酔漢のくだまき

半落語的エッセイ未満。
難しい事は抜き。
単に「くだまき」なのでございます。

史学してみた。 「風雲児」が生きた時代 三

2012-12-03 11:16:51 | もっとくだまきな話
冒頭の写真。「ヤングジャンプコミック」「栄光なき天才たち 28話 不当逮捕」より。画「森田信吾」氏による立松和博。

「毎日さんにはやられたねぇ!」
「お宅の理詰めの記事には参った!まるで司法学者でもできそうな記者がいるもんですなぁ」
「なんせ、スクープでは敵わないものですから・・・こう、何て言うか、解説を重視した形でしか記事を書けないんですよ」
売春防止法制定にからむ、贈収賄事件が壁にぶち当たっております。
各紙、検察が何時、どういった形で贈賄側である赤線業者や収賄である政界側への召喚をやるのか。戦々恐々とした中でクラブへ待機しております。
そんなある日。
「で?読売さん。どうしちゃったのよ!『昭電疑獄』のときのような勢いがないじゃないの?元気ないねぇ」
新米記者が机の片隅で、その会話を聴きながら悔しそうな顔?と思いきや。
「あれ、よみさん。どうして?余裕じゃないの?」
「あははは・・・みなさんに一言。もうすぐなんですヨ」
「もうすぐ?何が?」
「こうやっていられるのも・・・イマノウチって奴ですよ!」
「嫌な自身だなぁ・・・・『今の内』って・・」
と会話が途切れるか否か。あの独特の香が司法クラブ内に漂って来ました。
「あれ?毎日さん、顔色が悪いですよ!」読売の新米記者が毎日のベテランに言ったその言葉の意味。
「どうしました?」
「俺は・・・俺は・・この香に覚えがあるんだ!おい!読売の名無しのゴンべ!これは、奴が!奴が復活したのか!」
「先輩、奴って?」
「ああ奴だ『スクープの化け物』だ!タ・テ・マ・ツだ!奴が来るんだ!ここに・・」
司法記者クラブのドアが大きく音を立てて開きます。
「よぉ!皆の者!久しぶりだなぁ!」
これまで、椅子に座っていた各紙の記者が一斉に立ちあがって立松の登場に驚きます。
「毎日さんも、朝日さんも・・・あれ?若いのが増えたなぁ」
「お前、死んでなかったのかよ!」
「やだなぁ、殺さないでよ!まぁ死にかけたのは確かなんだがね!」
何時もの、アメリカ俳優さながらのアクション。この癖だけでも、立松が完全復活しているところを物語っております。
「いやぁ。病人になって2年。二度の大手術。まぁ医学の進歩には感謝!感謝!見る?」
「おい、立松、何を見せる気なんだ!」
「これだよ。これ!」
スーツを脱ぎ、後ろ向きに座ると、ワイシャツをめくって全員に背中を見せ始めます。
「ほうら!こんな感じになっちまってさぁ」
全員、その姿に言葉が出なくなりました。
「おい!これって手術の跡かよ」
立松の背中、両側に肩から、腰に掛けて幅にして2センチ、長さにして50センチ位の縫合の跡が二本しっかり見えております。
「おまぇねぇ・・・よく…生きて・・・・・来やがって!」
「あれ、これ本音でしょ。朝日さんも記事と違って口が悪いなぁ。俺がいない方が、社長賞もらえるから?」
「バカ野郎!社長賞どころじゃねぇんだ!また出し抜く気かよ。こちとら、ボーナス諦めるしかねぇんだ。お前さんのご登場でもって御破算だ!」
「いやねぇ、もう少し入院してもよかったんだけどさぁ、看護婦がまぁ可愛くって・・。これが残念!」
毎日の若い記者は、立松の伝説を聴いてはおりましたが、敏腕と言われる先輩記者がこれほど恐れる「立松」の存在の大きさを改めて感じているのでした。
「おい、お前、まだここに居ろ!俺は本社に電話してくる」
肩を降ろした、その先輩の姿もまた、彼が初めて目にするものなのでした。
「おい!こんな時間に電話か!例の『丸済みメモ』でも裏がとれたのかよ!」
「デスク・・あのう、実は、悪い報告をしなくちゃならなくて・・」
「何だ・お前のちょんぼなんて聞き飽きたんだよ!今度は何だ?」
「奴が帰って来たんですヨ!奴が・・」
「奴?誰なんだ?」
「ヨミの『タテマツ』!です。もうこれで取材にハンディ背負っちまったんですから、査定の方を・・そのう・・よろしくという事で・・」
「・・・・・・・・生きていたのかよ!本当か?・・・・・」
司法記者クラブは「立松復活!」の記事に出来ないスクープに追われた日となっておりました。

