大木昌の雑記帳

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ファッション界の革命家たち(1)―桂由美のホワイトデビュ―論―

2024-05-14 07:59:41 | 思想・文化
ファッション界の革命家たち(1)
―桂由美のホワイトデビュ―論―

筆者はこのブログで、2014年5月に三回にわたってファッションについて書きまし
た(注1)。そこでは、ファッションとは何か、現在のファッション状況など一般
的な説明をしました。

今回は視点を変えて、ファッション界に革命をもたらした日本人デザイナーと
して桂由美氏(以下敬称略)と川久保玲氏(以下敬称略)に焦点を当てます。

上記二人のデザイナーは、それまでになかった新たな世界を切り開きました。こ
こ意味で私は、彼らをファッション界の革命家と呼んで差し支えないと考えます。
今回はまず桂由美を取り上げ、彼女がどんな革命を日本と世界にもたら
したのかを考えてみたいと思います。

ファッションは、私の授業の中でも大きな比重を占めるテーマでした。その中で
桂由美という存在は気にはなっていましたが、白のウェディングドレスのデザイ
ナーという認識しかありませんでした。

ところが、桂由美が今年4月26日に亡くなったとの訃報が突然飛び込んできま
した(享年94歳)。改めて彼女の仕事や業績を知りたくなりました。

そんな折、5月3日NHKBSで放送された『桂 由美―幸せを呼ぶ“純白”のド
レス―』という特別番組を見て、自分の理解がとても浅かったことを恥じる思い
でした。

桂由美には白いドレス、特にウェディングドレスにこだわる確固たる思想があっ
たのです。以下に、彼女自身が語った言葉を、できるだけ忠実に再現して引用し
ます(文章として必ずしも完結していない場合も多い)。

桂由美は白にこだわる理由を次のように語ります。

    白っていうのはすべての出発点で、何にでもなるわけですね・・・こ
    れから。だから、人生にたとえれば 水色の人生になるのか 赤の人
    生になるのか 黒の人生になるのか そこから歴史が始まるのですか
    ら、(白は)いわゆるデビューの色なので、どこの国でも赤ちゃんが生
    まれた時白の産着を着せるんですよ。何色の人生を送るかわからない
    ですからね。

桂由美によれば“白”は、全ての色がそこから始まる出発点であり、それは人生
においても、これから新たに始まる出発点、いわばデビューを意味しているの
です。

なかでも、結婚というのは特別な人生の出発点で、そこで着るウェディングド
レスはもっとも重要な意味を持っています。その思いを桂由美は次のように語
っています。

    愛する人のためにきれいになりたいという気持ちが・・・。ほんとに
    ウェディングに向かって(女性は)美しくなって行くでしょ。美しく
    なるために私たちはお手伝いをしている。結婚式という最高のハイラ
    イトの時には一番その人が美しく見えるようにしてあげたい。

桂由美といえば“ウェディングドレス・デザイナー”と言われるほどがウェディ
ングドレスに力を入れてきた背景にはこのような思いがあったからです。

白という色に特別な意味を付与したのは桂由美のオリジナルな価値観ですが、
ウェディングドレスのような優美で華やかな、つまりエレガントな衣装に傾倒
していったことには、彼女の経歴が大きく影響していると思われます(注2)。

桂由美の服装とのかかわりは、共立大学卒業後しばらく母親が経営していた洋
裁学校の教師からスタートしました。

その後、最先端のファッションを学ぼうとパリに留学しました。その時の体験
が後の原動力となったようです。彼女は留学時代の体験を以下のように振り返
ります。

    そのころのフランスの女性はみんなそうだけど、なんにでも「エレガ
    ンス」を求めた。何かやると、「あんたエレガントじゃない」と言われ
    た。動作であろうと、言葉使いであろうと、作品であろうと。
    作品はもちろんですよ。作品を見て縫っていたら「エレガントじゃな
    い」ってすぐに言われるしね。

ここで「エレガント」とは、エレガンスの形容詞形でm“上品で優美”というほ
どの意味でしょうか。

帰国後、1965年に国内初のブライダル専門店を東京にオープンしました。
桂由美にとってそれは、日本人の女性を美しくエレガントにするためでした。

当時、日本人の結婚式の衣装の97%は和装でした。このような状況の中で桂
由美はもっとエレガントで女性が輝くウェディングドレスを着てほしいとの思
いを募らせていました。

