自然とデザイン

自然と人との関係なくして生命なく、人と人との関係なくして幸福もない。この自然と人為の関係をデザインとして考えたい。

NHK宮崎放送局制作ドラマ「命のあしあと」

2013-02-02 12:00:00 | NHK

 2010年4月20日に発生が確認された宮崎県の口蹄疫で、農家の健康な牛がワクチン接種をした後に殺処分されました。発生地から半径10km以内のすべての牛や豚などにワクチン接種して殺処分する防疫措置を国が決めたからです。


 口蹄疫の感染拡大を阻止するには感染牛を殺処分するしかないとされていますが、当時は殺処分しても埋却する土地がなく、埋却する土地と作業を待つ感染牛が増え続けて感染を拡大させてしまうという状況に至っていました。そこで採用されたワクチン接種は、家畜を「生かすためのワクチン」ではなく、殺処分して埋却するまでの間に感染させないための時間稼ぎの「殺すためのワクチン」でした。


 「ワクチン接種をして殺処分するなんてとんでもない。どうして?」、誰もが普通に思う疑問です。農家は口蹄疫に感染しないように懸命に消毒し、子供は学校を休ませるなど外出も自粛して、祖父の代から代々、愛情を持って育ててきた家族の一員である牛を守ろうと必死でした。そのあげくに、これ以上、感染を九州や日本全国に拡大させないためという理由で、感染していない牛にワクチンを接種して殺処分すると、 突然宣告されたのです。 「どうして? そんなことは絶対認られん!」。 農家はこの理不尽な要求に、 どんなにつらく、悲しく、悔しくて、 怒りに心が砕けそうになったことでしょう。その殺される農家と殺す現場の思いを、「命のあしあと」は愛と悲しみの物語として残して伝えてくれました。 2013年2月24日に再放送の予定があるようです。また、NHKオンデマンド(2月10日まで1日210円)で観ることもできます。是非ともご覧いただきたいと思います。



著作権の問題があるので、公開していませんでしたが、現在は「NHKオンデマンド」での公開は終了しているようです。
プレミアムドラマ 宮崎局発地域ドラマ 「命のあしあと」

 農家や現場の思いを伝えるために、「ワクチン接種して殺処分すること」を認めざるを得なっかった苦渋の場面の会話を文章に残しました。録画を何度も見直していると、俳優さんの演技力のすごさや、脚本、音楽の素晴らしさが伝わってきます。制作に参加された皆さん、ありがとうございました。


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「命のあしあと」 (59分):再放送2013年3月16日 NHK総合テレビ(宮崎県内)    発生から1か月、役場からのワクチン接種依頼の場面から獣医さんがワクチン接種に来るまで(23分~35分)  修平(和牛繁殖農家:陣内孝則)  里美(修平の妻:高岡早紀)  遥花(修平と里美の一人娘:須藤菜々子)  役場(緑川農林水産課長:温水洋一)  耕三(修平の先輩:大地康雄)  ももこ(母牛:修平のうちで家族の一員として、       代々、命をつないできた宝の牛)


