自 遊 想

ジャンルを特定しないで、その日その日に思ったことを徒然なるままに記しています。

帚木蓬生『アフリカの蹄』

2009年12月24日 | Weblog
(ホームページの新着情報のコーナーに読書の跡を記すことにしています。読んだ文庫本の粗筋だけを、ほんの粗筋だけを不定期に記しています。このブログを閲覧して頂く方々は案外に、本当に予想外に多いのですが、ホームページまで足をのばして頂ける方々は少ないようです。今日はホームページの宣伝を兼ねて。)

  帚木蓬生『アフリカの蹄』

「ドクター、この国がどうして<アフリカの蹄>と言うか教えてやろうか」。
白人支配からの解放運動家ニールが言った。
外科医の作田信(シン)は黙って頷く。
「エチオピアやスーダンは<アフリカの角>と呼ばれるね。アフリカ大陸は牡牛の形をしているだろう。この国はちょうどその足にあたる。だからアフリカの蹄。しかし、この国はまた別の意味で蹄なんだ。白人が我々黒人を牡牛の蹄で蹴散らし、踏みにじっている場所なんだよ」。
黒人に一人一票の市民権が与えられる日をニールは目ざしていた。

作田がこの国に来たのは心臓移植の研修のためだった。
だが、目もあてられない国状を見聞する。同僚に
「僕は医者だ。患者のいるところには行く義務がある」と言って、黒人居留区に入るようになった。
スラム街の診療所の黒人内科医サミュエルと親しくなった。
スラム街に来て、皮膚病の患者が多いのに愕然とし、不勉強を後悔した。
二歳ぐらいの男児の全身を小豆大の水疱が覆っていた。
「水痘じゃないのか」「いや違う。水痘ならこんなに皮疹が一様ではない」「ウイルス性の感染症だと思うが」

褐色の肌に緑のブラウスと黒のスカートが似合うパメラと作田はお互いに惹かれるようになった。
彼女はニールの妹だった。
この国で黒人の抵抗が成功した歴史はない。でも、駄目だといって初めから抵抗をやめれば黒人の歴史は終わりね。自由のために徹底的に闘う、とパメラの意志は固い。
「ンコシ シケレリ アフリカ(主よ、アフリカに祝福を)」と二人は語り合った。

スラム街を往診する作田。
三角テントのような小屋の中で六歳とは思えない女の子の身体を大豆大の丘疹が覆っていた。
微熱と皮疹があるだけで全身の衰弱が激しいのが特徴だ。
作田の脳裡で病気がはっきりと輪郭を見せたのは、水疱を全身にまとったまま死亡した例を耳にし、水疱が濃疹に変わった子供を診察してからだった。
伝染病だ。これから死者が次々と出るかもしれない。

作田の行動が衛生局長によって制限されるようになった。なぜだ?
WHOや国際赤十字に何とか連絡がとれないものか。
天然痘という病名が作田の頭をよぎった。天然痘の絶滅が宣言された後なのに。
黒人居留区をつぶすのにウイルスを極右の白人が撒いたのでは、とニールが不安がった。

ワクチンを各国の研究機関に精製してもらう他はない。
天然痘絶滅宣言後も研究用にウイルスを保管している国もある。
だが、保管されていたのは似て非なるウイルスだった。
じゃ、残された方法は一つ。患者から採取したウイルスでワクチンを作るやり方だ。
だが、どこが作ってくれるのか。
作田は友人のウイルス学専門のレフ助教授に相談した。
白人の極右グループによって引き起こされた可能性がある。
原因はともかく、今はこの疫病をどうくい止めるかだ。
しかしレフ助教授は、それ以上の協力を心ならずも拒んだ。身の安全に保証がないからだ。
だがレフは「ここへ行けば何か手を打ってくれるはず」と国立衛生研究所の部長を紹介してくれた。

部長からアタッシュケースを渡された。痘瘡ワクチンのアンプルがが入っていた。
しかし、とても足りる量ではなかった。
黒人のリーダーたちはWHOや国際赤十字にワクチン作りを依頼したが、
痘瘡ウイルスが国外にないので作りようがなかった。
ウイルスを国外に運び出してワクチンを作る他はない。
ボツアナまで運び出せば、各国の研究所がワクチンを作ってくれる。
運ぶ適役は黄色人種で<名誉白人>の日本人・作田をおいて他には居ない。
「ドクター・シン サクダ、黒人の解放に命をかけた日本人として、俺たちはあんたの名前を決して忘れない」。ニールの目が潤んでいた。

作田は息の続く限り走った。行き当たりばったりにトラックにも乗せてもらった。
・・・・・・・・・・
大量のワクチンが届く準備が出来た。

何日かかったのか。
サミュエルの診療所の灯が見えた。パメラが胸に飛び込んできた。
「ンコシ シケレリ アフリカ」

数日後、黒人全員ガ参加するゼネストが挙行された。いま、ここで、すべての権利を与えよ!
捕獲されたニールは「ワクチンなぞ俺は知らぬ」と言って、拷問の末、極右白人に殺された。
ゼネストは続いた。感動的な人の厚みだった。
「これがアフリカの蹄だわ」とパメラが目に涙を溜めて言った。
情報が入った。世界の主要都市でも応援デモ行進が始まった。国連事務総長も賛同した。


(小説の表だった主人公は作田信だが、実質的な主人公は国境と人種を超えたヒューマニズムである。)

コメントを投稿