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大木昌の雑記帳

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アメリカ大統領選(5)―反グローバリズム・自国中心主義・ポピュリズムの波紋―

2016-12-10 09:55:50 | 国際問題
アメリカ大統領選(5)―反グローバリズム・自国中心主義・ポピュリズムの波紋―

前回は、トランプ勝利の要因やその歴史的意義を考えました。要約するとそれは、グローバリズムにより発生した貧困、失業、格差の拡大
などに対する、とりわけ白人の中低所得者層の反乱であったと言えます。

彼らは自分たちを「取り残され 忘れ去られた」人間だとの、恨みと怒りをふつふつとため込んでいたのです。

トランプは、欧米社会でも台頭しつつあった、ポピュリズム(大衆迎合主義)という政治手法により、排外主義的な反グローバリズム(自国
中心主義)を強調しました。

ブッシュ前政権は国際問題への過剰な武力介入しましたが、オバマ現大統領はその反面教師として、「米国は世界の警察官ではない」と
の方針を採ってきました。

この点はオバマとトランプと同じようですが中身は全く違います。オバマは、環境問題で「パリ協定」を積極的に推し進めるなど、国際社会
との協調路線はとるけれども、アメリカには軍事力によって自ら世界の紛争解決に乗り出す余力はない、との認識に立っていました。

これにたいしてトランプは、「世界のめんどうなことに首をつっこむのは一切やめよう」、と語り、安全保障だけでなく「パリ協定からの脱退」
「TPPからの離脱」も宣言しています。

ピューリサーチセンター(10月)による調査で「米国は自国の問題に専心すべきか」という質問に、「そうすべき」は54%で1995年の41%
から13ポイント増えていました。トランプ支持者だけをみると73%は「そうすべきだ」と答えています。

こうした調査結果をみると、国民の過半数は、「もう、他人のことよりも、自分たちの国の問題を第一に考えるべきだ」と思っている「内向き
志向」であることが分かります。

こうした空気を読んだうえでトランプは、「モンロー主義」と呼ばれたかつての孤立主義への祖先返りともいえる方向を示して支持を得ました。

恐らく多くのアメリカ国民は、中国、インドなど、新興国の台頭で、米国は経済的にも、かつてのような群を抜く存在ではなくなっており、偉大
なアメリカから遠ざかっていることを肌で感じているのでしょう(『東京新聞』 2016.11.11 「社説」)。

いずれにしても、トランプの勝利はグローバリズムと、「パックス・アメリカーナ(米国主導の平和)が終わりを告げ、世界は本当に指導的な国
が存在しない『Gゼロ』時代に入った」ことは確かです(『日本経済新聞』2016年11月11日。米政治学者イアン・ブレマー氏)。

グローバリズムの盟主だったアメリカが、反グローバリズムの先頭を切って走るのは、何とも皮肉な歴史の巡り合わせです。

ところで、今回の米大統領選でトランプはポピュリズムという、いわば「パンドラの箱」を開けてしまいました。

大衆迎合主義と訳される「ポピュリズム」とは、客観的な事実に基づく説明や説得よりは、情緒や感情に訴える政治手法のことで、国民の間
にある不満や怒りの感情を煽り立てて広い支持を得ることがあります。

トランプの選挙運動の手法は、一方で、中低所得の白人の怒りや不満の感情を煽り立て、他方で相手を徹底的に非難する、という典型的な
ポピュリズムでした。

こうして煽り立てられた怒りは身近な「敵」に向けられます。実際、アメリカでは大統領選投票日(11月8日)から14日までのわずか1週間で、
黒人や女性などを脅す事件が437件も起きました。背景には白人(男性)至上主義の高まりがありました。

「トランプの過激な言動が、封印されていた民衆の憎悪や差別意識を野に放ち、黒人や女性などへの嫌がらせを助長した」ものと考えられま
す。(『毎日新聞』2016年12月2日)