1960年代、日本の女性たちは控えめなドレスを好んでいました。桂由美は
過度の露出のないシンプルなウェディングドレスを提案しました。

1970年代、個人の存在が重視され始めると、女性たちはドレスに可愛らし
さを求めるようになり、ウェディングドレスもそれに合わせたものを提供しま
した。

1980年代にはロマンティックさを強調するドレスを提案しました。

そして1990年代。女性たちが体の美しさを主張できるようになった時代。
桂由美は胸元を大きく開けて女性そのものの美しさを引き立てるウェディング
ドレスを提供しました。

プレ=タ=ポルテのウェディングドレス

出典 https://www.yumikatsura.com/

2010年代以降、女性の社会進出が当たり前になり、結婚する年代も上がっ
てきました。そこで、経験を重ねた女性がもつ落ち着きと品の良さを前面に出
す、シンプルでエレガントなウェディングドレスを発表しました(注3)。

このように、桂由美は時代に合わせてウェディングドレスを作ってきたのです。
しかし、どの時代も思いは一つでした。それは、「誰でも美しくする」という桂
由美の信念でした。

オート=クチュールのウェディングドレス

出典 https://www.yumikatsura.com/

ただし桂由美は、新たな出発は結婚式だけでなく、人生のいくつもの節目に当
たってそれぞれぞれの新たな出発があるのだから、その時々の女性の前向きな
生き方を「白」で表そうと考えました。

彼女は、一つ一つの節目、新たな出発点を「ホワイト デビュー」と呼びます。

この考えは、「55th Anniversary 2020YUMIKATSURA GRAND COLLECTION
IN TOKYO」(2020 02.18 The Okura Tokyo)というファッションショ
ーで全面展開しました。

ファッションショーのテーマは「ブリリアント ホワイト デビュー」つまり、
輝ける新たな人生への出発。このショーを東京ブライダルコレクションのハイラ
イトにしました。
-
その構想について彼女は以下のように語ります。

    今度のショーもウェディングドレスに白を着るというのは、第二の人生
    の出発点だから白を着るので、そしたら第一の人生は誕生だから、誕生
    から七五三、成人式、結婚式、女性が仕事を始める起業をする。これか
    ら女の社長になるという時は白で皆さんにご挨拶したらどうですか?そ
    の時の白の装いはこういうデザインがいいんですよ、というのを出そう
    と思っていて・・・。

そして、結婚式にかんしては、結婚15年目のクリスタル結婚式、30年目のパ
ール結婚式、55年のエメラルド結婚式の装いを白いドレスを着て行うという構
想でした。

つまり、それぞれの結婚記念日が新たな人生の出発(ホワイトデビュー)で、そ
れを桂由美は白いドレスで祝福し応援しようとしているのです。

2020年に実施された「ブリリアント ホワイト デビュー」のファッション
ショーでは、誕生からエメラルド結婚式までを、有名人やタレントを動員して実
際にドレスを着てランウェイを歩いてもらいました。

ところで私たちにはファションショーで発表されるドレスがどのように生み出さ
れてくるのかという舞台裏はほとんど分かりません。

上記のショーのために桂由美は、担当デザイナーに、それぞれの年齢層に合った
ドレスを制作するよう指示しましたが、桂由美はそれにどのようにかかわるのか、
その制作過程の一端を二、三の例で見てみましょう。

桂由美は「株式会社ユミカツラインターナショナル」のオーナーであり経営者で
す。会社には桂由美の他に4人のデザイナーと、さらにパターナーや縫製スタッ
フなど総勢150人ほどがいます。

最初に、桂由美がドレスの基本的なアイディア(しばしば抽象的な言葉)を出し、
それをデザイナーやパターナーが具体的な形にしてゆきます。

この場合、4人のデザイナーとパターナーの役割分担がどうなっているのか分かり
ませんが、次回に紹介する川久保玲の場合は、デザイナーは川久保玲1人で、パタ
ーナーが具体的な作業を行います。

「ブリリアント ホワイト デビュー」のコレクションの場合、四人のデザイナー
のうち飯野さんという方が担当者デザイナーに任命されました。

桂由美は自分のアイディアを抽象的な言葉で担当デザイナーの飯野さんに伝えます。
すると、飯野さんは抽象的な言葉を形にするためのデザイン画を描き上げます。

映像には説明がありませんが、そのデザイン画に基づいて、パターナーが製図を描
き布を型に裁断し、それを縫製スタッフが縫い上げる、という流れになっていたと
思われます。

その過程で桂由美とデザイナーの飯野さんとは何度も話し合いが行われました。

たとえば成人式のドレスに関して桂由美は、華やかさではなく、スポーティブさ
(躍動感)を強調するよう飯野さんに伝えました。飯野さんはそれをスカートに多
くのプリーツを付け躍動感を表現しようとしました。

