印鑑商法
テツのホームページ(今は経費の都合で解約)に投稿した覚えがあるが、印鑑を売る仕事をしたことがある。
職業紹介所(今のハローワーク)に行き、求人票を見て、紹介状を書いてもらう。
仕事の内容
ある印鑑会社の派遣店員として、スーパーなどに行き、与えられた売り場でハンコを売るという仕事である。
あさ10時の開店に合わせるには、早い時刻に家を出て現場に直行するのだが、小田急沿線のスーパーへ出張した時は6時に家を出たこともある。
目的の場所に着く。テーブルを広げて客を待つ。
テツは新米だが派手な服装はダメ。黒系統のスーツに黒色の靴の姿で行ったが、先輩の相棒は黒装束姿だった。
高級印鑑はそう簡単に売れるものではない。何しろ実印・銀行印・訂正印のセットで十万円もする。
そのような品物を売るには、姓名判断の知識がものをいう。
現れたお客の名前を尋ねる。名前の画数を調べる。
その画数で吉凶を判断するのだが、「いいお名前ですね・申し分ありませんよ」などと云っては商売にならない。
相手に財布の紐をほどかせるには、相手の弱点を見抜かねばならないのだ。
その間に、相手の抱いている心配ごとを判断する。
「お客様のご心配は、お子様のことですね」
「その通りです」
「どんなことでしょうか」
「実は子供の結婚相手のことなんですが・・・」
「それでは、お母様の手相を拝見しましょう。あ・これが運命線で、これが生命線です。ずいぶんご苦労されていますね・・・」
相手の不安と驚きは増すばかりである。
「お子様のお名前の画数ですが、どれどれ・・この本には《凶》と出ていますよ」
店頭で探して買った「姓名判断入門書」の表紙を墨で黒く塗りつぶして、神秘性を強調した難しそうな書物に見せかける。
「このままでは、近い将来、もっと大きな問題が必ず起きますよ」
ここまで説き伏せると、相手は蒼白になって、こちらの次の言葉を待つのだった。
「しかし、名前の画数を変えることで、大凶を大吉にすることができますよ」
「この正雄さんという字を正男さんに変えるだけで運命が逆転します」
「でもお名前を簡単に変えることはできないですよねー。ところで、お子さんはハンコをお持ちになっておられますか」
「はい、これです」といって見せてくれたのは三文判だった。
「あ、この印鑑ね・これはツゲですが、安物ですね」
あとは、印鑑の材質を説明し、注文を受ける段階に入る。
石の印鑑がダメなのは、欠けやすいことなども説明する。
つげ・水晶・黒檀・黒水牛・象牙などまちまちだが、なるべく高級品を選んで頂くのがコツだ。
「お名前を変えなくても、ハンコが持ち主の《身代わり》をしてくれるので、なるだけ高級品をお選びになることですよ。高級品は値が張りますが長持ちしますから、お買い得ですよ」
こんな具合に、話を進めるのだが、テツはそんな嘘や作り事で相手を煙に巻くことが出来なかった。
いつも、もう一歩というところで、逃げられてしまうのだった。
でもワンセットの契約が成立したときは嬉しく、電車を降りても家には戻らず、途中の飲み屋で、一杯やったこともある。
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