていた。「そんな冗談は笑えないぞ」
「けれど、兵器開発の技術者をしていた彼の父親は、子供の命を一人でも救おうと、人造の生命体の研究を進め、彼をその実験体にしたんです」と、スーツを着た子供は言葉を途切ると、伊達の様子をちらりと見て言った。「――もうそろそろ眠くなってきましたか? その体を離れるときは冥界の入口までご一緒しますから、心配しないでください」
「ああ」と、伊達は上を向いたまま、ぽつりと言った。「死人の俺が言うのもおかしいが、よくできた話だな」
「今ほど科学が進んでいない時代に、現代もかなわないほどの技術的な成果を上げた父親は、さっそく彼を模した兵士を作り出すように命令を受けたようです。しかし、そもそも人を生かすための技術を拓いたのであって、命を奪うためではないですからね。彼の父親も、すぐには命令に応じなかったようです。この時代、偶然にも西域の探検に向かう隊が編成されることになり、父親は彼をその一行に加えると、性能の試験と称して探検に同行させたらしいです。そうこうしている間に、戦争は旗色が悪くなって、結果的に敗戦するわけですが、彼は生きるために体の大半を機械に代替したにもかかわらず、戦争が終わった後も兵器と受けとめられて、今の今まで、鉄の棺の中で眠らされていたんです」

「――どうです。改造手術を受けたとき、彼は十七歳だったんですよ」

「ふふん。その話が本当だとすると、ヤツは顔に似合わず、波瀾万丈だったんだな」と、白いマスクの下でよくわからなかったが、伊達は笑いながら言った。「あいつの父親が、自分の手で子供を棺桶に入れたのか」

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王様の扉(214)

2024-02-10 00:00:00 | 「王様の扉」

「そりゃ、そうでしょう」と、スーツを着た子供は言った。「戦争に利用されない時代が来るのを信じて、彼の父親が棺桶に入れたんです」ほら、ここにちゃんと書いてありますよ――。
 と、スーツを着た子供が急に黙りこくった。

「すみませんが、今のはすべて聞かなかったことにしてください」

「――なにか、法に触れることでもあったのか」と、伊達は心配そうに言った。
「またやってしまいました」と、スーツを着た子供はため息を漏らして言った。「手帳の下の欄に、関係者以外秘匿の印が書かれていました。――どうして見落としたんだろう」
「秘匿? ヤツも俺のような魂だけの存在ということか」と、伊達は言った。
「いいえ。そうではないんです」と、スーツを着た子供は首を振った。「彼は、“神の杖”の知識を応用して、造られているんです」
 と、はっと目を見開いたスーツを着た子供は、ぶるぶると慌てて首を振って打ち消した。
「いえいえ、違いますよ。“神の杖”だなんて、それはこっちの問題ですから。もはや亡くなっているあなたには、なにも関係ないことですから――」
 聞かなかったことにしてください――と、スーツを着た子供は深々と頭を下げたが、それまで仰向けになって宙を見上げていた伊達は急に立ち上がると、言った。

「悪いが、“神の杖”と聞いて黙っていられるほど、俺の魂は優しくないんだ」

 ジローにとっては、一瞬のできごとだった。しかし、伊達にとっては、たくさんの情報を得る長い一瞬だった。
 宝石店を離れようと小走りに駆け出したジローのそばで、息を吹き返した操り人形のように、不気味な動きで立ち上がった伊達が、ジローの後ろ手を取り、抱きかかえるように引き寄せると、自分が冷たい石の床に放り投げられたのと同様に、ジローをいとも易々と持ち上げ、硬い床に叩き落とした。

 ――ガシャン。

 と、大理石の硬い床が蜘蛛の巣のようにひび割れ、仰向けになったジローは、目を白黒させていた。
「立て」と、伊達はジローの胸をつかんで立ち上がらせると、力任せに拳を頬に叩きこんだ。