記者生活をまるで趣味か道楽のようにして送る立松が、サラリーマンには縁遠い額をすべて取材に注ぎ込んだというものではない。半ば個人の浪費に終わったとみるべきであろう。しかし、それでもなお、競争相手のだれにもまして、潤沢な私的取材費に恵まれていたのは、疑いもない事実である。身銭を切る立松の取材法は、厳密に突き詰めると贈賄になりかねないという点においても一般的ではなかった。ただし、彼の場合は、スクープの快感という「私利私欲」を目的としていたが、体制の構造的腐敗を暴き続けたという結果においては、公序良俗にかなっていたといえよう。
(中略)
立松「例えば、地検の事務官の部屋に行くとするだろう。ヤミ屋の婆さんから仕入れておいた洋モクの箱を出して、まず自分が一服つけるんだ」
「一服つけるには、気取ったライターよりマッチの方がいい。自分でつけたマッチをそのままにしておいて、相手にも一服すすめれば、たいがいそれに釣られて手を伸ばしてくる。人間の心理として、マッチの軸がいまにも燃え尽きそうになると、反射的にあわてるんだな。これがライターだと、いや結構です、とか何とかいって、自分の煙草を出してくるからまずいんだ。で、相手はこっちだすすめた洋モクの箱を取って中をまさぐるんだが、空っぽで一本も残っていない。だって、クラブを出る前に、中身を全部抜いて、自分用の一本だけにしておくんだもの。そんなことはおくびにも出さず、ごめん、ごめん、と、別に用意した新しい箱の封を切ってすすめるんだ。適当にしゃべりこんだところで、その箱を机に置いて立ち上がる。相手は、これ、と言って返そうとするけれど、手を振って出て来ちまえば、たかが煙草一箱のことだもの、追いかけてまではこない。だけどさぁ、同じ一箱だからと言って、まっさらの奴を出したら、彼らは絶対に受け取らないよ。その点、みんな堅いからね。そのうち、ブン屋さんは羨ましいな、給料がいいから洋モク喫えて、というような話になる。いや、そうじゃないんだ。クラブに回ってくるヤミ屋の婆さんから買うと一箱が五十円で、こっちはニ十本入りだからピースなんかよりうんと割安になる。それで喫っているんだ。よかったら買ってあげようか。と持ちかければ、だいたい乗って来るね!。後は婆さんからワンカートン千円で買って、そいつを届けて五百円もらえばいい。そんな事をつづけていれば、絶対ネタ元になるよ」
(本田靖春氏著「不当逮捕」58頁~59頁 抜粋)


立松がスクープを出し続けた理由。「検察内部から直接聞き出すことの出来うる唯一の記者であった」。このことは、最初に語りました。
しかし、その手法は、「悪魔の手法」とも呼ぶべき、非常に危ないやり方です。
他に真似をの出来る記者がいる訳がございません。
そして、その一旦をみる文章が下記でございます。

