大木昌の雑記帳

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高橋克也の逃亡とポイントカード-オウム信者の心の闇と空洞-

2012-06-23 06:59:49 | 社会
高橋克也の逃亡とポイントカード-オウム信者の心の闇と空洞-


 2012年6月15日,特別手配から17年目にして高橋克也容疑者はJR蒲田駅近くの漫画喫茶で逮捕されました。
 
今回も,渋谷の殺傷事件と同様,監視カメラが絶大な威力を発揮して,容疑者を実際的にも心理的にも追いつめ,ついに逮捕までこぎつけました。
 
 17年の逃亡の最後にしてはあまりにもあっけない幕切れでした。高橋容疑者は,監視カメラの位置や死角を事前に研究するなど,非常に用意周到
に逃亡を準備していたように報道されていたので,余計に拍子抜けした思いでした。
 
 彼の行動をみると,用心深さとはほど遠い,あまりにも不用心な面が随所にありました。たとえば,自分は警察の手配写真とは似ていないので,
絶対にバレないとおもっていたのか,銀行に堂々と金を引き出しに行って行員と言い争ったりしています。
 
 私が驚いたのは,彼が逃走用のメガネを買いに行った際,何とポイントカードを作っていたことでした。
 
 彼は,何のためにポイントカードを作ったのでしょうか? 常識的には,ポイントカードを作るのは,再び同じ店で買物をする際に,割引その他,
何らかのサービスを受けることを期待するからです。
 彼は,再びこの店にメガネを買いに来て割引サービスを受けようとしたのでしょうか? 
 
 しかし,逮捕されれば無期懲役あるいは極刑さえ考えられる容疑で逃亡している客観的な状況と,ポイントカードを作るという行為とは,
あまりにも現実からかけ離れていており,我々の理解を超えています。

 このような行動は,厳しい現実からの現実逃避そのものです。もう少し一般化して言えば,カルト集団に入ること自体,ある種の現実逃避
でもあります。高橋容疑者は,客観的に見て,自分のしていることの意味を理解できていないのです。

 私がポイントカードについてこだわるのは,このような細かな所にこそ,マインドコントロール状態にあるオウム真理教(あるいはカルト集団
といってもよい)の信者が抱える心の闇と空洞が見事に現れているからです。

 どうして,このような行動や思考に陥ってしまったのでしょうか。これを考えるうで,高橋容疑者とオウムとの関わり,さらにはその時代背景
をざっと見ておくことは,事態を理解する上で参考になるかもしれません。

 高橋容疑者は工業専門学校を卒業後,コンピュータ会社にいったんは就職しました。しかし1987年5月にはヨーガ道場(1984年松本
智津夫が開設)に通い始め,オウム真理教の前身「オウム神仙の会」が「オウム真理教」に改称した年には会社を辞め出家してしまいました。

 高橋容疑者がオウム真理教に入った1987年頃というのは,日本経済が右肩上がりの絶好調期で,バブルに向かってまっしぐらに走っていた時代でした。

 忙しく働きすぎて疲労こんぱいし「燃え尽き症候群」と呼ばれた虚脱感と鬱に襲われ,挙げ句に自殺する人もいました。

 しかし,全体として見ればこの当時は決して,不景気と失業が蔓延していた暗い時代ではなく,むしろ日本人は「ジャパン・アズ・ナンバーワン」
といわれた経済的な繁栄を謳歌していた幸せな時代でした。

 オウム真理教の信者のなかには,体調不良や健康への関心から,当時松本智津夫が開いていたヨーガ道場に近づいてゆき,そこから次第にカルト
教団化していったオウム真理教に入信した人はたくさんいました。

 健康問題は経済状況に関係なく,だれにでも起こる不安材料であり,また健康でありたいという希望は誰でももっています。これにたいしてヨーガ
のような東洋医学な健康法は,近代西欧医学とは別の選択肢を与えてくれます。

 松本智津夫(1983年に麻原彰晃と名乗る)の経歴を見ると,視覚障害者として盲学校を卒業し,鍼灸の資格を取り,鍼灸院を開院し,また漢方薬局
を開設する(後に,薬事法違反で逮捕される)など,一貫して東洋医学の道を歩んできました。

 健康問題のほかの入信動機としては,経済の繁栄から取り残された不満,環境問題を引き起こす経済至上主義にたいする疑問などが考えられます。

 さらに,1970年代以降のオカルト・ブームは人びとに超能力や神秘主義への関心を高め,こらに興味をもっていた若者の中にカルト的な集団に
惹きつけられた人たちもいたと思われます。