「ううっ」

 と、声を漏らしたジローは、屏風倒しになったドアと並ぶように、だらりと手足を伸ばした格好で倒れ、焦点の定まらない目で天を見上げていた。

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王様の扉(211)

2024-02-09 00:00:00 | 「王様の扉」

「じゃあ聞くが、俺がこうして生きていられるのは、この世に生きていたいという俺の責任か」と、伊達は考えるように言った。
「そのとおりです」と、スーツを着た子供はうなずいた。「この世で生きていたいというのは、亡くなった人には当てはまらないんです。わかりますよね?」
「――だったら」と、伊達はため息を漏らすように言った。「命を落としかけた人間の魂を引き戻して、命のなくなった人間として蘇らせたのは、この世で生きていろ、という意味じゃないのか」
「ほら、まただ」と、スーツを着た子供は唇をとがらせて言った。「返答に困ると、そうやってすぐにまた人の過ちを持ち出してくる。大人げないんじゃありませんか。もう少し聞き分けてくださいよ」
「見た目は違うが、おまえは俺よりずいぶん前に亡くなっているんだろ」と、伊達は言ってドアレバーに手を掛けた。「俺が納得すれば、すぐにでも冥界に案内して貰うさ。だからそれまでは、なんとかおまえの上司とやらを遠ざけておいてくれないか」
 と、ドアを開けて外に出て行く伊達の背中を見ながら、スーツを着た子供は舌打ちをして言った。
「まったく、自分勝手な人ですね。私だって、いつまであなたのことを保留にしておけるか、わからないんですよ。――こんなことなら、バスの一件を上司に報告して、処分を受けていた方がよかったかもしれません。地道に徳を積んで、将来は仙人達のいる天上に移住して、まぶしい空の下で悠々と果物でも育てながら過ごそうと思っていたのに。理想の暮らしが、だんだん遠のいていくようです」

「――伊達さん、大丈夫ですか」

 と、渋面を作った眼帯が、振り返って言った。
「ああ、状況はパトカーの中から見ていてわかっているが、女はどうした」と、伊達は言った。
「申し訳ありません――」と、眼帯は頭を下げて言った。「あの男に手間取っているうちに、どこかに姿を消してしまいました」
「まぁ、それも仕方がないか」と、伊達は宝石店の正面を見ながら言った。「俺が何とかしよう。君塚はここいら一帯に検問を張って、逃げた女を追ってくれ」
「はい。わかりました」と、眼帯はうなずいて言った。「――そういえば、さっき車の中で誰かと話をしていたようでしたが、なにかあったんですか」
「――」と、伊達は眼帯を見ると、黙って首を振った。
「すみませんでした」と、眼帯は小さく頭を下げると、そばにいた制服警官の元に駆けていった。「――これから検問を敷く。手伝ってくれ……」
 眼帯に指示を出してすぐ、伊達は正面の階段を駆け上がって行った。

 ――トン、トトン。

 と、ジローから距離を置き、遠巻きにしている機動隊員の間を縫って、伊達が階段を駆け上がってきた。

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王様の扉(212)

2024-02-09 00:00:00 | 「王様の扉」

 伊達がジローの前に出てきたとたん、中腰で構えていた機動隊員が、約束していたかのようにさっと距離をとって離れた。
 沙織がいち早く逃げ出し、時間を稼ぐ目的を達したジローは、状況を見て宝石店から離れようとしていたが、白いマスクを覆った異様な風体の伊達が姿を現したことで、すっかりタイミングを逃していた。

「――なんだ、おまえは」

 と、伊達を見たジローは、思わず声に出して言った。
「――」と、伊達はジローの問いには答えず、階段を駆け上ってきた勢いのまま、ジローの肩口をつかもうとした。
 手術着のような服を着ていたジローは、肩口をつかもうとする伊達の手を払い除けようとしたが、思いがけない強い力に逆に手を払い落とされ、あっという間に肩口をつかまれると、足下が泳ぐほど前のめりに引っ張り崩された。