繁殖農家(修平)の居間、役場からワクチン接種の依頼がされる場面


役場「きょうは、・・・ワクチン接種のお願いに参りました。」修平「それは、 口蹄疫にかからんようにするための薬ですよね。」役場「はい、いやでも、ワクチンを打った牛は、肉牛としては出荷できんとですよ。」修平「・・・ それはどういうことですか! ワクチン打つとでしょう!」役場「今、口蹄疫はこんあたりまで広がっちょります。感染して殺処分せにゃならん牛や豚が約7万頭、けどこん牛を埋める土地が確保されちょらんから、殺処分できんとですよ。感染しちょる牛を放置するっちゅことは、感染を広げるだけです。じゃけん、隣接するこの赤い地域の家畜にワクチンを接種して空白地帯をつくって、これ以上感染が拡がらんようにするとですよ。」里美「つまり、この地域の牛は、これ以上感染が拡がらんための防波堤になるっていうことですか?」役場「そういうことです。」修平「あの、したら、・・・ワクチン打った牛はどうなると?」役場「埋める場所が確保できしだい、・・・殺処分になります。」修平「殺処分?」役場「はい」修平「そんぎゃあなことは! 俺は認めん!」役場「もちろん、補償金がでますから。」修平「金の話はしちょらんよろ、俺は!」里美「あのー、それで1頭、いくらぐらい?」修平「何の話をしちょるとか!おまえ!」里美「でも、大事なことやろ!」修平「なんで? なんで、うちの牛を殺さにゃいかんと? ・・・1頭も口蹄疫やらは、かかっとらんやろ!・・・うちの牛は!」役場「口蹄疫は恐ろしい伝染病です! こんままじゃ宮崎だけでじゃあなくて、九州全土、いや日本中に感染するかも知れん。したら、日本の畜産はおしまいですよ。日本の畜産を守るために、どうかお願いします。・・・ワクチンを打たせてください!」修平「帰ってくれ! うちの牛にワクチンを打たせられん!」役場「修平君!」修平「帰れて!」


里美は役場の車を丁寧に見送り、居間で天井を見つめて大の字になっている修平に、


里美「緑川さんも、仕事で来られているんやから。 あんなに怒鳴りつけんでも。・・・あの人の言うとおりかも。このままやったら日本中の牛が口蹄疫に罹ってしまうかもしれん。」修平「ワクチン打って、牛やら殺せちゅうことか。」里美「そうは言っちょらんけど。」修平「そんぎゃあなこと、俺は納得できん。」里美「修ちゃんの気持ちは分かるよ。感染しちょらん牛を、殺すなんてひどすぎるわ。でも、うちだけワクチンを打たんで、もし口蹄疫出したらどうすると?みんなに迷惑かけるちょない?」修平「絶対に感染やらさせん!」里美「そんなの分からんやろ。耕三さんでも口蹄疫出したとよ。・・・ 冷静に考えて、・・・ ワクチン打たんといかんて、・・・ 本当は修ちゃんだって分かってるやろ。」修平「俺は、生まれた時からの牛養いよ。冷静にゃあ、なれぬわ!」


修平は部屋から出て行き、一人娘の遥花が入ってくる。


遥花「私、いやや、『ももこ』殺すの。『ももこ』だけじゃない、牛さん殺すの、絶対いややから」里美「あのね、遥花、このままやったら、よその県の牛も、みんな口蹄疫にかかってしまうとよ。」遥花「そんなのおかしいて!そしたら、これが人間やったらどうなるの?みんなにうつさないために、かかった人を殺すの?」里美「あのね、遥ちゃん。」遥花「お母さんは、悲しくないと? 牛さん殺して、 悲しくないと?」


夫婦は仕事場(牛舎)、里美が牛たちにエサをやり、この牧場で代々の命を受け継いできた宝の牛の『ももこ』の頭に手をやり、慈しんでいるところに、修平がやってくる。


修平「『ももこ』! いい子を産めよ! 『ももこ』の腹ん中にはよ、 赤ん坊がおってよ、 これと赤ん坊を殺してしもたら、 爺さんの代から続いた命が途絶えてしもうとよ。・・・俺の役目はよ、・・・爺さん、親父と育ててきた・・・牛の命をつなぐことやと思うちょる。・・・それが出来んちゅうことは、 牛養いを止めろと言いちょるんと同じことやろが!」


里美「修さん!・・・私は、修ちゃんが決めたことに従うから。・・・修ちゃんが、牛養い止めたとしても、・・・私と遥花、修ちゃんについて行くから。」


数日後、ワクチン接種のために、獣医さんたちがやって来た。


修平「国のために、・・・俺たちが犠牲にならにゃいかんのは分かるよ。・・・でもよ、・・・そんげ簡単に、・・・今まで大切に育ててきた牛を・・・殺せんて! そりゃ、・・・どうせ殺す牛やろとか、殺処分しても 補償金が入るから それでええやろとか、言うやつもおるけど、そんぎゃなことじゃ、なくてよ! 俺は、・・・牛の命が無駄になる気がしてならんと!・・・ やっぱ、ワクチン 打たんと駄目やろか。」