ポピュリズムの動きはヨーロッパでは、ここ数年、はっきりとした形で現れています。その発火点ともいえる出来事は、今年6月に行われた国
民投票で、イギリスがEU離脱を選択してしまったことです。

冷静に判断した結果ではなく、EUの束縛からの解放、移民受け入れ反対という離脱派の訴えに、多くの国民が感情的に反応して離脱を決め
てしまいました。

しかし、離脱が確定した後のインタビューで、もしもう一度投票するとしたら離脱反対に投票する、と言った人たちも多数いました。実際、イギ
リスはEUからの離脱を決定したものの、その後の展望はひらけていません。

イギリスの国民投票の結果も、ポピュリズムの典型的な事例です。EU諸国には、ポピュリズムの台頭に対する警戒感が広がりましたが、そこ
に、トランプ勝利のニュースが飛び込んで、世界に衝撃を与えました。これに対する代表的な反応を挙げてみます。

イギリス
 メイ首相:「米英両国は貿易や安全保障で強く密接な同盟国であり続ける」
 ファラージュ英独立党前党首(EU離脱派の旗手):「勇敢な闘いだった」
フランス
 オランド仏大統領:「不確実時代の幕開けだ」
 ルペン国民戦線党首(極右政党党首):「われわれの国にとって良いニュースだ」「過度な貿易自由化の阻止や米ロ関係の改善などが実現
  すれば、フランスにとっても利益になる」
ドイツ
 メルケル首相「(民主主義や人権といった):共通の基盤の下、緊密に協力していきたい」
 ペトリ「ドイツのための選択肢」党首(移民政策反対の代表):「確実な国境管理と良識をもって自国の問題に専念する政治が支持された」
  「今回の結果はドイツと欧州を勇気づける。トランプ氏は政策変更の手綱を手中に収めた」。
 『南ドイツ新聞』:「トランプ政権誕生により、ドイツや欧米が困難な時期を迎える、という意味で「やすらぎの時は終わった」。
オランダ
 ウィルダース自由党党首(EU離脱、イスラム移民反対):「歴史的勝利だ。革命だ」
ハンガリー
 オルバン首相(移民反対派):「素晴らしい知らせだ。民主主義はまだ生きている」
(以上 (『東京新聞』2016年11月12日より)。

以上のコメントについて少し補足しておきます。

イギリスのBBCは「首都ワシントンのエリートたちに怒り、グローバル化に取り残されていると感じている労働者層に火をつけた」と評し、ガーデ
ィアン紙は「米国はもっとも危険な指導者を選んだ」との記事を掲載しています(『日本経済新聞』2016年11月10日)。

オバマ政権との連携を維持してきたドイツのメルケル首相は、トランプ大統領には警戒感を抱いています)。

というのも、来年の総選挙に出馬することになっている右派の新興政党のペトリ党首は、中東からの移民・難民に寛容なメルケル首相への批判
を取り込むことで勢力を急速に伸ばしているからです。

ヨーロッパの将来を占う、選挙が12月4日、イタリアとオーストリアで行われました。まず、イタリアから見てゆきましょう。

イタリアでは、レンツィ首相が提案した憲法改正案(上院の権限を制限して事実上、下院の支配を強める憲法改正)は、国民投票の結果、賛成は
40.89%、反対59.11%(投票率は65.47%)で否決されました。

この国民投票の趣旨は、国会での意思決定をもっと迅速にするための憲法改正案でしたが、首相が、もし否決されたら首相を辞任する、と述べた
ため、首相の信任投票となってしましました。そして、レンツイ首相は辞任することを発表しました。

イタリアではEUに懐疑的で、それを推し進めてきたレンツィ首相に批判的な勢力が台頭しつつありました。その代表が、コメディアンのジュゼッペ・
グリロ氏が立ち上げた「五つ星運動」で、既に、同党出身者が、トリノとローマの市長を務めています。