「なんなんだ、おまえは――」

 と、今度ははっきり口に出したジローは、服を離さず地面に引き倒そうとする伊達の背広をつかみ返すと、素早く前に進んで伊達の体を抱きかかえ、地面から引っこ抜くように軽々と持ち上げると、足下近くの地面に放り落とした。

 ぶっつつん――。

 という鈍い音を立て、伊達の体が地面に仰向けに倒された。
 肉を打つ生々しい音は、伊達が負ったであろう致命傷の大きさを、耳にした者の脳裏にくっきりと、痛みと共に思い描かせた。
 しかし、遠巻きに盾を構えた機動隊員達はその場を動かず、むしろ盾を構える手に力をこめ、ジローを捕らえる機会が来るのを、今か今かと待っているようだった。

「さすがのあなたも、今のは答えたでしょう?」

 と、仰向けになった伊達の顔を覗きこんで、スーツを着た子供は言った。
「あなたが敵わない相手もいるんですよ。どうです、ここいらが潮時だと思いませんか。すぐに動けないくらい、体中の骨が骨折してるみたいです。人生の幕を引くなら、こんなにいいシチュエーションはなかなかありませんよ。暴漢と戦った末に殉職だなんて、警察官として、正義を貫いてきたあなたにぴったりじゃないですか」
「――おまえ」と、周りの誰もが時間が止まったようにぴくりとも動かない中、伊達はギロリ、と目だけを動かしてスーツを着た子供を見上げると、言った。「あいつが何者か、知ってるんだな」

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王様の扉(209)

2024-02-08 00:00:00 | 「王様の扉」

 一人だけではなかった、思わぬ怪力を目の当たりにして気圧され、二の足を踏む隊員に飛びかかると、息をつく間に、ジローは周りを取り囲んでいた機動隊員達をことごとく投げ飛ばし、階段の上には、ジロー一人だけが立ち残った。
 そこへ、

 コツツン……。カツツン……。

 と、どこからか白煙を吹き出す催涙弾が打ちこまれた。
 ジローはあわてて目を閉じ、息を止めたものの、わずかに吸いこんだ催涙剤に嗚咽を漏らしながら、よろよろと後ろに下がった。
「大丈夫か、沙織――」と、ジローが振り返って声をかけた場所には、いつの間に逃げ出したのか、沙織の姿はどこにも見えなかった。

「女を捜せ」

 と、制服警官が口元を押さえつつ、沙織を確保しようと階段の上に躍りこんできた。

「――」

 と、ジローは無言のまま制服警官を捕まえると、機動隊員と同様に、次々と制服警官達を階段の下に放り投げてしまった。
 白煙を吹き出していた催涙弾はあっという間にガスが切れ、霧が晴れたような宝石店の出入り口の前には、やはりジロー1人だけがその姿を周囲に晒していた。
 ここまで、ほんのわずかな時間しか経っていないのにもかかわらず、姿を見せたジローをカメラに捉えようと、周囲のビルぎりぎりまで近づいたマスコミのヘリコプターが、騒ぎを煽るように、翼の音をブルブルとうるさいほど響かせていた。

「あなたが出て行かなくたっていいでしょうが」

 と、パトカーの中から様子をうかがっていた警部補の伊達雅美が、満を持して外に出て行こうとしたときだった。
 ドアレバーに手を掛けていた伊達はそのまま手を止め、不気味な白いマスクを被った顔で振り返った。
「俺が出て行かなければ、誰があいつを止められるんだ」と、低いながらも腹の底まで響くような太い声で、伊達は言った。
「――あのですね」と、後部座席の伊達の隣に座っているのは、黒いスーツを身につけた、どう見ても、まだ小学生くらいの子供だった。「あなた、もう生きちゃいないでしょうが」
「――」と、ため息をついた伊達は、隣にいる子供に向き直って座り直すと、言った。「おまえが言うように、俺はとっくに命を落としている。だが、このとおり体は頑丈そのものだ。魂さえこの胸の中に収まっていれば、暴漢とだってまだまだやり合える」

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