立松は父祖二代にわたる司法官の家庭に生まれ、とくに亡父に繋がる人脈は検察に豊かであったから、彼を迎える側に初めから心を許すところがあったのは確かである。しかし、出自と物量だけで、検事たちの心をつかむことが出来たであろうか。交わりの実際を見てきた滝沢(読売新聞社会部記者。くだまきでは「新人記者」として登場させている人物)の答えは否である。いかにも良家の育ちらしく、やんちゃで茶目っ気たっぷりに振る舞う立松は、こと仕事とあんると、検事との信義を大切に守った。ニュース・ソースの秘匿に細かい神経を配りつつ、得た情報を活字にする時機を誤らなかったし、内容についても、捜査に支障を来さないよう、制御すべきところは我慢した。それがあったからこそ、彼は、検察内部で幅広い信頼を勝ち得ることが出来たのである。(本田靖春氏著「不当逮捕」58頁より抜粋)

朝日新聞社内。
「おい!お前ら!通夜じゃねぇんだ!ここに居たって記事が書けるかよ!外行ってこい!」
デスクの激が飛びます。
「尾川さん(朝日社会部記者、後に社会部部長)、ヨミの立松ってそんなに凄いんですか?」
「凄い?そんな形容詞が当てはまらない位だ。スクープの化け物。俺達ブン屋の中で唯一、検察内部から直接情報を得る事ができる。そんな記者相手になるかよ」

立松復帰直後。読売社会面。立松の記事。
昭和32年10月14日読売朝刊。

昭和32年10月15日読売朝刊。

立て続けにスクープを連発致します。

毎日新聞社会部内。
朝日と同様。通夜のような部内。
ドアが勢いよく開きます。
「おいみんな元気だせ!スクープ!スクープだぁ!」
「おい、なんだヨミの奴らに一泡吹かせるようなネタでもしれたのかヨ?」
「ああ、例の『丸済みメモ』(東京地検が召喚するいう政治家の名簿とされるメモ。この日各社は手に入れることになります)が手に入ったゾ」
「本当か!例の『丸済み』が!これでヨミ。立松に勝てる!裏取って来い!」
社会部の記者が検察へと向かいます。

読売新聞社会部内。
午後、7時。
「あれ?みなさんまだ居たの?」
「お前なぁ、今日一日何してたんだよ。今頃のこのこ来やがって!」
「あっ、立松さん。今ですね、『丸済みメモ』の裏をどうやって取ろうかと会議中でして」
「あっ。あれね!俺とうの昔に知ってたんだけどね!」
「バカ野郎!!!何でそれを早く教えねぇんだ!」
「だってさぁデスク。あれって信用出来る代物じゃないんですよ!」
「どうして、そんな事わかるんだよ。お前!」
「お前、どうして、そんな事が解るんだよ。またいつもの奴か?」
「いつもの奴って言えばそうなんですけどね。もっと確かな情報を仕入れてきますんで。ちょっくら、奈良までいいですかね。おい滝沢、奈良まで付き合えよ」
「デスク、いきなり奈良って言われても・・・ぼく・・・」
「良いからついて行け!立松の凄さがこれから解るんだ!」

奈良。某旅館。
「やっぱり、この『丸済み』の奴ら、全員パーット一面。どうです?」
「でもな、造船のときのようには、検察は動かんでしょ、指揮権発動ってやっぱりあるわけだし・・」
「じゃぁしっかり裏の裏を取る必要があるな・・」
全員で、頭を抱えております。
流石の立松も、その裏を取る事は、大変な作業となる。これは解ったことなのです。
「解った、念を押しておいた方がよさそうだ。ちょっと、隣部屋の電話借りるよ」
「立松さん・・どこへ・・」滝沢がこう言って追いかけようとしているのを、三田(社会部記者)が制止致しました。
「いいか、見ておけよ。これが立松の天下の宝刀なんだ」
どこかへ、電話を掛ける立松。
隣の部屋でその声を、息を潜めて聞いている、三田、滝沢。
立松の押し殺したような声。
「いいですか。も一度ですね。このメモの九人のうち、五人がかなり・・・クロっつぽいって言ってましたでしょ?」
「・・・・・・・・・・」
「いえ、私の方で名前を読み上げますから、返事だけで結構です・・ええ・・・返事だけで。『うん』だけでも・・・・頼みます・・・」
「・・・・・・・・・・」
「原稿、は・・・・これからです。ええ・・・はい・・・はい・・ではこの二人なのですね。も一度、○○!××!・・・確実だと・・」
「・・・・・・・・・・」
「では。・・ありがとうございました」

