大木昌の雑記帳

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本の紹介 鈴木宣弘『農業消滅―農政の失敗がまねく国家存亡の危機―』(3)―安全保障としての農業―

2022-10-17 15:37:36 | 本の紹介・書評
本の紹介 鈴木宣弘『農業消滅―農政の失敗がまねく国家存亡の危機―』(3)
―安全保障としての農業―

本書第五章は「安全保障としての国家戦略の欠如」です。

通常、「安全保障」といえば、軍事的な安全保障を指します。しかし鈴木氏は、農業・食料も軍事
とエネルギーに劣らず安全保障の一角を占めている、と主張しています。

たしかに、政府は「食糧安保」という言葉をたびたび口にしますが、それは掛け声だけで、本音は、
工業製品(とりわけ自動車)の輸出を優先し、食料は輸入すればよい、という考えです。

食料安保の実態も含めて、鈴木氏は日本の農業に関する虚構(「ウソ」とも表現しています)を三
つ挙げています。

ウソその①は、「日本の農業は過保護だ」という虚構です。過保護なら農家の所得はもっと増えて
いるはずです。逆に、アメリカは競争力があるから輸出国になっているのではありません。多い年
には穀物輸出の補助に1兆円も使っているからです。

アメリカやヨーロッパ諸国は、たとえコストは高くても自給は当然で、いかに増産をして世界をコ
ントロールするか、という徹底した食糧戦略で輸出国になっているのです。

日本は、コロナ禍をきっかけとして関税を撤廃したり、下げてきました。このため、農産物の自給
率は下がる一方です。

おまけに、日本は、コメについては、義務ではないのに毎年77万トンの輸入枠を消化しており、
アメリカとの密約で必ず枠を満たし、しかも「その約半分はアメリカから買うこと」を命令され
ています。

ウソその②は「政府が価格を決めて農産物を買い取る制度」というものです。これは、いわゆる農
産物の価格支持政策と呼ばれるもので、日本はこれを続けているといわれますが、欧米諸国は必要
な農産物に対する価格支持を維持するうえ、直接の補助金を支払い、したたかに自国の農業を死守
しています。

WTO(世界貿易機関)加盟国で、実際に価格支持政策を完全に放棄したのは日本だけです。この
意味で日本は加盟国一の「哀れな優等生」となっています。

ウソその③は、「農業所得は補助金漬けか」です。確かに、日本の農家は補助金を受け取っていま
すが、農業所得に占める割合は30%程度で、先進国でもっとも低いのです。

欧米はこの割合がはるかに高く、たとえばイギリス・フランスでは90%、スイスにいたってはほ
ぼ100%です。これは、どれだけ高くついても、命の元となる食料は自給すべきである、という
当たり前の考えに基づいています。

食料の自給率が38%(カロリーベース)という日本の場合、潜在的な農地も含めれば食料自給は
十分に可能なのに、現行制度では農業所得への補助金が少なく、所得も低いので担い手がいないこ
とが障害となっています。

鈴木氏は
    欧米では、命と環境と地域を守る産業を、国民全体で支えるのが当たり前 なのである。
    農業政策は農家保護政策ではない。国民の安全保障政策なのだという認識をいまこそ確立
    し、「戸別所得補償」型の政策を、例えば「食糧安保確立助成」のように、国民にわかり
    やすい名称で再構築すべきだろう。
と提案しています。ここで「戸別所得補償」とは、販売価格が生産コストより安かった場合、その
差を国が補償する制度です。

残念ながら、これまでの自公政権は、農業保護と食料確保が安全保障政策である、との認識はなく、
その方向で政策を進める意図はないようです。

これと並んで、鈴木氏が強く主張していることがあります。それは、食料の安全保障と関連して、
ここでは紹介しきれないくらい多くの問題で日本はアメリカに屈辱的に服従させられてきたこと
に対する憤りです。

農水省の幹部官僚として、アメリカと日本との交渉や国内の施策に直接間接にかかわってきた鈴
木氏は、日本がアメリカに煮え湯を飲まされてきた実態をつぶさに見てきた実感でしょう。

日本は何か独自にやろうとすると、「安保でアメリカに守ってもらっているから、アメリカには
逆らえない」と思考停止になってしまう、と鈴木氏は嘆きます。

これに対して鈴木氏は「アメリカが沖縄をはじめ日本に基地を置いているのは、日本を守るため
ではなくて有事には日本を戦場にして、そこで押しとどめて、アメリカ本土を守るためにあると
私は考えている」と、鋭い見解を述べています。私もまったく同感です。

アメリカに対しては弱腰なのに、アジア諸国にたいしては上から目線の態度で臨む日本の姿勢を、
アジアをリードする先進国としての自覚がない、と批判されるのを、鈴木氏は情けなく見てきた、
と語っています。