獣医「修平さん。・・・あの人たちを見て、あの人たちは 動物を助けてあげたくて獣医になった人たちばかりよ。・・・でもね、 今あの人たちが持っている注射器は 牛を殺すための注射器です。 本当だったら・・・牛を助けるための注射器なのに、病気でもない 健康な牛の命を奪おうとしてるんです。 こんなこと あってはならないことよ。 何十万頭の牛や豚を、殺して埋める。その埋める土地を探している人、穴を掘っている人、死んだ牛を運ぶ人、牛を埋める人、 皆が、こんな馬鹿げたことがあっていいのかって思っているわ!・・・でもね修一さん、こうしている間にも、ウイルスは容赦なく家畜に襲いかかろうとしてるんです。 もし、空白地帯ができずに、感染が拡がったら、これまで殺処分してきた家畜の命が無駄になるんです。 お願いします。ワクチンを打たせてください。」修平「・・・・ 先生!」獣医「はい。」修平「・・・牛たちが、・・・痛がらんように、接種してやって。」獣医「・・・修平さん!」修平「・・・心を込めて・・・ 打ってやって。・・・ 頼みます!」


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役場「ワクチンを打った牛は、肉牛としては出荷できんとですよ。」修平「それはどういうことですか! ワクチン打つとでしょう!」・・・遥花「そんなのおかしいて! そしたら、これが人間やったらどうなるの? みんなにうつさないために、かかった人を殺すの?」 


 誰もが思うこの素朴な疑問に、このドラマは答えを与えていません。答えることはできないので、素朴な疑問を主張してくれたドラマだと、私には思えます。 この国は、口蹄疫発生時の危機管理を全く準備せず、ワクチンを使わないことを前提条件にして、殺処分のみによる防疫方針を、固執し続けてています。そのため殺処分では感染拡大が阻止できなくなり、暫定措置として、健康な家畜にワクチンを接種して殺処分することで空白地帯をつくり、これを防波堤とするための特別措置法を緊急に決めてしまいました。 戦略を誤った戦争は悲惨な結果を生むことは、数々の歴史が教えてくれます。現場は「ワクチン接種したら殺処分しかない」という根拠のない説明で、これに協力しないとどんな批判を浴びるか分からない状況に追い込まれ、理不尽と思いつつ、国のために犠牲を強いらざるを得ない残酷な戦場と化してしまいました。戦場の混乱の中で、さまざまなドラマが繰り広げられました。苦悩する農家を目の当たりにして、筆舌しがたいほどの心痛を味わった獣医さんからは、このドラマ「命のあしあと」を観て、「違う、こんなもんじゃなかった」という感想も頂いています。


 なぜ、口蹄疫の感染拡大を防ぎようもなくなるまで、初期対応が遅れたのか、発生農家等の情報が隠されたのか?しかも、誰もが疑問に思う「ワクチンを打って、殺処分する」という防疫措置を何故国は決定したのか?その防疫指針が未だに変えられていないのは何故か? 私は疑問に思い、世界の口蹄疫対策を調べ、このブログで情報発信をしてきました。 今回、このNHK宮崎放送局制作ドラマ「命のあしあと」を観て、引き続きNHKの次の放送を紹介しながら、これらの疑問への答えを探してみたいと思います。 2010年5月29日、「A to Z 口蹄疫 感染拡大の衝撃」 2011年4月22日、「特報フロンティア なぜ”SOS”はとどかなかったのか」


初稿 2013年2月2日 2020.8.10 「命のあしあと」録画追加
更新1 2013年2月3日 更新2 2013年2月10日 更新3 2013年2月18日 更新4 2013年2月24日