午後六時。
読売社会部内。デスク窪美が机に着いていた。
そこに、社会部部長席、景山がそぞろに耳打ち。
「もうすぐ、立松から売春汚職の件で報告がはいる」
「では、明日の朝刊の一面は」
「少し、印刷を遅らせてでも」
しばらく、して一本の電話。
そこで、遊軍記者が呼ばれます。
「代議士UとF両名の談話を取れ!」
遊軍記者は向かいます。
結果、二人とも否認。(当然)。
しかし、スクープに遅れを取り続けた読売は、焦ります。
「立松の記事には裏がある。確実だと立松が言っている以上、否定することはありえない」
判断です。
そして、新聞予告。
下記。

>売春汚職 U,F両代議士 収賄容疑で召喚必至 近く政界工作の業者を逮捕

そして、実際の朝刊紙面。
昭和32年 10月18日朝刊 社会面一面。



朝日社会部内。
「立松ぅぅぅ!やりあがった!」
「ですが、デスク。本当なのでしょうか?」
「あいつの書いた記事だろ!間違いない。でもな、家は裏は取ってない。これは記事に出来ない」
「どうしてですか!」
「バカ野郎!人様のふんどしで相撲が取れるかよ!まぁ取材は続けるが、UもFも否認だろ?また検察も今回ばかりは、どうでるか解らん。家は家のやり方しかないんだ・・」
毎日社会部内。
「やはりな、奴のやり方だ。昭電のときと一緒だ!」
「奴の完全復活。それも、ドデカイ狼煙上げやがって。クソ、またしてもヨミ。立松にしてやられた!」

その晩、奈良から戻った立松。
社に戻りません。
愛車を駆って、銀座へ向かいます。
昭和32年10月19日。未明でした。







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4 コメント

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どうしようもない (トムくん)
2012-12-03 22:40:23
読売にこんな記者がいたんですね。
社会部記者が
漫画にもなってるんですね。
今は(昔も?)マスコミもグルで
何も信じられない。
もう、政治、マスコミの自浄作用は期待できない。
明治の世代がいなくなって、
好き勝手、言いたい放題し放題の
どうしようもない時代に突入しました。
こんばんは (見張り員)
2012-12-05 21:17:19
読んでいてまるでサスペンスモノのようでドキドキしますね!
かつてはマスコミももっとマスコミ人としての矜持を持っていたような気がしますが最近はその矜持は感じられませんね。
くだらない芸能人のスキャンダルや人の揚げ足取りに終始するようなマスコミは恥を知れです。
新聞社同士の記事の取りあいみたいなのがハラハラ度を上げますね!
トムさんへ (酔漢です)
2012-12-06 13:00:54
ご無沙汰いたしておりました。
立松和博自身は、どうしようもない、と思える部分が多々出てまいります。ですが、この件だけは、凄みを感じます。これから、私が思うところの、最悪人が登場してまります。
立松の最期も壮絶ですが、その人物の最期も見ます時、多くの事が浮き出て来るように感じます。「どうしようもない時代」は昔から・・という気にもなって来ます。ただマスコミだけは今と当時は違うようにも感じます。
見張り員さんへ (酔漢です)
2012-12-06 13:03:13
今後の展開は急に変わります。
あの時代からのメッセージを整理しようと考えました。社会から消えた一新聞記者。その存在した時代を見ようと思いました。
そうそう、次話で語りますが、「重巡 那智」が登場いたします。立松、通信室におります。

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