その他、マテオ・サルヴィ二氏が率いる「反ユーロ」や移民排斥を掲げる右翼政党「北部同盟」も勢いを増していました(注1)。

イタリアの国民投票の場合も、事柄の客観的な是非よりも、既存の政権とエスタブリッシュメントを否定する、という感情に訴えるポピュリズム的な
手法が用いられました。

次に、同じく12月4日に投票が行われたオーストリアの大統領選を見てみましょう。

オーストリアでは、左派「緑の党」出身のアレクダンダー・ファン・デア・ベレン氏と、元ナチス党員が1958年に結成した極右「自由党」党首、ノベルト・
ホーファ氏との一騎打ちとなりました。

「自由党」の支持者は低所得の男性が中心で、支持率上昇の理由の一つは、経済のグローバル化でした。

オーストリアはヨーロッパでも裕福な国で人件費が高く、企業が低賃金の途上国に移転するようになったため、失業率が悪化していました。

もう一つの理由は、難民・移民、とりわけイスラム系の移民に対する不安です。

「自由党」は、アメリカのトランプ勝利に勢いづいて、国民の不安を煽り、政敵のベレン氏を攻撃し続けました。

しかし「自由党」は、難民・移民阻止の他、これといった独自の政策をもたなかったこと、オーストリアの国際評価が急落することを恐れ、最終局面で
リベラル系に傾いていったようです(『毎日新聞』2016年12月2日)。

投票結果は、ベレン氏51・7%で、極右「自由党」のホーファー氏の48・3%をわずかに上回り、何とかベレン氏の勝利に終わりました。

ヨーロッパに極右大統領が誕生しなかったことで、周辺国に安堵が広がりました。「大衆迎合主義(ポピュリズム)に理性が勝った」とドイツのガブリエ
ル副首相はコメントしました。

ただ、極右候補は負けたとはいえ48%の票を集めたことは、極右の台頭をはっきり示しており、政党別の支持率でも第1党の勢いです。大統領選で
の雪辱を次回の議会選で狙っており、同国のポピュリズムが抑え込まれたわけではありません(注2)。

こうした状況は、移民・難民を抱えるヨーロッパ諸国には、自国第一主義(孤立主義)、移民排斥、自由貿易からの離脱、極右勢力(国家主義)の台頭
という潮流があることを指示しています。

アメリカでは、白人至上主義の秘密結社「クー・クラックス・クラン」(KKK)がトランプの勝利を祝ってバレードを企画するなど、不気味な動きがあります
(『東京新聞』2016年11月15日)。

またヨーロッパでは、上に挙げたイタリア、オーストリア、ドイツと同様、フランス、スウェーデン、デンマーク、オランダ、イギリスでも極右政党が伸びて
います。

しかも、これらの現象には、ポピュリズムと右傾化(排外主義的ナショナリズム)が結びつく、という共通性があります。

これらの背景には、1970年代初めまで、政治的・経済的・社会的に白人の絶対的優位が確立していたのに、それ以後、アラブ諸国、中国、日本など、
アジア諸国が台頭し、白人の絶対的優位が崩れてきたことに対する、危機感、焦燥感があったのではないか、と思われます。

トランプ勝利によって浮き彫りにされたのは、欧米の白人社会が、かつての「古き良き時代」への強烈な郷愁があるようです(『朝日新聞』2016年11月
10日)。

ポピュリズムという「パンドラの箱」を空けてしまったトランプ勝利の余波は、これからも欧米だけでなく、日本を含む世界の政治に大きな影響を与える
ことは間違いありません。

次回は、トランプ当選と日本の対応について考えてみたいと思います。

(注1)『日経ビジネス ONLINE』(2016年12月6日、蛯谷 敏氏の署名記事) http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/110879/120500505/?i_cid=nbpnbo_tp&rt=nocnt.
(注2)『日経デジタル』(2016/12/5 2:43)http://www.nikkei.com/article/DGXLASGM04H2Z_U6A201C1000000/?n_cid=NMAIL001
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