「起業」した女性のウェディングドレスの場合、桂由美は自立した女性であること
を強調し、男性と同じパンツ・スタイルを求めました。ただしその際にも華やかさ
をも同時に表現するよう注文を付けました。

そうした指示を受けて飯野さんは、凛とした強さを強調しながらも女性のもつしな
やかさと柔らかさをパンツの裾の広がりで表現しました。

桂由美が特にこだわったのは、自らの名前を冠した「ローズユミ」という品種の白
バラの花(注4)と花びらをデザイン化した、純白のウェディングドレスでした。
このドレスにかんしては、飯野さんに何回もだめだしをして改良して完成にこぎつ
けました。

以上、ごく簡単に桂由美のファッションの世界について説明してきました。では、
改めて桂由美のどこが革命だったのでしょうか? 以下は私の個人的な見解です。

桂由美はファッション界において少なくとも三つの革命を行ったと考えます。

革命の一つは、結婚式といえば圧倒的に和装であった1960年代の日本に、ヨ
ーロッパのウェディングドレスを持ち込み、普及させたことです。

この背景には、レンタル用のウェディングドレスは福井の工場で作られ、およそ
1000着が全国のレンタル会社に送られるという経営手法が大きな成果を生み
出しています。

これは桂由美が確立したブライダル産業の成功例で、彼女の優れた経営能力を示
しています。このビジネスモデルもやはり革命なのかもしれません。

革命の二つは、「白」という色に人生や物事の出発点、つまり「デビュー」、とい
う意味を付け加えたことです。

従来、女性の美しさは赤やピンクなどの明るい色で表現することが一般的でした
が、桂由美は白こそエレガントで女性の美しさと前向きな生き方を表現する色で
ある、という新しい意味づけと思想をファッションに付与しました。これは、
ファッションにおける革命といっていいと思います。

革命の三つは、女性の人生にはいくつもの節目があり、その節目の一つ一つを新
たな人生が始まる出発点と捉え、それを白のドレスで祝うという発想をファッシ
ョン界に持ち込んだことです。

つまり、女性の新たな出発を結婚式という一時のイベントで終わらせるのではな
く、一生を通して繰り返し「ホワイト レビュー」をして前向きな人生を送って
欲しいという願いを、白のドレスで表現したのです。

「誰でも美しくする」という信念をもつ桂さんですが、皮肉なことにご自分の結
婚式には純白のドレスを着ませんでした。

その理由を
    それはやっぱりコンプレックスですよ。主人(義人)に「ウェディング
    ドレスは着ないよ」と言ったら
    「うん そうだよな」と。「お前はデブだから白(のドレス)は着ない方
    がいいよ」って。

番組では、自分にウェディングドレスは似合わないというコンプレックスが「誰
でも美しくする」という、桂由美の原動力の一つになっていたのではないか、と
解説しています。

桂由美のドレスは国内だけでなく、海外でも「YUMIKATSURA」ブラン
ドとして、とりわ「ユミ・ライン」と呼ばれる、女性のプロポーションを美しく
見せるデザインのドレスが高く評価されています。

ただ、彼女は日本の着物ほど美しい民族服は世界にないと考えており、和と洋の
融合ができないかと年中考えている、と語っています。実際、彼女は日本の伝統
美の一つである友禅染の魅力をドレスに融合して世界に発してきました。

和洋の融合は、桂由美以外にも、川久保玲そのほか何人かの日本人デザイナーが
挑戦しており、このような試みは日本発のデザインとして世界に固有な美を提示
できる分野です。

次回は、桂由美とはある意味で対照的なファッション界の革命家、川久保玲を取
り上げます。



(注1) これらの記事は以下のサイトで読むことができます。
一回目 2014年5月17日https://blog.goo.ne.jp/xbigtreex/e/e73bd4b617e0718481a8953e93fb12a3
二回目 2014年5月24日https://blog.goo.ne.jp/xbigtreex/e/e39b2b6d9f3627e81c32a47ab70548c8
三回目 2014年5月31日 https://blog.goo.ne.jp/xbigtreex/m/201405
(注2) 桂由美の経歴にかんしては YUMI KAYSURA OFFICIAL WEBSITE https://www.yumikatsura.com/
および ウィキペディア 「桂由美」 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A1%82%E7%94%B1%E7%BE%8E を参照。
(注3) 桂由美のファッション・ドレスのいくつかは、上記(注2)の公式ウェッブページのほか、
     youtube の「桂由美」で検索すれば見ることができます。 
(注4)この品種のバラは実際に千葉県八千代市の「京成バラ園」にあり、桂由美は毎年春と秋にここを訪れます。
    番組の冒頭で、彼女が「ローズユミ」を見に来たシーンが映し出されます。





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