備忘録として

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桃花源記

2008-08-11 11:58:26 | 中国

北京オリンピックの開会式について朝日新聞の天声人語は、陶淵明の描いた”桃花源記”の桃源郷のようだったと評し、ロシアとグルジア(今はジョージア)が戦争を始めた現実とを対比させていた。”桃花源記”は陶淵明が戦乱のつづく世の中に幻滅して描いたという。

桃源郷から、トーマス・モアの”ユートピア”やジェームズ・ヒルトンの”Lost Horizon”のシャングリ・ラを思い出す。15世紀のトーマス・モアが描いた”ユートピア”は、共産主義のような社会で住民は財産を私有せず、共同の倉庫にあるものを使う。人々は日頃農業にいそしみ、空いた時間に芸術や科学研究を行う。ただ、規則に従わないものは奴隷にされるなど規則ずくめの窮屈な社会として描かれている。20世紀初頭のジェーズ・ヒルトンの描くシャングリ・ラは、現世から隔絶され穏やかで平和で中庸を重んじる世界として描かれている。

桃源郷という言葉の語源になった陶淵明の”桃花源記”は、先祖が秦の時代の戦乱を避けて移り住み外界との接触がないまま何百年か(秦の時代から物語の4世紀末まで約600年)が経過した村に漁師が迷い込んだ話である。陶淵明の短い漢詩からは、村の社会体制や村人の思想は不明だが、村人が穏やかに幸せに暮らしている様子だけはわかる。

陶淵明といえば”帰去来辞”で、大学4年のころ自身の進むべき道に迷ったときに出会った。帰去来辞の本来の意味をよく理解はしていなかったが、この漢詩を読んで「とにかく一歩踏み出そう」という勇気をもらった記憶がある。吉川幸次郎著『陶淵明伝』は、陶淵明の作った漢詩だけでなく、後人である朱子や李白の詩を参照しながら作品が作られた時代背景を明らかにして作品の理解を深めようという文学に着目した本で、陶淵明の生涯や思想を追求したものではなかった。帰去来辞もどちらかと言えば役人勤めに厭いて、または失望して故郷に帰るのであり、意気揚々としたものではないと解釈している。ただ、吉川によると楚の屈源とは異なり詩が平坦で透明感があるということなので、私のような一見の読者は希望や躍動感を感じたのだろう。

陶淵明(365-427)中国東晋の人。41歳のとき役人職を辞して帰郷し、二度と復帰せず隠遁生活を続けた。


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