繭玉飾り
繭玉団子は、本来蚕の繭の形をしていて、 養蚕をおこなう人々が蚕繭の豊作を祈願し、小正月の1月14日から16 日頃に神棚などに飾るならわしとしていた。
どんど焼き
「ドンド焼き」は小正月前に一年の無病息災を願う行事であるが、「左義長(さぎちょう)」とも呼ばれている。
これは宮中で三本の竹を三角錐の形に束ね、扇子や短冊、書きものなどを着けて焼き上げる「三毬杖(さぎじょう)」神事が行われているが、それが転じて「左義長」と呼ばれるようになったといわれる。
大磯町では、明治時代後期に明治の元勲伊藤博文が大磯に居を構え、その側近によって「左義長」と使われ始めたといわれている。今回、大磯宿を散策した際に得たことである。
1978(昭和53)年に「大磯の左義長」と、神奈川県の無形文化財にしてされてから、その名が広がったのではないだろうかとの大磯町の説明である。
「大磯の左義長」は、大磯北浜海岸でセエノカミサン(道祖神)の火祭りとして盛大に行われている。
今年のドンド焼きは福島原発からの放射能汚染の影響で行事を中止した場所もあると聞く。自然はダイオキシン問題が発生し、近くの神社でも取りやめている。
古くから伝えられている行事なのでこれからも続けて頂きたい。
繭玉団子は、本来蚕の繭の形をしていて、 養蚕をおこなう人々が蚕繭の豊作を祈願し、小正月の1月14日から16 日頃に神棚などに飾るならわしとしていた。
どんど焼き
「ドンド焼き」は小正月前に一年の無病息災を願う行事であるが、「左義長(さぎちょう)」とも呼ばれている。
これは宮中で三本の竹を三角錐の形に束ね、扇子や短冊、書きものなどを着けて焼き上げる「三毬杖(さぎじょう)」神事が行われているが、それが転じて「左義長」と呼ばれるようになったといわれる。
大磯町では、明治時代後期に明治の元勲伊藤博文が大磯に居を構え、その側近によって「左義長」と使われ始めたといわれている。今回、大磯宿を散策した際に得たことである。
1978(昭和53)年に「大磯の左義長」と、神奈川県の無形文化財にしてされてから、その名が広がったのではないだろうかとの大磯町の説明である。
「大磯の左義長」は、大磯北浜海岸でセエノカミサン(道祖神)の火祭りとして盛大に行われている。
今年のドンド焼きは福島原発からの放射能汚染の影響で行事を中止した場所もあると聞く。自然はダイオキシン問題が発生し、近くの神社でも取りやめている。
古くから伝えられている行事なのでこれからも続けて頂きたい。