日本は、アメリカの言いなりになってしまった鬱憤と喪失の回復を、アジア諸国にぶつける「加
害者」になってしまっているのだという。

これでは日本は、アジア諸国やほかの途上国だけでなく、先進国といわれる国々からも尊敬され
ることはないでしょう。

鈴木氏はアジア諸国との共生が必要不可欠であり、そのためには互恵的なアジア共通の農業政策
を構築し、アジア全体での食料安全保障を確立しようと述べています。

終章は、第5章までの分析を踏まえて、それでは今後日本の農業と命と健康をどのように守って
ゆくべきかについて提言を挙げています。

政府は、規模を拡大してコストダウンすれば強い農業になるという方針を進めてきました。

しかし、規模を拡大するといっても、オーストラリアやアメリカの大規模農業には太刀打ちでき
ないことは明らかです。

そうではなくて、少々高いけれど品質が良い、安全・安心な食料を供給することこそが強い農業
につながってゆくカギになります。

消費者が海外から安い物が入ればいいという考えでは日本の農業は縮小するだけです。

輸入農産物が「安い、安い」といっているうちに、エストロゲンなどの成長ホルモン、乳牛への
成長促進のラクトマミン、遺伝子組み換え、除草剤の残留、イマザリルなどの防カビ剤と、リス
ク満載のものが日本に入ってきます。

これらを食べ続けて病気になる確率が高まれば、結局は高いものにつくのです。たとえば、安い
からと牛丼。豚丼、チーズが安くなったと食べ続けているうちに、気がついたら乳がん、前立腺
がんのリスクが何倍にも増えていた、ということになりかねないのです。

安全な食料を国内で確保するために鈴木氏が提案しているのは、生産者と消費者との強固なネッ
トワークをつくることです。

農家は、協同組合や共助組織に結集し、市民運動と連携して、自分たちこそが国民の命を守って
きたし、これからも守るという自覚と覚悟をもつことが大切になる。

鈴木氏はこの過程で農協と生協の協業化や合併も選択肢として考え、農協は生・準組合員の区別
を超えて、実態的に地域を支える人々の共同組合に近づいていくことを一つの方向として示唆し
ています。

私自身は、現在、完全無農薬・無施肥の自然農をおこなっている農家の生産物を消費者に宅配で
届ける手伝いをしています。これは鈴木氏も触れている、CSA(コミュニティー=消費者が支
える農業=消産提携)の考えに基づいています。

大がかりなシステム作りは一度にできませんが、まずは身の回りでできることを実行してゆくこ
とが大事だと思います。

政府は、イノベーション、AI、スマート技術を導入し、高齢化で人手不足だからAIで解決す
る、などの方向性を打ち出していますが、これは中小経営者や半農半Xなど多様な経営体の存在
を否定してしまいます。

最後に、鈴木氏が「付録」で、建前→本音の政治・行政用語の変換表の一部を紹介しておきます。

これらをみると、日本はアメリカの植民地のようななさけない印象を受けますが、誇張でも虚偽
でもなく、農水省官僚として長年実務を行ってきた鈴木氏の、実体験に基づく記述です。

国益を守る 自身の政治生命を守ること。アメリカの要求に忠実に従い、政権と結びつく企業の
              利益を守ること。国民の命や暮らしを犠牲にする。
自由貿易  アメリカや一部の企業が自由に儲けられる貿易。
自主的に  アメリカ(発のグローバル企業)の言うとおりに。
戦略的外交 アメリカに差し出す、食の安全基準の(ママ)緩和する順序を考えること。「対日年
      次改革要望書」やアメリカ在日商工会議所の意見などに着々と応じてていく(その窓口が規制改革推
      進会議)ことは決まっているので、その差し出していく順番を考えるのが外交戦略。
規制緩和  地域の既存事業者のビジネスとおカネを、一部企業が奪えるようにすること。地域
      の均衡ある発展のために長年かけて築いてきた公的・相互扶助的ルールや組織を壊す、ないしは改革
      すること。

鈴木氏が今後の日本の農業と日本人の健康にとりわけ危機感をかんじているのは、日本政府がグローバル種子・農
薬企業(鈴木氏はM社と記していますが、米モンサント社のこと)へ日本国民の命を差し出す便宜供与をしようと
していることです。

これにより、日本はゲノム編集食品の実験台にされようとしています。また種を握ったM社が種と農薬をセットで
買わせ、できた産物を全部買い取り販売するという形で農家を囲い込もうとしています。

こうした危機を跳ね返すには、消費者としてもただ、安いものだけを追い求めるのではなく、生産農家と互助的な
提携を進め安全な食料を確保することだと思います。

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