 また,ある心理学者は,父親不在の家庭で育ち,麻原に疑似「父親」像を求めて見てオウム真理教に入信したのではないか,と彼らの心理的動機
を分析していました。

 動機はなんであれ,一旦オウム真理教という教団に入ってしまうと,そこは世間から隔絶した別世界で,一般社会からみてどれほど異常で現実離れ
しているように見えようとも,教団の中で生活しているうちは,そこで起こっていることこそが真実であると信じ込んでしまいます。

たとえば,オウム教団の行事の一つに「水中クンバカ」がありました。これは,水中に潜ったまま呼吸をしないで,できるだけ長く留まる修行の一つです。

 通常,2~3分潜っているのが限度でしょう。しかし,修行をすれば4分とか5分できるようになるとされ,実際にそのように長期間潜っていた人の
映像がテレビで放映されたこともありました。

 もちろんこれは,事前にボンベから酸素を十分に吸わせておくという細工をしておいたからなのですが,当の本人も見ている人も,これは修行のお陰,
麻原尊師の偉大なパワーだと信じてしまうのです。

 当時,東京大学医学部の教員だった養老猛氏は,自分の教え子がこのような馬鹿げたことを信じて実行していたことを知り,自分の医学教育が何で
あったのか,と愕然としたと語っていました。

 ところで拘留中の高橋容疑者は,逃走中も「修行」を続け,逮捕後も留置所ではオウムの修行スタイルである蓮華座という座り方で過ごし,麻原死刑囚
のことを尊師と呼び,マントラを唱えるなどオウムへの信仰を維持しているようです。

 マインド・コントロールを解くのは難しいといわれますが,高橋容疑者の場合,17年も逃走を続けるためには,ますます強く信仰にすがる必要があった
のでしょう。

 最近の警察の調べによれば,オウム真理教の流れをくむ「アレフ」への入信者は,昨年来増えており(といっても,新規の入信者は年間270人ほどで
すが),その多くが20代と30代の若年層だそうです。

 地下鉄サリン事件など,何度も報道されてきましたが,それでも入信者が増えているのはなぜなのでしょうか? 

 一つは,今の若い人たちは,1990年代から社会的に問題になり始めたオウム真理教の実態についても1995年の地下鉄サリン事件もほとんど知
らない世代であるという事情です。

 さらに,現在の日本は不景気のただ中にあり,雇用不安,賃金の下落,将来と老後について明るい安心できる展望がもてない,などなど日本全体を暗い
世相が社会を覆っているという背景があります。これは,とりわけ若年層にとっては深刻な問題です。

 これらの事情に加えて最近では,昨年の東日本大震災と原発事故があたかもオウムがかつて唱えていた「ハルマゲドン」つまり終末論的な「世界最終戦争」
を思い起こさせ不安に駆り立てたのではないか,という理由が指摘されています。

 今のところ,「アレフ」への入信者の増加が,カルト集団の復活を意味するのか否かはわかりません。そして,その理由としては上に挙げた事情の他に,
もっと多くの複雑な背景もあるでしょう。

 現代の日本社会は,ますます個人が孤立化しているように見えます。その深い孤立感をもっている人にとって,強い精神性で結ばれるカルト集団は,
とても魅力的に映るかも知れません。

 カルト集団の中では,上からの指示に従って行動すれば良く,いちいち自分で考え判断し行動する必要はありません。カルト教団に入った人たちの中には,
自分で判断することが苦痛で,むしろこれを放棄してしまいたいと思っていた人も多かったのではないでしょうか。

 現在の日本には,いわゆる「カルト集団」「カルト教団」とおもわれる団体は多数あります。これらは,他ならぬ日本社会の「ひずみ」や「ゆがみ」が
生み出した,一種の「鬼っ子」です。

 それらを反社会的であると決めつけて,ただ排除するだけでは問題の解決になりません。最終的には,それらを生み出した日本社会を変えてゆくしか解決
の方法はありませ。

 社会を変えるといっても個人ができることには限界があるし,私自身に特別なアイディアがあるわけでもありません。

私にできることと言えば,社会の「ひずみ」や「ゆがみ」をしっかりと見つめること,身近な人間関係をもう一度見直すこと,教育に携わる者としてできる
ことを考え可能な範囲で実践することくらいしかありません。

 ただ,不安を煽って入信(入会)を勧めたり,お布施のような献金を要求するような集団の誘いだけには絶対に乗らないよう注意をうながすことは
これからも続けて行きたいと思います。
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